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フクロウのひとりごと

愛知県在住のトロンボーン吹き、作編曲家、吹奏楽指導者。
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吹奏楽指導でよく聞く言い方、「音を遠くに飛ばして」ってどういう意味でどうすればいいのかと少し前にXに書いたら結構な反響をいただいたので、きょうは少し考えてみたいと思います。さて、これってどういう意味?

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

音を遠くに飛ばして 

 

「客席のいちばんうしろまで飛ばすように」なんていう言い方もされますね。
「審査員席まで届けるように」とかバリエーションはいろいろあります。
さて、これってどういう意味で、どうすればいいのでしょうか。
どなたか説明できますか。
どうしてこういう提起をするのかというと…
この指示が力みの原因になっていることが少なくないと思うからなのです。
言葉だけが一人歩きしていて、いわばただの『受け売り』なのではないか…
そして、その指示の結果どうなったのか、観察は出来ているのか…
 

 

そば鳴り 

 

そば鳴りという状態があります。
近くで聞くと鳴っているように聞こえて、遠くで聞くと鳴っていない音。
ただやかましいだけで、遠くに届かない音。地声。
「音が離れない」なんて言ったりもしますね。
これを改善する目的で、「遠くに飛ばして」を言うこともあるのでしょう。でもね、
その指示によって力みが起こってしまったら、むしろ逆効果にもなりかねない…
そば鳴りの原因は、身体の使い方だったり息の入れ方だったり、いろいろだと思うのです。
それこそ、ひとりひとり違うのです。
たとえば息が足りない場合もあれば、逆に息を入れ過ぎ(オーバーブロー)の場合もある。
一言で改善できるような簡単な問題でもないと思うのです。
 

 

表現としての 

 

客席に向けて指をさすような指示をする指揮者もいるという意見もありました。
大御所さんね。
それはね、音楽的な指示でしょ。この場面ではそういう音がほしいよ、と。
もしぼくがそういう指示を受けたなら、場面にもよりますが、たとえば…
ダイナミクスを少しだけ上げてみる。
発音を少しだけクリアにしてみる。
少し明るめの音をイメージする。
少しだけベルを上げてみる。
そんなことをすると思います。
要は、指揮者がどんな音を欲しているのかを汲み取ること、
そして、それを形にするための具体的なやり方、引き出しがあることが必要なんですね。
もし、どんな曲のどんな場面でもそのおんなじ指示をするような指揮者がいたら…
(そんなおバカな指揮者はいませんが…)
全部のダイナミクスを1段上げて吹いてやりますね。
その代わり「バランスは知らねえからな」って思って吹きます。
 

 

視線を遠くにしてみる 

 

もし、そば鳴りを改善したいのであれば、こんな実験をしてみるのもいいと思います。
少し広いところで吹いてみます。そのときに…
視線を近く、たとえば目の前の譜面台を見ながら吹くのと、視線を遠くに置いて吹くのと、
その違いを観察してみるのです。
これ、あきらかに音が変わるのですよ。
遠くに飛ばそうなどと意識するのではないのです。
ただ、視線を遠くにするだけ。
「遠くに飛ばそう」は、力みになります。
視線を遠くにする、つまり、ただ意識だけが遠くになるのだと思うのです。
普段から遠くを見ながらロングトーンするのでも、効果があるかもしれません。
 

 

空間を意識に入れる 

 

これは大学を出たばかりの頃だと思うのですが…
とある高校吹奏楽部さんの定期演奏会にソリストとして出演しました。
本番当日に初めて、会場の大ホールでのゲネプロ。
吹きながら、なんだか自分の音がホールを満たせていない感じがしたのです。
やばいぞ、と…
(それまで狭いところで練習していたというのもあるのでしょうが…)
で、ゲネプロが終わってからステージに行って、客席やホール全体を見渡して意識に入れて、
それから少し吹いてみたのです。響きがどんなふうに広がっていくのかに意識を向けながら。
で、よし、と…
そのあと楽屋でモニターを見ていたら、生徒たちが真似しておんなじことをしていました。
意味をわかってやっていたのかどうかはわかりませんが…
つまりどういうことなのかというと、その空間を意識に入れるのです。
よーく意識に入れる。
そしたらあとは、なんにもしなくても身体が自動的にやってくれますよ。
それにどのくらい時間がかかるのかはいろいろでしょうけど…

