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ミツゴ評価 ☆☆☆+☆×0.5(☆×3.5コ)

<書評>裏側はあまり見れません

M&Aは結婚に例えられる事が多い
本書は そんなM&Aを結婚に見立てて流れ(プロセス)を読む構図になっている

だがはっきりいえば 刺激が少ない

結婚までのプロセスは トレンディドラマなら 出会い、デート、褥を共にし・・・・となる
だが たいていのドラマなら 昔の女(男)が出てきた、片方が転勤される、片方が事故に遭う(コレは韓国系に多い)等のトラブルがあり、「それをどう処理するか」が面白かったりする(トラブル自体が面白いわけではない)

M&Aの各段階でも おそらくトラブルが出てきたりするだろう
では、ソレにどう対処した?って話があまり書いていない
その辺が弱いな とは思った

また 結婚とは男女の「駆け引き」である
M&Aは基本 利得詰めな訳だから 条件交渉や緊張感ある戦略があるはずだ

本書からはそれはあまり感じられなかった
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ミツゴ評価 ☆☆☆☆☆

<書評>現役漫画家が語る本屋の裏側!

ピンクの珍獣である
私がしばしば行く 地元資本のデパートの7階のK書店にもさりげなくあったりする インテリアとして

本屋は大変である
普通 小売業は自分の商品を把握しなければならない、コレは当然
だが 私のようなゲテモノは平気な顔をして「オペレーションズリサーチ関係の本ありますか」と聞く
意地悪である 経営書であったり理工書であったりするからだ

そう 本は山ほどある、だから商品管理が大変なんだ

本には商品として見た場合 特殊な性格がある
再販制度、というが 本は常に返品が認められる
つまり書店は何時でも返品可能だから在庫を抱えて倒産、なんてリスクはない
例外は岩波だが

逆にいえば 出版社は ブームがくる→大量出版→ブームが過ぎる→返品→アウト というリスクがある訳だね

これって 書店有利なの?って思います?
いやいや オチがありまして、出版側も生産を絞ったりする
だから品薄になる事もあり書店が50冊注文しても30冊しか流さなかったりする
逆に書店側が70冊、なんてサバを読んだら本当に70冊きたりもする

出版社も人間だ(法人だが)
当然 嫌いな書店には辛くあたる(要はヒット作を流さない)
嫌いな書店って?返品率が高い書店だ
そう 注文と返品は書店と出版社の駆け引きでもある!

作者にも少し触れるか

久世番子とは漫画家である、作品はBLとエッセイが主体
おそらく喰えないんだろう 漫画を書きながら書店勤務をしていた、本書の背景はソレだろうか
久世さんの本を読むと氏が本当に本が好きだとわかる

書店員には本を1割引で注文できたりする 久世さんが書店に勤めた背景にもあるかもしれない

読物としても面白いから 是非!
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ミツゴ評価 ☆☆☆

<書評>何かがおかしい

いや 経営の神様に噛み付くようで申し訳ない
でも 何か違和感があるんだよね、何でだろう

と 思ったらなんとなくわかった
この本はQ&A方式なんだが、大きくページを割いているモノに「従業員との付き合い方」という部分がある
例えば、「経営が芳しくなければ給料はどう下げるべきか」「残業の是非」「リストラの是非」等
つまり「どう従業員に負担を行かせるか」に偏りがちなんだ
いや 会社が芳しくない時は リストラや賃下げは仕方ないよ、会社が無くなれば元も子もない

例えば、会社が芳しくない時は 業績給(利益に比例した賃金、利益が低下すれば当然落ちる)より 賃金一律カットの方がのぞましいとある
業績給ならどうしても うまくいく人 いかない人との間にシコリを残すからだ
だが 逆に会社の利益が回復したら、についてはどうするかは書いてはいない
「立ち直るまで我慢してくれ」従業員に危機感と犠牲を抱かせるというなら「立ち直ったらどうするか」についても きちんと説明すべきだと思う
甘い事を言っているのではない、出口戦略、モチベーションについて聞いているんだ

具体的には 賃金や雇用をそのままにして内部留保を蓄積するべきか、賃金を一律に引き上げるべきか、あるいは業績貢献を果たした人間に賞与を増やすべきか
これによって会社の戦略は変わってくる
特に 内部留保の蓄積
おそらく 従業員にとっては面白くはないだろう
ならば かつての京セラのようにストックオプションを認めるべきか、否か。
と描ける

前半は面白いだけにザンネン!

