和が競う 浅草!
浅草には、何故か?
手拭(てぬぐい)屋さんが多いのです
江戸浅草の名残でしょうか
中でも ふじ屋さんは有名ですぞ
手拭
最初は木綿貴重なものでした。
ですから
平安時代などでは、装身具として、
身を覆うものとして
「神事」などに使われることが多かったのです
身分の高い人しか使用できなかったのです
手拭が、庶民にも広まったのは
江戸時代です
平安時代には、木綿も、
中国からの輸入品であり高価なものでした
江戸時代に、
自国生産で木綿を作るようになり手安く
庶民も手に入れられるようになりました
手拭に木綿が盛んに使われたのです
奢侈禁止令(贅沢はご法度です)
絹織物が贅沢であるとなり
木綿を使ったのです
更に、湯屋(銭湯)が大流行です
現在のような タオルではありません
木綿の手拭ですぞ
木綿の着物の切れ端なども活用されました
これを、 湯手(ゆて&ゆで)と呼ばれました
そして、江戸半ばでは、
手拭にオリジナルなものが出現してきました
お洒落な小間物として活用されたのです
手拭文化が始まります
歌舞伎役者 謎解き柄
鳶職(とびしょく)の人達の祭袢纏柄
古典芸能、落語、日本舞踏
更に、薬売り、読売り(瓦版売り)など
物売りの人達が、被(かぶ)り物など独自に変化させ
手拭文化を作ったのです
手拭に家紋を入れるなども流行りました
商売人は、屋号の入ったものを作り
顧客様に配ったといいます
お年賀、祝い、餞別、
歌舞伎などの大入りの祝儀などにも
手拭が配られたのです
今ではハンカチやタオルに押され
手拭を活用される方少なくなりました
小さいお子さんたちが、
使わなくなったのが大きいですね
祭りなどを機に、
エコ意識で着物の切れ端から派生し、
そして文化にまでなった手拭(てぬぐい)
是非、奥の深さを知り、
お子様からご使用いただけるように
なって欲しいものです
一つ疑問にお答え
手拭の切りっぱなしの理由
(生地をカットした後そのままが多いですね)
糸で閉じないことにより渇きが早くなるのです
(重ねて閉じることにより
二重三重となり渇きが遅くなります)
江戸庶民 全てがエコなのです
和柄 同盟ですかな?
とらんくすや。
藩津(ぱんつ)
祭り用品屋さん、手拭屋さん、着物屋さん、
和紙のお店、扇子屋さん、
鼈甲(べっこう)屋さん
浅草寺様の元、
和のお店が競っている浅草
是非 お越しくださいませ
とらんくすや。親父 でございました
