東北(05/02/19)
ご無沙汰してました。土下座。
昨年、シンセサイザー演奏者・姫神(星吉昭さん)が身罷られたのは大変な衝撃だったのだが、ご子息(星吉紀さん)がそれを受け継ぐと知ってとても感銘を受けた。おお、まったく、継続は力なり。
姫神というアーティストを始めて知ったのは、「神々の詩」という曲で、たしか何かドキュメンタリーらしき番組のテーマソングだったように記憶しているが、やはりおぼろげだ。こういうとき自分の記憶力の悪さに滅入る。
その「神々の詩」だが、あまりにパンチが効きすぎていてまるで頭の中に光が入ったような、もう一言で言うなら衝撃的だったとしか言いようがないのだが、本当に感動する曲だった。
敬愛する椎名林檎さんやEGO-WRAPPIN'にも言えることだが、こういったオリジナリティ溢れる曲は一度気に入ると、他のアーティストで代用(言い方は悪いが)出来なくなってしまうので、延々とアルバムをオールリピートせざるを得なくなる。これは私の場合だが。
姫神も例外ではなかった。東北の民俗音楽を追求したとのことだが、なるほど、聴いていると柳田國男の遠野物語が読みたくなってくる。今年は大河ドラマもちょうど良く義経で、新生姫神も奥州藤原三代をテーマに活動されるらしいのでとても楽しみだ。
東北という地をわたしが憧憬してやまないのは、おそらくわたしの心の中の大多数を占めてやまない宮沢賢治の故郷だということがあるだろう。
彼の作品とはじめて会ったのは「銀河鉄道の夜」で、そのとき見たのはいわゆる「猫版銀河鉄道の夜」、キャラクターが猫で描かれている長編アニメーションのビデオによるものだった。今でこそわたしの大切なものの一つとなっているが、当初は正直、難しすぎてよくわからなかった。
その後小学五年生のとき、教科書に載っていた「やまなし」という童話に出会った。クラムボンはかぷかぷわらったよ、で有名なあの作品である。
当初はなんだか情景が綺麗なお話だな、程度にしか思っていなかった。やまなしの黄緑(想像だが)、水中から見るゆらゆら揺れる光の束、沢蟹の鮮やかな赤、なんだか絵画的だと勝手に思っていたものだ。彼の作品とまた再会するのはそれから一年後、今はもう懐かしい学級文庫の中にあった「よだかの星」という一冊の本だった。
よだかは、実にみにくい鳥です。
顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。
足は、まるでよぼよぼで、一間たりとも歩けません。
ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合でした。
(宮沢賢治「よだかの星」より、冒頭)
この話をモチーフにした(或いは、その逆であるのか)話が、「銀河鉄道の夜」の中にも登場する。蠍の火、おそらく夏のさそり座のアンタレスの話だ。
昔バルドラの野原で虫を狩って生きていた蠍はある日、いたちに追いかけられて逃げ回った挙句、井戸に落ちてしまう。その時、蠍はああ、と祈るのだった。
「ああ、わたしはいままでいくつのもののいのちをとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。(宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より)」
彼は、よき理解者だった妹のトシを早くに病で亡くしている。それについて、「永訣の朝」や「無声慟哭」などの有名な詩篇を彼は綴った。日蓮宗徒だった彼は徹底して精進潔斎をし、凶作にあえぐ農民達と共に東奔西走する。このことは、「雨ニモ負ケズ」や「もうはたらくな」などの詩によく現れている。
昭和8(1933)年、彼は37歳でその短い生涯を終えた。その年、東北は豊作、と書物にある。
昨年、シンセサイザー演奏者・姫神(星吉昭さん)が身罷られたのは大変な衝撃だったのだが、ご子息(星吉紀さん)がそれを受け継ぐと知ってとても感銘を受けた。おお、まったく、継続は力なり。
姫神というアーティストを始めて知ったのは、「神々の詩」という曲で、たしか何かドキュメンタリーらしき番組のテーマソングだったように記憶しているが、やはりおぼろげだ。こういうとき自分の記憶力の悪さに滅入る。
その「神々の詩」だが、あまりにパンチが効きすぎていてまるで頭の中に光が入ったような、もう一言で言うなら衝撃的だったとしか言いようがないのだが、本当に感動する曲だった。
敬愛する椎名林檎さんやEGO-WRAPPIN'にも言えることだが、こういったオリジナリティ溢れる曲は一度気に入ると、他のアーティストで代用(言い方は悪いが)出来なくなってしまうので、延々とアルバムをオールリピートせざるを得なくなる。これは私の場合だが。
