「日本におけるキリスト教 121 子どもたちをつまずかせる聖書解釈と福音理解について」
以前、仏教が教える「地獄絵本」がブームとなり、子どもの教育に取り入れられていますが、次のように警告する専門家たちも少なくありません。
「地獄絵本は、特定の教育者たちの間で、幼児教育の一環として活用されることがあります。
その思想の根底には、「言うことを聞かない子供には地獄の恐怖を教えることで、行動改善が見込める」という認識が存在します。
しかしながら、この教育方法には、子供たちの心に深い恐怖心を植え付けるという重大な問題が潜んでいます。
この地獄絵本を用いた教育方法は、恐怖を利用した指導法の一種であり、子供たちに対する強烈な精神的プレッシャーを生み出す可能性があります。
子供たちは、その年齢から来る感受性の高さと、現実とフィクションの区別がつきにくいという特性から、地獄絵本の恐ろしい描写を現実と捉え、深い恐怖を感じる可能性があります。
このような恐怖は、子供たちの心に深く刻まれ、長期的な精神的なトラウマを引き起こす可能性があるのです。
したがって、地獄絵本を利用した教育方法は、子供たちの精神的健康に悪影響を及ぼす可能性があるという問題があります。」
引用以上
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私自身も、小学生の子どもの時に修学旅行で行った寺で、住職さんが教える地獄の教えによってトラウマになりました。
大人になってからも「仏教」の寺や神社を見ると怖いです。
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しかし、この仏教の地獄行きの教えと、イエス・キリストの教えとはまるで違います。
聖書にはイエスさまが弟子たちに対して、子どもをつまずかせることについては、地獄行きぐらいの大罪になると警告されたのです。
「そこで、イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼ら(十二弟子)の真ん中に立たせて、言われた。
「まことに、あながたがに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、入れません。
だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。
また、だれでも、このような子どもひとりを、わたしの名のゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。
しかし、わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまずきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、湖の深みでおぼれ死んだほうがましです。
つまずきを与えるこの世はわざわいだ。つまずきが起こるのは避けられないが、つまずきをもたらす者はわざわいだ。
もし、あなたの手か足の一つがあなたをつまづかせるなら、それを切って捨てなさい。
片手片足でいのちに入るほうが、両手両足そろっていて永遠の火に投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。
マタイの福音書18章2~8節」
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仏教の教えは、子どもたちに地獄行きを教えます。
悪いことをすれば地獄へ行く。地獄へ行くとこんなに恐ろしいことになるぞ!と警告して、悪いことをやめさせるのです。
ところが、イエス・キリストの教えは、弟子たち、すなわちクリスチャンたちに、
「この小さい者たちのひとりにでもつまずきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、湖の深みでおぼれ死んだほうがましであり、永遠の火に投げ込まれます。」という教えです。
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ですから、もしも、キリスト教会の教会学校で、地獄行きの話によって、子どもたちをつまずかせると、その教会学校の教師たちは永遠の火に投げ込まれるという覚悟をもつ必要があるでしょう。
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ちなみに、仏教の「地獄絵本」がブームとなった時に、小学校の帰りに「キリスト教の教えをまとめた小冊子」をもらったことを思い出した人たちがSNSで「キリスト教のほうがめちゃくちゃ恐ろしい」というように盛り上がっていました。
なぜなら、「イエス・キリストを信じていない人々は永遠の火に投げ込まれる」ということを恐ろしすぎる絵と文によって教えていたからです。
子どもの時にそのキリストの教えによって、「僕(私)もお母さんもお父さんもおばあちゃんもおじいちゃんも友達もみんな、イエス・キリストを信じていないから、地獄へ行っちゃうよ~怖いよ~」と泣いていた思い出を何人かで話して盛り上がっていました。
そのSNSを拝見した人たちもコメントで「自分も家族も友達もみんな揃って地獄へ投げ込むという教えは恐ろしすぎる~キリストは神ではなくて悪魔や!」というようなことを発信していました。
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私自身はプロテスタント福音派の教会で、「イエス・キリストを信じていない人々は地獄へ行く。」という話を高校生の時に聞きましたが、目の前が真っ暗闇になるくらいの衝撃を受けました。
数年前にFacebookクリスチャングループで知り合ったある人は「大好きだったお父さんとおばあちゃんが高校生の時に亡くなって、深い悲しみの中でした。
大学生の時にキリスト教会の牧師たちから聞いた「イエス・キリストを信じていない人々は地獄へ行く」という教えによって、耐えられない深い傷を負って、精神病院を入退院を繰り返していました。
