三つ子的評価 ☆☆☆☆☆

[書評]今読め すぐ読め きっと読め

素晴らしい、モテない男の純愛です
☆5つ(ただし打ち切りのためやや不満あり)

ポイントは主人公が30代という事
30ともなればもはや「若者」といえない世代
結婚する人 住宅を買う人 出世する人/しない人 親の介護を考える人 家の仕事を継ぐ人 まぁ様々な事を考える歳です
「考える」とは「先を見る」訳です
そして現状と比較して「これでいいのか」と考える
主人公のタクローもその口
出世の見込はなし、親はいよいよボケ始め、家業の弁当屋もある
おまけにブ男、貯金無し、素人童貞、人生の生き甲斐は半年に1回のスーパーソープ
「これでいいのか」とアンリアルなるネット空間に逃げ込む(サマーウォーズのOZを連想されるとよろし)
そこでビショゲーのソフト 月子と出会い、まぁお決まりのネトゲ廃人モード

はっきりいうと誰ひとり共感できるキャラがいません
強いていうとラインハルト(越後)かな
「あんただって逃げたい時あるだろ?」
「我々には逃げる場所すらなかった」
とかは 廃人稼業のすべてを語っているでしょう

でも 読んじゃう
ああ 読んじゃう
屑だとしって タクローを応援したくなる
そんな1冊
三つ子的評価 ☆☆☆☆

[書評]設問シーンだけでも買う価値アリ

本当は☆4.5コあげたい
しかし刊行ペースが遅い為、正直前の話を忘れちゃいます
しかもかなり複雑な話だから尚更です。

かなり深いです、ジョバンニの設問シーンのみでも買う価値アリです
チェーザレの設問は神学論より統治論に他なりません
テーマは「キリスト教では金貸しと利鞘が卑しいとされるが、それは是か」というモノ
これをメディチ家(銀行業)の御曹司ジョバンニ君に聞く訳です
ジョバンニ君は大学卒業後 枢機卿になるお方(ネタバレだが後にローマ法皇になる)
ローマ法皇や枢機卿は神のしもべであると同時に巨大なカトリック教会のトップであり イタリアを始め各地に領土と諸々の収入源を持つ国家の為政者でもあります
つまり世俗にまみれる訳です
ルネサンスみたいに発達した社会では、もはや金融抜きでは社会が廻りません
ソレを説いている訳ですね

チェーザレ「金利をとるのは卑しくないか」
ジョバンニ「創世記にある様に我々も働いて食わなければなりません」
チェーザレ「しかし銀行はボロ儲けをし、浪費しているぞ、明らかに喰う以上の生活だ」
ジョバンニ「各地に建築をする事で素晴らしい文化財を作り、職人に雇用を提供しています」
チェーザレ「なるほど、、、しかしソレは統治とはバラマキに過ぎないという訳ではないか」「バラマキに頼る統治は堕落ではないだろうか」
となる
オチはあえて書きません
コレをみると明らかに統治論だし、古代ローマの堕落をどうおもうか との問いのようにも思われます
キリスト者として、統治者として ジョバンニ君は何を言うべきだろうか
この点が素晴らしかったです。

また他の教授の設問も厳しかったです
「統治権は貴族に委ねるべきか」とか
「より優れたモノが統治すべき」というのは共和政のフィレンツェでも勇気のいる発言
教授「しかし、人間の魂は精子による」「つまり高貴な魂は遺伝するのでは?」
コレは手厳しい
ジョバンニ君の母親は貴族(オルシーニ家)だが 父親はメディチ
元を糾せば成り上がりの平民
「お前に貴族の高貴な遺伝子が流れてない」と言わんばかりの態度です
いや 父親の方が大人物なんですけどね


神は平等です
善人にも悪人にも日を昇らせ 雨を降らします

原発もまたしかり
放射能は原発賛成派も反対派も等しく苦しめ 安い電力は賛成派も反対派も潤します
電力事業が独占ビジネスなため「オレ、原発反対だから東電から電気を買いたくない」とか「賛成だから電気代安くして」とはなかなかならないモノです
また東電が政府に救済された以上 福島事故の賠償は増税という形で等しく襲い掛かるのは明白です

