2/9 バイク帰国

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今日は神戸・摩耶埠頭の税関にバイクと荷物の通関に出かけた。バイクと荷物は10日ほど前にすでに日本通運の倉庫に入っていたが、書類をそろえたり、通関のために丸一日空けられる日を選んでいたら今日になってしまった。
経費を少しでも安く上げたいのと、通関の手順を自分で体験しておきたいこともあって、通関の手続きのうち自分でできる部分はすべて自分で行った。税関、日本通運とも職員さんは好意的で、意外に楽に終わったというのが感想だった。

バイクと、キャンプ道具の入ったバッグは、同じ梱包に入っていたが、税関の担当部署が違う。そこで、日本通運にそれぞれの書類を事前に送ってもらい、当日はふたつの窓口に出頭した。
まず、それぞれの品に関する書類を作成し、日本通運の倉庫から税関検査場まで荷物を移動させる許可を得る。お昼をはさんで、午後一番に許可証を日本通運に渡し、検査場までバイクとバッグを運搬してもらう。

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ここで久しぶりにバイクと対面。おお、おかえり!

トラックの荷台の上で、税関職員の検査を受ける。バイクの通関は書類と実物の同一性の照会のみで、あっという間に終わった。バッグはすべて開けて中身を出してチェックされたが、「これ何ですか?」「梅干です」「あー、海外旅行の必需品ですよねー」みたいな和やかな雰囲気で問題なく終了。
検査終了の書類をもらって、通関手続きは終了。バイクと荷物は一旦日本通運の倉庫に戻り、そこで荷台から下ろされて引渡しとなった。

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日本通運さん、お世話になりました!

その場で国際ナンバープレートを日本のナンバーに付け替える。引き渡されたものの、ガソリンは航送のためにすべて抜いてあるので、走ることはできない。ガソリンスタンドまで押していってガソリンを入れ、スタンドのすみを借りてバッテリーを新しいものに交換する。ぺちゃんこになっていたタイヤに空気を入れ、減っていたオイルを注ぎ足す。スタンドのおっちゃんが手伝ってくれた。エンジンはかかったがしばらくはアイドリングが安定せず、あれこれ試していたら、おっちゃんは自販機でコーヒーまでおごってくれた。

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ありがとう!何年か前までは、このスタンドにもロシア人が中古車のバッテリーや部品を買いにたくさん来てたんだって。

走り出せばバイクの調子も戻ってきて、家までトラブルもなく帰り着いた。ただ、今も俺は左側通行がしっくりこないまま。一回だけ左折のときに右車線に入りそうになって焦った。
くたびれて満身創痍のバイク、まずはバイク屋にドック入りさせないとね。よくなったら、次はどこへ行こうか。

旅の道程

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帰国してから、旅のルートを地図に描いてみた。

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通過国は25カ国。
ロシア、モンゴル、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスタン、トルコ、グルジア、アルメニア、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア、ポーランド、チェコ、オーストリア、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、アルバニア、ギリシャ、イタリア、スペイン、モロッコ、ポルトガル。
走行距離は、旅の大半を距離計が故障したまま走ったので、正確な数値は分からないが、ブログの毎日の走行距離を積算すると、約37000キロになった。自分の予想より10000キロも長かったので、これには驚かされた。

11/29 帰国

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28日15時の出発に合わせて、昼にマドリッド空港に移動した。出国手続きはスムーズに終わり、ほぼ満員のカタール航空の飛行機はドーハに向けて飛び立った。
しばらくは眼下にスペインの田舎の山や畑が見えていたが、地中海に出ると、あとはほとんど海上を飛んでいく。走った場所が見えるルートだとよかったのに。

夜中のドーハ空港で関西空港行きに乗り継ぐ。空港内にイスラム教徒しか入れない礼拝所があるのがムスリムの国らしいが、ガラス越しに見ると男たちのくつろぎスペースになっていた。
関西空港行きもほぼ満席で、機内にはヨーロッパ帰りの日本人ツアー客が多かった。風邪をおみやげにもらった人が多く、隣の席の人がひどい咳をし通しなので参った。しっかり風邪をうつされて、帰国後一週間寝込む羽目になった。

