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フクロウのひとりごと

愛知県在住のトロンボーン吹き、作編曲家、吹奏楽指導者。
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今年の吹奏楽コンクール課題曲『ザ・ガーズ』の最後の部分(Kの部分)、なんだかかっこいいですよね。臨時記号がたくさん出てきます。ここ、一体どうなっているのでしょうか。みなさんナポリの六ってご存じですか。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

転調? 

 

ザ・ガーズのエンディング、簡略化してハーモニーを大譜表に書いてみたのが冒頭画像。

いろいろ書いてあるコードネームなどは、のちほど説明しますね。
音を聴いてみましょう。

エンディング音

臨時記号がたくさん出てきますよね。
これって、転調なのでしょうか。
まず、2番目の和音『F♭』って、一体なに?
主和音の半音上の長3和音。なんだかかっこいいですよね。
これって典型的な、『ナポリの六』的な和音だと思うのです。
ナポリの六って、なんでしょうか。
 

 

ナポリの六 

 

あるところに、短調の、こんな進行がありました。ありがちですよね。
(イ短調で書きますね)

 

音はこちら

ここでこの2つめの和音に注目してみると…、
Bdimの第一転回型(バスがD)です。
dimなので、第5音が減5度(増4度)。

ちっちゃくて見えないけど、楽譜に赤で『増四度』って書いてます。ここが、増4度。
減5度(増4度)って不安定ですよね。だからこれ、完全5度(完全4度)にならないかな…

って考えた。
さて、どうしたら完全5度になるでしょう。
シ(階名ね)の音にフラットをつけたら…

 

音はこちら

これでここの減5度(増4度)がなくなって、安定したハーモニーになりましたね。

(楽譜に赤で『完全四度』って書いてます。ちっちゃくて見えないけど…)
しかもこれ、なんだか哀愁を帯びたというか、ちょっとドラマチックな響きになりました。
これが、ナポリの六。
ナポリの六が出てくる有名な曲は…
ベートーベンのピアノソナタ月光やシューベルトのアベマリアとか、いろいろあります。
ポップスにもありますよ。寺尾聰さんの「ルビーの指輪」とかね(古い!)

ところで、元の減5度、増4度を解消する方法、もうひとつありますね。それはまた別の話…
 

 

なぜナポリ? 

 

この、ナポリの六、どうして六なのかというと…
和声学では第一転回型の和音のことを「六の和音」というのです。
なぜかというと、根音がベースから六度上にあるからです。
ナポリの六って、基本的には第一転回型で使われるのですね。
なぜ第一転回型で使われるのでしょうか。
転回しないと、バスがシ♭→ミになって増4度進行になってしまいます。

それに、バスと内声で平行5度が出来てしまうからでしょうね。

さて、どうしてこの和音、「ナポリ」なのでしょうか。
18世紀のイタリアに「ナポリ楽派」といわれる、オペラなどを書く作曲家たちがいました。
これ、彼らのあいだで流行った和音なのです。
だから、ナポリ。
基本的には短調で使われる和音です。
主和音の半音上の長3和音で、サブドミナントの性格を持った和音。
ん? 短調で使われ、ということは…
ザ・ガーズでは、同主短調(変ホ短調)からの借用ということなのですね。
だから、フラットがいっぱいついてるんだ…(汗)
 

 

臨時記号がなかったら… 

 

ザ・ガーズのエンディング、もう少し考察してみましょう。
これ、もし臨時記号がなかったら…
『夕映えの丘』の冒頭でも実験されるように、臨時記号、全部はずしてみましょうか。
(といっても、1コだけ♮つけさせてください)


音はこちら

これでも成り立ちますかね? 格調高さがなくなって、明るく能天気になっちゃったけど…

 

もうひとつ…。

この部分、短調からの借用でしたよね。モードについてはこのあとに説明しますが、

ナポリちっくな和音を使わず普通の短調(エオリアン)を使ってみたらどうなるでしょうか。

 

