フクロウのひとりごと

フクロウのひとりごと

愛知県在住のトロンボーン吹き、作編曲家、吹奏楽指導者。
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オーケストラでも吹奏楽でも、合奏のルールというかマナーみたいなものっていろいろあると思うのです。どんなものがあるでしょう。でもそういうルールだって、最初は誰かに教えてもらわなければわからないですよね。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

指揮者がかまえたら 

 

指揮者がかまえたら、すぐに楽器をかまえる。
これ、けっこう大切なポイントだと思うのです。
「Bからやります」っていって、指揮者がかまえるでしょ。
奏者がなかなかかまえないとね、やっぱり指揮者って待つのです。まだかな…、って。
その時間ってムダでしょ。ムダなんです!
5秒とか10秒とかでも、ちりも積もれば山となりますよね。
それに、これって指揮者やほかのメンバーにとってもストレスになります。
どうしてすぐにかまえないのか…
「どうせまだ吹けないし…」
吹けなくてもかまえるのです。
 

 

指揮者も 

 

リハーサルで、指揮者が開始場所を指示するとき…
「Bの、1、2、3、4、5、6小節から」って言うのと、
「Bの、1、2、3、4、5、6小節から」って言うのと、
どっちがいいと思いますか。
当然、後者ですよね。理由はわかりますよね?
前者の言い方だと、Bから先に1、2、3…、って数えていたら、最後に「前」って…
イラっとしますよね。数え直す手間と時間がムダになります。
これ、気をつけているつもりです。
あと、BだかDだかGだか聞き取りにくい問題もありますよね。
「ブラヴォー」とか「デルタ」とか「ゴルフ」とか言えば間違わない。
だから指揮者のみなさん、フォネティックコードをおぼえましょう(違?)
そして声が小さい指揮者もよくないです。
でもね、演奏者も、なにか訊かれたときには大きな声で答えてほしいです。
わざわざ指揮者が演奏者のところまで話を聞きに歩いていく時間がムダです!
 

 

指揮者が止めたら 

 

リハーサルで指揮者が途中で止めたときは、すぐに演奏を止める。
これも、なんだか引っ張る人がいたりすると時間がムダですよね。
ぼくはほとんど感じたことがないのですが(そういう楽団はあまりなかった)、
どちらかというと大人の楽団に多い傾向なのかもしれませんね。
学校バンドではほぼない気がします。
尤も、指揮者を見ていないせいで止めても演奏し続ける人もいますが…
ちなみに話は違いますが、よく、「見て!」っていう指揮者、いますよね。
これね、ぼくは合奏していてほとんど言う必要性を感じない言葉なのです。
合わせたいから言うわけですよね、「見て!」って。
合ってないことくらいみんなわかるし、必要を感じたら見るでしょ。
 

 

指揮者の指示を 

 

そして大切なこと…
指揮者の指示、全部とは言わないけれど、大切なことは書き留める。
しかも、『簡潔に』(ここポイント)
合奏で指示したこと、たとえばバランスなんかが、次の合奏で元の木阿弥になってる…
で、おんなじことをまた言わなきゃならなくなる。
「ここホルンでかいです!」って…
これだって時間のムダでしょ。
指示は楽譜に書いてもいいけれど、別の紙やノートを準備して書いている人もいました。
素晴らしいですね。
楽譜に書き込みする書き方の一例は、こちらの記事を…

 

 

 

時間を大切に 

 

合奏のマナー、いくつか見てきましたが、ほかにもまだまだいろいろありますよね。
どんなものがあるでしょうか。もしかしたらまた続編を書くかもしれません。
さて、どのマナーにもわりあい共通していることがありますよね。それは…
時間を大切にするということ。
限られた時間を有効に使い、効率のいい練習をするということにつながることばかりです。
そして、みんながストレスなく、気持ちよくリハーサルできることにもつながりますよね。
合奏への意識や集中力も高まります。
でも、これらのことも、最初に誰かに教えてもらわなかったらわからないことですよね。

さて、合奏のルールやマナー、みなさんはできていますか。
 

みなさん、メラビアンの法則ってご存じですか。人が受ける印象って、言語、聴覚、視覚の3つの要素がどのくらいの割合で影響しているかという法則なのです。さて、それぞれがどれくらい影響していると思われますか。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