姫神も例外ではなかった。東北の民俗音楽を追求したとのことだが、なるほど、聴いていると柳田國男の遠野物語が読みたくなってくる。今年は大河ドラマもちょうど良く義経で、新生姫神も奥州藤原三代をテーマに活動されるらしいのでとても楽しみだ。
東北という地をわたしが憧憬してやまないのは、おそらくわたしの心の中の大多数を占めてやまない宮沢賢治の故郷だということがあるだろう。
彼の作品とはじめて会ったのは「銀河鉄道の夜」で、そのとき見たのはいわゆる「猫版銀河鉄道の夜」、キャラクターが猫で描かれている長編アニメーションのビデオによるものだった。今でこそわたしの大切なものの一つとなっているが、当初は正直、難しすぎてよくわからなかった。
その後小学五年生のとき、教科書に載っていた「やまなし」という童話に出会った。クラムボンはかぷかぷわらったよ、で有名なあの作品である。
当初はなんだか情景が綺麗なお話だな、程度にしか思っていなかった。やまなしの黄緑(想像だが)、水中から見るゆらゆら揺れる光の束、沢蟹の鮮やかな赤、なんだか絵画的だと勝手に思っていたものだ。彼の作品とまた再会するのはそれから一年後、今はもう懐かしい学級文庫の中にあった「よだかの星」という一冊の本だった。
よだかは、実にみにくい鳥です。
顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。
足は、まるでよぼよぼで、一間たりとも歩けません。
ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも、いやになってしまうという工合でした。
(宮沢賢治「よだかの星」より、冒頭)
この話をモチーフにした(或いは、その逆であるのか)話が、「銀河鉄道の夜」の中にも登場する。蠍の火、おそらく夏のさそり座のアンタレスの話だ。
昔バルドラの野原で虫を狩って生きていた蠍はある日、いたちに追いかけられて逃げ回った挙句、井戸に落ちてしまう。その時、蠍はああ、と祈るのだった。
「ああ、わたしはいままでいくつのもののいのちをとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。(宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より)」
彼は、よき理解者だった妹のトシを早くに病で亡くしている。それについて、「永訣の朝」や「無声慟哭」などの有名な詩篇を彼は綴った。日蓮宗徒だった彼は徹底して精進潔斎をし、凶作にあえぐ農民達と共に東奔西走する。このことは、「雨ニモ負ケズ」や「もうはたらくな」などの詩によく現れている。
昭和8(1933)年、彼は37歳でその短い生涯を終えた。その年、東北は豊作、と書物にある。
協力(05/02/08)
先日、(確か)BS-hiで日本の文化遺産を放送していた。わたしが憧憬してやまない、白神山地や屋久島の大杉などの自然遺産を除いた奈良の文化財、姫路城、京都の文化財、白川郷の合掌造り、広島の原爆ドーム、厳島神社、琉球のグスク群、そして2004年新たに世界遺産に登録された熊野古道を、二時間に渡り紹介していた。
どこも行きたいところばかりなのだが、わたしとしては初めてとなる、奈良や京都の文化財の修繕工事を(テレビ越しだが)見ることができた。古くから続く技術の数々が、たくさんの職人たちの手によって、巨大な寺が修繕されていく。
屋根の隅の部分に使う木の曲がりが現在の建築に使用される木では作り出せないらしく、関係者はわざわざ人の手の入らない山奥まで入り、大自然によって育まれた木を利用したという。
修繕に関わった方の一人が仰っていた。
「江戸時代か、それよりもずっと前から現在まで、私達は同じ仕事を繰り返してきました。進化してないと言ったらそれまでですが、ということは、昔の人がそれだけ優れた技術を持っていたということなんです」
五箇山の合掌造りに、わたしは去年の冬に訪れた。積雪は甚だしく、頬をすぎる風は冷たかった。空も曇っていて、みぞれなのか雪なのか判別がつかないものが降ったりやんだりしていた。宮沢賢治の「永訣の朝」を思い出した。
番組の中では一つの家が、屋根の萱を村民総出で取り替えるドキュメントを紹介していた。萱を取り替えるのは大事業なので、家主は一軒一軒の家々を回り手助けをお願いしたり、七福神に化けた男衆がその家にやってきて成功するように踊ったりだとか、見たこともないのに、懐かしいと思ってしまうような、暖かい風景がそこにはあった。
当日、人々は結局約500人も集まり、屋根は片方の取替えが完成された。来年、また反対側を取り替えるという。
連帯や、群れという言葉がある。これは東洋人、殊に日本人の奥深くに根ざしているものであって、なかなか容易には瓦解できないもののようだと、敬愛する作家・梨木香歩は著書「ぐるりのこと」で述べている。
