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ミツゴ評価 ☆☆☆☆+☆×0.5(☆×4.5コ)

<書評>これからロクでもない話をしよう
ミツゴ「さて、君は金持ちは多くの税金を払うべきと思うかね?」

「はい、思います」
ミツゴ「君、名前は?」

パーキンス「パーキンスです」

ミツゴ「よし、パッキー、では金持ちは労働により収入を得ているね、ならば収入を税金として奪う事は、彼等の労働を奪うに等しくはないかな?それでは奴隷制と同じだよ、君はどう思う?」

ラッツ「金持ちは自分の才覚や努力で豊かになりました、もし金持ちからお金を奪えばだれも真面目に働きません、それは社会厚生に反します」

ミツゴ「成る程ね、しかし1人の金持ちから100億ドルを取り上げれば、100万人の貧民に1万ドルを配れるんだよ、1人の不幸と100万人の幸福、どちらが社会にとり最大多数の最大幸福に適うかな?」

終始こんなノリ

はっきり言えば答えなどありはしない

まぁそういう本
要するに「考える事の大切さ」を投げ掛けている

本書のベースにあるのは「功利説」だ、つまり「最大多数の最大幸福」
わかりやすく言えば「意志決定は、より多くの人が幸せになれる選択をすべし」って事だ

ここで1つ話をしよう
東京大学に入学したい受験生がいたとしよう
彼は (入学できる程の)学力はないが 資産がある
彼は東大に多額の寄附と引き換えに入学したい、という
コレは是か非か?

成る程 入学には定数が有る以上 彼を入学させれば 有能な受験生1人を泣かせる形になるだろう
一方 彼の寄附により東大の設備が改善されれば 数千数万の東大生が利益を被る
さて、どう思う?

まず 言えるのは 資産による合否は不公平 といえる事だろう
東大ブランドは受験生の努力や才能による対価である、そこに金銭は関係ない、と
一方で 東大生の家庭の平均所得は1000万円と 全国平均よりかなり高い
これは おそらく子供に高い教育を受けさせないと東大に入れない というニュアンスだろう
(余談だが慶應なんかの場合は自営業者が多いため、個人所得を低めに抑えたりしている)

さらに突っ込む
最大多数の最大幸福は明らかに民主制における意志決定といえそうだ
国民の多数派の利益、という意味で

ならば民主政府の意志決定は何処まで個人の領域に入りこめるのか?

例えば 資産家の資産に高い税率を掛ける福祉は 確かに多くの人に利益をもたらすが 資産家の財産権を脅かしてはいないか?
あるいは 徴兵制度は国民が軍務という労働で支払う税金と解されるが 資産家が財力で徴兵逃れをする事の是非は?
軍としては資産家1人の兵隊より 彼の寄付の方がありがたい
だが軍務とは 時に生命を失うリスクがある、つまり資産家はそのリスクがなく 一般人はリスクを有する訳だ
これは資産家と一般人の命に格差がある と言えないか?

ならば志願兵制度は?
これも 軍隊に志願を望むのは低所得層と考えれば (生命の価値として見れば)不公平といえそうだ
成る程 軍事費は資産家が払い それを兵士となった低所得者が受け取る、これでバランスがとれるとも言える
しかし コレは「生命のリスクと金銭の交換」つまり「命を金で売っている」に等しくならないか?
さて サンデル氏は答えをださない
常に自分で考える それが答えだったりする
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ミツゴ評価 ☆☆☆☆☆

<書評>文句なし
文句なし、である
教養人足るもの史記は読むべきである、たしか源氏物語でも帝が史記の進講を受けていたハズ
と 教養のカケラもないミツゴが言ってみる

司馬遷は偉大な歴史家である
彼は実証主義の徒であり「歴史」というモノを科学的に捉えたパイオニアではないか と思う
古代はヒストリーとストーリーが未分なので平気で脚色が入るし 正史(国家が認めた歴史観)にはバイアスが入る

また横山光輝も素晴らしい、派手さはなく 淡々と だが読み物としての面白さは忘れていない

コレは文句なし、だ

私が好きなのは11巻 刺客伝だ
貴方は会社でも国家でも個人構わない、何に命をかけるべきか?何故命をかけるべきか?
11巻の予譲は明快である「士は己が知る者の為に死す」、つまり自分を評価してくれた者へ命を賭ける という意味だ

私が惹かれるのは予譲よりも むしろ趙氏だ
一旦暗殺に向かった予譲の忠義を認め放免するも 再び暗殺を企てた時には処刑する

ここに私は 君主としての葛藤が見られる、と思う

君主とは国家である、有能な君主程 国の財産だから勝手な真似は許されない
例え 趙氏がどれだけ予譲を買っていても 処刑しなければ 法が乱れ 国が揺らぐ
故に趙氏は自分に危害を加えようとした罪すら許した予譲を処刑した

予譲が立派な国士であると同時に 趙氏もまた立派な君主だった 私にはそう思える

また 多くの人物の来歴も面白い
我々は歴史をなんと見るか?

