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フィールド・ワークでは誰にも負けない冒険投資家が、市場のビッグ・チェンジを見極める術を説いた話題作。資源・エネルギー価格が高騰し始めたのはなぜか、それを先導するのは何か、いつまで続くのか。独特の嗅覚と地政学的分析、丹念な需給予測を加えて、「これから10年の投資戦略」を展開する

http://www.bk1.jp/product/03048488

ミツゴ評価 ☆☆☆☆+☆×0.5

<書評>恐るべし・・・・・

写真を見れば どうみても テレビショッピングの司会、よくてTV伝道師である
いわば マモン教(拝金主義)の司祭といったところか

中国やインドが発展し、資源需要が増大すれば商品(コモディティ)価格が上昇する、これは誰でもわかる理屈だ
だが、まてよ と思う
資源価格が上がり、資源採掘の収益性が上がれば(資源開発に旨味が増えれば) みんなこぞって資源開発をするだろうし、また資源の浪費を控える(ガソリン高でマイカー通勤を辞める等)
結果 資源価格は安定方向に向かう・・・・ハズと考える

だが 彼は明確な解答を用意している
現在 資源開発の処女地(フロンティア)はアフリカと旧ソ連エリア そして(意外と)アメリカである

資源開発には莫大な資金と技術がいる、アメリカはともかく 前者2地域は 外資を頼らざる得ない
つまり 資源供給は アフリカや旧ソ連エリアにいかに外資を呼び込むか、と指摘できるだろう
結論からいえば呼び込めない、何故なら酷い汚職や腐敗、行き過ぎた官僚主義、法の支配の不徹底・・・・・要は 投資不適格エリアという訳だ
アメリカ等先進国はどうか? こちらは環境規制による開発規制がある
去年のメキシコ湾海底油田事故は規制をさらに強化する方向に働かせるだろう
つまりだ 長期トレンドを見れば 中国やインドの発展に対し 資源供給はおっつかないから 資源価格は上昇するだろう、との事
もうちょい言えば いくら資源地帯とはいえアフリカや旧ソ連エリアへの投資は控える方が賢明だと言える

商品は難しい、例えばコーヒーや綿花は天候が大きく影響する(現在はコーヒーが不作なため、世界的に割高となっている)
残念ながら 天候を予測するのは現在のテクノロジーではまだまだ困難だ

最後にこの人は05年時点で アメリカの不動産価格がバブルである事、ファニーメイやフレディマックに投資しても 政府は救済しないこと(そして問題を抱えている事)を予測していた

ただ1つ難点がある

資源、例えば石油は長期的に高くなる、これは多分yesだろう
なら 具体的にはいくら?という問いには答えてはいない
例えば石油価格の適正価格が100ドル 実際は150ドルの時は 石油を買うべきではない

高くなる からと言って天井知らずでもない 以上 その辺の分析が弱いのでは?と思ったから ☆0.5マイナス
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未熟による失速、独裁による興隆
戦略 組織 リーダーシップの観点から大逆転劇を冷徹に解明

http://www.bk1.jp/product/03152874

ミツゴ評価 ☆☆☆☆+☆×0.5(☆×4.5コ)

<書評>タイトルに騙されるな!

以前 このblogにて本書を取り上げた際、変な人が突撃してきた
まぁ どうでもいいが
本書はアジアのエレクトロニクス企業のソニーとサムスンを比較する事で企業の組織とリーダーシップを分析する内容である
間違っても「どちらが上」とか、「どちらが栄える」なんて内容ではない、「マンセー」を期待する人は読まないほうがいい
まして 同じエレクトロニクス企業でも コンテンツやゲーム事業に強いソニーと 半導体に強いサムスンとではコンクリフト(競合)する部分が相対的に小さいため、片方がシェア拡大をし もう片方の衰退なんて事はピントが外れた意見だ

