たびてつの活動記録 -5ページ目

2012年度末有志旅行(6日目・後半)

こんばんは。JETです。

新年度を迎えるに当たり急ピッチで進めた昨年度有志旅行の特集ですが、今回をもって遂に完結します。約1年楽しみにご覧になってくださった皆様、大変お待たせして申し訳ございません。では、出雲市周辺の散策、そして夜行列車サンライズ出雲号の旅をつづった6日目後半の特集をご覧ください。

大津里道踏切1 大津里道踏切4

僕は119君たちと出雲大社駅を訪れたのちそのまま出雲市駅に戻り、さらに出雲市駅から1kmほど離れた大津里道踏切と言う踏切で山陰本線・一畑電車を2時間ほど撮影することにしました。ところでこの踏切は2つの路線が単線で並列しているだけでなく、面白い点があります。


大津里道踏切2 大津里道踏切3

山陰本線の列車が通過するときは「汽車」、一畑電車が通過するときは「電車」と表記されたランプが点灯します。地方都市だと、JR(設置当時はまだ国鉄?)は汽車(=非電化)、私鉄は電車と言う認識が強いようです。

さらに警報音も両者で異なっており、JRの通過時は「カンカンカンカン・・・」とオーソドックスな警報音ですが、一畑電車の場合は「チンッチンッチンッチンッ・・・」と「鐘」そのもののような古典的な音で、最初聞いたときは衝撃的でした(気になる方はYouTubeで検索してみて下さい)。

しかし左写真のように、この付近の山陰本線は特急「やくも」などの電車も走るわけですが、そこまで認識して区別はしないようです。


キハ187と115G やくも30とサンライズ

出雲市駅では、鳥取・米子と益田・新山口を連絡する特急「スーパーまつかぜ・スーパーおき」や、岡山からはるばるやってくる115系の普通列車など、意外と車種のバラエティは豊富です(左の写真は昼頃にとったものです)。そして119君や初代学祭担当・ユリウス先輩と合流後、この旅行のシメにふさわしい列車がやってきます。


サンライズ出雲 サンライズノビノビ座席

それがこの寝台特急「サンライズ出雲」号。新幹線や航空機などの発展により衰退の一途をたどる夜行列車ですが、山陰・四国方面は新幹線で直接アクセスできないことから、1997年に新型の285系電車が投入されてスピード・快適性とも向上、今日もそれなりに利用されています。

今回僕が利用したのは右写真の「ノビノビ座席」で、環境としてはさながら「走るカプセルホテル」ですが、取扱い上は普通車指定席、すなわち寝台料金が不要と言うリーズナブルさが魅力です(この時の特急料金は出雲市~東京で3660円)。

ネットで画像だけ見たときは「安いだけあってちょっと窮屈かな?」と思っていたのですが、いざ入ってみると十分なスペースでした。青春18きっぷ中心の貧乏旅行(苦笑)ならともかく、四国・山陰方面へ安く旅行したい時は積極的に利用したい空間です。


サンライズラウンジ

既に車窓は真っ暗だったため、伯備線の備中高梁あたりまでは4人で大富豪をしながら過ごしたのですが、序盤の数回は好調だったものの、だんだん大貧民のオンパレードに…どうやら僕は2やジョーカーばかり手札に集まられると使いこなせず逆に勝てないタイプのようです。

さて、サンライズ出雲は岡山駅にて四国からやってくる「サンライズ瀬戸」号と連結するため、それを見るべくリアルゴールドとウォークマンをお供に3号車のミニロビーで眠気と戦っていました。夜行列車において、ノビノビ座席やB寝台のような空間にずっと閉じこもっているのは退屈でないと言えば嘘になるのですが、このようなフリースペースで車窓を眺めていられるというのはやはり嬉しいものです。

しかし岡山での連結作業中は客は外に出られなかったため、結局車内で岡山の到着・出発を待ちました。


豊橋駅

岡山を出てしばらくの内に寝落ちし、気が付いたら時刻は2時50分頃、何やら長い橋梁を渡っていました。木曽川にしては遅く、大井川にしては早い…何川だ?しばらくすると高架線にのぼり、さらに進行方向に向かって右側からも高架線が寄り添ってきました。それは名鉄で場所は愛知の一宮でした。すなわち先程の川は木曽川だったようです。

その後しばらくは再び3号車のミニロビーで車窓を眺め、名古屋・豊橋での運転停車や浜松工場に留置された117・119系などを眺めていました。それにしてもサンライズは夜行列車とは言え客車&機関車ではなく電車なので、車内こそ静かですがなかなかの勢いとスピードで夜更けの東海道を駆け抜けてきました。この時点では1時間程度遅れていたようですが、関東に戻る頃には30分程度の遅れにまで回復していました。


