フクロウのひとりごと

フクロウのひとりごと

愛知県在住のトロンボーン吹き、作編曲家、吹奏楽指導者。
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みなさん、音程、耳で判断していますか。当たり前のことですが、聞いてわかるようになるって大切なことだと思います。少しづつでもそこに近づけるように訓練する。でも、聞いた結果と実測値が違うこともあるのです。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

合奏で 

 

ある日の合奏でのこと…
ピッコロさんに、「ちょっと低いかな…」って言ったら、
「チューナーでは高いです」と言われちゃったことがありました。
でも、ちょっと低く聞こえるのです。
と思ったら、Xでフルート奏者のなみさんが、こんなことをポストされていました。

 


なるほど、やっぱりそういうことがあるのですね…
ちなみにポストに書いてあるピアノの調律の話は…
ひとつの弦が振動すると、もちろんその音の倍音も一緒に鳴るのですが…
高い倍音になるほど実際の正数倍の振動数よりもわずかずつ高めになっていくのだそうです。
物理的にそうなるのだそうですね。
と、その倍音に合わせて調律するわけなので、高音は高く、低音は低くなる。

 

 

どっちが許せる? 

 

これは指導のときにピッコロさんに言うことがあるのですが…
「ほんのちょっと高いのと、ほんのちょっと低いのと、どっちが許されると思う?」
さて、どっちだと思われますか。ピッコロの場合ですよ。
これ、ほんのちょっと高い方が許されると思うのです。
逆に、ほんのちょっとでも低かったりすると、気になって仕方がない…
でも、チューナーでぴったりだと低く聞こえるのだとしたら…
もうチューナーなんか信用しちゃダメってことになってしまいますよね。
もちろん音程のばらつき、凸凹を確認する意味ではチューナーは有用なのでしょうけど、
耳を信じなきゃダメだということは言えるのでしょう。
逆に低音楽器は…
上ずるのは許されないといえる?のかもしれません。
 

 

錯覚 

 

人間の耳には錯覚(といっていいのかどうかわかりませんが)ってあるように思うのです。
明るい音と暗い音、どっちが高く聞こえる?
大きい音と小さい音、どっちが高く聞こえる?
遠くの音と近くの音、どっちが高く聞こえる?
クリアな音とぼんやりした音では?
硬い音とやわらかい音では?
こういうのって、たとえばチューナーで計った実測値とずれてくることってあると思うのです。
そして、ではどちらを信用するのか。
計測か、耳か…
濁らない、合って聞こえる方がいいのでしょうが、チューナー通りにすれば濁らない?
それとも、よーく聴けば、実測と聞こえ方は一致する?
高さばかりではなく、音色にだって錯覚があります。
たとえば、なにかの音の発音の瞬間をなくして途中から聞かせると、
なんの楽器の音なのか一寸わからなくなる。
音色って、アタック、発音で感じ取っている部分が大きいのですね。
人間の耳はなにを感じ取っているのか、それは機械よりもいい加減なのか…
 

 

どっちが許せる?その2 

 

音の高さや音色以外にも…
低音楽器、ベースって、ほかの楽器よりもほんのわずかに早いのは許される。でも、
ほんのわずかでも遅いのは許されない…
もちろん音楽の種類や場面によっても違ってくるのかもしれません。でも、
ベースが全体のあとからついてくるみたいな演奏って、許せないでしょ!
逆に旋律が、伴奏より先に行く、早めになるのって、あまりよろしくないですよね。
レイドバック(拍に対してわざと遅らせて演奏する演奏技法)するのはGroovyだけど、
逆は、よろしくないですよね。
では、行進曲のあと打ちは…
拍のちょうど裏よりもわずかに早めになると、小気味良い軽い感じになる。
逆に少し重く(遅く)なると、ドイツスタイルの重量感のあるマーチになる。
それから、たとえば16ビートは、全部の音が正確に等間隔がいい?
そうではない方がグルーヴすることだってありますよね。
その方が多いかもしれません。
そして機械的に正確なテンポやリズムが正確に聞こえるのかといったら、
これもそうとは限らない…
 

 

音楽って… 

 

