優しい嘘を吐くには

あまりにも遠くて

柔らかな絶望も

移ったままの温度も

きっと忘れたまま


その手が触れるには

穏やかな表情が

悲しげに揺れるのを

僕は知ってしまったから


手を取り合うだけの

そんな時間に浮かぶ

それだけを選んだ

この温度の中で

残酷な話はナシにしよう


教えてくれた沢山の事とか

気付いた色々の事とか

優しいだけじゃダメな事とか


きっともっともっと

思う事や言いたい事

在る筈なのに

夢や理想みたいな

温かな幻想の中で


きっと忘れてしまうよ

知っていたんだろう

気付いていたんだろう


もう何も言わなくて良いよ

手を取り合うだけの

簡単な世界の中で


小さく嘘を吐く

君は気付くかい?

理想を吐きだしたって

何も変わりはしないけど


その瞳に映る僕は

確かに僕の筈なのに

違和感ばかりが

胸に犇めいている


「覚えているか?」


最初の言葉も

続いた言葉も

何一つ変わりはしない

それなのに僕は

何一つ覚えていないんだ


笑えない僕を横目に

言葉の意味なんて

ないかのように

静かに笑い飛ばすんだ


心の中で僕が死んでいく

呼吸を続ける身体を

苛んでいく罪悪に

零れ落ちた拙い命は

長い夢の中で溺れてしまった


影が付き纏う

僕は、確かに

此処に居た筈なのに、


「思い出せるか?」


何一つ変わらない

生きたままの鼓動が

笑みを浮かべる様に

一つ音を鳴らして


僕が僕を認めて

僕が僕を選んで

僕が僕を愛せれば


きっと僕は僕と

笑い合う事が出来るんだ


誰よりも優しく在る様

誰も拒まぬ盾になる様

痛みと引き換えに理想を

苦しみと引き換えに絆を

誰も彼もがその意図に

顔を歪める事の無い様


貴方にはその手を

優しく労わる様に

踏み躙られた花束を

憐れむ権利が私には無い

その手が拒んだ理由に

私が気付く事が無い様に

貴方の言葉が私に届く事は

二度と在りはしない


それでいいのでしょう?

貴方が望んだ世界で

私が死んでいく様は

きっと一つの喜劇

夢も理想も希望もない

生の空気を殺してまで

選んだ死のマントを被る


吐き出した呼吸が熱を孕む

その理由など知らなくて

知りたくもないのだから


そんな目で私を見ないで

都合の良い盾で居させて

そんな震えた手で触れないで

泣きそうな瞳で僕の手を取らないで

悩む事も途惑う事もない

単純な駒のままで居させて


忘れかけた思い出も

軋んだままの心臓も

何一つ知らなくていいよ

僕が全部持っていく


溢れだしそうな感情も

緩やかに飲み込んだ言葉も

眩んだままの世界に

二人溺れていくことも

悪くないかもしれないね

きっと幸せになれるって

ずっと信じてるから


変わらない日常に

揺れた吊り革の向こう

覗き見た夢を忘れて


引き摺る影の重さに

気付かない様に僕は

君の手を取って歩き出す

「さようなら」はまだ要らないよ

僕が僕で居られるうちは


呼んでいてくれよ

僕の名前を涸れるまで

何時だってそうだって

泣きたくなる程に苦しいのは

痛い程に苦しいのは

辛いんだよ、本当。


くすんだままの世界に

君が手を振って

僕は背中を向ける

嗚呼、また忘れてしまうね

それもまぁいいのかもしれない


愛しいまでの日々を謳う様に。


そこに置いてきた

名前のない感情を

僕は知っているよ

ふわりと浮かんでは

きっと簡単に消えてしまう

泡沫の夢のようだ

寂しくはないよ、

だって君が知っているから


誰も彼も置いていく

小さく鳴らした靴音も

伸ばした爪も

もう気付かないけど


檻の中で冷たく横たわる

眠たい感情を忘れて

上手に出来た筈の

作り笑いですら

きっと心に蟠って

並べては弾いた

幻のようだから


もう明日がやってくるよ

置いてきたはずのそれが

たくさん涙を流して

悲しくはないんだよ

寂しくもないけど

ただきっと忘れてしまう

そう、忘れてしまうことが

辛いんだと思う。


君が知っていることも

僕が忘れたことも

それでいいんだ。


きっと。