熱海からの朝日 185を追い抜く

そして浜松から再び床に就き、気が付いたら熱海を出発、関東に戻ってきてしまいました。左は熱海付近から望む相模湾の夜明けです。すれ違うE231系やE233系が、僕達を容赦なく関東の日常へ引き戻してきます。さらに小田原からは貨物線に入り、185系の湘南ライナーを堂々と追い抜いてしまいました。そういえば今日は平日、首都圏の通勤時間帯はもう始まっていたのですね…ところで、サンライズはこの後茅ケ崎で旅客線に戻ったのですが、この貨物線走行が遅れによるイレギュラーなものなのか、所定どおりなのかは謎です。


E233を追い抜く 185留置中

大磯付近でE233系の普通列車も追い抜きましたが、よく見るとそのE233系は所属表記が、国府津車両センター所属を表す「横コツ」になっており(本来なら2本を除き、田町所属を表す「東チタ」のはず)、しかも上から貼り付けたような跡がありました。僕はこの時知らなかったのですが、この数日前のダイヤ改正を機に田町車両センターが廃止され、E233系達は所属が国府津に変わったのでした。

そして車両配置がなくなった田町車両センターには大宮所属の185系が並んでおり、しかもあまぎ色・湘南色・通常色とそろい踏みでした。この時は運用離脱かと思っていたのですが、グリーン車組み込み位置変更のため一時的に離脱していたようです。と言ってもこのブログを書いている現在は、651系の草津・あかぎ進出により本格的に離脱してしまっている可能性が高いですが…ちなみに右写真の留置線は、現在架線が撤去されており、線路こそ残っているものの「跡地」同然の状態となっています。


クハネ285-3001 クハネ285-1

東京駅に到着してから気づいたのですが、今回のサンライズ出雲・瀬戸は東海所有の3000番代と西日本所有の0番代のトップナンバー同士の併結でした(ちなみに出雲の方が3000番代)。基本的に同仕様の両者ですが、3000番代は東海のその他の車両と同じく車番表記が国鉄フォントでした。この辺は東海のこだわりなのでしょうか?

その後僕たちは東京駅構内のカレー屋で朝食をとって朝ラッシュをやり過ごした後に解散、かくして僕達の旅は幕を下したのでした…


北斗星とE657 185の草津

・・・しかし家に帰るまでが有志旅行、僕と初代学祭担当さんはそのまま上野駅まで行き、ダイヤ改正後の首都圏の列車を観察しました。

左は寝台特急カシオペアと常磐線特急E657系の並び。この改正で651・E653系が定期運用を一旦終了、常磐線特急はE657系に統一されたのですが、この約半年後に651系が1日1往復のフレッシュひたちでカムバックするとは思ってもいませんでした…

右は元田町所属の185系による「草津」。これからは元田町車による高崎方面特急も当たり前になるのかな…と思いきや、たった1年で元常磐線の651系に置き換えとはちょっと予想外でした。


これにて2012年度末の有志旅行特集は晴れて完結となります。ご愛読ありがとうございました。

さて、旅鉄では明日から1泊2日の追いコンが開催されます。また、間もなく2013年度末の有志旅行の特集も開始する予定です。

そして来月7日は新入生歓迎オリエンテーション!僕たち旅鉄は工学部BASE棟横の広場で勧誘を行う(予定である)他、15時23分から11号館1階L1111教室で説明会も開催予定です。

入会すればこのブログのような大旅行もできるかも!?新入生の皆様も在学生の方も、興味のある方は是非ご参加下さい。


2012年度末有志旅行(6日目・前半)

ブログの更新が遅れてしまい、申し訳ありません。119です。


今回は、益田を出発し、出雲市に到着した後に観光をするまでを書きたいと思います。1年前の出来事なので、思い出しながら書いていきたいと思います。


まず、僕達は益田から「快速 アクアライナー 米子行」(上写真)に乗って(写真での行先は益田となっているが、後に米子行となった)出雲市に向かいました(ちなみに、上写真にある石見神楽というのは、島根県西部の石見地方を代表する伝統芸能です)。が、強風の影響により、出雲市着が約30分遅れました。


出雲市に到着した後、一畑電車に乗るために電鉄出雲市に向かいました。すると、「日本最古級 一畑電車 デハニ50形 体験運転」というポスターを発見しました(左写真)。デハニ50形は、昭和3年に小境灘(現一畑口)~北松江(現松江しんじ湖温泉)間開業に併せて製造されたのが始まりで、一畑電車唯一のオリジナル車両です。この車両は、映画「RAILWAYS」の中で最も多く登場しました。