こうして見ていくと…
音楽って、計算通り、計測通り、機械的に正確なのが正解なのでしょうか。
少なくとも、そうとは全然限らないということは言えるように思うのです。
音程も、リズムも、テンポも…
(あっ、『音程』を計測する方法は、ないのでしたね)
それでは、いったいなにを信じて演奏したらいいのでしょうか。
やっぱり自分の耳と感覚を信じるしかないのかもしれません。
やっぱり機械にばかり頼ると、なにかを間違うこともあるのかもしれません。
鍛えていくべきだと思うのです。耳と、感性。

さて、自分の耳、信じていますか。
 

最終楽章響け!ユーフォニアムの後編が公開されていますね。先日映画館に観に行きました。響け!は、これの前編で初めて観たのですが、前編を観たので後編も、と。なるべくネタバレにならないように書いてみますね。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

観てみてください 

 

 

どんな展開になるのか、どんなお話なのかはなんとなく想像はしていたのですが…
けっこう刺さりますよ。
くわしくは書かないので、興味のある吹奏楽関係者さんはぜひ観てみてください。
感想を書いてしまうとネタバレになってしまいそうなので、
映画の内容にかかわらず、思うことを書いてみますね。
 

 

「くやしい」とは 

 

望む結果が得られなくてくやしい…
とくにコンクールなどでは、ありうることですよね。
みなさんは経験ありますか。では…
思いっきり泣けるくらいくやしい、心の底からくやしい…
そんな経験はありますか。
そんなくやしさを経験したという人の方が、少ないのではないでしょうか。
コンクールに限らず、ね。
心の底からくやしい…
そんなことは、ほんとうに本気で望んで本気でがんばった人にしか感じられないことです。
本気でやったからこそ、それが届かなかったとき、心の底からくやしいのです。
「あーあ、ダメだったか…」程度にしか思わないのであれば、
それは本気でやってこなかったからです。

結果を誰かのせいにするのも同じです。

ほんとうに本気でやってきた人は、そんなふうには考えません。

「くやしい」にも、いろいろあります。いろんなくやしさがあります。
中途半端にがんばった、せいいっぱいやったわけではない…
そんな人は、届かなくても中途半端にくやしいだけです。
あるいは、くやしいという思いすら、あまり感じないかもしれませんね。
心の底からくやしい、それは、ほんとうに本気でやった人にしか感じられない尊いものです。
逆にもし、心の底から望んで本気でがんばったことが結果につながったのなら、
心の底からうれしいはずです。
みなさんの夏はどうでしたか。
どちらであったとしても、心の底からの思いを得られましたか。
それがどちらであったとしても、ほんとうに本気でやって得られた思いは尊いのですよ。
ほんとうに、どちらにしてもなかなか出会えないように思います。そういう場面…
 

 

自分の気持ちに 

 

たとえば上に書いた、くやしいという気持ち、みなさんはちゃんと出せますか。
ほんとうはくやしい、ほんとうは悲しい…
でも、とくにそういうどちらかというとマイナスの思いって、
なかなか外に出せないものなのかもしれません。
ぼくも、そうです。
でも、心の奥にあるそういう思いを素直に出せるって素敵なことです。
そして、やっぱり尊いのです。
黄前さんみたいに、ね。
それを出来ないでばかりいると、いろんな思いが素直に外に出せないようになってしまう…
それって、じつはしんどいですよね。
ほんとうに心の底からの素直な思いを出せる相手がいること、
ほんとうに心の底からの素直な思いを出せる自分でいること、
これって、とっても素敵なことです。
なかなか難しいことですが…
 

 

どんなにがんばっても 

 

コンクールもオーディションも、多くは相対評価です。
どんなにいい演奏をしても、ほかがもっと良かったら落ちるのです。
そんな話を以前に書きましたね。だから…
どんなにどんなにがんばっても届かないものが、世の中にはあります。
では、届かなかったら、そのがんばってきたことは全部ムダなのか…
望む結果、賞が得られなかったら、努力は全部ムダになるのでしょうか。
これはね、もちろん違うと思います。
望む結果に届こうが届くまいが、そこまでになにを得られてどう成長したのか、
それが大切だと思うのです。
 

 

違う道に進んでも 

 