ここからは私の余談

稲盛氏は論語についても一言あるそうで
こんな話もある
孔子の弟子(たぶん子路)が小さな町の長をしていた
町では人民に教育を施していた
孔子は聞いた「こんな町にわざわざ教育を施すなんて、鶏を裂くのに牛刀を使うようなもの(田舎には大層な教育はムダ)」と
弟子は答えた「教育は立派な人物ならより立派に、バカはバカなりに扱いやすくなります」と
孔子は黙り込んだ

この話からもわかるように 孔子の論理とは本来「支配するもの」「されるもの」の序列を前提としている
これは稲盛氏の掲げる「大家族経営」、経営者も従業員の垣根のない経営、とはそぐわないと思うんだが

いや、日本的経営はしばしば 会社=家族 とおき 社長も従業員も 家族の一員=個性の剥奪 という側面があるとされる
それはそれでいいのかも知れない

だが 家族が発展した場合、どうするか については解答が曖昧だ
日本的経営では従業員への還元がよく言われる
みんなで稼いでみんなで分かち合う、なんてスタイルだ

分かち方についての記載が弱いのはザンネン!というのが私の感想

もっといえば「給料をあげずにモチベーションの維持」についての是非、可否やね

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ジョージ・ソロスと二人でクォンタムファンドを立ち上げたウォール街の伝説の投資家が、バイクで世界六大陸を旅する大冒険! 投資のチャンスはどこにあるのか。中国 ロシアからアフリカ オーストラリア 中南米まで 世界各国を走りながら、鋭い視点と洞察力で分析する

ミツゴ評価 ☆☆☆☆+☆×0.5コ(☆×4.5コ)

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<書評>資本主義の勝利
本書は投資家ジム ロジャーズが90年頃に世界を巡った紀行分である

1990年代初頭は世界の総決算期であったと思う
ソビエトが滅び、中国は国を開きつつあり 欧州は統合を控え、アメリカは冷戦に疲れ果て 日本は絶頂期であった

本書は 各国経済の決算を眺めるような構図となっている、言い換えれば勝ち組負け組の比較分析とも言える

結論から書けば、勝敗を別けたのは「公平さ」と「柔軟さ」である
「公平さ」には「公平な競争(による経済システムの進歩)」という部分が強いので、突き詰めれば「(進歩を認める)柔軟さ」と言えようか

具体的に見てみる
ロシアではパンと石油が安い、だが それらは不足していた
普通はモノが安い→モノが多い、となる
何故だろうか
答えは「安い」からだ
ロシアは労働者の国だ、工場の国と言ってもいい
今日の世界がそうであるように 資源価格の高騰は市民の生活を圧迫し やがては暴動や内戦につながる
それを知っている共産党政権は食料や石油価格を故意に抑えた
が 問題はソレを作っている人達だ
食料や石油が安いということは 当然それらに携わる人々の所得を下げるし、沢山作る努力(投資)をしてもリターンを引き下げる
結果 誰も真面目に作らない、モノがない、となる

資本主義のソレはモノが不足すれば価格が高騰する
結果 石油や食料を作る人は儲かるし 沢山作ればより儲かるから 生産増強に投資が増える
結果 需要と供給のバランスが保たれ価格は安定化する、と言える

