宮城県大崎市にある蕪栗(かぶくりぬま)は、ラムサール条約で、保存すべき湿地に登録されたところです。

晩秋になると、白鳥、マガンなどの渡り鳥、我が国有数の飛来地です。 

その蕪栗沼に今、コウノトリがやって来ているという話を聞きました。 

そうなると、もういけません。矢も楯もたまらず望遠レンズをかついで、沼に向かいました。

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白鷺(しらさぎ)?ダイサギ?

白鷺でしょうか?ゆうゆうと餌を食んでいます。先ずはウォーミングアップ。近くの田んぼでカメラテストです。

「コウノトリ」・・・胸が高鳴ります。

出ましたチョキ

音譜「私の青い鳥」 桜田淳子唄より

音譜 ようこそここへ クッククック わたしのコウノトリ~音譜     てがグッド!

初夏の蕪栗沼は初めてです。

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蕪栗沼全景

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おや、草むらに見知らぬ生物。望遠レンズを覗きます。気になるけどオレは「コウノトリ」に会いに来たんだ。沼の中ほどに道を急ぎます。

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沼は閑散としていました。カモでしょうか?水鳥たちが数えるくらい見える程度です。 

夏草が生い茂って沼を見ること自体、容易ではありません。

「まあ、無理だろうな、でも偶然もあるからな」とか、撮らぬコウノトリの皮算用をしながら、30分位歩いた頃でしょうか、生い茂った草の隙間から、飛び立つ大きな鳥がみえました。

あ、コウノトリ。でかくて、羽根かどこかに黒い部分も見えました。白鳥より羽を広げた大きさははるかに大きく見えました。

実はコウノトリって、大きさとか、よくわかりません。 

ほんの一瞬でした。その大きな鳥は奥の湿地に飛んでいってしまいました。

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それから一時間、夕闇が迫る中待ちましたが、鳥は戻って来ません。

まあこんなもんだろうな(=⌒▽⌒=) 切り替えの速さなら人後に落ちないオレ。

戻る道、さっきの黄色い「首長鳥」が気になります。こいつに振られりゃあいつがあるさべーっだ!

そ~っと間合いを縮めます。

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コハクチョウ

どうやらコハクチョウのようです。怪我でもして北へ帰れなかったのでしょうか?日中あの草むらで首だけ出して隠れているんでしょうか。

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おっと、ごめんなさい あせる ボクは帰りますから、どうぞ定位置に戻ってくださいね。

今日の今日思い立って、幸せのコウノトリに巡り合おうなんて、虫がよすぎますね?また出直してきます。

あ~面白かったニコニコ

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升沢コースブナ林


山は春開く   藤圭子「夢は夜開く」改作

音譜一月二月三月と

雪の山道つらかった
 
冬はどんなにつらくとも 

山は春ひらく~     てがニコニコ



船形山の山開きに参加しました。この山、山形では呼び名が違い、「御所山」(ごしょざん)と呼ばれています。

アジの開きや、石巻の川開き花火大会ならわかりますが、山開きは初めてです。

冬中、恐~いテレマーク山行を繰り返していましたから、春山、しかも団体であれば、らくちん登山だと、前夜から心浮き浮きでした。こんな気持ち何年ぶり?

今日の主催は「船形山岳会」。この山開き、以前は宮城山形両県の登山コースを持つ市町村の期成同盟会の合同主催だったとか。

今日のコースは「升沢コース」

宮城側は3つコースがあるのですが、その中の一番のロングコースです。標高1500mなのですが、登りだけで4~5時間、所要時間だけで言えば2千メートル以上の鳥海山や、岩手山並みです。

山岳会の方、大和警察署長さんの挨拶、自己紹介の後、6時30分出発です。


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ブナとゴヨウツツジ 葉が五つだからゴヨウだとか。

なんと言ってもこのコースの良さはブナ林です。3時間もブナ林の中を行きます。

「ちょうど今頃のブナの色合い、葉の込み具合、間から見える空が最高」、同行のTさんがいみじくも言いました。

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「三光の宮」碑

2時間ほどで「三光の宮」に着きました。三光とは、太陽、月、星のことだそうです。ここの碑には、それぞれのマークが彫られていました。

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三光の宮より山頂をのぞむ

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三光の宮より東の大倉山、高倉山をのぞむ

三光の宮は、西の船形山頂と東の日いづるところの一直線上、ちょうど中間点にあります。昔の人はここからご来光を望み、反対側の真西に沈む夕陽を見て、この小高い場所に何かを感じたのでしょうね。

