中国会での麺打ち
香港のセントラルにある
旧中国銀行の13階にある
中国会(チャイナクラブ)に行った時の
麺打ちのデモストレーションを
見てきました。
会場が暗くてデジカメでは
写りが悪いですがとても上手で
見ていても楽しめます。
http://allabout.co.jp/travel/travelhongkong/closeup/CU20041109A/
特に欧米人が多いクラブでの
演出はとても人気があり
雰囲気も盛り上がりました。
昼間の飲茶がとても美味く
チャンスがありましたら是非
召し上がってください。
スポーツマンシップについって
先日有明コロシアムで行なわれた
WBCフライ級タイトルマッチで
亀田親子の醜い態度が時の
話題になっていました。
TBSも亀田親子みたいな反社会的な
言動をするならず者的なことを全国ネットの
テレビで宣伝して視聴率を上げる方法には
問題があります。
http://jp.youtube.com/watch?v=K_NjdoijmQg
ローマオリンピックで金メタルを
取得したカシアス・クレーこと
モハメッド・アリがプロになってから
挑戦的な態度でリングに上がっていましたが
あくまでショーとして振る舞い
勝負が終わったあとは相手を
労わる気持ちを視聴者に伝えていました。
TBSは過去に政治問題、
オウム真理教事件を含み度々
他のテレビ局より問題が多くあり
反省してもらいたいと思います。
又今回のTBSスポーツアナウンサーは
亀田寄りの一方的な身びいき放送は
見苦しい内容でした。
http://www16.ocn.ne.jp/~roamond/20071023suports.doc
↑クリックしてください。
10月23日の日経新聞朝刊に
スポーツにからむ事件、事故について
とてもよい記事がでていました。
モハメット・アリがカムバックした時の
試合を思い出しました。
貼り付けはじめ
アフリカのザイールで
ジョージ・フォアマンに
鮮やかなKO勝した試合
タイトル剥奪後、ジョー・フレージャー
に挑戦、初めての敗北を喫したが、3年後、フレージャーにかわり新王者となっていたジョージ・フォアマン
に鮮やかなKO勝ちをおさめ、王者に返り咲いた。 この挑戦試合はアフリカのザイール
で行われ、"Rumble in the jungle"というタイトルがつけられていた。当時、一般には全盛を過ぎたと見られていたアリが史上最高のハードパンチャーと目されたフォアマンを破ったため、「キンシャサの奇跡」とも呼ばれる。 この試合でアリはたくみに相手のパンチをかわし、空振りさせることでフォアマンの体力と精神を消耗させる一方、ロープを利用して自らの体力は温存するというクレバーな作戦をとり、見事な勝利をおさめた。アリはこの戦法を"rope a dope"と名づけた。
貼り付け終わり
七星購物
考察団で上海にある
七星購物(0245)に
視察して、これからの成長株と
判断しました。
購入価格は0.61ドル~0.65で
小刻みに買を入れました。
しかし現在は0.35ドル前後で
半値近くまで値下がりをしてしまいました。
購入にあたっては発行株数が多く
株式配当は無し、オーナーの
新株増資権利を持っている事が
気になっていましたが説明会では
借入金は無しで来期の利益は
数倍になると話していました。
最近の取引時間及び値下がりに
腑に落ちない事もありますが
私は0.3台で買い増しをしています。
リスクとリターンは背中合わせで
友人、知人にはお勧しませんが
無借金会社は倒産の危機は無いと
踏んで勝負します。
将来損しても後悔しないだけの
覚悟を決めて当分買い増しをしていきます。
失敗(損切り)したらこのブログで
公開するつもりです。
昨日の日経新聞朝刊に
香港ドル相場は8月から
右肩上がりで上昇している。
今後も上昇が続く場合は、
現行のペック制見直しの憶測が広がる
可能性もありますと書かれていました。
又「中国個人投資家の香港株売買解禁を
見越て投資資金が香港株式市場に
流入した結果と見られる。」と
書かれていました。
研修制度について
パン業界は外国人研修制度については
単純作業とみなされて在留期間は
1年だけでした。
製造業62職種は3年間在留できて
2年目からは技能実習生として就労でき
深夜、休日出勤、残業ができて
おまけに盆暮れゴールデンウィークの
人手がない時に勤務してくれます。
昨年からパン製造業を
3年間在留できる様に厚生労働省の
上席と折衝してとうとうパン製造を
認可していただき63職種に
入る事が出来ました。
昨日も西葛西にある
(社団法人)日本パン学校で
基礎級パン製造に関する
中央技能検定委員会がありました。
年内にあと2回の会議を終了すれば
来年3月前後に全国の
職業能力開発局の各支局に通達がいき
翌4月から試験が実施されます。
研修制度についてはいろいろな
トラブル、犯罪がありましたが
当組合は送出し機関はもとより、
派遣元企業等、目的に沿った
研修事業を遂行するつもりです。
禁酒をしています。
私は64歳まで大病を患った事が無く
高齢者の割りには健康に過ごしてきました。
