15.46%という数字。


昨日の10月13日に5%超保有の発表となったので、


5営業日前の10月5日に、楽天は5%以上の株式を保有したようだ。



10月5日では、株価が2800円くらいだ。


TBSの株価は、yahooチャートでみると、今年の夏はだいたい2200円から2300円くらいなので、


楽天がTBSの株式を5%から15%まで買い進めたときには、


すでに、株価は高値だと言っていいのでしょう。



楽天以外にだれが高値にもっていったのか?


楽天の動きを知って、その動きの少し手前で買っていたのか?


それともTBSの保有資産に目をつけていたファンドが、たまたま同時期に


買っていただけなのか?



裏では駆け引きがたくさんありそうだなあ。村上ファンドかな?外資かな?



とはいえ、楽天が約880億円の資金でTBSの15%超の株式を集めることが


できたということは、どこかの携帯専門のネット企業が、MSCBで


500億円を調達したように、案外、楽天じゃなくても、小が大を、


新興が既存を飲み込んでいくような、そういう仕掛けが頻繁に起こっていく


時代になっていくのだろうか。



USENの宇野社長と、GMOの熊谷社長の対談をGYAOでみた。


この平日の、秋晴れの、午後3時に。なぜだろう?せっかくの休みに、車にのってどこかに


行くべきじゃなかったのか?将来の自分は後悔しないか多少不安だ。



ともあれ、お二人の対談で、ちょっとはっとしたので、以下にメモとして残しておこうと思う。


それは、なにかというと、


僕は、この転職を通して、


システムを構築し、ある特定のお客さんに納品する立場から、


一般のお客さんにインターネットサービスを提供する側にまわろうとしてる。



それで、朝、起きても、電車に乗っても、会社のデスクでも、ご飯食べてるときでも、


どんなときでも、気にとめながら、日々、よりよいサービスとは何だろうか?


と自問自答しているわけだ。みんなが豊かになれるようなサービスを提供することが


いまの僕の目的である、と僕は思っている。



ところが、先のお二人は、サービスとは、事業を成功させるという目的のための、


手段であるかのように、話をしているように、僕には見受けられた。



仮にそうだとして、


この違いは、大きいか?それとも、スタンスの違いなだけか?



考えてみれば、僕の親も経営者ともいえる。



いまはよくわからないので、


遠い先にこの日記を見直してみて、改めてこの問題を考えてみたい。







転職する、ということは、組織の所属が変わるということだ。


僕はいままで、○○会社○○部の~~です。と仕事場では名乗ってきたが、


転職先では、きっと××会社××部の~~です。と名乗ることになる。



しかし、いままさに、この転職活動をしているときは、エージェントに対しても、


先方の会社に対しても、ぼくは~~です。と基本的に名前のみで名乗り、


今現在所属している会社名を名乗っていない。



これはなかなか思うところがある感覚だ。ぼくの場合『奇妙』という感覚だった。


それは、なにも後ろ盾がないような気がする感覚である。


自分という人間ひとりでなにかにむかっている感覚だ。



逆にいえば、自分がいままでどこかの組織に所属しているということで、


なんらかの安心感を得ていたんだなあ。と思った。


こんなところでも、自分が組織の中で甘んじていたことがよくわかるものである。





今日は、最終面接を予定していた先方の都合で、面接が急遽キャンセルになった。


この会社は、人材エージェントを通しているので、エージェントから携帯電話に電話がかかってきた。


業務中だったので、さすがにデスクで電話にでることはできなかった。



僕が利用しているこの人材エージェントは、最大手のひとつだ。


(「採用情報の総合デパートだと思ってください」と担当の人にいわれた。)


採用情報の紹介メールが2、3日に1回の割合で送られてくる。


もちろん、エージェントの担当の人と一回お話させて頂いたので、


基本的に僕の希望に沿った会社が紹介されることになる。



「○月○日までに、書類選考を希望するか、しないかの意向を聞かせてください。」


と言葉が添えてある。



すでにいろんな会社を紹介してもらった。



そこで思ったことは、



希望するか、しないかは別問題として、どんな会社が存在し、どんな業務を行っていて、


どんな求人があって、収入はどれくらいで求めているか。なんてことが次々と


わかっていくのだ。これがすごく魅力的だということ。業界の勉強になる。



僕はベンチャー企業にいくと決めていたので、わりとしっかりとしてそうな体制の会社や


登記が終わったばかりのいままさにできたばかりの会社にいたるまで、さまざまな


ベンチャー企業の情報を見せてもらって、これが将来的にきっと役にたつに違いない。なんて


思いながらエージェントの人に、「希望しません!」(でも、ありがとう)


というメールを今日も書いている。










『体は折れても心は折れない』(知人の言葉を拝借)

自分自身のための日記を書くことにした。毎日。と自分に課した。



転職活動をしようと決めたとき、胃が痛くなった。

もう、会社という組織から守られていない気がした。

逆にいままでは、会社から守られていると心の奥では思っていた。

僕は、会社から守ってもらうなんてことは、何ひとつないのだ。


という心意気を持ってシステム開発会社に入社したつもりだった。


いまから5年近く前のことである。


しかし、実際のところ、会社の居心地はよかった。

まず、個性豊かな同期(でもみなやさしい)に恵まれた。


プロジェクトにアサインされれば、先輩とプロジェクトマネージャに恵まれた。


さらには入ってきた後輩、お客さんにも恵まれた。


プロジェクトはチームプレーだ。個々でやれることは限られている。


その前提の上で、人間関係というのは仕事をしていくうえでもっとも重要なひとつに

位置づけられると思うし、その思いはいまも変わらない。


だから比較的厳しい仕事にも関わらず、ストレスもさほどなく、


いままで日々の業務をこなしてこれた。みんなからのフォローがあったし、


僕もできるだけプロジェクトに貢献しようとした。


ただ、当時は意識してはいなかったが、逆につきまとう思い、というか


迷いがあったのも、いまから思い返してみるとまた事実だろうと思う。


それは、



「この閉じられた世界のなかで、僕はこれからどこかに行けるのだろうか」

という思いだ。

「閉じられた世界」。悪い意味ではなく、よい上司とよい後輩よいお客さんに


囲まれた職場環境。 そして、プロジェクトがはじまった後の多忙な充実した毎日。


さらにはプロジェクトがはじまる前や終わったあとの、平穏な世界が、


いま僕がいるこの世界にはある。



僕にとって仕事とは生きていくうえで充足感を味わうための糧だ。

充足感とはきっと、


「こうやって世の中は動いていくんだ」。という、知らないものを知っていく


喜びと、「その動きにぼくは参加している」という実感を指しているのでは


ないだろうか。そして、そのために働いているようなものかもしれない。


「どこか」とは、そのような実感を得るための、向かい先なのだろう。


外の世界から刺激を受け、内の世界で昇華していく。


あるいは、 内の世界で見つけり培ったたりしたものごとを、外の世界で


試していく。


それを繰り返し、 過去の自分と今の自分との違いを確認することで、


自分が生きている意味のようなものを見出だそうとしているのだ。



なんてね。