では日本と中国を見てみよう
当時 日本はバブル絶頂期で株価も不動産もゴルフ会員権も高かった
だが、どうだろうか
先にも触れたが価格の高い商品は需要が減り 供給が増える
結果価格は値下がりする
果たして需要が増えるのか、といえば増えなかった
当時の日本は硬直化しつつあった
金融システムは水ぶくれしつつ、閉鎖的であった
また社会も柔軟さを失い身動きが取れなくなった
そして少子化

まぁ結果はその通りだ 結論、柔軟さが大切と

ジムは中国を褒める
中国人はアメリカ人と正反対だ
勤勉で貯蓄好き、という意味で
ジムはアメリカに対し悲観的である 故に正反対の中国に肯定的と言える

だが私には不思議なのは中国にも官僚主義はあるし 社会も不安定な面がある
その辺がジムが中国を讃えつつシンガポールに拠点をおいている理由だと 邪推している
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ミツゴ評価 ☆☆☆☆

<書評>儒学との対比
墨子を読めば 当時の儒教と対立していたのが解る
こんな1節がある

<<墨子は孔子についてこう語った

孔子はかつて弟子と旅をしていた時、路銀に困って 腹を空かせていた
見かねた弟子が近所から豚を掠って来て料理を出すと孔子は喜んで食べた
それを見た弟子は 味を占め 今度は追いはぎをし その金で酒を買い孔子に差し出した
孔子は喜んで飲んだ

その後 旅が終わり、酒宴の席になると 孔子はやれ調理の作法がダメだとか 酒宴の礼儀がなってないとゴネまくった
弟子は聞いた「盗んだ食べ物を喜んで食べる貴方が、作法や礼儀を説くのはおかしくはありませんか」と
孔子は答えた「あの時は餓死寸前だから仕方ない」と

私(墨子)はこんなペテン師は見た事がない>>

ここまで言うか?

まぁ墨子の孔子評はおいておくとして、墨家の思想は儒学と対比をなす、と考えれば解りやすい

例えば 節用篇
儒教では礼節を重んじ、主君や親の葬儀は豪華な程、長い程よいとされている
一方墨子は 豪華な葬儀は限られた富(天の恵み)を大地に埋め、残された家族や家臣を何年も拘束する、それで誰が幸せになれる、と説く

また儒教がしきりに唱える「天命」、つまり運命論は 農民は死ぬまで農民、貴族は死ぬまで貴族となるから 誰も自己向上の努力をしなくなる、結果 社会が疲弊する と説く

孔子の思想は天命を絶対視とする、例えば天が人間の礼節を望むからこそ 人間が(葬儀や儀式等で)莫大な資源の消費を肯定するし、それだけの資源を与えている

それに対する墨子の解答は非命篇、つまり天の恵みを当てにするのではなく個々人の努力こそが 社会を発展させると説く

努力、特に統治のソレとは?という解答が 非攻(戦争の被害の否定)や節用(資源の浪費の禁止)、尚賢(有能な人材の採用)という形になる

ここまで見れば 墨子が非常にプラグマティスティック(実用的)だとわかる
そして同時に宗教としての性格もあった
が 皮肉な話だが故に 墨子は廃れる事になる

数千年の月日は社会や人々の価値観も変化する
故に、長い年月を経て思想や宗教も時代に合わせて変遷するし 変遷を遂げられないソレら衰退するしかなくなる
キリスト教やイスラム教もまた 古代と現代では やはり解釈に違いはある(現代の価値観を否定し、古代のソレに戻ろうとする動きが「原理主義」、だからイスラム原理主義とは、古代への回帰→現代の否定→現代文明の発信地アメリカの否定、となる)

キリスト教やイスラム教、儒教でも その時代に合わせて天才が現れ 教義の再解釈により時代へマッチングを行う
しかし墨子は 戦国時代→秦の統一という 時代の変革期に 対応が出来なかった 故に滅んだとなる

そして残されたのは 後に東洋思想のチャンピオンである儒教への敵対行為の記憶だけであった