みなさんジストニアという病気をご存じですか。じつは先日この病気の診断を受けたので、そのことと、それまでのいきさつを書いてみたいと思います。少し長くなりますが、これまでほとんど誰にも言ってこなかった話。
こんばんは。
トロンボーン吹きで作編曲家、吹奏楽指導者の福見吉朗です。
ジストニア
まず、ジストニアとはどういう病気なのか…
ジストニアは、中枢神経系の障害による不随意で持続的な筋収縮にかかわる運動障害と姿勢異常の総称。脳の大脳基底核、視床、小脳、大脳皮質などの活動が過剰になる異常が原因とされる運動異常症の症候名である。20世紀の一時期は精神疾患として誤った認識がされていた。(Wikipedia)
ぼくの場合は身体の震えですね。
緊張してではないんです。
コントロールできないほどの、波の大きな揺れ。
これ、呼吸のしかた、身体の使い方が悪いんだと思っていました。
というか、今でもそう思っています。改善の道は探っていますよ。
ジストニアではないかと疑ったのは、仲間からのアドバイスがあったからなんです。
それで、それ専門の脳外科医さんがおられる病院で診断していただいたのでした。
つぶれ
これもほとんど誰にも話してこなかったことなんですが…
じつは30歳くらいのときに、1回つぶれているんです。まったく吹けなくなりました。
虫歯があって、抜いた方がいいってなったんです。
下の奥歯で、横に1本だけはみ出している歯が虫歯になった…
噛み合っていないし、奥歯だし、関係ないよね、って、そのときは思ったんです。
で、オケのリハのある日の午前中!、歯医者に行って抜いてもらった。
その日のリハはアルトだったんですが、麻酔がさめれば大丈夫だよね、って思ってました。
たしかにそのとおりで、普通に吹けました。ごくごく普通に。
ところが、それから3ヶ月か4ヶ月ぐらいかけて、少しづつ吹けなくなっていった…
まったくなんにも吹けなくなりました。
仕事はやってくる
まず、発音できないんです。音をスタートできない。
タンギングしてもしなくてもダメでした。まったく吹けない。
無理矢理音を出しても、息が横から全部もれていく…
ベル麻痺ではないんです。顔面の筋肉はどこも健在でした。
練習しようと楽器を組み立てる。
でも、どうやって吹いたらいいいのかもわからない。
かまえて、1音も吹けず、なんにも出来ないで楽器をしまう、そんなことが何日もありました。
それでも、仕事はやってくる。
無理矢理押さえつけて音を並べていました。きちゃない音を…
ほんとにつらかったです。
じつはそんなころ、釣鐘草も吹きました。ザ・コンサートホールで。
あのときじつはつぶれていました。
それから
横須賀に根本先生という管楽器専門の歯医者さんがおられます。この道の先駆け的な人ですね。
手紙を書いて、楽器を持って訪ねて行ったことがありました。そのときの先生の開口一番が…
「こんな歯でよくトロンボーンなんか吹いてるね!」でした。
心の中で畜生と思いましたが、先生はアダプターを作ってくれました。
(もともと歯並びは悪いんです)
ここにこれをはめて、ここにはこれ…、5つほどありました。
でも、それをつけても違和感しかないんですよね…
とても慣れられない。
それに、アダプターを5つもつけなければ吹けなくなるのも困る。
レッスン
いろんなトロンボーンの先生にレッスンも受けました。
アレクサンダー・テクニークやボディ・マッピング、4スタンス理論も受けました。
(ボディ・マッピングと4スタンスは体験講座だけですが…)
それらはどれも役には立ったしヒントにもなったのですが、でも結局は、当たり前ですが、
自分のやり方は自分で見つけるよりほかになかった。
なんとか音の出る方法を見つけていきました。
思いっきりマウスピースをプレスしないと吹けない…
くちびるの端を指で押さえていないと音が維持できない…
リップスラーはできない…
上から低音域に下がってこれない…
第2倍音は吹けない(揺れてコントロールできない)
(ハイFは出るのに普通の音域がまともに吹けない…)
ペダルは発音できない…
マウスピースでバズィングできない…
息がもれる…
こまかいタンギングができない…
できないことが山ほどありました。
ひとつづつ、克服していきました。
あっ、「低音は口の中を広く」っていうでしょ、あれ、半分嘘だと思います。
そもそも単純に考えすぎている解説が世の中多すぎる。そんな簡単じゃないぞ!
