「日本におけるキリスト教 141 神は人間を永遠に生きることがないようにされた」
今回はキリスト教史上において最大級に衝撃が走る恐ろしい話になります。
前々回から「永遠の命」について聖書の教えを見てきました。
今回はそのルーツ創世記から見て行きます。
「神である主は東の方エデンに園を設け、そこに主の形造った人を置かれた。
神である主は、その土地から、見るからに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせた。(創世記2章8~9節)」
「神である主は人を取り、エデンの園に置き、そこを耕させ、またそこを守らせた。
神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。
しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。(創世記2章15~17節)」
けれど、アダムとイブは神に聞き従うことができず、蛇にだまし欺かれて善悪の知識の木から取って食べてしまいました。
なので、神は次のように言われました。
「神である主は仰せられた。
『見よ。人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るようになった。
今、彼が、手を伸ばし、いのちの木からも取って食べ、永遠に生きないように。』(創世記3章22節)」
つまり、人間がいのちの木から取って食べることがないようにして、永遠に生きることがないようにされたのです。
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この神さまの御心を知れば、人間は、永遠の命については、もう何も言えない。言ってはいけないと思います。
それゆえ、旧約聖書では「永遠の命」の言葉はたった一か所だけ登場するだけです。
(SNSで永遠の命の聖書箇所を徹底的に調べている人が何人もいて、旧約聖書では申命記32:40だけということで一致していました。)
それはモーセの遺言にあたる長い歌の一部で「私はとこしえに生きる。」新共同訳では「わたしの永遠の命にかけて」と訳しています。
マルコの福音書9章4 節では、エリヤとモーセが共に現れて、イエスさまと語り合っていた場面があります。
エリヤは『列王記下』の第2章で生きたまま炎の馬車で天に上げられたことが記されています。
また、モーセの死については、「今日に至るまで、だれも彼が葬られた場所を知らない」と記されています(申命記34章6節)。
なので、イスラエルの民の間では、モーセは生きたまま天に上げられたと信じている人々もいたようです。
ですから、旧約聖書ではモーセのように特別な存在以外の人間は誰も「永遠の命」について教えることはなかった。
『人間は永遠に生きないように。』という神さまの御心を知れば、教えてはいけなかったというほうが適切かもしれません。
※
しかし、新約聖書の時代のイスラエルの民の教師たちは「永遠の命」について旧約聖書を調べるようになっています。
ですが、旧約聖書にはその答えはあるはずがありません。
なにせ神さまの御心が『人間は永遠に生きないように。』ということなのですから。
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しかしながら、そもそも神さまは、エデンの園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木を生えさせて、その中の「善悪の知識の木からは取って食べてはならない」と命じられています。
つまり、初めは死ぬことがないアダムとイヴが神さまにずっと聞き従っていれば、いのちの木から取って食べさせたのではないかと思われるのが、御子イエス・キリストが永遠の命についての答えにありました。
そのイエスさまの答えは、アダムとイヴが誕生から死ぬことがなかったのは、神の無償の愛であり、ありのままで愛されていることを現わしているからです。
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イエスさまは、イエスさまを迫害するユダヤ人たちが質問していないのに、次のように「永遠の命」について答えました。
「 それは、すべての者が、父を敬うように子を敬うためです。子を敬わない者は、子を遣わした父をも敬いません。
まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。(ヨハネの福音書5章23~24節)」
この永遠の命の答えは、最大限に御父である神を尊重する答えでした。
そのことが、永遠の命を定義している御言葉と言われているヨハネの福音書17章に現わされています。
1 イエスはこれらのことを話してから、目を天に向けて言われた。「父よ。時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すために、子の栄光を現してください。
2 それは子が、あなたからいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、あなたは、すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。
3 その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです。