おそらく 2000年前の歴史の事を 歴史、という ある種の物語として見てはないか
2000年前の歴史とは2000年前の政治であり経済であり 人間模様である
だから 人間が人間である以上は 常に付き纏う葛藤や欲望 駆け引きや感情が渦巻いている

そう 史記の魅力とは 過去の人々の躍動にある、私はそう思っている
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ミツゴ評価 ☆☆☆☆☆

<書評>経営者 織田信長
本書は「もし信長が本能寺の変の後も生きていたら」をテーマにした 娯楽小説である

圧倒的に面白いし示唆に富んだ内容である

本書をよんで気付かされるのは、信長が"謀反体質"であった事である

織田家は東海地方の中堅クラスの大名だ
そんな織田家は信長の時代に躍進する、背景には 有能な人材の抜擢と多くの商人を味方につけた事、海外からの新技術導入だ
織田家は大きくなった
ライバルの毛利は織田家の「同盟」という形の支配を受け入れるし それは毛利の経済力と軍事力、特に村上水軍を九州や四国平定に使える という訳だ
また東国も 唯一戦えそうな北条氏も 国力と人材で明らかに勝ち目がない訳だ
こう考えれば織田家の天下統一は目前となる訳だが問題も出て来る
1つにあるのは"有能な部下"の処遇だ
彼等は手柄を立てた以上 恩賞、つまり領土をもっている
ならば織田家が拡大政策を取る限り その領土を狙うのではないか?
また有能な部下達が謀反を企むかもしれない

信長がこう 考えれば、当然 部下達を潰しにかかる

部下達もソレは知っている、信長が苛烈極まりない性格である事も

ならば どうする?やられる前にやるしかない、となってくる

これは家康も同じ
織田家が西国を支配すれば 次は東国だ
東国の大名で信長に勝てる人間はいない
ならば徳川家と同盟を結んで 東国に備える必要もないし、むしろ徳川を「獲物」として認識するかもしれない

故に 信長には常に「やられる前にやれ」的な謀反を起こされるリスクがある

さらに見てみよう

織田家とは当然織田の一族郎党であり、織田家が支配する尾張はいわば家族経営の会社みたいなモノだ
その織田家は日本を統一しようとしている
となれば 日本の統治システム(政府)としては家族経営ではダメで 組織の拡大と近代化が必要となる、例えば幕府のような中央政府だ
当然 人材の問題も出て来る、既存の部下達にも地方に領地がある以上、「中央政府」への参加は難しい
ならば 「官僚」を採用するしかない

という事で 様々な形で様々な階層から人材を集める だろう、な話

当時は日本経済が拡大し、大規模な都市開発や建築が盛んな時代
当然テクノクラートの需要も生まれる

つまり 組織に視点を向けた本 という話
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ミツゴ評価 ☆☆☆☆

<書評>ビジネスパートナーとしての中国
いやよくは出来ているよ
でも足りない、と思う
本書の要旨は「中国は莫大な資金と豊富な人材を抱えている、だから中国と対等な形での技術的なパートナーシップを結ぶべき」って内容
だが待てよ? 確かに中国のポテンシャルは驚異的だ
例えば(人口に裏打ちされた)米国の一流大への留学者数や論文の引用数
あるいは格差による飛び抜けた人材、技術への投資が熱心な姿勢等
しかしだ、それだけで「パートナーシップを結ぶべき」は些か安直な気がする
おそらく 日本人の大半は対中ビジネスの不安点に「技術流出」があると思う
著者はこう言う、「技術を独占するなど不可能、そんなことは気にすべきではない」
いや 要するにパートナーとして信用できないのでは?の答えが「仕方ない」って話じゃ納得できないよ
また「既に欧米では中国との技術的パートナーシップを熱心に結んでいる」的なくだりがある
私はこういう表現に人間の器が表れると思う
例えば「中国や韓国は新興国市場に積極的だ、日本は出遅れ」なんていって喜ぶ人がいる
だが 投資なんてカネさえあれば誰でも出来るんだ