 

音はこちら


これとくらべてみると、ナポリの性格、特長がわかりますよね。
 

 

さらに分析 

 

もともとのザ・ガーズに戻って、さらに見てみましょう。冒頭のコード分析…


2コ目のコード、もし低音2拍目あたまのDesも分析に加えるなら、F♭ではなくD♭m7。
これ、モーダルインターチェンジ的に言うと…
(モーダルインターチェンジとは主音が同じ他のモードからコードを借りてこれるという理論)
低音の音列からわかるように、フリジアンモード(E♭フリジアン)のVII度。
そもそもナポリの六自体がすでにフリジアンモードだと思うのです。
 

その次の次、G♭m6は、やっぱり低音2拍目あたまのCesも分析に加えるなら、C♭9。
これ、低音の音列含めて判断するなら、ロクリアンモード(E♭ロクリアン)のVI度。


それからそのあとのF♭、低音のBes(Hのダブルフラット)も含めて分析すると…
(E♭に解決する1拍前では明示的にBesになっていますしね)
B♭♭maj9!
これ、ロクリアンモード(E♭ロクリアン)のV度。


VII→VI→Vとドミナント(ロクリアンですが)に到達して、解決する。

声部の動きも、上声部がEs→Fes→Ges→As→Bと上がっていく(赤丸の音)。

バスが、Es→Des→Ces→Besと下がっていく(赤丸の音)。

と、ここでもうひとつの疑問が生まれると思うのです。
ナポリ的な響きを狙うのであれば、
なぜ2ターン目(楽譜の3小節目2拍目)からロクリアンにしたのか…
全部フリジアンではダメなのか…
ということで、やってみました。フリジアンだけで行くとどうなるか。



音はこちら

3小節目のmaj9th、美しくないですね。
なにより5小節目がm7♭5に♭9thが入る。これが美しくない。最後も変ですよね。
なるほど、だから2ターン目からロクリアンにしたのでしょうね。

なんだか難解な話でごめんなさい。


モーダルインターチェンジについてもう少し知りたい方は、またお話ししますね。

 


 

 

鬼畜音階 

 

さて、低音楽器ですが…
この部分、なんだか♭がいっぱいついた鬼畜な音階(笑)を吹かされていますよね。

(まさに上に書いた音階ですね…)
聴いているとなんだかかっこいいけれど、楽譜を見ると鬼畜(笑)
ファゴット、バリサク、トロンボーン、テューバ、コントラバス…
これ、示した楽譜の最初の2小節は、構成音的には変ハ長調(Ces-dur)。
そのあと3小節目以降は、構成音的には変ヘ長調(Fes-dur)。フラット8つ!
でも、ちっとも変ハ長調な感じも変ヘ長調な感じもしないでしょ。

平行調の変イ短調や変ニ短調の感じもしない。
ほんとうは、E♭フリジアンとE♭ロクリアンなのですよね。構成音は同じだけど。
だから、「低音楽器のみなさんはE♭のフリジアンとロクリアンの音階を練習しましょうね」
と言いたいところなのですが…
「は?」ってなりますよね。

だから、ホームページの課題曲解説では…
変ハ長調と変ヘ長調の音階を練習してみましょう、って書いて楽譜を掲載しています。

さて、ハーモニーが秀逸なザ・ガーズのエンディングを分析してみましたが、合ってますかね?
 