僕達は、一畑電車フリー乗車券(大人1人あたり1500円)を購入した後、電鉄出雲市のホームに向かいました。すると、元々京王電鉄で使われていた2100系電車を発見しました。この電車に乗って川跡駅まで
向かって、初代学祭担当さんと別れた後、出雲大社前駅に向かいました。



他にも、3000系電車と5000系電車を見かけました。前者は、元々南海電気鉄道で走行していた車両で、後者は、 元々京王電鉄で走行していた車両です。


出雲大社前駅に到着しました。駅舎内部はまるで教会みたいな感じでした(上写真)。先述のデハニ50形を撮影した後はJET君と別れ、僕とユリウスさんの2人で出雲大社に向かいました。

出雲大社に到着しました。入り口はこんな感じです。


この時期は、「出雲大社 平成の大遷宮」が行われていました。


他にも、大社内でこれらのものを見てきたり、展示コーナーで昔使われていた刀などを見てきました。



出雲大社にを巡った後は、一畑電車に乗って、温泉に入るために松江しんじ湖温泉駅に向かいました。上写真は温泉街のマップです。初めは温泉を見つけるのに苦労しましたが、しばらくすると、ある建物の中に温泉を発見したので、そこに入ることにしました。これを含めて、この旅行で僕とユリウスさんが湯船につかったのは2回でした。


温泉に入った後は、温泉近くに「お湯かけ地蔵」があったので、手にお湯をかけて身の幸せ,子孫の繁栄,健康を祈ってから出雲市駅に戻りました。


次回は、6日目の後半で、メンバー全員が合流した後の様子をお伝えします。お楽しみに。

2012年度末有志旅行(5日目・後半)

大変お久しぶりです。間もなく学部3年になるJETです。

旅行から早1年が経過してもブログでの紹介が完結していないという事態となってしまい、楽しみにご覧になられている皆様には大変申し訳ございません。

恐縮ではございますが、昨年の旅行の終盤戦・5日目後半の特集に入りたいと思います。

前回は美祢線経由で山口県の長門市にたどり着いた僕達ですが、ここからは観光列車・みすゞ潮彩号に乗車します。

みすゞ潮彩 仙崎駅

「わたしと小鳥と鈴と」等の作者として知られる金子みすゞ氏が山口県仙崎村(当時)の出身であることにちなみ2007年から運行を開始したこの「みすゞ潮彩号」。普通乗車券(18切符を含む)だけで乗れる自由席車両と、指定席券が必要な指定席車両の2両編成ですが、まずは自由席車両に乗って仙崎へ伸びる支線を乗りつぶしました。仙崎駅も、「みすゞ潮彩号」登場に合わせて古風な内外装にリニューアルされました。


みすゞ潮彩記念乗車券 みすゞ潮彩車内

さて、仙崎駅からは指定席車両に乗車して折り返し、下関へ向かい日本海側を走ります。指定席利用者には記念乗車証(左写真の、ビニールに入った硬券)がもれなくプレゼントされるのですが、車内もなかなか特徴的で、車両中間部の座席は海側に向かって配置され、存分に日本海の絶景が楽しめます(当日はあいにくの曇り空でしたが)。


みすゞ潮彩ビュースポット 巌流島の決闘

さらにみすゞ潮彩号は観光列車と言う事で、駅と駅の途中でも日本海の車窓が特にすばらしい区間(ビュースポット)では列車を一時停止させ、景色や写真の撮影をじっくり堪能することができます。他に車内には売店もあり、限定弁当(あいにく売り切れでした)や軽食を購入したり、宮本武蔵対佐々木小次郎の巌流島の決闘の紙芝居も披露されるなど、バラエティ豊かなサービスが特徴です。

それにしても、一般の普通列車では通勤や通学の利用客も多くいささか窮屈だったりするのですが、こうしたサービスを気兼ねなく堪能できるのは座席指定ならではの良さだと感じてしまいました。


幡生で解体される車両

目的地の下関も近づいた幡生では山陽本線と合流するのですが、この幡生には車両解体場もあり、115系が無残な姿をさらしているのが傷心モノでした。車内のアテンダントさんもゴミの回収など撤収準備に入り、旅の終わり(まだ終わりませんが)の寂しさを感じました。


117系福知山色 JR九州の415系

下関駅では117系の福知山線色や、関門トンネルを抜けてやってきたJR九州の415系など珍しい車両(後者はそうでもないか)を見ることができました。ここからは山陽本線で宇部へ、さらに宇部で乗り換えて瀬戸内海寄りを走る宇部線に乗車し新山口へ向かいます。新山口から山口線に乗り継いで本日の宿泊地である益田へ向かうのですが・・・アレ?


上嘉川ホーム 上嘉川

僕は宇部線の車内で、進行方向に向かって後ろ側の車両に座っていたはずなのですが、気が付いたら自分の乗っている車両が先頭に。あれ、今どこを走ってるんだ…?