なにしろ、言葉だけが一人歩きしている「遠くに飛ばして」が少なくない。
それって、ただ力むだけになりかねない。むしろ逆効果。
そのことを危惧しているのです。
その指示の結果どう変化したのか、まず注意深い観察が大切ですよね。言いっぱなしではなく。

さて、「遠くに飛ばして」、乱用されてはいませんか。
 

みなさんは吹奏楽コンクールを聴いて心動かされた、感動したことはありますか。思い入れとか技術的にすごいとかではなく、音楽的な感動ですよ。ぼくは何度かあるのです。その時のことを、きょうは少し書いてみます。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

全国大会 

 

あれはたしか、2012年の全国大会だったように思います。高校の部。
東海支部三重県代表、白子高校さん。
自由曲がトスカだったのですが…、聴いて、涙がぽろぽろ流れたのですよ。
すっごく音楽的でドラマチックだったのです。
もちろん白子には行ったこともなければ知り合いもいません。
顧問の先生は大学の後輩だったのですが、面識があるのかないのかわからない程度。
あのときは、「なんちゅうもんを聴かせてくれたんや!」って思いましたね…
その次が淀工だったのですが…、「淀工さん、ちょっと待ってくれ!」って思いましたよ。

あのときたしか白子さんは銀賞だったと記憶しますが…
賞なんかどうだっていい!
いや、なんで銀賞?って思った記憶があります。
尤も、あのレベルまで行くとね、
どこをどういう角度から聴くのかで賞なんか変わってくるでしょうからね。
課題曲は淀工と同じだったのですが、正直、淀工のより「好き」でした。
尤もあのときは、淀工さんには直前のホール練習を見せていただいていたのです。
たしか大阪俗謡だったか、いや、ダフクロだったかな…
だから事前に入っていたということはあったのかもしれません。
 

 

学校に 

 

その全国大会が終わって、白子高校に連絡を取りました。
メールだったか電話だったか忘れましたが、練習を見学させてほしい、と。
どんな合奏をされるのか、ぜひ見てみたい。
もう「○○マジック」って言いたいぐらいですよ。
顧問の先生に久しぶりに会いましたが、とてもこまかく音楽のディティールにこだわった合奏。
いい演奏をされるバンドの先生って、みんなそうですね。
音楽のイメージがとてもクリアで、だから合奏がこまかい。
音楽愛も感じます。これまで見てきた素晴らしい先生方はみんなそうでした。
 

 

岐阜県大会 

 

あれはいつだったか…、支部大会ではなく岐阜県大会だったと思います。
学校名を書いてしまいますが、県立岐阜商業さんです。
自由曲、なんだったかな、たしかやっぱりオペラの曲だったように記憶しますが…
(って、なんの曲かおぼえてないんかい!?)
それがまたとても歌があって音楽的で、不覚にも泣いてしまったのです。
ここで泣くとは…
県岐商さん、あれからイメージ変わりましたね。
どんな練習をされているのか、顧問の先生はどんなお方なのか、全然知らないのですが…
岐阜方面も、それぞれ個性的な先生方でいい活動をされていますね。
別の学校ですが、やっぱり聴いて感心して練習を見せていただいたことがあるのです。
そういえば、校歌を書かせていただいた(編曲)学校もあったような…
 

 

滋賀県大会 

 

こちらは滋賀県なのですが、とある年の、
あれって地区大会だったか県大会だったか忘れてしまったのですが…
学校名を書いてしまいますが、石山高校さん。
これ、言語化が難しいのですが…
音というかカラーというか個性というか、なんだかとてもいいものを持っているバンドだな、
というのがとても印象に残っているのです。
バンドの音の個性が、とても素晴らしく好感。
この先どんなに進化成長しても、この個性は絶対なくさないでほしいと思ったのでした。
石山高校さんには、コンクール前のお披露目演奏?かなにかを聴きに学校まで行ったことも…
もう何年も前だと思いますが…
 

 

心動かされる 

 

世の中には学校吹奏楽や吹奏楽コンクールを悪く言う人がいますよね。
なんにも知らない残念な連中のくせに、なに言ってんだって思います。
音楽を聴いて心動かされる、そういう経験ってもちろんコンクールに限らずあります。
そんな心を持っていることをうれしく思います。
クルマを運転しながらFMを聴いているでしょ。
とね、ソルフェージュしたりコード分析したりしてる…
あぁ、そんな聞き方しか出来なくなったのかと悲しくもなるのですが、でも、
感動する心だってまだちゃんと持ってる。
それが、結局いちばんの、音楽する原動力になるのですものね。