メラビアンの法則 

 

メラビアンの法則は、アメリカの心理学者、アルバート・メラビアンが1971年に発表。
わりあい新しい、まだ半世紀ちょっとしか経っていない法則なのですね。
で、その中身は、人が受ける印象は…
視覚情報(表情、しぐさ、姿勢、見た目):55%
聴覚情報(声のトーン、大きさ、話す速さ):38%
言語情報(言葉そのものの意味や内容):7%
「7-38-55のルール」とも呼ばれるのだそうです。
ふーん、そうなのか…
みなさんこれ、ご存じでしたか。
この解をどうやって導き出したのだろう…
でもこれ、ときに世間では誤解して捉えられていることもあるそうです。曰く、
「見た目が大切」だとか「第一印象で決まる」だとか…
(「コンクールは出だしで決まる」っていうのとなんだか似ていますね…)
この法則はね、決してそんなことを言っているわけではないのだそうですよ。
 

 

影響が強いのは… 

 

なにしろ、いちばん影響力を持つのは『見た目』なのですね。
表情やしぐさ、姿勢…
たしかにそうですよね。
たとえば、ほんとうに大切な話をするときには、ちゃんと相手に正対して伝える。
そうすると、相手の受け止める姿勢も変わってきますよね。
よそ向いて話したのでは説得力なんてないですよね…
そして、
言葉でおぼえているのってね、たいていひとつか、せいぜい2つくらいなものだったりする…
なのに相手の表情やそのときのシチュエーションははっきりと思い出せたりしますよね。
してみると、たしかにこの法則って正しいのかもしれませんね。
 

 

だからといって… 

 

でも、それなら、表情やしぐさに気をつけていれば話す内容はどうでもいいのかといったら…
そうではないですよね。
内容だってもちろん大切です。
見た目や話し方は記憶や印象には残るけれど、あたまの中に残っていくのは言葉なのだから。
それを効果的に伝えるために、見た目や話し方は大切だよということになるのですよね。
でもね…
たとえば見た目、表情で圧をかけた方が、より伝わるのか…
声のトーンや話し方を強くすれば、その方が伝わるのか…
必ずしも、そうとは限らないとも思うのですよね。
演技や作為って、見抜かれるものです。それに、
静かな話し方が説得力を持つことだって少なくない。
このあたり、音楽とおなじですね。
 

 

矛盾していたら 

 

さて、見た目と、話し方と、その内容と、この3つが、もしも矛盾していたら…
たとえば、すごく悲しい話を楽しそうに話していたら…
逆に、楽しい話をなんだかつまらなそうに話していたら…
まず、違和感を持つでしょうね。
でも、その上で、はたして残る印象はどういうことになるのか…
なにしろ、意図は伝わらなくなりますよね。
だから、大切なのは一貫性なのですね。
伝えたいことと、話し方、そして表情やしぐさ、これが、ちゃんと一致していること。
でもね、
たとえば音楽だったら、じつは悲しい詞が、ちょっと明るいメロディに乗っていたり、
それがとても効果的だったりすることもある…
あれって何なんでしょうね。
 

 

作為ではなく 

 

伝えたい内容にふさわしい話し方と表情やしぐさ…
でもね、それって演技や作為、ではないと思うのです。
たとえ意図と一致していたとしても、ウソがあったら伝わりませんよね。
そんなのすぐにわかってしまいます。
意識すると作為的になるでしょ。
それだって、伝わらなくなる原因になると思うのですよね…
本音で自然体で自分らしく、それが結局いちばん伝わるように思うのです。
見た目が大切なら、まずは体調を整えることかもしれませんね。心身ともに。
誰かがおっしゃっていましたね、「指揮者は風邪を引いてはいけない」って…

さて、みなさんは相手に伝えるのは上手い人ですか。
 

吹奏楽コンクールもあとは全国大会を残すだけですね。なので多くの方は終わったわけですが、どうですか、のんびりしていますか。でもね、なんだかテンションの落差があるのだとしたら、それってどうなのでしょうか。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 