そう、僕は宇部線の車内で寝落ちしてしまい、しかもそのまま終点新山口で折り返して、新山口の1つ手前の上嘉川まで強制送還されてしまったのです!!

このため当初新山口から乗る予定だった山口線の5621Dには乗り継げず、同行者の3名とはぐれてしまうハメに…


りほごお 新山口での105系

時刻表を見ると、今からでも新山口18時52分発の685Dに乗れば、どうにか益田にはたどり着けることが判明。メールで同行者の119君と初代学祭担当さんに連絡および謝罪し、新山口駅で夕食を済ませてしまう事にしましたが、在来線ホームの売店が18時閉店って閉まるの早すぎ…しかたなく駅前のセブンイレブンでスパゲッティなどを購入しました。右は上嘉川→新山口間で乗った105系電車です。

ところで新山口駅は2003年まで「小郡」という駅名でした。山口線ホームには、SLやまぐち号にふさわしいレトロムード演出の意味で、左読みかつ歴史的仮名遣い表記の「りほごお」なる駅名標がありました。


山口線のキハ47 キハ40同士の乗継

新山口からは無事685Dに乗車でき、さらに山口駅で2555Dに乗り継いで益田までひた走ります。すでに外は真っ暗で、車窓が楽しめなかったのが残念ですが。

SLやまぐち号や特急スーパーおき号なども走るこの山口線ですが、2013年夏の豪雨で線路などが被害を受けてしまい、現在は地福-津和野間で運休となってしまっています。早期の復旧をお祈りします。


益田

そして21時20分、ようやく益田駅に到着しました(写真の駅名標は翌日朝撮影)。当初予定より1時間半ほど遅くなってしまいましたが、無事に同行者の皆さんと合流できました。しかしこのトラブルが、個人的にはこの旅行一番の思い出となってしまった節が否めませんが…(苦笑)

次回は遂に旅行最終日。益田から普通乗車券を利用し、出雲市で途中下車しつつ帰京します。どうぞお楽しみに。

2012年度末有志旅行(5日目・前編)

こんばんは。2年部員JETです。

夏休みが終わり、実験やら学祭やら中間試験やらに追われていたらすっかり2013年も終わりに近づいてしまいました。さらに来年3月の有志旅行や追いコンの話も持ち上がり始めています。部員・読者の皆さんとも楽しみにお待ちください。

それでは早くも3/4年以上が経過してしまった(苦笑)、春休みの有志旅行5日目、その前半を紹介しましょう。この日は山口県の徳山に始まり、美祢線・山陰本線・山陽本線・宇部線・山口線に乗車し、山口県を回って島根県の益田駅へ向かいます。

たびてつの活動記録-徳山駅  たびてつの活動記録-115系3000番代

朝日に照らされる徳山駅で僕は家族へのお土産を買い(ちなみに郵送してもらいました)、例によってというか末期色の115系電車に乗車します。ところでこの115系は広島・山口近郊でしか見られない2ドアの3000番代です。国鉄型とは言え、2ドア転換クロスシートだとそれなりに快適に感じます。不思議!


たびてつの活動記録-117系と末期色  たびてつの活動記録-宇部線の123系

この付近の山陽本線は基本的に普通列車しか走らない長大なローカル線と化しており、かつては特急街道であった名残の立派な設備(の跡)や風光明媚な車窓がところどころに見られたのが逆に寂しさを感じさせてしまいます。「盛者必衰」とはよく言ったもの…と思っていると、終点の新山口駅に到着。ここからは下関行きの117系普通列車に乗り換えで、幸運なことに国鉄色でした。

宇部線のホームには、荷物電車の改造により誕生した123系の姿もありました。そういえばこの前日の改正で、東日本の123系は引退しているんですよね。特異な姿のこの電車が乗れるのはいよいよ山口エリアのみとなったので、(まだしばらく余裕はあるでしょうが)気になる人はお早めに。


たびてつの活動記録-美祢線のキハ120  たびてつの活動記録-厚狭

さて、普通列車に揺られること約30分、美祢線乗換駅の厚狭駅に到着しました。

ここは一応山陽新幹線も停まるのですが、停車列車はこだまのみ(確か)、駅自体も閑散としたムードでした。それでも美祢線キハ120のオールロングシートの車内は徐々に人で埋まっていき、単行で日本海側の長門市へ向けて発車しました。


たびてつの活動記録-長門市  たびてつの活動記録-長門市駅

さすがに山口県西部まで来ると日本海側と瀬戸内海側の距離は小さくなり、田園風景や山地を眺めているうちに終点・長門市駅に到着しました。強いて言えば、美祢駅の貨物駅を見損ねたのが残念ですが…


