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納会料理 後方太足はH先生。

某日、テレマークスキー仲間の納会がありました。あ、テレマークスキーって、ジャンプ競技の着地姿勢のように左右の足を交互に出して滑るからそう呼ぶんですよ~。したがってかかとはフリーなんです。

けっしてテレ屋さんがやるスキーではないですよ。みんな厚顔無恥ですからご安心下さいねべーっだ!

参加者は、「踵自由悪雪滑走人」Aさん、雪を見ると豹変する「世界に向け発信」が口癖のUtube投稿家H先生。アクシデントからこのところ不本意なスキー生活を送っているHさん。イザベラバードから、キャプテンクックの獣姦まで話題豊富の仙人Kさん。そして本日の会場提供者「白い粉に狂った私」Tさん。なぜかぽつんと若者のIさん。そして私の計7名でした。

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玉ねぎ、キャベツ、ジャガイモ収穫

あわてて鉄板焼き用のキャベツ、ジャガイモと、オニオンスライスの玉ねぎを収穫してきました。

Aさんはスズキとカワハギの刺身を「時間がなくて半分切って持って来た」と言ってましたが、あの鮮やかな刺身さばきは、包丁の腕をみんなに見せたかったのかもしれませんね。「鉄板奉行」に徹してたもんですから写真が少なくてすみませんあせる

そうそう、ビールもAさん提供の生ビールだったんですよ。サーバー持込でまるで移動ビヤガーデンでした。

うちらの仲間は得ですね。入りたい方はコメント入れといて下さいね。後ほど審査しますから。入会資格は「変なヒト」です。

H先生の山小屋でお化けを3回見たという話。仙人K氏の含蓄のあるような無いような話の後は、やはり蔵王テレマーク「横倉の壁」のUtube投稿ビデオですね。

「荒れてなかったら滑れたんじゃないかな?」と言うボクの負け惜しみには、誰も反応してくれませんでした。

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蒸し焼きソバ



仕上げはやはり焼きソバです。今回はうちの「山ノ神」が持たせてくれた登米の蒸し焼きソバです。「これ石巻のより美味しいんだよと言ったら、「ブランドをちゃんと選びなさい」パンチ!と地元石巻を愛するAさんに怒られました.。

次回は冬シーズン前の「お天気祭りかな?」と思ったら、N北田の花火の時だって!このグループ、意味わかんね~しガーン



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松島 ホトトギスよ、鶴になって島々を翔け巡れ

「キョッキョ キョキョキョ」

今の季節、松島にあるなじみのゴルフ練習場に行くとこんな鳥の啼き声が聞こえる。この練習場、海は全く見えないところにあるが、ノーネットで山に向けて打っていける自然がいっぱいの立地にある。

「テッペンカケタカ」「特許許可局」

ホトトギスの鳴き声は、こんなふうにも言われているらしい。「キョッキョ キョ・・・・」と聞こえるボクには、「特許許可局」はわかるが、「テッペンカケタカ」は理解できない。

今、この辺りはアヤメの真っ盛り、奥の細道でもこの前に出てくる句は「あやめ草足に結ばん草鞋(わらじ)の緒」だ。

実は芭蕉さん、奥の細道で松島の句を詠んでいない。「松島やああ松島や松島や」というのは、誰かの戯作ということらしい。

奥の細道60数句中、10句ほど曾良の句が入っている。

芭蕉さんも、この時代になると門弟も相当な数になり、当代随一の俳句のお師匠さん。当然この「奥の細道」が後世まで読まれるものになることは予測できたはず。ここは同行の弟子曾良に華をもたせたのが真相だろう。

元楽天イーグルス監督、元捕手の野村克也氏は自分のことを王、長島と比べて「日陰の月見草」にたとえた。実際はそうは思えない出たがりやさんだったが・・・・。

この曾良さんはどうだったのだろうか?芭蕉さん一世一代の旅立ちだったろうから、身軽な門弟の同行希望者はいっぱいいたはず。相当出来が良く、まさしく女房役ぴったりの、従順な人だったのだろう。

話は変わるが、近頃の高校野球、ベンチ入り出来ない控え選手は、ユニフォーム姿でスタンドから最前列で応援している。

ボクにはあれが「拷問」のように見えて仕方が無い。聞くと、ベンチ入り出来ない選手があのようにチームを応援するのは、教育の一環、チーム愛、当然だと言う。そうだろうか?