あるとき
あるとき、ホールのバックステージにある姿見を見ながらアップしていたら…
構えるとき、楽器が近づいてくると、スッと、ごくわずかに左を向くんです顔が。
「えっ!」って思いました。
ぼくのマウスピースの位置は左右センターではなく、わずかに右なんです。
(ちなみに金管でマウスピースが左右センターではない人は実際のところ少なくないんです)
「マウスピースはそこではないよ」って身体が教えてくれてるみたいに思えました。
それで、自分の意識に正しい位置を覚え込ませるために鏡の前でゆっくり構える練習をしたり…
このミリ単位、いや、もっと小さな意識のズレが、緊張をもたらしたりもするのです。
これなどボディ・マッピングの世界ですね。
でも、見る人が見れば、あれもジストニアだったのかもしれません。わかりませんが…
でもそうやって、ひとつひとつ解決していった。出来るようになっていった。
だけどそうすると、次から次へと、まるでもぐら叩きみたいに新しい問題が出てくるんです。
しまいにはジストニア…
くちびるが…
楽器をかまえようとすると…
楽器が近づくとくちびるがギュッとこわばって、マウスピースにセットできない、
そんなこともありました。
まるでマウスピースから逃げているみたい…
マウスピースだけを当てたときはどうなのか、楽器の時だけなのか、
当てるだけで緊張が出来るのか、それともブレスすると出来るのか、
いろいろ観察しました。
かまえる前にブレスしてみたり、ブレスの動きをいろいろに観察してみたり…
舌はどうしてるの? あごは? のどや身体は?
そもそも『口』というのはどんな構造、サイズ、位置関係、仕組みになっているのか…
なにかどこかを間違って認識してはいないか…
それらを正しくマッピングしていくことで、こわばりはなくなっていきました。
そもそも、ペットボトルの水が飲めなかったんですよね、こぼれちゃう…(今は飲めます)
足掛かり
今思えば…
抜いてしまった歯、それにくちびるを引っかけるようにして吹いていたのかもしれません。
その『足場』がなくなった…
となると、もう元の吹き方では吹けようはずがありません。
新しい、しかも無理矢理ではない理にかなった方法を見つけて会得していかなければならない…
でも、「この方向で正しいのだろうな」というやり方が見つかったとしても…
これまでと違うやり方なので、身体の中で『戦い』が始まるのですよね…
「あぁ戦ってるなぁ」とわかるわけです。
ゆっくりのんびり練習しよう、と…。
崩れる
つぶれてからこっち、バテたことってあんまりないんです。
バテる前に崩れるから。
音が出なくなって、息がもれて、なんだかわからなくなって撃沈する…
そんなことばかり。バテるまで吹けない。
だから、そうならないでバテたときにはうれしかったですね!
「やった、きょうはバテれたぞ!」ってなった。
河川敷とかで練習してるでしょ(してるんです)、と、珍しがって時々来るんです。
ギャラリーが。
「なんか吹いてください」
断れない性格なんですよね…
吹くでしょ、聖者の行進とか、オーバーザレインボーとか…
それを撃沈しないで吹けると、「よし、ここまで来たぞ」って思いましたよ。
ほかの金管楽器
吹奏楽指導に行くと、ほかの金管楽器を吹いて聞かせることがあります。
金管楽器のマウスピース、全種類持ってるんですよね。
で、トランペットの子とかに、「吹いてみていい?ちょっと貸して」って楽器を借りて、
吹いて聴かせるんです。
どうしてほかの金管楽器だとこんなに普通に吹けるのに、トロンボーンだけダメなんだろう…
そんなふうに思っていました。
もうトランペットかなんかに変わってやろうかとすら思いましたよ。
Fまでしかちゃんとは出ないけど…
今にして思えば、一時的にそうしてみるのもよかったのかもしれませんね…
震え
ところが、1年くらい前でしょうか…
バンド指導で、やっぱりそんなふうにトランペットを吹いたら、なんだか身体が震えたんです。
あれっ、と思ったけれど、たまたま体調でも悪かったのかな…、と。
身体の震えは、トロンボーンの場合は少なくとも2種類あって、
ひとつはアプローチ。音の出る前。
これは、口のマッピングなどである程度は克服。でも、時々は出ます。
もうひとつは、吹いているとき、とくにシビアなものを吹いているときに出ます。
呼吸の問題だと思っていて、どうしてもストレートに息を上げて吹いちゃうんですよね…
そうすると息がつまって音が出なくなる。
もっと回さなきゃ。
それができるかどうかって、ただ『勇気』の問題だと思っています。
でも、ほかにもまだ気づけていない原因はあるのでしょうね…
観察
