「日本におけるキリスト教 131 どうしてクリスチャンが地獄へ行くと教えられたのか?」
最近の記事では、聖書を読むとイエスさまは、イエスさまにつき従って来た群衆と十二弟子たち、また十二弟子たちに、地獄に投げ込まれるという「クリスチャンたちの義」を教えられたことを伝えさせて頂いています。
前回記事では、現実に昔から起き続けている「教会の不祥事」が多すぎることから、その理由の1つに、このように思いました。
教会を清めて聖なるものとし、しみやしわやそのたぐいのものは何一つない、聖なる、汚れのない、栄光に輝く教会を御自分の前に立たせるために必要不可欠な教えだった。
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さらにもう1つの理由が思い起こされました。
それは悪魔の策略です。
悪魔は聖書の御言葉を利用して、滅ぼそうとします。
「また、悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の頂に立たせて、こう言った。「あなたが神の子なら、ここから飛び降りなさい。
『神は、御使いたちに命じてあなたを守らせる』とも、
『あなたの足が石に打ち当たることのないように、彼らの手で、あなたをささえさせる』とも書いてあるからです。」
するとイエスは答えて言われた。「『あなたの神である主を試みてはならない』と言われている。」
(ルカの福音書4章9~12節)」
このように悪魔は御言葉を使って、悪魔に聞き従わせようとします。
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神が私たちに対する愛を教えられている御言葉は次の通りです。
「私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。
正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。
しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。
(ローマ人への手紙5章6~8節)」
なんと、神は、イエス・キリストを信じた者たちのためではなく、不敬虔な者のために死んでくださいました。
イエスさまの十字架の贖いは、私たちがまだ罪人であったときに、つまり、まだイエス・キリストを信じていない時に成し遂げられたのです。
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悪魔にとってこの御言葉は相当めちゃくちゃ激しく都合が悪いので、この御言葉を信じさせないようにするはずです。
そのためには他の御言葉を利用して、キリストの十字架の死は、不敬虔な者たちのためではない。罪人のためではない。
つまり、イエス・キリストを信じていない人々は滅びに向かっていて、地獄行きになるというように教えていきます。
すると、イエス・キリストを信じていない人たちにとって、イエス・キリストは地獄に投げ込む悪魔のような存在になります。
そんな冷酷非道な悪魔のような神を信じるよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しいでしょう。
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そのような悪魔が教えるような聖書の教えに対して、イエスさまのように御言葉で対抗すれば、悪魔は逃げ去るしかないのです。
例えば、今年の春の名作ドラマ「花咲舞が黙ってない 第3シリーズ」のようにです。
主演の花咲舞は、臨店班の銀行員です。正義感が強く、不正行為や理不尽な慣習の犠牲になる人々を見過ごす事ができずに、間違っていると思えば徹底的に追及します。
そして、相手がどんなに偉いひとであっても、反論する時は「お言葉を返すようですが」と切り出します。
悪事を暴かれた相手が激怒して「誰にものを言ってるんだ!黙れ!」と一喝しても「(いいえ)黙りません!」「そんなの絶対間違ってます!」と言い返すのがお約束です。
ちなみに花咲舞を演じているのは、個人的にものすごい俳優だと思って注目している今田美桜さんですから、すごく感動しながら毎回ドラマを見ていました。
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もしも「この方(イエス・キリスト)以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。使徒の働き4章12節と書いてある。
だから、イエス・キリストを信じた人々は救われる。地獄に行くことはない。
そして、イエス・キリストを信じていない人々は救われない。そして永遠の火に投げ込まれます。それが聖書の教えです!」
そのように教えてくる人たちがいれば、
「お言葉を返すようですが」とお言葉を1000倍返しにします。
「イエス・キリストは、イエスさまにつき従って来た群衆と十二弟子たちに、わたしはあなたがたに言います。『ばか者』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。
また、だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。
もし、右の目が、あなたをつまずかせるなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに投げ込まれるよりはよいからです。と教えられています。マタイの福音書5章22~30節!
また、十二弟子たちには、つまずきを与えるこの世はわざわいだ。つまずきが起こるのは避けられないが、つまずきをもたらす者はわざわいだ。
もし、あなたの手か足の一つがあなたをつまづかせるなら、それを切って捨てなさい。片手片足でいのちに入るほうが、両手両足そろっていて永遠の火に投げ入れられるよりは、あなたにとってよいことです。と教えています。マタイの福音書18章7~8節!
つまり、イエスさまを信じてつき従って来た群衆とイエスさまの十二弟子でも永遠の火に投げ込まれるという教えがあるのです!」
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それから、このように教えてくるでしょう。
「 御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。ヨハネの福音書3章36節
つまり、イエス・キリストを信じた者たちは永遠のいのちを持ちます。神の怒りはなくなるのです。
そして、イエス・キリストを信じていない者たちは、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまっているので、滅びに向かっていて、そのまま死ねば当然に永遠の火に投げ込まれます。
これが聖書の教えです。」というように教えてくる人たちがいれば、
「お言葉を返すようですが」とお言葉を1000倍返しにします。
「聖書はこのように教えています。
私たちのいのちであるキリストが現れると、そのときあなたがたも、キリストとともに、栄光のうちに現れます。
ですから、地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい。このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです。
このようなことのために、神の怒りが下るのです。
コロサイ人への手紙3章4~6節
つまり、イエス・キリストを信じたクリスチャンでも、地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりをしていれば神の怒りが下ると明確に教えられています。
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また、このようにも教えてくるでしょう。
「 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。ヨハネの福音書3章16~18節
つまり、イエス・キリストを信じた人々は、ひとりとして滅びることはなく、永遠のいのちを持ちます。
しかし、イエス・キリストを信じない者たちは、すでにさばかれているので、滅びに向かっていて、永遠の火に投げ込まれます。
これが聖書の教えです!」というように教えてくる人々人たちがいれば、
「お言葉を返すようですが」とお言葉を1000倍返しにします。
「聖書はこのように教えています。
私の兄弟たち。多くの者が教師になってはいけません。
ご承知のように、私たち教師は、格別きびしいさばきを受けるのです。
私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。もし、ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です。
舌は火であり、不義の世界です。舌は私たちの器官の一つですが、からだ全体を汚し、人生の車輪を焼き、そしてゲヘナの火によって焼かれます。
ヤコブの手紙3章1~6節
つまり、クリスチャンの教師たち(牧師・牧師婦人・神父・宣教師・伝道師・執事・信徒リーダー・教会学校の先生たち)は、格別きびしいさばきを受けると教えられています。
もしも、イエスさまと聖書の教えとはまるで違った教えを教えていれば、ゲヘナ(火の池)の火によって焼かれると聖書は教えているのです!
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つまり、イエスさまがクリスチャンたちに永遠の火に投げ込まれるという「クリスチャンたちの義」を教えられた理由の一つに、
聖書の御言葉を悪用して、イエス・キリストを信じていない人たちを地獄行きに定めさせないためという理由もあると思いました。
そして、クリスチャンたちに対して次のように厳しい警告が教えられています。
「しかし、私たちであろうと、天の御使いであろうと、もし私たちが宣べ伝えた福音に反することをあなたがたに宣べ伝えるなら、その者はのろわれるべきです。
私たちが前に言ったように、今もう一度私は言います。もしだれかが、あなたがたの受けた福音に反することを、あなたがたに宣べ伝えているなら、その者はのろわれるべきです。ガラテヤ人への手紙1章8~9節」
長くなったので、次回に続く















