嘘つきと丘
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夕風

 今日は透明な夕暮れの日だった。
 昼過ぎまでどんよりと曇っていたのだが、午後からすっかり晴れてきて、風もすこし強くなった。
 西風は夕日の匂いを運ぶだろうか。鼻が詰まっていた今まで、私はきちんと風の匂いを吸えなかったけれど、その季節ももう過ぎた。初夏で夕暮れの風はやはりまだ少し冷たい。

 過去形は少しだけ悲しいと、かつて通っていた予備校の先生は言った。
 今はもう先生はいなくなってしまっていて、見知らぬ先生が二人机で働いているのを見るのだけれど、その予備校の前を通るたびに思い出す。
 過去形は少しだけ寂しいと、予備校の先生は言った。

 風はどこからやってくるのだろうか。
 西から吹く風はきっと西の土地からやってきたのだろう。その瞬間、風は今という現象なのだけれど、ここに到達する頃、風は過去の産物になる。
 だから夕暮れの風に吹かれているのはどこか懐かしいと思うのだろうか。
 ここから流れた風をまた誰かが感じたとき、その人も懐かしいと思うのだろうか。
 私もいつか過去形になるのだろうか。

ほどほど

 何の本で読んだかは忘れたけれども、何となく印象的だった設定がある。
 天照大神は女神で月読尊が男神なのは周知の事実であり、彼らがイザナキノミコトが黄泉から帰った折、右目と左目を洗ったときに生まれた神であることはご存知のことだと思う。
 昼の世界を統べるのが姉である天照大神で、夜の世界を統べるのが弟である月読尊なのであるが、その書の中では大体このようなことが書かれていた。

 最初父・イザナキノミコトから昼の世界を任じられたのが兄である月読尊で、夜の世界を任じられたのが妹である天照だったというのだ。
 しかし妹は暗い夜の世界を怖がったために、兄が父に申し入れをして、妹に明るい昼の世界を、自分に暗い夜の世界を任せるように言ったのだという。
 これにはおそらく根拠らしい根拠などなにもないのだが、何だか印象的で今でも記憶しているものの一つである。

 私は中間子なので姉もあるし弟もある。至ってごく普通の家庭に生まれ育って、幸いなことに何も不自由なくここまで生きてきている。母と姑の仲もそれなりに悪く(笑)、それでも祖父母は私たちを可愛がってくれたし、父母は私に勉強をするにも趣味に打ち込むにも十分な環境を与えてくれた。
 世間は豊かな時代ゆえに、家族とのつながりが稀薄になってきていると聞いた。
 だから上記のような美しい兄弟論を展開すればいいのかというと、少し違う気がする。
 姉は外面がいい代わりに根性がひん曲がっているし、弟は温厚すぎて自分の意見を引っ込めがちだ。私は中間子の定めとも言おうか、自分のテリトリー内でしか動かない。
 でも別に殺してやりたいほど憎んだことだって殆どないし、あったとしたら自分もよほど子供だった頃のことだ。
 でも幸いここまでやってきている。家族の中にはもちろん病や寿命で亡くなったひとがいるにしろ、うかばれないような死に方をしたわけではない。

 うちの家族を見ていると、ほどほど、という言葉を思い出す。
 何事もありすぎるとかえって困るのだということ。お金はあったほうがいいと言う人もいるけれど(そりゃそうだろうが)、お金があることがすなわち幸せとは限らないのではないかと思う。
 実際身内で、夫に働かせて自分は趣味にかまけた結果、兄は登校拒否で妹は半分家出状態の家庭もある。
 私の住む町は一時間にバスが2,3本しかやってこない田舎だが、十分だと思う。ありすぎても道路が混雑して困る。
 冬は空っ風の国なので北風は強いが雪は降らない。寒い寒いといえども雪下ろしなど経験したことのない人が圧倒的に多い。
 家族ばかりではなく土地柄として、この場所は「ほどほど」が「程よく成り立つ」場所なのだといえる。

 日本には八百万の神様がいるというが、もし私が今住む土地に神様が宿っているとしたら感謝したい。そして、この町をこの状態にしている環境に。
 変革は緩やかだ。最近は開発工事やら合併やらで大忙しのこの町の未来を、末永く応援していきたい。

国破れて山河在り

 遠藤周作の無鹿を読んだ。
 「それぞれん夢賭けて、そん夢が破れたのが無鹿」
 とても短い話ではあったが、父からすすめてもらった遠藤周作の集大成とも言うべき「深い河」に繋がっていくような話であった。それと同時に、大作「沈黙」にも帰っていくような、そんな話であった。

 同時収録されていた話の中で一番私の興味を引いたのは、「取材日記」だった。
 著者が、織田信長の愛した吉乃や、藤吉郎(後の秀吉)について美濃に訪れ、その旧跡を探し、取材した日記だ。
 すこし微笑ましくそして寂しく、静かな重量のある文だった。
 その書の中に、「どんな田舎に行っても退屈することはない。私はその場所の歴史を肌で感じるだけで会館にも似た思いが突き上げてくる。草が茫々と生えている土手で何時間座っていても飽きない」という件がある。

 そうそう、と私も思った。
 私の家族は旅行をするのが好きで、長野の八ヶ岳や茶臼山には何度も訪れたことがある。最近は私の希望で岐阜の高山や妻籠・馬籠といった歴史と情緒ある街にでかけることが多い。
 そういった場所でぼんやりするのが私は好きだ。島崎藤村や斉藤道三や濃姫の吸った空気を肌で感じるだけで何ともいえぬ気分になる。
 私の家自体が田舎にあるからか、どうしても山や野や川や、人気のないところに惹かれてやまないところが私にはある。
 物心ついたときからある花粉症に鼻をずるずるやりながら、祖父に手を引かれていった田んぼの真ん中に生える一本の桜。家の前を走る川に、毎年幻想的に飛び交う蛍の群れ。秋には裏の雑木林が競うように色づき、冬にはいかほどの湿気も含まない風が吹きつける私の故郷。
 この場所に昔から暮らしてきた人たちの事を考える。歴史に名も刻まれず紬糸のように昔から繰り返されてきた事を延々と休まず後世に伝えていった人たち。
 そういうものを考えるとき、私はいつも空を見る。野原や山は人の手によって形を変えられてしまうけれども、空はいつも空以外の何者でもないのだ。
 春の空はいつも霞を含んでけぶっている。私のご先祖達はここでどんな暮らしをしてきたのだろうと、何度も何度も考えながら、私は空を眺めている。

著者: 遠藤 周作
タイトル: 無鹿

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