これはなんのためにやっているのか、その目的が意識に入っていないこと、ずれてしまっていること、すり変わってしまっていること、少なくないように思うのです。さて、それはたとえばどんなことがあるのでしょうか。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

目的 

 

たとえば、学生のみなさんはなんのために勉強ってしますか。
単位をとって卒業するため、でしょうか。
ただそれだけ?
ぼくは、なんのために勉強していたんだろう…
赤点取って怒られないため…?
そもそも、『目的』ってなんでしょうか。

  • なんのために、やっているのか
  • なぜ、やっているのか
  • どういう意味があるのか
  • それによって、なにが得られるのか
  • それをしないとどうなるのか

いろいろありますよね。考えてみたことがありますか。
あまり意識しないことかもしれません。でも、じつはとても大切なことですよね。

それをおこなうことの『根っこ』ともいえると思うのです。だから、とても大切。
 

 

練習 

 

たとえば練習。いろいろな練習をしますよね。
なぜ、どうしてその練習をするのか、わかった上でやっていますか。
それとも、先生に言われたから、やるのですか。
どんな練習にも、目的があります。
これをやるとどうなるのか、どうなりたくてこれをやるのか、どういう意味や効果があるのか…
それをわかってやるのとわからずにやるのとでは、効果は雲泥の差だと思います。
目的がわかっていれば、取り組み方も意識も変わってきますよね。
意味もわからず、または意味を忘れかけたような練習では、ただの惰性になってしまいます。
どんな目的ですか。
そのためには、どんなことに意識を向けて練習しますか。
大切ですよね。
 

 

コンクール 

 

コンクールってありますよね。
さて、なんのために挑むのでしょうか。
考えたことがありますか。
金賞を取るため?
誰かや何かに勝つため?
名誉のため?
成長するため?
評価してもらうため?
発表の場?
自分への挑戦?
いい音楽を作るため?
まだまだいろいろ考えられますよね。
どれが正解だとか、どれであるべきだとか、そんなのはないと思います。
ただ、自分にとっての目的、いちばん根っこの目的を考えてみることって大切だと思うのです。
みなさんの目的はなんですか。
 

 

目的がない 

 

ところが世の中には、目的がないように見える人もいます。
なんのためにそれをやっているのか、全然わかっていないし持ってもいない人。
ただ誰かに言われたから、それをやっている人。
それを誰に言われたのかだけで、ものごとを判断する人。
あの人が言ったのだからそうなのだろうと、その目的を自分で考えようともしない人。
それは何のためにやっているのか、答えられない人。
あるいは、もう忘れてしまった人。
誰しも少しは、そんなところはあるのかもしれません。
昨日も書きましたが、根っこがない、根なし。
でも、これではいけません。
これでは出発点、原点が定まらない。
これはなんのためにやっているのか、ぜひよく考えて、自分なりの目的を持っておきたい…
そんなふうに思います。
 

 

小さなひとつひとつ 

 

でも、これって練習とかコンクールとかに限った話ではありません。
もっと日常のちいさなひとつひとつにも、目的ってありますよね。
人は毎日、朝起きてから夜寝るまで、いろいろなことをしています。
ぼくは今、ブログを書いています。
これは、なんのためにやっているのか…
読んでくれる人たちに、なにかを伝えたくてやっているのですよね。
それが、目的。
たとえばこの記事でいったら、「ちゃんと目的を持っていようね」ということを伝えたい…
もっと小さなこと、もっと大きなこと、全部、目的があるはず。
それを考えてみることって、やっぱり大切だと思うのです。

さて、それ、なんのためにおこなっていますか。
 

たとえば学校部活動って、外部講師さんが入っているところもありますよね。それも複数の先生が入っていたり。そうすると、先生によって言うことが違ったり反対のことを言われたりということが起こるかもしれません。

こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。

 


 

 

さてどうしますか 

 

そんなときはどうしたらいいのでしょうか。
どの先生の言われることを聞いたらいいのでしょうか。
そういうテーマの動画を、某動画サイトでやっていました。
さて、みなさんはどうしたらいいと思われますか。
先生によって言ってること違うやん。どういうことなん!?
ぜんぜん反対のこと言わはるんやけど、一体どうしたらええの!?
困るやん。なんとかしてえな!
みなさんはそういう経験はありませんか。
また、指導される立場でも、「○○先生はこう言われました」って言われたこととか、
「○○先生にこうしろって言われたんですが、福見先生どう思われますか?」とか、
(セカンドオピニオン?)
「○○先生にこう言われたんですが、この指示って変じゃないですか?」とか…
 