だが、わたしはこの群れや連帯だっていいと思うのだ。道を究めた職人が協力し合い、古来のものを修復するように。なんの技術も持たないものから、経験者までが寄り集まってわいわい騒ぎながら去来する過去や未来に夢を馳せ、温故知新をするように。
もちろん、氏は行き過ぎた群れから否応なしにかもし出される言うところの優越、そういう類のものが危険だと述べているのであり、わたしはこの意見に対立するつもりはない。
協力、連帯、集合、群集。価値を選ぶということだ。その一つの集まりを、協力だと考えるか、連帯だと考えるか、集合だと考えるか、群衆だと考えるか。
この群れの考え方は、もしかしたら五人組などという一つの集合体を強制された結果、「迷惑はかけられない」という意思が自動的に人間の頭の中から呼び起こされたのかもしれない。
考えの違う人と会うのは、とても楽しい。その度に冷水を上からかけられたように、目が覚める心地がするものだ。多角的にものを見たいと思っているので、自分に持っていない視点や価値観を持っている方は本当に憧れる。
そういった人たちとの出会いや繋がりを、大事にしていきたい。
かえりみる(05/02/05)
呆れることは、懐かしく思うことと少しだけ似ている。かつての状態を知っていて、それで、ああ、変わってない、とため息を零すことだ。偲ぶことに少しだけ似ている。
先日かなり久しぶりに体調を大幅に崩してトイレで倒れた。意識はあるのでとりあえずそこで横になりたかっただけなのだけども。なんだか気色悪い声でうーうー唸っていたような気もするが、どんな状態でどんな具合の声を出していたのかは定かでない。
友達が盲腸で真夜中に病院に駆け込んだという話を思い出していた。ご両親のうちのどちらかが運転する車の中でやはり唸りながら、これで死ぬのかも、と思ったらしい。
わたしは幸か不幸か盲腸の経験はないので彼女の体験談にはへえ~という感嘆詞くらいしか返せなかったのだが、苦しいとやっぱりこれで死ぬのかもなーと思ってしまう。脳みその根本が甘いのだ。
元来胃腸が弱いらしくよく腹を下すのだが、ここまで体調を崩すのは久しぶりだった。汚い話だが吐きもしたので已む無く病院に行った。その日学校で漢検があったので、点滴を打って無理やり漢検だけ受けに行った。なんというか馬鹿だというか。
そのせいで最近漢字の勉強ばかりしていたのだが、表意文字である漢字はわたしを惹き付けてやまない。源という文字を、野原を流れる水の元、と自分勝手に解釈するのも楽しい。
自然という言葉がある。なんと難しく貴く、清らかな水の流れのような言葉。自らが自らであること、というのが自然だと漢字は言う。
村上陽一郎は著書「あらまほしき自然」の中で、西洋人たちの自然に対する考え方が、人間は自然を統率する「マスター」ではなく管理する「スチュワート」であるというように変わってきていると述べた。東洋人には元からマスターとしての感覚が希薄なので多くは述べられていなかったが、まるで仏教的な行雲流水のごとく流れに身を任せていたところで、搾取するよりも凄惨なことをしかけている、と警鐘を鳴らしている。少々うろ覚えだ。
南ドイツの黒い森・シュヴァルツヴァルトも、白神山地も、今となっては人間に「管理される」自然となってしまっている。もちろんその景勝も、人間の管理なしではありえないのかもしれないけれども。
これは生き物にも言えることだ。自らが自らであることが自然。自我の確立によって世界が、この上なく美しいものにも、目を覆いたくなるような醜いものにも見える。
ある場所で等しい状態であることが、そしてそれを継続するのに誰かの手を必要とするならば、と考える。世界は常に流動している。同じ日はもうない。
何より留まり続けることや継続することは多大な労力を伴う。それを賭しても、わたしはわたしを見失わずにいたい。リアクションの薄い人だとか、とっつきにくい人だとか言われても別段構わない。自らが自らであること、他に(生き物だけではなく、土も木々も風も)それをするように願う(或いは乞う)なら、まず自らの襟を正す、ということだ。
だからもしかしたら懐かしいと思うことも偲ぶことも呆れることも胸が締め付けられるような思いがすることも、誰かの手によってたくさんの労力が払われてきたのかもしれない。もちろん自らだけではなく、他人や環境にもそれは左右される。その圧倒的な力の量は、進化することと同じくらい。
気が遠くなるほどの昔から綿々と受け継がれてきた、継続するということ、紡がれるということを思う。
ところで時間というものを考えるとき、安倍公房の言った砂というものの存在が迫ってくる。流動する砂、巻き上がる砂、ひとつところに留まらず、まるで生きているような砂。
世界は砂なのかもしれませんね、或いは。どれそれが何かの進化系とかじゃなくって、みんな砂から生まれてきたのかも。いずれはみんな砂に還ってしまう、そのプロセスが途方もなく遠く、儚く、貴い。