さて、みなさんは、コンクールに限らず音楽を聴いて心揺さぶられたこと、ありますか。
 

たとえば教えることだってそうですが、どんなに有益なことをどんなに正確に言っていたとしても、それが相手に伝わらなければ意味がない、そんなふうに思うのです。伝わる言い方をしているか、伝えようとしているか。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

理解できないことは 

 

先日、あることをきっかけに気がついたことがあります。
中学のときの吹奏楽部の顧問の先生、合奏がとても楽しくて毎日部活が楽しみだったのですが、
なぜだと思いますか。
なぜ、あんなに楽しかったのだろう…
それは、先生の人柄もあるでしょうしいろいろな要素があるのでしょうけど、ひとつ…
先生は、中学生が理解できないようなお話は決してされなかった。
理解できる言葉、理解できる話し方、理解できる論理で、しかもユーモアもまじえて…
だからあんなに楽しかったんだなぁと思うのです。
そうして省みてみると、自分はまだまだだなぁ、と…
 

 

どんなに… 

 

どんなに有益な内容だったとしても、それを相手にわかるように伝えられなければ意味がない、
これって事実ですよね。
いろいろな先生を見ているとね、いい先生ってここがすごいのですよ。
すごいわかりやすいのです。子どもたちにも理解できる話。
でも、その中身、要求していることは決して、簡単ではない。
「えっ、そんなことやるの!?」というようなことも。
でも、とてもわかりやすく伝えるものだから、子どもたちはきっと、
「できない」とか「むずかしい」とか思ってない。
要求は高く。でも、わかりやすく。
 

 

別の技術 

 

教えることって、たとえば観察だったり知識だったり方法論だったり、いろんな要素があります。
でも、それとは別に、わかりやすく理解できるように伝えられるというスキルが必要なのです。
あっ、きょうのお話は大いに自戒も込めて書いています。
たとえば音楽を教えるときに、音楽について勉強したり経験したりしてきたこととは別に、
伝えるスキルというものが、絶対に必要なのですね。
それがなかったら、どんなに勉強して経験してきても、ただの独りよがりになってしまいます。
振り返れば、たしかにそういう現場もいくつか見てきました。
してみると、当たり前かもしれませんが、やっぱり学校の先生ってすごいな、と。
そんなふうに思うことが少なくないのです。
 

 

伝えるスキル 

 

でも伝えるスキルって、言葉だけではありませんよね。
とくに音楽は、動きとか声色とか表情とか、そういうもので伝わるものもあると思うのです。
理論立てて整然と説明することだけが伝えるスキル、ではないのですね。
ぼくの指導って、きっと質問形が多い気がします。
生徒自身が持っているものに気づいてもらう、そんな感じ。
なにが伝わって、なにが伝わらないのか…
なにを持っていて、なにを持っていないのか…
なにを感じ取れて、なにを感じ取れないのか…
そういう見極めって大切で、でも、簡単ではないですよね。
 

 

等身大の 

 

いろいろな経験を積んでくると、それがかえって邪魔をすることもあるのかもしれません。
これくらい伝わるだろう、って、小難しい話をしてしまったり…
たとえ理解してもらえたとしても、「それってどうしたらできるの?」って思われてしまったり…
でもね、そういう意味では、先生より先輩に教わった方が速く浸透する、
そんなこともあるのかもしれません。
なにしろ、つい1年か2年前には手ほどきされる立場だったのです。
近い立場だからこそ伝わることって、きっとあると思うのですよね。
でもね、そういう意味でも、自分が始めたばかりの頃のことって忘れずにいたいと思うのです。
また、それができる人ってきっと、教えるの上手いでしょうね…
 

 

伝わらない原因 

 

どんなにいいことでも、それが伝わらなければ意味がない…
伝わらないのって、たいていは、いや、多分100%、伝える側に問題がある、
そんなふうに思うのです。
言葉の選び方、内容、信頼関係…
やっぱりどれも、伝える側の問題ですよね。
そして、伝わり方にもいろいろなレベルがある。
ただ理解しただけなのか、それとも腑に落ちたのか、心が動いたのか…
ただ伝えただけで終わりなのか、それともむしろそこから始まるのか…
伝えることって、奥が深いのですね。

さて、みなさんは伝え方、上手い人ですか。