投資とはリターンが来て初めて成功なんだ

だから 成果を提示せずに「欧米がやっているから」とは 要するに結果を気にせずに投資しろ と言っているのに等しい

だから 本書には 中国とのパートナーシップによる成功例を例示した方がいい、と思った

いや 文句ばかりいうのもアレか

では少し視点を変えて

日本企業は毎年多額の研究開発費を投入している
GDP比でみれば北欧等を除く 先進国トップだし 金額も英独仏の合計と同水準だ
なのに 何故か日本製品(特に家電)は新興国市場ではあまりウケない

理由の1つは「高くていい」日本製品より 「安くてもそこそこ」な中韓製品の方が 新興国の経済水準的には利に適うからだ
また 中韓製品は例えば「鍵のかかる冷蔵庫」(インドの富裕層の家ではしばしば、使用人による食料品窃盗が起きる) バッテリー内蔵テレビ(東南アジアのインフラ事情では停電が起きやすい)といった現地の事情にあった製品を出すのに対し 日本企業は「高品質=人気」という変な差別化戦略を持っている為に失敗したという
ではどうする?普通なら日本も「そこそこの製品」にシフトすべきというだろう
だが 筆者は中韓メーカーとの差別化+現地経済の発展 を踏まえ その道を否定する
これはこれで1つの解答だと思う
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ミツゴ評価 ☆☆☆☆

<書評>華僑の話

漢民族の故郷は黄河流域、いわゆる中原である
それが戦争やら人口爆発なんかで食えない連中(流民)なんかが出ると 他民族や先住者そっちのけで アチコチ(辺境)に流れ出す、その末裔が客家だ
当然 肥沃な土地は先住者が既に握っている、貧しい土地(例えば山岳地帯)なんかに住み着いた客家は団結し 真面目に働く
例えば15世紀以降なら"金になる作物"(換金作物)の代表格のタバコなんかを作る
経済的に成功すると 盗賊なんかに狙われる 政府は辺境の連中なぞ知らん、的な対応だ
じゃあどうする?団結して自分達で戦う、という形になる
だから 一族単位(数百人)で要塞みたいな家に住み着いたりする、所謂 円楼だ

これ 何かに似ていないか?そう我々が思い描く 華僑そのものだ
勤勉で商売上手で閉鎖的、血縁主義的、自力救済的な点が特にそう
実際 華僑の3分の1が客家系だったりする(客家人口は中国全体の1%程度)

これを踏まえると色んな事が見えてくる
例えば 華僑が金持ちなのはみんな知っている
だが 華僑系の大企業を何社知っているだろうか?
華為やレノボは中国本土系だしシノペックは国有企業だ

いや一応はある、と思うよ(タイガーバウムなんかの所とか)

では何故少ない?

結論、所詮は家族企業だからだ
経営は血縁者が固めるから外部から優秀な人材を入れたりしない
資本も華僑同士のタンス預金の融通だから 外部の銀行借入や株式発行はあまりしない
取引も地縁血縁がベースだからあまり拡大しない

そう、外部に開かれてはいないんだ

この辺が しばしば華僑と現地住民との対立の温床になったりもする
華僑がいくら利益をあげても目に見える形で現地へ還元されにくいからだ(カネを血縁者のコネクションの中で廻すから)
ヘタすりゃ現地で稼いだ利益を(血縁のネットワークを使って)他所へ流したりする ソレをみて「中国に経済侵略だ」的な流れになる

実はこれはマフィアと同じ構図なんだ
コーザノストラじゃないが 血縁社会 極度の閉鎖性 現地への信頼の無さなんかは マフィアとかなり似通っている
実際 チャイニーズマフィアもこういうシステムを利用していたりする

外部の目が入らないから何やっているか解らないし 血縁なんかのネットワークがあるから政治的な障壁を無視して モノやカネのやり取りをしたりする(中国や台湾等)

ソレがよそ者には不気味に見える これが華僑、客家の脅威の背景にあったりする

最後によくある「華僑は中国政府の回し者」的な話
あれも 要は華僑の血縁者が中国にいるから資金を廻した、ってだけの話だったりする
ぶっちゃけ彼等は中国から逃げてきた(というより締め出された)連中だから あまり中国政府を信用してはいない(政府への不信感は一般の中国人も同じか)
アレだ 日系人だから皆 日本のシンパではないし、成功した日系人が日本の親戚に送金したとして ソレが日本政府の差し金(というより陰謀)でないのと同じ
客家はそれを大規模にやっているだけなのだわさ