ボクも霊気のようなものを感じました。祈りの根源というのでしょうか。

3時間ほどで升沢小屋に着きました。昔は壁がブロックで出来た小屋だったのですが、今は立派になりました。

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雪の沢を進みます

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踏み抜き注意

なんと言っても下は沢が流れています。踏み抜きに注意しながら歩き、雪のないところは飛び石を渡ります。

ところがあろうことか、出した前足を石で滑らし、平らな石に右の頬からこめかみ部分をぶつけてしまいました。

好事魔多し、「やっちまった!頭蓋骨骨折?ブッチャー状態、山ノ神をなめてルンルンだったからか~」

ところが奇跡が起こりました。あまり痛くないのです。確かにぶつかって、かみ合わせにまで衝撃を感じたはず。不思議なことってあるんですね。

その後親指の付け根が突き指状態になっていました。もしかしたら指をどこかにつけて衝撃を和らげていたのかもしれません。はしゃぎ過ぎはいけませんね。

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稜線より泉ヶ岳方向をのぞむ

沢を登りつめると山頂への稜線に出ます。振り返ると右手から後白髭山、蛇ヶ岳、三峰、北泉ヶ岳、泉ヶ岳が見えます。

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山頂小屋を望む

ここまでくれば、頂上は目の前です。すぐ山頂に向かうのがもったいなくなります。

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白髭山、仙台カゴ、最上カゴ

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月山

山頂は11時30分着でした。5時間かかりました。でもみんな晴れ晴れです。快適な山頂小屋で1時間休憩の後、出発です。帰途は未定だったのですが、沢を戻るのは危険と判断したのでしょうか、蛇ヶ岳経由になりました。

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蛇ヶ岳山頂

蛇ヶ岳山頂を過ぎたところから、北の方に降りて行きます。ちょうど升沢小屋と三光の宮の中間地点に向かいます。

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草原コース雪渓

ここは草原コースと呼ばれ、湿地、池沼帯です。でも上の方はまだ雪に覆われていて、滑らないように進みます。今年の雪の特徴は、「少ないが寒くて解けない」のだそうです。

栗駒山の駒形が見えなくて、雪がいっぺんに解けた、謎が解けました。(ダジャレになりましたね)

田植え時に駒形が見えなかったのは寒かったから。

その後雪がすぐに解けたのは少なかったからでした。

草原コースを下ると長~い長~い下り坂が続きます。このコースには1から30までの番号表示があり、出発地旗坂が30番です。この辺りはまだ半分位のところです。

あとは覚悟を決めて油断せず、戻ります。16時過ぎ無事旗坂に着きました。

船形山岳会の皆様ありがとうございました。そして我らの仲間、Tさん、Hさん、ありがとうございました。

追記 二日後の朝の洗顔時、音譜 ふながたで 打った ほお骨が痛い~(小指の思い出改作)・・・・まだ懲りない私でしたあせる
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大崎平野 奥中央の山は栗駒山

いちめん田んぼ
いちめん田んぼ
いちめん田んぼ
いちめん田んぼ
いちめん田んぼ
いちめん田んぼ
……

見渡す限り
いちめん田んぼ

かつて山村暮鳥は、菜の花ばたけを、「いちめんなのはな」の繰り返しでうたった。

詩人は、見渡す限りいちめんに咲く菜の花を見て、言葉を失い、同じ言葉の繰り返し、詩の「禁じ手」を使うしかないと腹をくくった。

我がふるさと宮城県の北部に位置する広大な大地は、仙台平野の一部だが、それとはわけて、大崎平野、或いは大崎耕土、とも呼ばれている。

見渡す限り田んぼ。平成の大合併前は、一つの市、五つの郡にまたがっていた。

戦国時代、伊達政宗は大崎氏の所領だったこの平野に目をつけ、権謀術数と武力をもってこの肥沃な平野をものにした。

武士の俸給が米。言わば米本位制の江戸時代。ここで取れた米は川を下り、石巻から、江戸へと運ばれた。

ところが、この宮城県、気候的にいうと意外に適していない。梅雨明けが遅く7月末になるのだ。

海水浴は数日すると、土用波となって泳げなくなることも多い。多分、秋田、山形に比べれば、米の収量は一、二割少ないはず。

だが、そのハンディは、見遥かす平原の前には無力だ。山地が多い秋田、山形とは耕地面積が圧倒的に違う。 

子供の頃、ここに自然はないと思った。どこまでも平らなこの土地が「自然」そのものだとわかったのはつい最近のことだ。

大崎平野は、きっと、人間にとっての「空気」みたいな存在なんだろう。

一番大切なものだが、住んでいる人々は誰も意識しないもの。

悠久の時を越えて、静かに、そして確かにあるもの。それがわが大崎平野だ。