たびてつの活動記録-長門市駅の転車台  たびてつの活動記録-牛乳パックトレイン

到着後はしばらく駅周辺を散策。街の印象は「日本海沿いの静かな漁村」といった雰囲気でした。観光案内パンフレットによれば焼き鳥で有名な街らしいのですが、いかんせん時間の関係上じっくり見て回ることはできなかったのが残念でしたね。

長門市駅には留置線のほかに転車台もあり、更に駅構内には精巧な作りの夜行列車のペーパークラフトが展示されていました。先日同駅で行われた鉄道イベント「ながと鉄道まつり」の際は、わざわざ電気機関車のEF65をディーゼル機関車で引っ張ってきたそうです(長門市周辺は非電化なので電気機関車は自走できない)。日本海沿岸をDLに引っ張られるEF65という光景も見てみたかったかも…


次回はちょっと特別な列車や、重大ハプニングも発生してしまった4日目後半を特集します。お楽しみに。


2012年度末有志旅行(4日目・後編)

大変お久しぶりです。2年部員JETです。
期末試験やら夏合宿やら学祭部誌用原稿の作成やらでてんやわんやして気が付いたら8月が終わろうとしていますが、今年3月の有志旅行の特集もぼちぼち続けていこうと思います。それでは4日目後半、備後落合から宿泊地・山口県周南市は徳山までの行程をご覧ください。


たびてつの活動記録-芸備線・速度制限標

備後落合を出発した芸備線のキハ120は、例にもれずJR西日本ならではの必殺徐行で中国山地をスローペースで下って行くのですが、その制限速度は25km/hとのこと(写真は列車後方から撮影)。貨物は15km/h・・・というかこの芸備線を貨物が通るのかと言う事が疑問ですが。


たびてつの活動記録-快速みよしライナー

途中の三次からはキハ47の快速列車「みよしライナー」に乗り換え(写真は途中駅ですれ違った逆方向の列車です)。芸備線もここまで来るとそれなりの需要がある区間となるので、このように快速が走ったりするのですが、その頃車内では広島到着後の行程の相談が始まりました。

初代学祭担当さんによると、広島の一つとなりの天神側駅に機関車の車庫があるので、そこを観察できないか、とのこと。

「時間的に厳しくないか?あ、でも新幹線と言う奥の手があるか?でも新幹線は別料金がかかるし…」と話が発展していったのですが、ネタ半分で時刻表をめくってみると広島→徳山間は山陽新幹線利用だと運賃+自由席特急券3300円、しかもちょうどよさげな時間に、東海道区間からはすでに撤退してしまった500系によるこだま号が。

同行者の皆さんは当初予定通り普通列車で徳山まで向かう方針で決定していましたが、僕は車内でひと悶着した後、「広島滞在時間を伸ばし、あとから500系のこだま751号で合流(ワープとも言う)する権利」を獲得。

たびてつの活動記録-広島 たびてつの活動記録-115系末期色

・・・とまあそんな感じで議論を進めていたら広島に到着してしまいました。2013年8月時点では、広島支社に所属する在来線車両が(少数のキハ120を除いて)全て国鉄時代の車両であることから、ネット上では「國鐵廣島」などと散々揶揄されていますが、それでも人生初の広島だけに何か感慨深いものがありました。


たびてつの活動記録-EF67-3 たびてつの活動記録-EF67その2

初代学祭担当さんに続き僕も天神川駅へ。

ここでの一番の目玉は、そう遠くない内にEF210型300番代によって置き換えられるであろうEF67型電気機関車でした。

他、JR西日本の車両基地の建屋内には、当時試運転を行っていた223系の姿が見えました。どうやらJR西日本では広島支社への民営化後初となる新型電車投入計画があるようで、その詳細が明らかになる日も待ち遠しいです。


たびてつの活動記録-普通下関行き たびてつの活動記録-広島電鉄

さて、僕を除く3名の方々は左の普通列車下関行きで徳山に向かったのですが、僕はそれをホーム上で見送る…そう、結局新幹線を使う事にしました。おかげで広島駅滞在時間が1時間半ほど長くなったので、しばらくは駅前で路面電車を撮影したり、某契約を迫る地球外生命体に似た名前の理髪店で散髪をしました。

(なぜこのタイミングで散髪したのか、今となっては自分でも謎ですが)


たびてつの活動記録-500系こだま たびてつの活動記録-N700系R1編成

左が今回乗車した500系新幹線です。これはV8編成なのですが、この旅行のちょうど1か月ほど後にJR西日本オリジナルのヒーロー「カンセンジャー」のラッピングか施されたので、ちょっとタイミングが悪かったかな…と。

ちなみにこのこだま751号は、ちょうどこの広島で鹿児島中央行きみずほに追い抜かれるダイヤでした。何気に僕にとってはこれがN700系8連の初見で、しかもR編成(JR九州所有車)のトップナンバーでした。