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私は無教会の内村鑑三先生の聖書解釈と福音理解によって、現在の日本のイエス・キリストを信じていない人々は地獄へ行かないことを知りました。
そして、自分自身でも聖書を徹底的に調べて、現在の日本のイエス・キリストを信じていない人々は地獄へは行かないことを確信したので、こうしてブログ記事で発信しています。
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「日本におけるキリスト教 116 」から続いていますが、聖書の教えで地獄へ行く人々というのは、子どもたちにもわかりやすく教えれば、
「悪魔が蒔いた毒麦・まむしの末ども」が地獄へ行きます。
その理由は、何度も繰り返しますが、きちんとイエスさまは具体的に次のように教えています。
「わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは預言者の墓を建て、義人の記念碑を飾って、
『私たちが、父祖たちの時代に生きていたら、預言者たちの血を流すような仲間にはならなかっただろう』と言います。
こうして、預言者を殺した者たちの子孫だと、自分で証言しています。
おまえたちも父祖たちの罪の目盛りの不足分を満たしなさい。
おまえたち蛇ども、まむしのすえども。おまえたちは、ゲヘナの刑罰をどうしてのがれることができよう。
マタイの福音書23章29~33節」
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つまり、預言者を殺した者たちの子孫である「まむしの末ども」は、父祖たちの罪の目盛りの不足分を満たすから、地獄へ行くのです。
そして、「父祖たちの罪の目盛りの不足分」とは、
イエス・キリストを殺すことと、
イエス・キリストを恐ろしい悪魔のように教えて、他の人々がイエス・キリストを信じさせないようにすることでした。
それは聖霊を汚すことになるので、地獄へ行くのです。
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そのことをイエスさまは次のように具体的に教えておられます。
また、エルサレムから下って来た律法学者たちも、「彼は、ベルゼブルに取りつかれている」と言い、
「悪霊どものかしらによって、悪霊どもを追い出しているのだ」とも言った。
そこえイエスは彼らをそばに呼んで、たとえによって話された。
「サタン(悪魔)がどうしてサタンを追い出せましょう。
もし国が内部で分裂したら、その国は立ち行きません。
また、家が内輪もめをしたら、家は立ち行きません。
サタンも、もし内輪の争いが起こって分裂していれば、立ち行くことができないで滅びます。
確かに、強い人の家に押し入って家財を略奪するには、まずその強い人を縛り上げなければなりません。そのあとでその家を略奪できるのです。
まことに、あなたがたに告げます。人はその犯すどんな罪も赦していただけます。
また、神をけがすことを言っても、それはみな赦していただけます。
しかし、聖霊をけがす者はだれでも、永遠に赦されず、とこしえの罪に定められます。」
このように言われたのは、彼らが、「イエスは、汚れた霊につかれている」と言っていたからである。
マルコの福音書3章22~30節
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このように、聖霊を汚す者たちは、イエスさまを悪霊どものかしらサタン(悪魔)のように教えて、他の人たちがイエス・キリストを信じさせないようにしたのです。
この当時は、新約聖書はなかったので、聖霊を汚す者たちは、イエスさまがサタン(悪魔)のように教えることが出来ました。
しかし現在は、新約聖書は世界№1のベストセラーと言われるくらいに全世界に普及しているので、イエスさまをサタン(悪魔)だと教えることは出来ません。
ですが、聖書の御言葉を曲解させて、聖書解釈と福音理解によって、イエス・キリストを冷酷非道な恐ろしい悪魔のような神に思わせることは可能です。
隣人に対して、表向きは神は愛だと教えながら、まるで詐欺師のように、巧妙に言葉巧みに、イエス・キリストを冷酷非道な恐ろしい悪魔のような神のように教えることによって、イエス・キリストを信じさせないようにするのです。
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実は聖書の「悪魔が蒔いた毒麦・まむしの末ども」は、現在で言えば、教会の牧師・神父・宣教師・伝道師・教会学校の教師という立場の人が多いと、イエスさまは教えています。
そのとき、イエスは群集と弟子たちに話をして、こう言われた。
「律法学者、パリサイ人たちは、モーセの座を占めています。
ですから、彼らがあなたがたに言うことはみな、行い、守りなさい。
けれども、彼らの行いをまねてはいけません。彼らは言うことは言うが、実行しないからです。」
マタイの福音書23章1~3節
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そして、弟子たちの中にも悪魔から出た者であり、聖霊を汚す者がいたので、このように教えられたのです。
しかし、わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまずきを与えるような者は、大きい石臼を首にかけられて、湖の深みでおぼれ死んだほうがましです。
つまずきを与えるこの世はわざわいだ。つまずきが起こるのは避けられないが、つまずきをもたらす者はわざわいだ。
もし、あなたの手か足の一つがあなたをつまづかせるなら、それを切って捨てなさい。片手片足でいのちに入るほうが、両手両足そろっていて永遠の火に投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。
つづく