機内では食事のたびにワイン飲んで、あとはほとんど寝ていた。マドリッドから17時間半。行きの5カ月に比べるとあまりにあっけなく飛行機は日本に到着した。夕暮れの瀬戸内海に沿って続く町の明かりは、この旅で訪れたどの町よりもきらびやかにどこまでも続いていた。そして、何より印象的だったのは山の緑色の深さ。山頂まで濃い緑に覆われた山の風景は、ロシアにもヨーロッパにもない。日本はそれだけの緑を育む雨に恵まれた国なのだ。
見慣れた入国審査、ターンテーブル、税関申告。空港バスからの風景も、何も変わっていない。違和感もなくすんなりと町の灯のひとつになる自分に、5カ月の旅の末残ったものは何なのか。今はまだ分からないが、明日からの日常の中で、それが見えてくるのかもしれない。

おまけ。
マドリッドの百貨店エル・コルテ・イングレスの広告に、プラド美術館収蔵の「ラス・メニーナス」をもじって実写で再現したものがある。

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絵ではベラスケス本人がパレットを持って立っている場所に、カメラマンが立っているのが秀逸だと思う。
列車は朝には畑の続く風景の中を走っていた。顔を洗ったりしているうちに、マドリッドの市街地に入り、9時すぎに終着のチャマルティン駅に到着した。出発も到着も定刻である。すばらしい。朝のマドリッドは空気がひんやりして、吐く息がかすかに白かった。

地下鉄で町の中心のホテルに移動する。と、途中の駅で乗ってきた年配の男が車内の客全員に向けて何か大声でしゃべり出した。どうやら彼が手にいっぱい持っているミニライトを買ってくれと口上を述べているようなのだ。ひとしきりしゃべったあと、車内を回って買い手を探す。ひとりだけ買っている人がいた。口上と買い手探しでちょうど一駅分。彼は次の駅で降りていった。
いろんな人がいるなーと思っていたら、今度はアコーディオンを持った男が乗ってきた。走る地下鉄の中でおもむろに演奏を始める。あまり上手くない。2曲演奏したあと、紙コップを手に車内を回っておひねりを集め始めた。お金を入れている人は少なかった。彼は2駅で降りていった。
そんなこんなで退屈しない地下鉄だった。

まずはプラド美術館に出かけた。スペイン絵画といえば、ゴヤ、ベラスケス、エル・グレコ、ムリーリョあたりは日本でも有名だが、ここにはその世界屈指のコレクションがある。

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広大な館内には展示室が100もあり、とても一度にすべてを見ることはできない。先に挙げた有名画家のコレクションをたどるだけでも数時間かかる。
宮廷画家ベラスケスの「ラス・メニーナス(侍女たち)」、三日月に乗り天使に囲まれたマリア像を描いたムリーリョの「無原罪の御宿り」、ドラマチックな光と影と独特の細長い人物像のエル・グレコの「受胎告知」など、有名な絵を一挙に見てお腹いっぱいになった。ただでさえスペイン絵画は重厚だからね。
そして、俺の好きな画家ゴヤの絵は10ほどの展示室にわたって展示されていた。現在東京でプラド美術館展をやっているため何点かは日本へ貸出中だが、その程度ではびくともしないほどの数。
カルロス4世の宮廷画家として描いた王族の肖像画、スペインのマホとマハ(伊達男、伊達女)や子供たちの祭りや遊びを描いた絵、有名な「裸のマハ」、そして暗い画面に醜い魔女や恐怖におののく人々の描かれた晩年の「黒い絵」のシリーズ。
音楽の世界には、彼の絵を元にした、同じスペインの作曲家グラナドスの「ゴイェスカス(ゴヤ風の絵巻)」というピアノ組曲がある。俺の好きな曲でもあるのだが、その世界を知る上でもゴヤの一連の作品を見るのはとても楽しかった。

翌日はエル・ラストロの日曜ガラクタ市に出かけた。地下鉄に乗ったら、今度はバイオリンを持った男が乗ってきた。彼はアンプを持ちこんで、弦楽四重奏曲を流しながら、それに合わせてバイオリンを弾くという芸の細かさだった。演奏も上手で、彼はたくさんのおひねりを集めていた。地下鉄の客、聴いていないようで、実はちゃんと上手下手を聞き分けているのだ。そういえば昨日のアコーディオンのときは、客の多くが目をそらして、まるで「あたしゃ聴いてないよ、だから金は払わなくていいんだもんね」って態度だったもんなあ。

