みなさん、音程、耳で判断していますか。当たり前のことですが、聞いてわかるようになるって大切なことだと思います。少しづつでもそこに近づけるように訓練する。でも、聞いた結果と実測値が違うこともあるのです。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
合奏で
ある日の合奏でのこと…
ピッコロさんに、「ちょっと低いかな…」って言ったら、
「チューナーでは高いです」と言われちゃったことがありました。
でも、ちょっと低く聞こえるのです。
と思ったら、Xでフルート奏者のなみさんが、こんなことをポストされていました。
ピッコロは、チューナーで「ゼロ」だと居心地が悪いことがある。
— なみ|フルート演奏の見方を変える (@flutelaboonline) August 30, 2026
吹奏楽団でピッコロを吹いている生徒さん。「チューナーではゼロに合っているのに、合奏でハマっていない気がする」さらに「良いなと思っている時のピッチは結構高いけれど、大丈夫なんでしょうか?」
そこで教室のピアノの音を
なるほど、やっぱりそういうことがあるのですね…
ちなみにポストに書いてあるピアノの調律の話は…
ひとつの弦が振動すると、もちろんその音の倍音も一緒に鳴るのですが…
高い倍音になるほど実際の正数倍の振動数よりもわずかずつ高めになっていくのだそうです。
物理的にそうなるのだそうですね。
と、その倍音に合わせて調律するわけなので、高音は高く、低音は低くなる。
どっちが許せる?
これは指導のときにピッコロさんに言うことがあるのですが…
「ほんのちょっと高いのと、ほんのちょっと低いのと、どっちが許されると思う?」
さて、どっちだと思われますか。ピッコロの場合ですよ。
これ、ほんのちょっと高い方が許されると思うのです。
逆に、ほんのちょっとでも低かったりすると、気になって仕方がない…
でも、チューナーでぴったりだと低く聞こえるのだとしたら…
もうチューナーなんか信用しちゃダメってことになってしまいますよね。
もちろん音程のばらつき、凸凹を確認する意味ではチューナーは有用なのでしょうけど、
耳を信じなきゃダメだということは言えるのでしょう。
逆に低音楽器は…
上ずるのは許されないといえる?のかもしれません。
錯覚
人間の耳には錯覚(といっていいのかどうかわかりませんが)ってあるように思うのです。
明るい音と暗い音、どっちが高く聞こえる?
大きい音と小さい音、どっちが高く聞こえる?
遠くの音と近くの音、どっちが高く聞こえる?
クリアな音とぼんやりした音では?
硬い音とやわらかい音では?
こういうのって、たとえばチューナーで計った実測値とずれてくることってあると思うのです。
そして、ではどちらを信用するのか。
計測か、耳か…
濁らない、合って聞こえる方がいいのでしょうが、チューナー通りにすれば濁らない?
それとも、よーく聴けば、実測と聞こえ方は一致する?
高さばかりではなく、音色にだって錯覚があります。
たとえば、なにかの音の発音の瞬間をなくして途中から聞かせると、
なんの楽器の音なのか一寸わからなくなる。
音色って、アタック、発音で感じ取っている部分が大きいのですね。
人間の耳はなにを感じ取っているのか、それは機械よりもいい加減なのか…
どっちが許せる?その2
音の高さや音色以外にも…
低音楽器、ベースって、ほかの楽器よりもほんのわずかに早いのは許される。でも、
ほんのわずかでも遅いのは許されない…
もちろん音楽の種類や場面によっても違ってくるのかもしれません。でも、
ベースが全体のあとからついてくるみたいな演奏って、許せないでしょ!
逆に旋律が、伴奏より先に行く、早めになるのって、あまりよろしくないですよね。
レイドバック(拍に対してわざと遅らせて演奏する演奏技法)するのはGroovyだけど、
逆は、よろしくないですよね。
では、行進曲のあと打ちは…
拍のちょうど裏よりもわずかに早めになると、小気味良い軽い感じになる。
逆に少し重く(遅く)なると、ドイツスタイルの重量感のあるマーチになる。
それから、たとえば16ビートは、全部の音が正確に等間隔がいい?
そうではない方がグルーヴすることだってありますよね。
その方が多いかもしれません。
そして機械的に正確なテンポやリズムが正確に聞こえるのかといったら、
これもそうとは限らない…
音楽って…
こうして見ていくと…
音楽って、計算通り、計測通り、機械的に正確なのが正解なのでしょうか。
少なくとも、そうとは全然限らないということは言えるように思うのです。
音程も、リズムも、テンポも…
(あっ、『音程』を計測する方法は、ないのでしたね)
それでは、いったいなにを信じて演奏したらいいのでしょうか。
やっぱり自分の耳と感覚を信じるしかないのかもしれません。
やっぱり機械にばかり頼ると、なにかを間違うこともあるのかもしれません。
鍛えていくべきだと思うのです。耳と、感性。
さて、自分の耳、信じていますか。