中学高校の部活動、そこで出会った仲間は、一生の友です。
吹奏楽部を引退して、音楽の道に進もうとも、違う道に進もうとも…
(そもそも音楽大学って、高校の部活動の延長で行くところではないです)
それぞれがたとえどんな道に進んでも、一生の友なんです。
ぼくもいなかに帰ると連絡取って、会ったり飲んだりしますよ。
進む道で関係が変わったりはしないものだと思うのです。

映画の感想というよりも、いろいろと思ったことを書いてみました。

さて、みなさんは観られましたか、響け!ユーフォニアム。
 

楽器や音楽に限らずなんでもそうかもしれませんが、なかなかできるようにならない人っていますよね。なぜできないのだと思いますか。やる気がないからでしょうか。はっぱをかければ、できるようになるのでしょうか。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

楽器を 

 

たとえば楽器を教えていて、なかなかできない子、うまくいかない子っています。
さて、そういう子たちって、やる気がないのでしょうか。
やる気がないからできないのでしょうか。
そうではないと思うのですよね。
おそらくみんな、きっと全員、やる気はあるのです。だって、
一生懸命やろうとしているもの。
やろうとしている、やる意思はある、とてもある。
でも、できないことがある。
さて、これ、はっぱをかけたらできるようになる?
なりませんよね、それでは。
気合いが足りないのではないのですから。

はっぱをかける … 強い言葉や厳しい態度で相手を励まし、気合いを入れること

 

 

わかっているけど… 

 

みなさんも経験ありませんか、「わかっているけどできないんです!」って思ったこと…
そうしなければならないのはよくわかってはいるのです。でも、
それができないから困っているんです。
あるでしょ。
わかっただけでできたら、苦労はしないのです。
でも世の中にはね、わかっただけでできてしまう人もいる。
最初からある程度できちゃううらやましい人もいますよね。
そういう人から見たら、なかなかできない人ってやる気がないように見えるのかもしれません。
でも、そうではない。
管楽器だって、最初から音が出ちゃう人もいる。
なかなか音が出ない人もいる。
じゃあ、なかなか音が出ない人って、向いてないのでしょうか。
そうとは限らないと思いますよ。
 

 

やり方が 

 

これをできるためには、こんなふうにしなければならない…
方法、手順、やり方、ポイント、そういうものってありますよね。
それが、どこか欠けている。
これも、できない原因になる。
方法や手順を教えてもらわなくても、感覚的にわかっちゃう人もいるかもしれない。
でも、そうではない人の方が多いのではないでしょうか。
その『手順』ひとつ取っても、一言でわかる人もいれば、そうではない人もいる。
たとえば、管楽器で、「口の中をもう少し広く」と言っても…
それだけでできちゃう人もいるかもしれないけれど、その捉え方が違ったりすることもある。
口の中を広くっていっても、それはどうしたらできるのかわからない人もいる。
でも、一生懸命にやろうとする。
そんなとき正しく導いてあげられなかったら、間違った方向に行ってしまうかもしれません。
 

 

できない原因 

 

思うようにできない、その原因にたどりつけていない場合もあるかもしれません。
これができない原因はここではない、というやつですね。
たとえば、発音がうまくいかない原因は、舌とは全然限らない。
もっと全然違うところに原因があったりもするのです。
これをやるためには、全然反対側のこっちができる必要がある、とかね。
あるいは、一見全然関係がないように見える身体の使い方が原因だった、とかね。
そして、そういうほんとうの原因を改善するのにはどうしたらいいのか、
そこがなかったら、できるようにはならない…
気合いや根性で解決することではないのですよね。
 

 

観察 

 

では、どうしたらいいのでしょうか。
できないのって、きっと99%は、気合いのせいでも根性が足りないからでもないのです。
もちろん、やる気がないわけでもありません。
むしろ、道が見つからなくてうまくいかない経験が重なることが、
やる気を削ぐ原因なのかもしれません。
でも、最初からやる気がない人なんていないのです。きっと一人も…
よく観察して、道を見つけてあげる、道を見つける手助けをしてあげること。
でも、最初からなんでもできちゃった人には難しいのかもしれませんね…
そういう意味では、苦労した経験って誰かを導く時にとても役立つように思うのです。

みなさんは、できない人ってやる気がない人だと思いますか。