「できる子」の構造 -12ページ目

「できる子」の構造

子どもの中学受験が終わった。はじめは楽勝だと思っていた。でも楽な受験なんてないんだなと思い知らされた。まぁ結果的には第一志望合格だったのだけれど...。そんな回想記。

4年生の頃:

遅い日でも勉強や練習などは全て10時になったらそこで終わらせて、

お風呂に入って寝る というスケジュールでやっていた。

起床時間はウィークデイは常に6:30で統一していたから

睡眠時間は8時間半ちかくあったと思う。 

登校前に30分くらいは計算問題や漢字演習をやる計画だったが、

朝はぼ~っとしていて、平均15分もできていなかったと思う。

土日はもっと寝ていた。

  

5年生になって:

夜はもう少し遅くまで起きている日も増えてきた。

10時に寝た日から11時に寝た日までまちまちだった。

朝起こす時間は、4年生のころと変らず6:30だった。

睡眠は平均して8時間といったところ。 

春休みや冬休みは、季節講習に追われてもうちょっと少なかったが、

夏休みはもっと寝ていた。

ちなみに朝勉は、平均15分弱の計算だの漢字演習だのが精一杯だった

  

6年生の夏休みまで:

基本的には5年生の頃と変らなかったが、

金曜や土曜など、翌日に小学校がなく、弟彦が眠くなってもしまわないような日は

11時過ぎまで勉強している日もかなりあった。

それでも大雑把な計算では平均睡眠時間は7時間半を切ってはいない。

夏休みは平均8時間半の睡眠は取っていた。

朝勉は平均して15分以下と改善なし。

  

6年生の9月以降:

生活を朝型に切り替える予定を立てていた。

睡眠が901サイクルから成り立っているという記事を読んで

その整数倍ということで7時間半睡眠、

10時就眠、朝5;30起床という計画を立てた。

これで実施してみたのだが、全然ダメだった。

まず7時間半睡眠で足りているか足りていないか、という問題抜きに、

朝、学校に行って友人たちと会わないことには、頭は動き始めないらしかった。

しばらく頑張ったが、これではダメだと諦めて、朝の勉強は完全にゼロにした。

起床時間をぎりぎり7時近くまで遅らせて、そこから15分くらいで登校させた。

夜は少しは強くなったけど、11:30から12:00には寝るようにした。

平日の平均睡眠時間が7時間半を切ってしまっていたので、

土日は少し起こすのを遅らせて8時間睡眠をとらせた。

ただし瞬間風速的には、6時間くらいの睡眠時間の日も何回かはあった。

  

年があけて1月:

9月からの生活で、やはり睡眠時間は8時間は必要だと痛感したので

冬期講習終了後はほぼ毎日10:30睡眠、6:30起床の線を守るようにした。

ちょうど睡眠時間について書こうと思っていたのだけど

INTER_EDUで同じ話題のスレッドが立っていた。

  

そう、関西の方が学習時間は長いという話は

関西出身の塾長さんのブログで読んだことがある。

ラサール石井さんの伝説の入江塾とか… 

当時の首都圏の受験事情と比べても隔絶してると思う。

今でも、今年の2月にお昼のワイドショーでやっていた関東希学園の男の子とか

去年東大寺学園を受験されたお子さんのお父さんが書いていたブログとか、

見てるとやっぱりうちの子より睡眠時間はかなり少ないと思う。

  

なんていうか、関西リアリズムとでもいうのだろうか。

関西の人たちは「素質」 なんて曖昧なものは語ろうとしないようなところがあって、

すがすがしいって感じる。

首都圏の人間だったら、どこか後ろめたささえ感じるであろう「量」 を

すごく開けっぴろげに誇ってくるように思う… 文化の違いなんだろう。

逆に関西の人たちは、こっちの人間のこの「後ろめたさ」 は

絶対に理解できないんじゃないかな?

  

  

弟彦は夜弱く、朝も弱い。

いつでも眠れるし、いつまででも寝ていられる。

睡眠不足になれば、頭は機能停止するし、体調も崩れてくる。

ガッツで一応がんばろうという姿勢は見せるので、

親は機能停止していることに気づかずに課題を与えてしまって

結果をチェックして唖然… なんてことも多かった。

  

みんなの平均睡眠時間はどれくらいなのだろう?

首都圏の人間が、あのスレッドに本当に手の内を明かして

正直な数字を書くのだろうか? ちょっと興味津々だ。

ずっと知りたかったことなので、うちの場合を調べて正直に申告しようと思う。

中学受験では色々なものが対立軸として取り扱われる。

 

努力 vs 生まれつきの能力

管理 vs 放任

基礎重視 vs 応用力重視

機械的反復 vs 自由発想

パターン刷り込み vs 考える力育成     などなど…

 

教育を職とされる方々の意見もバラバラだ。

そして先生たちの主張は激しい。

メッセージを明確にするためだろうが、

しばしば対立側を完全に否定するような論旨を展開する。

 

先生たちの事情はともかく

私たち親がこうした問題でどちらかの陣営に与する必要はないだろう。

特定の先生の使徒となってしまう親御さんをよく見るけど

自分の子の将来を考えれば

「どっちも大切で、肝心なのはそのバランス」としか言いようがないと思う。

  

そしてそのバランス、あるいはバランスを取るための対策には

やっかいなことだが、一般的な公式は存在しないのだろう。

子どもの性格、能力、現在の学力、志望校の問題のタイプや科目の配点、

親の能力、子どものために割ける時間、入試までに残された時間 …・・・ ・

そうしたものは常に流動的で、対策も一般論は成り立たないと思う。

  

色々な教育論議の中で、私たち親が神経質にならざるを得なかったのは

「機械的反復やパターン刷り込みなどをやると、考える力が阻害される」

という主張だった。

「どっちも大切」と思っていても、

片方が、もう一方の伸長を阻害してしまうというのではバランスは取れない、

大問題だ。

ある先生はそれをニューロンやそのネットワークを使って

不可逆的な阻害として説明していたけど、

いくらなんでもそれはトンデモ系の奇説に過ぎないと思う。

 

でも、「悪い癖」 というのは確かに存在するし、やっかいなものだ。

「悪い癖」・「悪いフォーム」は、たとえ可逆的なものであっても

修正に要する労力や時間を考えれば、絶対に避けたいものだ。

  

「機械的反復」というものが、「悪い癖」に堕しやすいのかどうかは

私には全然わからない。 でも、慎重にならざるをえなかった。