4 あなたがわたしに行わせるためにお与えになったわざを、わたしは成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。
5 今は、父よ、みそばで、わたしを栄光で輝かせてください。世界が存在する前に、ごいっしょにいて持っていましたあの栄光で輝かせてください。
6 わたしは、あなたが世から取り出してわたしに下さった人々に、あなたの御名を明らかにしました。
彼らはあなたのものであって、あなたは彼らをわたしに下さいました。彼らはあなたのみことばを守りました。
7 いま彼らは、あなたがわたしに下さったものはみな、あなたから出ていることを知っています。
8 それは、あなたがわたしに下さったみことばを、わたしが彼らに与えたからです。
彼らはそれを受け入れ、わたしがあなたから出て来たことを確かに知り、また、あなたがわたしを遣わされたことを信じました。
9 わたしは彼らのためにお願いします。世のためにではなく、あなたがわたしに下さった者たちのためにです。
なぜなら彼らはあなたのものだからです。
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このイエスさまが教えられた「永遠の命の定義」をまとめます。
「御父の御子が、御父の栄光を現すために、御子の栄光を現してください。
それは御子イエスが、御父からいただいたすべての者に、永遠のいのちを与えるため、御父は、すべての人を支配する権威を子にお与えになったからです。
その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神である御父と、御父の遣わされた御子イエス・キリストとを知ることです。
御子は、御父が世から取り出して御子に下さった人々に、御父の御名を明らかにしました。
彼らは御父のものであって、御父は彼らを御子に下さいました。彼らは御父のみことばを守りました。
いま彼らは、御父が御子に下さったものはみな、御父から出ていることを知っています。
なぜなら彼らは御父のものだからです」
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イエスさまの「永遠の命」についての定義は、まさに創世記において、『人間は永遠に生きないように。』と言われた御父が、『人間に永遠の命を与えよう』と言われるかごとくというものでした。
つまり、御父を最大限に尊重しない限り、「永遠の命」についての教えはあり得ません。
※
イエスさまの永遠の命を持つことの答えは、イエスさまを迫害しているユダヤ人たちも告発も反論も反証もできませんでした。
なぜなら、イスラエルの民のユダヤ人たちは、御父であるイスラエルの神を信じて、御父が御子であるメシヤ(救世主)を遣わされることを信じて、その教えに聞き従うことが常識だったからです。
つまり、イエスさまの永遠の命についての答えは、すべてのイスラエルの民はありのままで永遠の命を持っているということになります。
あのアダムとイヴが最初、御父である神さまは無償の愛で、ありのままで死なないようにしてくださったことと同じであります。
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「永遠の命」の教えは、御父である神が『人間は永遠に生きないように。』という教えを『人間に永遠の命を与えよう』という教えにされた最も超絶に重要な教えです。
ですから、悪魔が遣わす「滅びの子・反キリスト」と「偽預言者」たちは、
「この方を信じれば永遠の命を持つが、信じなければ滅びる」という教えは絶対に出来ませんでした。
男はつらいよの寅さんの名セリフ「それを言っちゃあ、おしまいよ」ということがわかっていたのでしょう。
さすがの滅びの子(反キリスト)・偽預言者・悪魔とその使いたちも、イエスさまの御父を最大限に尊重された永遠の命の教えに手を出すことは出来なかったのです。
まさにアンタッチャブルでした。
なので、滅びの子と偽預言者たちは「そらキリストがここにいる」と言い広めて、大きなしるしや不思議なことをして見せることによって、選民をも惑わそうとしました。
ヨハネの黙示録では、獣の像を拝まない者は殺して、すべての人の右の手か額に刻印を押して、その刻印がなければ買うことも売ることも出来ないようにしたのです。
※
ですから、私たちが「永遠の命」について教えることは、一歩間違えれば、相当めちゃくちゃ超絶に非常に恐ろしいことになることがわかります。
それゆえ、「永遠の命」の教えによって、隣人に恐怖・不安・絶望・怒り・悲しみを与えることは絶対にあり得ないはずです。
イエスさまが永遠の命の定義を教えられているヨハネの福音書17章1~9節を心にとどめているクリスチャンたちは理解できるでしょう。
※
そして最も重要なことは、イエスさまは永遠の命についての定義・教えをイスラエルの民だけに教えています。
その前にイエスさまは、このように命じられたからです。
「イエスは、この十二人を遣わし、そのとき彼らにこう命じられた。
『異邦人の道に行ってはいけません。サマリヤ人の町に入ってはいけません。
イスラエルの家の失われた羊のところに行きなさい。』マタイの福音書10章5~6節」
しかしながら、アダムとイヴのように、イスラエルの民は御父であるイスラエルの神と御父が遣わした御子イエス・キリストを信じることは出来なかったのです。
次は、イスラエルの民の中でも、御父であるイスラエルの神を信じていなかった人たち、異邦人についての教えを見ていきます。
つづく

