地下鉄の駅から地上に出ると、ガラクタ市に向かう人の波。そして辻々から音楽が聞こえる。

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息の合った三人組の陽気な演奏。

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哀愁のある歌を歌うお茶目で肝っ玉太そうなおばちゃん。歌いながらアコーディオンのおっちゃんにやたらツッコミを入れていた。

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様々な大きさのグラスの縁をを濡れた指で撫でて音楽を奏でるパフォーマー。忙しく両手を動かして、「エリーゼのために」や「トルコ行進曲」をこれで演奏するのだ。透明感のある独特の音色がいい。

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市に集まる人々。このエリアは骨董街らしく、骨董屋が店先に売り物を並べた青空市を中心に、服やカバンや帽子の露店が並んでいた。

市内中心のマジョール広場も日曜の今日はすごい人出。

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ミニーよ、こんなところで油を売っていたのか。

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口笛の音色だけでしゃべる動物。コインをあげると、角につけた鈴を鳴らし、口笛のメロディに合わせて口をカパカパいわせて踊る。小さい子供がこわごわお金をあげるのがかわいらしかった。

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ライトアップされる夜のマドリッド。

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首都のクールさとラテンの陽気さが同居する町だった。
ゼネストはよく分からないうちに終わり、今日は鉄道も動き出したので、リスボンから電車で45分のシントラという町に出かけた。緑の山に囲まれた世界遺産の町で、リスボンで会う人がみな「いい場所よ」と言う。

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ムーア人(イベリア半島を支配していたイスラム人)の山城跡。山のてっぺんに城壁を巡らせている。これ世界遺産。

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眺めは最高。

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ペナ城。ここシントラはポルトガル王族の避暑地で、この城も王族の夏の離宮だった。このカラフルな色づかいがステキ。タイル張りの壁なんか、ペカペカ光っているし。

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ちょっとおとぎ話のお城に入って行くような気分になる。城の中では代々の王様、女王様の居室や執務の部屋や大広間が見学できる。手のこんだ壁や天井の装飾、高価な家具や調度品や銀食器など、お宝がたっぷり堪能できる。

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残念ながらお宝は撮影禁止。城内はパティオ(中庭)だけ撮らせてくれた。色タイルでやや過剰装飾気味。
城の周囲は現在は自然公園になっている。公園のあちこちに女王や王女のお気に入りだった展望所が作ってあり、色タイルで飾られた石の椅子や、石のテーブルや、小さなあずまやがある。一番高い丘の上には石の十字架があり、そこからはここに掲載したペナ城の写真が撮れるほか、リスボンまで見渡せる360度のパノラマが楽しめる。が、ロカ岬だけは山の陰になっていて残念。

レガレイラ宮殿。

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これも世界遺産になっている。建物もさることながら、丘の斜面に広がるここの庭園は、さながら迷路のよう。というのも、洞窟があちこちに口を開け、その暗くて水のしたたる洞穴を歩いて行くと、突然水辺に出たり滝の裏に出たり井戸の底に出たりするのだ。

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ちょうど持っていたキャンプ用のLEDランプで照らしながら洞窟に入ると…

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いきなり水辺。

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いきなり螺旋階段のある井戸の底。

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ガウディを思い出すような石の橋。
遊び心満載の庭園である。おもしろすぎ。

そんなこんなでシントラで一日遊んだあと、夕方の列車でリスボンに戻った。
町で食事をしたあと、東への列車が発着するサンタ・アポロニア駅へ移動。22時30分の国際寝台列車ルシタニア号でスペインのマドリッドを目指すのだ。4人部屋の一番安い寝台で80ユーロあまりと、一泊の宿代が浮くことを考えれば高くない。さらに安い椅子席もあるが、さすがに翌日の疲労感を考えると横になるほうがいい。
22時に乗車し、列車は定刻に出発した。同室にはアメリカ人のバックパッカーとスペイン人の男。近郊の駅に一つ二つ停まったあと、列車はスペイン目指して夜の闇の中を快調に走り始めた。ガタゴトと揺れはあったが、横になるとすぐに寝付くことができた。