さて、本書
投資の世界には常に二律背反な問題がある
限られたリソース(資源)を特定の分野に集中投資する事の是非である
強大なリーダーによる集中投資は高い収益を生み出す
が、当然 投資にはリスクがあり 失敗すれば莫大な損害が待っている
また、莫大な投資により高いシェアを獲得すれば、それだけその分野での「のびしろ」は小さくなるし、投資に対するリターンも小さくなる(収穫逓減の法則)
だから 多くの大企業は多角経営を志向する
が、多角経営は当然 集中や高シェアによる効率を犠牲にしかねない
また、多くのビジネスに手を出せば 当然多くのしがらみを抱える事になる
例えば ソニーがipodのような製品を作りたい、とする
ソニーにはコンテンツ分野がある(SMEやSCE)、彼等は当然 ネット上での P2Pや不法ダウンロードに悩まされている
ここで 部門間の対立が発生する
強いトップが采配を奮うべきだが 残念な事にソニーはかつての盛田昭夫のようなリーダーシップを持ち合わせていなかった
また 強いリーダーに依存していては多角経営は出来ない という事実もある(各事業部が強いリーダーに依存する為)

有能なリーダーは連続的には発生し得ない、だから歴史上多くの国や企業は滅んだ訳だ

これはサムスンにも投げ掛けられた問題でもある

サムスンの強味はイコンヒ会長による 迅速かつ大胆な意志決定にある
半導体市場は流動的で 環境への対応力が重要だ
サムスンは新型工場を設計と建設を同時にする事で 市場への対応を可能とした
が、ここにいくつかの問題が投げ掛けられる
既に70才に手の届くイコンヒ会長引退後、誰が同様のリーダーシップが取れるだろうか?
そもそも 強いリーダーシップは独裁的でもあり、リーガルなリスク(リーダーが反社会的な人物なら、誰も抑止が出来ない) その為コンプライアンスとしてはどうか(実際サムスンはこの理由でNYSEに上場出来なかった)
既に韓国内、韓国系の有能な人材を取り付くした為 今後の成長にはグローバル企業として非韓国系の人材が必要だが、それは組織的変革をもたらすのか
サムスンが今後の発展には多角経営が必要になるが その為の分権的組織が構築出来るか

等ある

極論すれば 本書のテーマは 集中VS分権 でもある

最後に1つ
使われているデータが05年等 些か古い
だから ☆×0.5マイナス
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一番身近だけど、一番見えにくい存在である 在日韓国 朝鮮系の人々。
「紅白歌合戦」やプロ野球など、彼らがいなくは成り立たないのに、実際の彼らのことをあまりにも知なすぎるのではないか。
こうした思いを胸にこの旅は始まった。

http://www.bk1.jp/product/01428126

ミツゴ評価 ☆☆☆☆

<書評>クォ ヴァティス?

日本にある 在日朝鮮人関連の本で一番メジャーなのが本書ではないだろうか?と私は思う
逆に言えば 本書を読まずに 在日朝鮮人について、どうこう言うのは些か無責任とも言えるかもしれない

まずは 簡単な経緯をみておこう

在日 と呼ばれる人々が日本に着たのは 1920年代の頃だ
当時は 日本が第一次世界大戦による特需景気を背景に工業社会にリフトオフを果たしつつある時期でもある
当然 日本国内では労働力需要が拡大→賃金上昇となり、人口爆発による貧困や失業に喘いでいた 植民地朝鮮より安い労働力が流入する形となった

彼等は地縁血縁を頼りに日本各地、特に当時の主力産業の紡績が盛んな関西への移住を行った(当時は釜山ー大阪間に定期便があった)
これが 在日朝鮮人の始まり、はっきりいって「強制連行」なんかとはあまり関係がない(そういう人達は終戦後、とっとと帰った)

日本の経済が彼等の安い労働力を犠牲にした、的な言い方が出来ても強制連行は言い過ぎだと思う
例えれば賃金の高い中国沿岸部に地方や少数民族の人間が働いているからと言って 中国が彼等を強制連行したとは言いづらい(踏み台にしているのは事実)

閑話休題、とにかく そういう経緯があるため 在日朝鮮系の人々は特定のエリアに集まり、特定の仕事に就く 傾向が見られる
さて 地縁と書いた
韓国では今でも地域間対立は強い 有名なのは全羅道と慶尚道の対立だろうか
当然 コミュニティにも反映はされる、最たるモノは済州島出身者のコミュニティだろう

さて 私が一番好きなのが「第6章 サイゴンから帰ってきた韓国兵たち」である

韓国は反共という国是の下、ベトナム戦争に介入した
その数 のべ31万人、米国に次ぐ規模である
彼等は大変勇敢であり、士気の低かった米軍より戦力になった、とされている
この戦争により韓国は米国から莫大な援助とマーケットを獲得、一気に工業化へ弾みをつける形となった