そこで思った事
原発賛成派は保険の引受人になったらどうでしょうか?
1)原発保険シンジケートを組み 事故時の損害については有限/無限 の責任を持つ
2)電力会社はシンジケートへ 原発稼動による利益を保険料として支払う
3)シンジケートを通して 原発賛成派には出資額に応じた配当が得られる
4)事故時は 賛成派が保険金支払いという形で 責任を果たす

どうでしょうかね?
賛成派はリスクの対価として一定程度の収益を得られます
反対派は事故時の埋め合わせの為の増税負担を軽減できるし、補償も安定します
逆に、賛成派は事故時に責任を果たすべきだし、反対派は平時は保険料分割高な電気料金を負担します

そして双方が「言う分だけの責任」を果たせます
「口だけ」とか「言うだけ」という 卑しく無責任な境遇から脱出出来る訳です

アイデアとしては面白いと思うんですよ
お金を出す事で 皆エネルギーについて真剣に考える契機になりうるだろうし
いい加減なエネルギー政策には賛成派も「リスクが増える」という抑止力になる
敦賀原発なんて 数千億単位の投資なのに「地盤調査がいい加減でした」ってもはやギャクでしょう
電力会社も保険料支払という形で「その原発、ホントにコスト的にペイすんの」と真剣に考える機会になるでしょう

まぁヤマト保険のパクりです
ただ「金が落ちるなら50年後100年後カ○ワが生まれても構わないから、事故がたまに起きてくれた方が有り難い」とか言う輩は確実に減るでしょうか
テメーがまず買えや

無責任とは 義務や負担を使命感だの大義だのに乗せて無限の果てにほおりなげる事だと思うんですよ
無責任が許されないのなら 各々の範囲でリスクとリターンをそばに寄せたらいいな と思った次第
三つ子的評価 ☆☆☆+☆×0.5(☆3.5コ)

[書評]踊らされてるのも 随分前から分かっていて それでも それでも

なんかback number「青い春」の歌詞を連想させる本です
本書のテーマは極めて明快です
国際金融のトリレンマという命題があります
資本移動が自由なグローバル経済において
A)固定相場制
B)金融政策の自由
の片方を犠牲にしなければならない、というモノです
現日本銀行総裁の著者は「アジアにおける通貨統合」という形でA)を実現しようというモノです
つまりB)を犠牲にする訳です
裏を返すと日銀なんて最後の貸手機能と統計以外要らない という事です
何たる皮肉だろうか、、、、、、、

さて何か書きます
既存のグローバル経済は基軸通貨を必要とします
英語が話せれば世界中と取引できるのと同様 ドルがあれば世界中と貿易や投融資ができるからです
それには世界中人々が英語が話せるのと同様に、世界中の人々が一定以上のドル保有が必要になります
つまり アメリカは「貿易赤字の対価としてドルをばらまく」必要があります

言い直すと グローバル経済には基軸通貨が必要であり、ドルが基軸通貨である為にはアメリカは経常赤字を流し続ける必要がある訳です
しかし慢性的な経常赤字国の通貨が何時までも信任を維持できるのだろうか?
つまり やがてドルの信任がなくなった時 グローバル経済が破滅する訳です
回避するには 基軸通貨を経常赤字を伴わない形で供給する必要があり、それこそアジアにおいて通貨統合 という訳です

しかし問題があります
通貨統合は 金融政策の自由を奪います
つまり 各国は適切な金融政策が出来ない訳です
これはユーロ圏で火を噴いたのは記憶に新しいトコロです
さらに複数の国々の協調はリーダーシップの問題もあるでしょう
アジア共通通貨がありアジア共通の金融制作があったとして日中印が協調し迅速な意志決定が出来るとは考えにくいでしょう
過去を乗り越えたというヨーロッパですら、ギリシャはドイツに反感をもち今更ながらナチスのギリシャ侵攻を持ち出して来ています

本署が書かれたのは04年、EUが東方に拡大し 南欧諸国が奇跡的な経済成長を実現していた頃の話です
現在ではA)とB)ではB)を選ぶ方が正しかったといわざるえないでしょうね
しかし トリフィンのジレンマに頼ったグローバル経済が無問題でもなく、やがて破滅する因子があるのも事実
さてどうしたモノでしょうか?