たびてつの活動記録-瀬戸の彩り弁当 たびてつの活動記録-N700同士のすれ違い

広島~徳山間は80kmほどの距離があり、在来線だと2時間近くかかるのですが、こだまとは言えやはり新幹線。新岩国でののぞみの通過待ち時間を含めても30分強で到達してしまいました。こだま号は車内も空いており、広島駅で購入した「瀬戸の彩り弁当」をゆっくり味わうことができました。

ところで僕は、これ以前に乗った経験のある新幹線車両が700・N700系だけなのですが、それらに比べると細かい振動・音が気になったように思いました(気になって仕方ない!という程ではないですが)。

今や東京以西の新幹線では最古参形式の500系だけに、技術的なジェネレーションギャップは隠せませんが、それでもあの先進的な外観デザインに惹かれてわざわざ3300円追加投資したくなるような存在・・・と言うのが私見でした。

N700系のさくら・のぞみのすれ違いも見届けた後、改札前で待っていた初代学祭担当に案内されて当日の宿へ向かいました(ちなみにこの旅行中唯一の大部屋・畳敷き布団でした。相変わらずのユニットバスですが…)。

さて、翌日は山口県のローカル線や観光列車を満喫する1日です。

そして私・JETが絶体絶命の危機に陥る!?5日目の特集をお楽しみに。

夏合宿2日目番外編「オユ10の消失」

こんにちは
初代学祭担当です。

ずいぶんご無沙汰していましたね。

さて、本日は2013年夏合宿の中で、僕が気になったことについて報告させていただきます。

2012年度有志旅行において、119君がのと鉄道に乗った時の記事を書いてくれましたね。その中で、郵便のマークが入った車両を見つけたということを書いていました(詳細は→こちら← )。この車両は、オユ10 2565といい、郵便を輸送するだけでなく、車内に郵便の区分をするための設備を持っています。初代学祭担当は、グリーンマックスのキットでオユ10を組み立ててから少し興味がでて、合宿の途中で見に行くことにしました。が・・・・

たびてつの活動記録

たびてつの活動記録

たびてつの活動記録


いない、いない、いない!!

一体どうしたのでしょうか。この車両はたまに手入れされたり、イベントなどで使用されることがあると記憶していますが、まさか解体されたということはないですよね。整備のためにどこかの工場に運ばれたのでしょうか。

ちなみに、オユ10がいたと思われる場所の跡には、はげた塗装が線路に落ちたものが残っていました。
能登中島のオユ10がどこに行ったのか詳細をご存知の方がいらっしゃいましたら、コメントにてお知らせ下さい。

さて、能登中島に来た目的であるオユ10がいないということですが、ここまで来たのは無駄足ではありません。

たびてつの活動記録


実はこの駅は、アニメ「花咲くいろは」で、緒花たちが通っている学校の最寄駅として登場します。今回はその聖地巡礼を兼ねて訪れました。


ちなみに、喜翆荘の最寄駅として登場する西岸駅には、去年行ってきました。

たびてつの活動記録-西岸

アニメの中では、湯の鷺駅として登場します。

さて、これでこの記事を終わりにします。他の夏合宿関連の記事もお楽しみください。

あと、たびてつ部員のみんな、積極的に夏合宿関連の記事を更新してね!

2013旅鉄夏旅行記録メモbyJANUARY②

2013夏旅行記録メモbyJANUARY①

2012年度末有志旅行(4日目・中編)

お久しぶりです。2年部員JETです。

実に1か月弱にもわたる中間試験がようやく終わりましたが、レイアウト展開・夏合宿・学祭に向けての動きも本格化してきました。夏の行先は北陸方面、出発は8月7日夜で決定です(どの夜行快速を使うかは未定)。

それではお待ちかね、春休みの有志旅行の特集に参りましょう。今回は島根県の宍道から木次線で中国山地中ほどの備後落合までの紹介です。


たびてつの活動記録-キハ120(鋼鉄) たびてつの活動記録-キハ120(ステンレス)

これが木次線の普通列車です。どちらもJR西日本の非電化ローカル線ではおなじみキハ120形なのですが、鋼鉄製とステンレス製の2両を連結してやってきました。・・・なのですが、後ろ側のステンレス車は回送扱いなのか乗車できませんでした。どうなってるんだ・・・?