1年生、2年生、そしてとうにベンチ入りを諦めたのならわからないでもないが、当落線上でベンチ入り出来なかった選手が、応援団の最前列に同じユニフォーム姿で、持つものはバットやグラブではなくメガフォン。素直に応援出来るのだろうか?

その昔、中総体の野球、郡予選で敗れた僕たちは、陸上の郡大会に駆りだされた。クラスの担任が陸上担当だった関係上、えこひいきされて3種競技に出ることになった。種目は100m、走り高跳び、砲丸投げだったのだがドサクサに紛れて3位になった。

郡3位が県大会出場の目安。まぐれとはいえ、期待に胸を膨らませていると3種競技だけは時間がかかるから2位までが県大会出場だと言う。学校は、気の毒に思ったのか補欠選手として連れてってくれるという。

もちろんあせる県大会当日、ボクの姿は、現在のイーグルスの本拠地隣の宮城野陸上競技場ではなく、家の近くの川でしたよべーっだ!


山ちゃんのブログ

サツキと熊バチ その2

障子の奥に寝たるそばに、馴れ顔に寝たる人あり。「稚(いは)けなかりし昔より思し召しそめて十とて四つの月日をまちくらしつる・・・・・かくつれなくてはいかがやむべき」とおおせらる。

「現代語訳」
ふすまの奥で寝ていた私のそばに、なれなれしく寝ている男がいる。
男は「幼い頃から、14才の今日までおまえのことを想っていたんだよ。・・・そんなにつれなくされたら、どうしていいかわからない」とおっしゃる。

面白い本を見つけた。(みんな知ってたらごめんなさい)

「とはずがたり」は鎌倉時代、先の天皇、「後深草院」に仕えた女房(妾)が、自分の14才から49才までの人生を、振り返った自伝です。

宮中暴露的な内容だったためか、知る人ぞ知るものだったようで、七百年もの間埋もれていて、宮内庁書陵部に所蔵されていた原本が公になったのは昭和の初めだったそうです。

作者(後に二条と呼ばれる)は大納言と言う高い位にある「源雅忠」の娘でした。家にとっては栄誉なことですから、付き合っていた男「雪の曙」とも一旦は別れることになります。

そこから当時の習慣通り、御所と自宅での上皇(後深草院)とのお妾さん生活が始まるわけですが、そこはお公家さん、意外に締め付けが弱く、夜尋ねてきた「雪の曙」との付き合いが復活してしまいます。

やがて「二条」は「雪の曙」の子供を身籠ってしまいます。上皇もお忙しやさんです。どうしても2ヶ月出産予定日が合いません。二人は一計を案じ、出産が近づいた頃、具合が悪くなったことにして寝込み、流産したことにして、男が連れ去りよそで育てることにします。

その後も上皇の健康回復を祈願する阿闍梨と出来たり、男遍歴は続きます。

弟の亀山院と後深草院は仲良しだったようで、ある時双方の女官たちを集めてゲームをしました。ま、言ってみれば「王様ゲーム」みたいなものですね。負けたほうが罰ゲームをする。ある時後深草院チームが負けてしまいました。

罰ゲームは「源氏物語」です。「二条」は格下の配役をもらい、腹を立て退出、雲隠れしてしまいます。

出家が希望とはいうものの、「出家」の二文字は流行の言葉だったようです。「私は若くて魅力がある、きっと上皇は探してくれるだろう」と踏んでの行動でした。

ある時、上皇と親しい「有明の月」とも出来てしまいました。そのことに気付いた上皇はむしろ付き合いを勧める余裕を見せました。やがて「有明」の子懐妊。その頃から、上皇の心は離れていきます。次第に御所に呼ばれなくなります。

付き合いを奨めながら、その気持ちが許せなくなる。殿も身勝手ですね~。

やがて彼女は御所を退出させられ東国や西国へと旅立つ。熱田神宮、富士、江ノ島、鎌倉、隅田川、厳島、足摺岬、松山。

やがて、後深草院崩御。

葬送を陰から見ている描写などは哀れを誘いますが、三回忌の法要などの場面では、自分を知る人も次第にいなくなり、さめざめと泣き、「誰か気付いてくれないかなあ」とむしろ自分の存在をアピールしているようなところなんか悲しいですよ。

この「とはずがたり」。宮中、鎌倉時代、おメカケさん生活と、一見、私たちとはかけ離れた世界に見えるが、男と女のうつろう心、過ぎ去った華やかな世界を惜しむ心。なかなか味わい深かったですよ。

また面白いもの見つけたら紹介しますね。