いろんな人の吹いてるところ、ウォームアップしてるところ、たくさんたくさん観察しました。
あんまりじろじろ見ると怪訝がられるので、遠目に、気配を消して…
この人はこんなところがいいな…
そうか、そんなふうにしてアップするんだ…
なるほど、それはこんな考え方があるからだよね…
訊きはしなかったけれど、たくさん聴いて観察したことも、とてもヒントになりました。
相談
ジストニアの疑いがかかって、経験者の人に相談したりもしました。
いろいろ話を聞いたなかで、こんなことを言われたのです。
「そういうの、黙ってないでどんどん人に話した方がいいですよ」って。
(だからここにもこうして書いているんです)
これまでほとんど、誰にも言ってこなかったんですよね、こんな話…
で、仕事のセクションの仲間に聞いてもらったんです。
そんななかで意図せず自分の口から出た言葉が…
「絶対やめてなるものか!って思ってやってた」…
自分で言って、ああ、そんなふうに思ってやってたんだなぁ自分、って思いました。
「やめちまえ」「あなたには無理よ」「あなた下手なんだから」
そんなふうに言われた経験って、学生の頃からたくさんたくさんあったのでね。
大学を卒業するときも「楽器なんかじゃ食えねえから就職しな」って(口調で誰かわかる…)
某オケ(名フィルです)がライブラリアンを探していたのです。
でも、自分の先生からそんなふうに言われたのがくやしくて、で、
腹が立って腹が立って1週間楽器ケースを開けもしなかった…
オケの授業があるから仕方なく楽器を組み立てて、で、となりに、
「ごめん、1週間楽器吹いてないから!」と宣言。チャイコの4番、1st。バカ!
どうして
これまでどうして誰にも話してこなかったのか…
弱みを見せるみたいでいやだった…
言い訳してるみたいな感じだから…
「気持ちの問題でしょ」
「練習不足でしょ」
「練習してもできないのは練習のしかたが悪いからだよ」(忘れてへんで!)
そんなふうに思われる、実際そんな言葉を言われてきたのでね。
正直、くやしい思いはたくさんしてきましたよ。畜生!畜生!畜生!
「へたくそ!」って自分に言いながら練習してました。
もう、とおに心が壊れていてもおかしくない。で、
心が壊れる代わりに、身体が壊れた…
くやしさ
人にいろいろ話して、ジストニアの診断を受けて…
いろんなトロンボーン吹きを見てきて、参考にしたり、
「この子、こんなところがいいな」って思ったり…
でも、その裏でじつは羨ましくてくやしくて仕方がなかった。
「そんなに自由に吹けていいね」…
トロンボーンに限らないけど、自分より下の連中がどんどんいいポストに就いていく。
そういうの、祝福する気持ちはもちろんある。
「あなただったら当然だよね」…
羨んだり妬んだりしても、自分の成長には1ミリも寄与しない。1ミリも。
だから心の中で、そういう思いには全部蓋をしてた。見ないようにしてた。
でも、人に話して気がついた。
くやしくて羨ましくて仕方がない。
かわいそうだったね、自分。
ほんとがんばったね、自分。
診断
診断は、簡単につきました。
楽器を吹いて見せて、
「ああジストニアですね」…
とりあえずMRIを撮ることになって、同意書にサインをすると、
「右手にもちょっと出てますね」…
畜生、見抜かれたか。
じつは以前、ペンが持てなかったんです。
ペンを飛ばしてしまうくらいに。
ペンを持つってどういうことだろう…
どんなふうに指を使うんだろう…
左手にやらせて観察してみたり、そんなふうにして克服したつもりだった…
なんでも観察して考えて練習して、それで克服できると思っていた。今でも思ってる。
でも所詮、西洋医学というやつは結局、やっぱりどこまで行っても『対症療法』なんですよね…
(バカにしています。医療者の方、そうですよね!)
診断前最後の
病院に行く前、つまり診断前の最後の本番が、第九とフォーレのレクイエムでした。
ステージにいるとね、「みんないろんなものと戦ってここにいるんだな」というのがわかる。
戦うというと語弊があるけれど、なに不自由ない天才なんていないんです。
たとえばピアニストの譜めくり(何度か経験あり)するとね、
「あぁ、こんな人でも緊張するんだな」って…
でもね、いちばんはベートーベンですよ。
音楽家なのに耳が聞こえなくなる。
そんな究極に辛い絶望的な状況の中で、あんなに光に満ちた音楽が書ける奇跡。
そう思いませんか。
どんな治療、どんな訓練、どんな練習になるのか、それは、治ったときに報告しますよ。
絶対治して、またここに戻ってきてやる!絶対戻ってきてやる!
生命が絶えるのが先か治るのが先かだ。バカだと思うやつは思え!
きょうのブログは長かったので、明日から3日間お休みします。




