評価されなくてもめげない、すねない、怒らない
見える化経営コンサルタントのかわい たかしです。
世の中、努力してよい仕事をすれば報いられるかというと
必ずしもそうではありません。会社員時代も特に減点法的な
上司に当たれば、些細なミスを取り上げられて思ったより
低い評価だったりしてめげたことがありました。独立しても
ただ値段が高いので依頼がとれないことは少なからずあります。
当然値段に見合うお仕事はしているはずですが。
ということで必ずしも努力が報いられないことが世の中の
難しいところです。会社員時代であれば「こんな不公平な評価
しかできない会社は辞めてやる」などと怒りを覚えたり、
「どーせやったって無駄さ」などとすねたり、「自分は報われない
人生なのか?」などとめげたりしました。評価に対し
「怒る、すねる、めげる」は後から考えると時間の無駄ですし、
それだけで会社を辞めたりするのは本当に短慮です。しかし、
ではどう考えましょうか?
アリとキリギリスどちらが幸せになれるか?
見える化経営コンサルタントのかわい たかしです。
「ノマド」的な働き方というのにあこがれる若い方
は多いようですが、確かにこの人たちは会社には
縛られていなくて自由なようですが別に「キリギリス」
ではありません。毎日楽しく仕事もせずにプラプラでして
いるわけではないのです。確かにある程度の儲かる仕組みを
構築して比較的自由な時間を過ごしている方はいますが
実はそれに至るまでには血のにじむような努力をしていたりします。
結論としては典型的なアリもキリギリスも幸せにはなれません。
キリギリスのように自由に(上司や取引先の言いなりでなく)
しかしアリのように努力することでしょう。
偉そうなことを言っていましたが自分の若いことを振り返ると
恥ずかしいです。例えばリクルートなどはバイトをしていても
仕事がきつかったので会社の方々は勧めてくれたのですが
断ってしまいました。アーサーアンダーセンもどちらかというと
会計事務所としては華やかだったことも大きな動機でした。
アリよりもかなりキリギリスに近い人間だったと思います。
アリとキリギリスどちらが幸せになれるか
見える化経営コンサルタントのかわい たかしです。
実際科学的にそうなのかは別にして「アリのように
働く」というと「ひたすら言われたことを黙々と長い時間
働く」という感じです。「キリギリスのよう」というと、「楽しい
ことのみ考えて自分の意思で自由に生きる」という感じで
しょうか。
今すでにリタイアしている方々、我々の親世代であると
「あり」的な方はわりと幸せになって悠々自適の生活
をおくられています。私は税理士もやっているので相続
の相談なども受けるのですが、元比較的平凡なサラリ
ーマンでも1億程度の金融資産を持っている人は結構
いて驚きます。比較的平凡な方でも部長などの上級管理職
や子会社の役員など程度まではいけて幸せなサラリーマ
ン生活だったようです。
当然我々やそれより下の世代ではそのようなことはあり
得ません。単なる「アリ」だと下手をするとブラック企業で
酷使されて終わりです。一般企業でも言われたことだけ
やっている人は若いうちはよいですが中高年になると
将来のリストラ要員かもしれません。
では「キリギリス」だとどうでしょうか?