弊害も問題点も全てわかっていて 「それでもしなければならない」という点が青い春を連想させたのかも知れません
いやさっきまで聞いていたダケでしょうけど、ね

♪教えられたものだけじゃ いまいち完成しないんだ
計算は合ってるはずなのに 型にはめ込まれたって
きしんだレールの上だって 負けじと明日へと向かう

世界経済そのものではないでしょうか?
答え行きの船なんてきっとないと思いますよ
明日はどっちだ!

三つ子的評価 ☆☆☆☆+☆×0.5(☆4.5コ)

[書評]けして"やすくはない"アフリカ

近年 中国から逃げ出す日系企業が目立つと聞きます
反日暴動、環境悪化、人件費の高騰、汚職や格差 等が上げられます
私は危険な兆候と見ています
何故なら中国が抱えている問題は途上国は程度の差はあれ皆抱えているからです
例えば日本企業の金城湯地である タイ
タイはバンコクと地方では所得が1ケタ違います(ソレが政情不安の温床になっている)
また温床についていうと寧ろ中国が比較的まとも な調査すらあります
だから「中国が嫌」でも他国が必ずしも楽園とは言えないと思います
軽い気持ちではイカン訳です

さて書評
アフリカです
よく「最後のフロンティア」何て言われます
アジアで成功した企業が アジアでうま味が無くなったから と注目しつつある大陸です
だが、アフリカはけして「やすくはない」です
まず コストは安くないです。
アフリカは教育が遅れています
つまり労働者のなり手がいない
だから人件費が高くなりがちです
例えば南アフリカの工場労働者の賃金は12680ドル程
南アフリカよりややGDPの高い(つまりインフラや技術水準が高い)マレーシアが6277ドルです
タイが3116ドル 中国が3853ドル とすれば 製造業メーカーは南アフリカと東南アジアどちらを選ぶのか明白です
南アフリカはやや特殊ですが エチオピア(1326ドル) タンザニア(1709ドル)もカンボジア(875ドル) ベトナム(802ドル)に比べ割高でしょう
つまり アジアで成功した「安くて豊富な労働力の活用」という図式が使えない訳です

またインフラが未整備と触れました
つまり流通コストが割高になります
例えばアフリカには広大な土地がありながら 大陸全体で見ると日本に匹敵する食料輸入地域です
これはインフラが未整備だから肥料の生産や輸入が困難
なので食料生産が伸びない構図があります
つまり農業に人手がかかり 都市への労働力供給に難がある訳です
また食料を輸入に頼るとは 世界市場に左右されるという意味です
つまり 穀物高はダイレクトにアフリカの都市住民を直撃し、ソレが暴動や政情不安に繋がりやすい構図を持っている訳です

こう書くと「アフリカにインフラ整備すればウハウハじゃね?」と考える向きもありましょう
事実 中国はそう考えて大規模な投資をしています
アフリカは援助に頼っていると思われがちですが 実は直接投資のGDP比は世界最大だったりします(GDP自体が少ないので目立たないケド)
しかし問題がない訳ではありません
まず 貧困があります
貧困が治安を悪化させます
そこに「投資」という形で社会変革をもたらすと社会がパニックになる事はあります
例えば中国の義和団事件のきっかけは欧米が作った鉄道に対し 既存の運輸業者が「仕事が無くなる」と反発したのが始まりです(長期的にはインフラ整備が国の発展に不可欠なのに)
なので、時々中国人がアフリカのゲリラに殺される事があります
ならどうすべきか
貧困自体を無くす という観点が出てきます
例えばリオティントは地域の衛生事業に取り組んでいます
善意ではなく 労働者がエイズやマラリアにかかると商売にならないからです
もちろんコスト的には安くはありません

アフリカは中国より賃金が高く インフラが未熟で 衛生も悪く 汚職や格差や政情不安がある
コレは事実です
ならどうあるべきか、本書のテーマはまさにそこです
「関わらない」というのも1つの答えでしょう
一方 アジアの工業化は「資源高・工業製品安」という加工貿易国家日本にとり不利な状況を生み出しています
そんな中 資源地帯のアフリカと どう付き合うべきか 考えさせられる1冊です

最後に不満を1つ
著者は官民共同を推奨します
確かにインフラや衛生は国家の力ぬきに改善はしません
しかし 官民共同の問題点はプロジェクトが失敗した時の責任の所在になります
つまり誰も責任をとりたくなく曖昧になりがちです(エルピーダなんかその辺がある)
なら どうあるべきか、その辺の考察がほしいトコロです