 

訊きましょう 

 

先生によって指示が違う。どっちの言うことを聞いていいのやら…
そんなときは、素直に訊いてしまいましょう。
「○○先生からはこんなふうに言われているんです」って。
そうすれば、それはどういう意図での指示なのか、
どうして自分と違う(ように見える)指示になったのか、
どんなふうに捉えてどうしていったらいいのか、
ちゃんと受け止めて説明してくださいますよ。
聡明な先生ならね。
そもそも、生徒さんに対してなんらかの指示を出すからには、
その根拠となる意図が必ずあるはずなのです。
なんの意図もなく、ただ思い付きだけで安易な指示を出す先生はいません。
ちゃんとした先生なら、ね。
それを訊きましょう。
「これをこうするのはなぜですか」と訊けば答えてくれるはずです。
 

 

困るのはなぜか 

 

そもそも、「誰の指示を聞いたらいいのか困る」のってなぜなのでしょうか。
どうして困るの?
それはね…
その指示にはどういう意図があるのか、なぜそうするのか考えたり理解したりしていないから。
なんにも考えず理解もせずに、ただ鵜呑みにしているだけ、言いなりになっているだけだから。
だから、違う指示が来ると全然判断できない、どうしていいのかわからない…
つまりはそういうことですよね。
でもだとしたら、たとえ困ったり迷ったりしなかったとしても、それで成長出来るでしょうか。
上達出来たりいい音楽が出来るでしょうか。
ほんとうに成長したり上達したりするためには、
ちゃんと理解納得して、腑に落ちて行うということが必要なのではないでしょうか。
でもこれはなにも、楽器や音楽に限った話ではありません。
 

 

大人になっても… 

 

大人にも時々いるんですよ、こういう人。
どうしてそうするのか、どんな意味があるのか、考えたり理解したり出来ない人。
その意味を理解もせず、言われたことをただ言われたようにしか出来ない人。
その指示の内容ではなく、誰から言われたかでしか物事を判断出来ない人。
だから応用も利かず優先順位もつけられず、想定外にも対応出来ない人。
これではね、ほんとうに困ってしまいます。
あなたやあなたのまわりの大人は、こうではありませんか。
どうしてそうするのか、なぜこれをやっているのか、そういう『根っこ』を持っていない人。
自分のあたまで考えたり理解したり出来ない人。
いわゆる、根なし人間。
そういう人間になってしまったら、ほんとうに困ります。
昔、それこそきっと昭和の時代には、なんにも考えずただ言いなりになる人間が重宝がられた、
のかもしれません。
どうなんでしょうか…
でも今は、そういう時代ではありませんよ。
自分で考えたり理解したり判断したり、そういうことが出来る人間こそ必要とされるのです。
 

 

自分で考える 

 

もちろん訊いてみることも必要だし大切だと思います。
それでちゃんと対応してくれなかったり怒ったりするような先生なら…
それってどうなの? って思ってしまいます。
だから、訊きましょう。
そしてそれだけではなくて、それをやる意味、そうする意図を、自分でも考えてみましょう。
それを選ぶのか選ばないのか、さらに、選んだ結果への責任、それは、受け取る側の問題です。
理解しておこなうから楽器って上達するし、意思を持って奏でるから音楽になるのです。
そういう思考回路になれば、先生によって言うことが違って困るなんてことは起こらない、
のではないでしょうか。
レッスンでもなんでもそうですが、
教え、教わる場というのは決して、ただ言いなりになる場ではありません。
思っていることもちゃんと伝えてディスカッションしたりやり取りしたりもあって、
そうして成長の道を見つけていく場です。
だから、「言われることが違って困る」というのは典型的な日本人の発想だなぁと思うのです。

さて、みなさんはありますか、先生によって言われることが違って困ったこと…


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