たびてつの活動記録-木次の車庫 たびてつの活動記録-奇稲田姫

JR西日本のローカル線は、地盤が弱かったり落石などの恐れがある区間では速度を15~30km/hほどまでに落とすことで線路の保守費用をケチる抑える、通称「必殺徐行」を行っています。おかげで噂には聞いていましたがどうにも時間がかかってしまいます。途中の木次には車庫があり、多くのキハ120形が休んでいました。また、この地区は「ヤマタノオロチ」などの神話でも有名で、一部駅に神話の内容を伝える看板もあり、興味深いです。


たびてつの活動記録-出雲横田駅駅舎 たびてつの活動記録-キハ120トップナンバー

宍道をでてから1時間ほどで、木次と並ぶ拠点の出雲横田に到着しました。駅舎の出入り口に飾られた注連縄が風情を感じさせます。

ここでは今までコバンザメのごとく後部に空車で連結されてきたキハ120形(ステンレス)を切り離すために10分ほど停車したのですが、反対側にとまっていた別のキハ120形を見てみると、なんとトップナンバー車でした。敦賀の681系試作車、豊岡のキハ47形といい、今回は微妙なところでトップナンバー運(?)に恵まれています。

さて、ここから先は1日当たりの本数が3往復のみと言う閑散区間に突入します。さらに時刻表を見てみると、ここから10kmほどしか離れていない出雲坂根駅の発車時刻は30分後。いくら必殺徐行でも遅すぎないか?と思っていたら…


たびてつの活動記録-出雲坂根駅駅舎 たびてつの活動記録-延命水

そう、すっかり失念していましたが出雲坂根駅はスイッチバック(しかも3段式)駅なのでした。駅前には「延命水」なるものもあり、ささやかながらも観光ムードを醸し出していました。それと小さな売店もあり、自分は焼き鳥を買ったのですが、店員のおばちゃんに延命水のボトルをおまけでいただいてしまいました。


たびてつの活動記録-坂根のスイッチバック1

それではスイッチバックの様子を見てみましょう。左が今まで来た線路で、出雲坂根駅を出た列車はまず右側の上り坂の線路へと進みます。


たびてつの活動記録-坂根のスイッチバック2 たびてつの活動記録-坂根のスイッチバック3

坂を上ってしばらく進むと備後落合方面へ続く線路が合流し、屋根つきのポイントを過ぎると再び行き止まりになります。


たびてつの活動記録-坂根のスイッチバック4 たびてつの活動記録-坂根のスイッチバック5

そしてまたまた方向転換。上の写真で右側から合流してきた線路に入り、あとはひたすら備後落合へ向かいます。ここまで来ると、右写真のように出雲坂根駅がとても下に来てしまいます。そしてよく見たら、先ほどの売店のおばちゃんがこちらに向かって手を振っていて、このようなローカル線ならではの、人間の温かみの様なものを感じてしまいました。


たびてつの活動記録-三井野原 たびてつの活動記録-JR西日本で一番高い駅

更に次の駅・三井野原は、JR西日本の駅としてはもっとも標高が高い地点に位置しているそうです。こうして見ると、木次線もなかなか観光資源を抱えている路線だと思えてきました。休日はトロッコ列車「奥出雲おろち」号なども走っているようで、ぜひ活性化を期待したいです。


たびてつの活動記録-奥出雲おろちループ たびてつの活動記録-三井野原大橋

続いて国道314号線の「奥出雲おろちループ」と「三井野大橋」が車窓に見えてきました。地形に沿うように線路が敷かれている木次線に対し、道路はこのようにダイナミックな建造物で険しい地形を乗り越えており、何とも言えないギャップを感じました。

たびてつの活動記録-広島と米子のキハ120 たびてつの活動記録-広島と岡山のキハ120

そしてついに広島県の備後落合駅に到着です。出雲方面へ伸びるく木次線は米子支社、芸備線の新見方面は岡山支社、同じ芸備線でも広島方面は広島支社と言う実に3つの支社が集まり、各支社のキハ120形が彩を競うジャンクション駅です。…建前上は。

かつては急行列車の「みよし」「たいしゃく」「ちどり」、さらには夜行列車も通り抜け(僕は詳しくは知りませんが)、広島と島根を結ぶメインルートでもあった芸備・木次線、今となっては赤字ローカル線へと成り下がり、ここ備後落合駅もかつての繁華を失っていました。「盛者必衰」「諸行無常」という言葉が自然と出てきてしまうような虚無感を覚えざるを得ませんでした。

そんな事を思っていた傍ら、僕たちと同じく鉄道を愛する旅行者であろう方々が、山中のひっそりとした駅にひとときの賑わいをもたらしていました。


次回は芸備線で広島へ、さらに山陽本線で本日の宿泊地・山口県は徳山へ向かいます。さらに先輩の一声から始まったサプライズも待っている?4日目後半の特集をお楽しみに。

部会曜日変更のお知らせ&有志旅行(4日目・前編)

