親子を別々に監禁=女工作員の関与捜査-2児拉致疑惑で警察当局
1973年に失跡した北海道出身で埼玉県上福岡市(現ふじみ野市)の主婦渡辺秀子さん=失跡当時(32)=の子供2人の拉致疑惑で、拉致前に渡辺さんと子供が別々に監禁されていた疑いがあることが7日、警察当局の調べで分かった。
北朝鮮工作員の女(59)が主導したとみられ、警察当局は経緯を調べるとともに、渡辺さんの消息を捜査している。
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<北朝鮮拉致>「2児の母、74年3月福井から電話」と友人
北海道出身の主婦、渡辺秀子さん(当時32歳)の子供2人が北朝鮮に拉致されたとみられる事件で、渡辺さんの友人が警察当局に「74年3月に渡辺さんから電話があった」と証言していることが分かった。電話は「福井から」と言って途切れたという。渡辺さんは子供2人とともに73年12月ごろに失跡。東京都目黒区のマンションに監禁された後、殺害されたとみられているが、警察当局は74年3月までは生存し、一時期、福井県に連れ出されたことを示す証言として重視している。
警察当局の調べによると、友人が渡辺さんの電話を受けたのは74年3月10日夜。「福井から」と渡辺さんが話したところで電話は切れた。友人は警察当局に、「渡辺さんの声の背後で、ぽんぽんという船のような音が聞こえた。電話は何者かに切られたようだった」と証言したという。
渡辺さんの在日朝鮮人の夫は「高大基」を名乗り、73年6月ごろに行方が分からなくなった。渡辺さんは、夫が役員を務めていた東京都品川区の貿易会社「ユニバース・トレイディング」(78年に解散)の周辺を尋ね歩き、夫の消息を探っていたが、73年12月ごろ子供2人とともに行方不明になった。
警察当局の調べで、ユニバース社の役員だった女(59)をリーダーとする少なくとも男女5人の北朝鮮工作員のグループが母子の監禁や子供2人の北朝鮮への拉致に関与したことが判明している。
関係者らの証言などから渡辺さんは国内で殺害された可能性が高いとされる。警察当局は友人の証言などから、渡辺さんが74年3月までは生存していたとの見方を強めており、いったん福井県の海岸沿いに連れて行かれた後、別の場所に移された末、殺害されたとみて前後の足取りを調べている。
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「2児拉致」疑惑の会社、対韓テロを画策か
1973年に行方不明になった渡辺秀子さん(当時32歳)の子ども2人が拉致されたとされる事件にからみ、渡辺さんの夫が勤務していた東京都品川区の貿易会社「ユニバーストレイディング」の当時の社員が、74年8月の韓国・朴正煕(パク・チョンヒ)大統領狙撃事件の後、北朝鮮本国からの指示として「あんな事件を起こせ」などと命じられていたことが、警察当局の調べでわかった。
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この社員は、日本人を多数、北朝鮮に送り込むようにという指示も受けていたという。警察当局は、同社が韓国に対するテロなどを画策していたのではないかとみている。
同社は78年ごろに活動を停止したが、警察当局がその後、活動停止前の社員などを調べた結果、社員の一人が、北朝鮮の工作機関からの指示として、「日本人と在日朝鮮人の間に生まれ、日本国籍を持つ若者らを集めて、北朝鮮に送り込め」と命じられていたことがわかった。
命じたのは同社の役員をしていた女(59)とみられ、指示の時期は、韓国の朴大統領が狙撃された直後の74年後半から75年ごろだったという。命令を受けていた社員は当時、「あんな事件を起こせ」とも指示され、その後、知人に「(仲間とともに)30人ほどを北朝鮮に拉致した」と明かしていた。
朴大統領の狙撃事件の実行犯は、日本人名義の旅券で韓国に密入国した在日韓国人の男で、韓国の公判記録などによると、狙撃を指示したのは、当時の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)幹部だった。また、実行犯は、この時の旅券を、朝鮮総連を介して受け取っていたことも判明している。
北朝鮮はこの時期、韓国国内での工作活動を進めやすいように、日本国籍を持つ人物や在日韓国人を工作員に引き入れる動きを活発化させており、警察当局では、ユニバーストレイディングも、工作員の獲得や養成の拠点になっていた可能性が高いとみている。
(2007年4月7日3時21分 読売新聞)
「2児拉致」疑惑の会社、対韓テロを画策か : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)