最初に書いておきますと、きょう書くことはきっと誰でもわかっている当たり前のことです。
 

 

季節もの 

 

以前にも書いたことがあるとは思うのですが…
このブログ、うちのホームページ、X、どれも、わりと季節ものです。
コンクールが近づくとアクセスが増えて、コンクールが終わるとサーッと引いていく。
尤も、ホームページには課題曲解説を書いているので当然といえば当然なのですが…
でもそれだけではなくて、やっぱり『夏だけ熱くなる』体質?も関係あると思うのです。
つまり、コンクールが近づくとがんばる。
コンクールが終わると緩む。
ぼくも、というか、ぼくが高校の頃も、部全体としては概ねそういう雰囲気でしたね。
コンクールが終わると部活に出てこなくなる子がいたり…
それも、むしろコンクール前にはテンション上げてがんばっていた子だったりして…
こういうのってね、多くのバンドでみられる現象なのではないかと思うのです。
でもね、そんなふうだからコンクールの成績もそれなりなのではないのでしょうか。
 

 

基礎が大切 

 

コンクールを経験すれば誰でも思うことなのかもしれないのですが…
楽曲を仕上げていくのには、まず基礎力が必要なのです。
基礎力が足りないと、満身創痍の演奏になるのです。
もちろんなかには、基礎力を持ちながら楽曲を仕上げる力が足りなくて…
というバンドもあるでしょう。
基礎力というのは、指が回るとか高い音が出るとかそういう技術的なこともあるでしょうけど、
音色だったり響きだったり、そういう根本的なこともあるのです。
そして、個々のそういう力も大切なのですが、もしかしたらそれ以上に、
バンドとしての基礎力、サウンドとかブレンドとか、そういうものも大切なのです。
一緒に音を出すということをしていなかったら、決して出来ないものなのです。
 

 

余裕が必要 

 

基礎には、余裕が必要です。
たとえば、楽譜に出てくる音域が全部出せるから、基礎は足りている?
Cの音が最高音だったとしましょう。
その楽譜をちゃんと演奏するためには、Cがやっと出るのではダメですよ。
そうですね…、Cをちゃんと鳴らしたければ、せめてEくらいまでは出せないとね。
ダイナミクスだってそうです。
余裕のない精一杯の強奏など、誰だって聞きたくはないですよね。
余裕がなければ、表現なんて出来ないのです。
つまり、基礎には余裕が必要だということです。
やっと出せている音なのか、それともちゃんと余裕がある音なのか、
そんなの聞けば一発でわかります。
バレバレです。
楽譜の音が並べばそれでいいじゃん、って?
(心のどこかでそんなふうに思っている人もいるのではないでしょうか)
音楽ってね、むしろその先にあるのです。
そしてコンクールってね、音楽を競い合うものです。
 

 

夏だけがんばったって… 

 

では、そういう力をつけることって、夏の間だけで出来るでしょうか。
出来ませんよね。とうてい出来ません。
曲に取り組む段になって基礎力が足りないと気づいても、むしろ手遅れなんです。
ローマは1日にして成らず、です。
痛感された方も少なくないのではないでしょうか(ぼくもです)。
それをどうにかカバーするために、どんなに熱くなってがんばっても…
そんなのはせいぜい付け焼き刃にしかなりません。残念ながら…
むしろ、突貫工事でムリをすれば、かえってよくないことになったりもします。
無理矢理に音を出して、ろくなことはありません。
では、どうすればいいのか…
 

 

年中走れるペースで 

 

年中がんばるしかないのです。
「えっ、あのしんどいことを、年中やるの!?」
と思われた方、おられるかもしれません。
えっとね、『しんどいこと』だから続かないのですよ。
なにを年中続けられないようなしんどいことを、夏のあいだだけやっているのでしょうか。
年中続けられるペースで走るのです。
しんどい全力疾走ではなく、ね。
上手いバンドや上達する人は、そうやっていますよ。
熱しやすく冷めやすいのではダメなのです。
熱は、ほどほどでいい。
大切なのは、それをずっと続けることなのです。
年中、ね。
もちろん、基礎だって正しい努力が必要ですけどね。

さて、みなさんのところは年中走れるバンドですか。