こんにちは。2年部員JETです。今回は旅鉄の皆さんに重要なお知らせがあります。

タイトルにもある通り、来週から部会の日程が、現行の火曜日昼休みから木曜日の昼休みに変更となります。

次回の部会は、5月16日の昼休みです。新入生歓迎旅行の詳細なスケジュール説明等も行う予定なので、お間違えの無いようご参加ください。なお、歓迎旅行の日にちは5月25日(土曜日)です。


それでは引き続き、有志旅行の紹介をしてまいりましょう。

ダイヤ改正も挟んでいよいよ後半戦に入った有志旅行、本日は米子から木次・芸備線経由で、山口県の徳山まで向かいます。


たびてつの活動記録-朝の米子駅

島根方面へ向かう前に、まずは米子から伸びる盲腸線・境線に乗車します。

当初、境線は早起きしてでも乗りたい人だけがとんぼ返りで乗車し、そうでない人はゆっくり米子を出るということでよかったのですが、結局僕達4人全員早起きして境線に乗車しました。


たびてつの活動記録-米子駅 たびてつの活動記録-米子駅0番線

そして境線といえば、鬼太郎列車が有名です。

「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげる氏が境港市出身であることにちなんだキャンペーンで、列車の車体だけでなく、駅名標やホームにも多くの妖怪があしらわれています。


たびてつの活動記録-目玉おやじ列車 たびてつの活動記録-目玉おやじ列車車内

さらに列車自体も、車両ごとに異なる妖怪が描かれているという凝りようです。今回僕達が乗ったのは、ねずみ男列車と目玉親父列車の連結でした。

途中までは部活動と思われる学生も多かったのですが、彼らが降りた後に車内をよく見てみると座席や天上まで妖怪尽くめ・・・ 沿線には米子空港もあり、空港アクセスの性格も持っているみたいですが、果たして飛行機からの乗り継ぎ客が鬼太郎列車に乗ったらどう思うのか・・・


たびてつの活動記録-境港ホーム たびてつの活動記録-境港駅駅舎

終点境港駅です。休日の朝だけに駅は閑散としていましたが、どうやら水木しげる関連以外にも水産資源などの観光要素がある町のようです。折り返し時間が7分程度しかなかったので、じっくり見てまわれなかったのが惜しいですね。


たびてつの活動記録-EF64-67

途中に山陰地方の車両郡の面倒を見ている後藤総合車両所などを眺めながら米子に戻ってきました。

この後乗る出雲市普通列車までは時間があるので、米子駅に停車中の列車を観察。

これはEF64型電気機関車ですが、おそらく僕にとっては初見であろう0番台です。

僕は機関車については正直疎いのですが、正面の扉がカラシ色に塗られていることから注目を集めていた機関車であったことは記憶にあったので、撮影できて幸運だったといえましょうか。


たびてつの活動記録-115系G編成

見るたびに「どうしてこうなった」と言いたくなる、115系岡山所属車のG編成です。元中間車への運転台取り付け改造に加え、黄色一色化により103系もどきのような姿へと変貌してしまいました。さらにこの車両が岡山~出雲市・西出雲間を直通したりするというからすごい・・・


たびてつの活動記録-やくもとキハ121 たびてつの活動記録-キハ47とキハ121

こちらは山陰本線の列車で、左写真はキハ121形気動車と、岡山~出雲市間を結ぶ特急「やくも」の並びです。キハ121形は約10年前に鳥取・島根地区の高速化のために投入され、かなりコストダウンに重点が置かれている車両ながら、車内に木目調素材が多く使われていて、乗っている分には「低コスト」を感じさせない車両です。

走行性能はなかなかのものらしく興味はあったのですが、今回乗ったのは低加速に定評のある右写真左側のキハ47形でした。


たびてつの活動記録-宍道駅駅舎 たびてつの活動記録-宍道

山陰本線の鳥取・島根近郊は、伯耆大山~西出雲間が(ほぼ特急のために)電化されており、一部は複線区間もあるので、途中でキハ126形快速「アクアライナー」と、駅間走行中のすれ違いをするなど、このエリアでは貴重であろう体験もできました。そして木次線の乗換駅・宍道に到着です。ここを出てしまうと、夕方17時過ぎまで飲食物の調達は一切できなくなる(ことが予想された)ため、駅周辺であらかじめ昼食・菓子類を調達に向かいました。


たびてつの活動記録-宍道湖

宍道駅から5分ほど歩くと、その名の通り宍道湖が広がっていました。また、島根は知る人ぞ知る「秘密結社鷹の爪」にゆかりのある地で、そのポスターが酒屋さんに貼ってあったのが印象に残っています。

さて、4日目はこれまで以上に内容が盛りだくさんなため、前編・中編・後編の3部でお伝えしようと思います。次回、中国山地の閑散ローカル線・木次線と芸備線の旅模様をお届けする中編の特集をお楽しみに。