最後に評価、ルポルタージュという性格上 どうしてもファナティックになってしまう、よくも悪くもルポルタージュといった所か
なので ☆1つマイナス
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解説はウィキペディアでもどうぞ

http://www.bk1.jp/product/01881181

ミツゴ評価 ☆☆☆☆☆

<書評>あぁ 僕も変態だ
下らない あぁ下らない
だけど 下らない事を真面目にする事が若さの特権だとも思う
常見問題の消印所沢氏の評価はかなり低い、確かにもっともだ
だが、青春グラフィティとして見ると何故か熱くなるモノを感じる

私のように薄汚れた大人は 同人誌で飯が食えるわきゃねー、と思ってしまう 1000円の本を1000冊売ったって100万円、印刷代なんか考えれば手取で50万円あるだろうか
これを数人の仲間で分ければ 飲み代で消えてしまうだろう
いや 同人誌が1000冊売れる事すらかなり難しい

はっきりいって極めて矮小な世界 コップの中の嵐だ
だが その嵐は激しく、荒々しい、例えウソくさい事が見えていたとしてもだ

その 下らなさに チアーズ!


じゃ少し足りないか・・・・
どんな小さな事でも「何かをなす」事はすばらしい、組織を作り 資金を集め 戦略を練り 攻撃を仕掛ける・・・なんか 浮揚感すら感じる

願わくは続編を出してほしい
昔 平野耕太は、ツイッターで キュウリ味のファンタは売れない(うろ覚え) つまり一部のマニアしか興味がないから打ち切りになったモノが復刊するわけない と言った
ここに1人いる キュウリ味のファンタが好きな変態が
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古代中国の文明発生時、巨大な都市文明の建設に伴って大規模な自然破壊が行われた。孔子・墨子・老子等の諸子百家は、この問題についてどう考えたのか。彼らの間でかわされた論争を交え、その文明観を紹介する。自然と文明の関係が切実な問題として問われている今日、そこには環境問題を考える際のヒントが隠されている。

http://www.bk1.jp/product/02549924

ミツゴ評価 ☆☆☆☆☆

<書評>自然との付き合い方

前も書いた?気にしない 気にしない

文明とはある意味では自然から富を捻出するアプローチと言える、と思う
農業は山を切り開き 河川をコントロールし、大地に負担をかける、だから食料が実る
都市の産業は森林を燃料とし、大地より鉱物資源を収奪する、だから金属等の製品が産まれる

文明は 天が与えた自然を、富に変換し、人間が消費するアプローチ、とも言えよう

本書は古代中国の思想家達の 自然と富へのアプローチを巡る対比といえるだろう

人間社会には秩序がある、言い換えれば身分社会だ
身分社会を成り立たすには格差、特に経済的な格差が必要である、一目で上下関係がわかれば 下剋上を抑えられるという考えだ
つまり 王侯貴族は「カツカツな生活の」庶民より 多くの資源を消費する必要がある、はたして資源は足りるだろうか?
儒家は足りる、と答える 何故なら身分秩序は天の采配、故に天は潤沢な資源を提供しているハズだ、と
現実にはしばしば 資源は不足する、これは天の怒り、天の資源を使いこなしていない 人間のミステイクだと言う
是正するには天の道にそうような 手厚い(金と資源の掛かる)儀式や王侯貴族の浪費(による、身分秩序の安定)が必要となる という

これが孔子の考え方、正直 私は傲慢だと思うが

墨子は真逆だ
自然には限界がある、富にも限界がある、誰かの浪費は 別の誰かの貧困へ繋がる
だから 浪費はやめよう 直接生産にリンクしないモノ、宗教への資源投下はやめよう という発想だ
具体的には薄葬や音楽の禁止だ
音楽というのは王侯貴族のソレで、豪華な楽器類による大規模なオーケストラをさしている
当然 一揃えするのはかなり高い、財政的な負担だ
それで 人民の飢餓や寒さを防げるだろうか 防げないならもっと有意義な投資をすべきだ という発想だ

老子は文明という自然へのアプローチを否定する
馬は人間に飼い馴らされ、本来の性質を失い、豊かな文明による贅沢は人間の五感を狂わせる、という訳だ

簡単に見たが つまりは「自然」と「富」を利用すべきか? 利用するならいかにすべきか?というアプローチの違い、と言えそうだ