しかし2年前にゴルフに行く当日の朝
右足の薬指が紫色になってズキンズキンして
困った事になりました。
前日酔っ払って机の脚の角にぶつけたと
思っていました。約束を反故に出来ないので
そのままゴルフ場に行ってプレーをして
帰って来ました。夕方から足の痛みが
少し出てきたので月曜日に知り合いの
整形外科に診てもらうと、
痛風の発作だと言われ驚きました。
その後、暴飲暴食を慎んできましたが
痛みが無くなると又元に戻って不摂生に
なるので思い切って月曜日と火曜日を
禁酒日にしました。
仕事の都合で曜日は替わりますが1週間に
2日間(48時間)は完全に禁酒できる様に
なりました。自分の意思で禁酒できた事は
38年間はじめてのことです。
その結果減量を兼ねた健康管理が出来て
よかったと思います。
青春時代
卒業まじかの高校3年生になると
学債と銀行借入で建てた新築校舎に
移りました。
そして、新築校舎で
大事故がおきてしまいました。
重量鉄骨の防火シャツターを
下げたり上げたりして
悪戯をしていた生徒に
走ってきた別の生徒が
ぶつかってしまいました。
走ってきた生徒は、
ぶつかった瞬間気絶してしまい
眉毛のところがバックりと
切れて骨まで達する数十針も縫う
大怪我をして救急車で運ばれてしまいました。
彼は今でも傷跡がくっきり出ていて
引退したプロボクサーの顔と同じ
状態になりました。
彼のオヤジはあわてて緊急病院に
駆けつけてきました。
先生を含め我々の見ている前でベットで
麻酔手術で寝ている
セガレを平手で思い切り殴りつけて
叱っていました。
結末から行くとシャッターをいじっていた
生徒数人が停学になり当然ながら、
怪我をした生徒は停学になりませんでした。
今の父兄でしたら学校側の落ち度を
問題にして大怪我をしたセガレを
殴ることはしないと思います。
そしてさらに、卒業まじかに新築校舎が
火事になり大騒動になりました。
机、踏み台、黒板の一部が
こげてしまいましたが
マスコミにしられず新聞には
掲載されませんでした。
原因は生徒の煙草の吸殻の不始末からです。
卒業まじかでしたので犯人探しをしても
自首する生徒はいません。
事の重大さが世間に知れると
来年の受験者が減るので
ウヤムヤになって全員無事に卒業できました。
出来の悪い生徒、停学経験の生徒は
多くの寄付金を積んで
無事、全員大学進学ができました。
マッサージに行ってきます。
出張で3日間日本を離れており、
昨夜23:00ごろ帰宅しました。
足腰がつかれたので21日
日曜日は茨城県坂東市にある
タイ式古式マッサージに行きます。
ついでに大利根CCで
ゴルフプレーをしてきます。
気候もよいし自宅で家内と
2人だけでは何もやる事がないので
休日は出来るだけ
遠くに行って気分転換をし明日からの
出勤に備えたいと思います。
恩師について
昨日は50年前に在学した高校時代の
出来の悪い生徒の話を書きましたが
3年間担任してもらった先生のことを
書きます。
先生は東京理科大を卒業し
就職難の事もあり母校の
教員不足の為に直ぐに私達の
担任の先生になりました。
恩師は私達の高校の先輩で
年も7歳しか違いません。
勉強嫌いの悪ガキが多いクラスで
学年でも別格扱いのお荷物クラスでした。
問題が起きた時は学債を
一部寄付するクラスです。
しかし卒業後の今でも交流があり
先生の結婚式に出席したり
(先妻が亡くなり再婚し、
お祝いは先妻を含め2回出しています)
次男坊が6年間の在学中も面倒を
みてもらいました。
元来地主さまで今は悠悠自適の
生活をしていますが刺激が欲しいのか
4年前に香港株を買ってくれと
たのまれました。
恩師には昔の借りがあるので八丁堀の
東洋証券を紹介しました。
担当は東洋証券の新人の上海美人
Tさんを担当にしてもらいました。
銘柄はTさんが恩師の
自宅に電話をかけても
らちがあかずに最後は、
私に連絡がはいります。
仕方なく恩師の信託を受け、
私が売買の指示を
していますが厳密には証券法でも
問題があると思っています。
最終的には先生に責任が
ありますが
「金を出すが口は出さない」
はずが最近はちょくちょく
いろいろ言ってくる
ねじれ現象が起きています。
しかし、最初に買った中国人寿、万科が
8倍ちかくなり本人は喜んでいます。
しかし損した株の事について
先生が私に文句を言ってくる時は
「先生が損する時は私は
先生の数倍損しているんだ」と
いつも言い訳をしています。
次に頼まれた事は
「俺が死んだ時の告別式の段取りをしろ」と
言うことでしたが
いつまで経っても
頭が上がりません。
高校生時代
私は50年前に横浜市にある
私大付属高校を卒業しました。
戦前は鶴見に校舎がありましたが
戦争で空襲にあって全焼してしまいました。
その後東横線の港北区に移りました。
当時(昭和31年)の校舎は撤退した
進駐軍のカマボコ兵舎を改造して
板を貼り付けて3クラスにしていました。
今思うと1学年7クラス
あったのですがカマボコ校舎の
生徒は出来の悪い学生ばかりで
期末試験、受験勉強、統一試験には
無関心で毎日楽しい学生生活でした。
当時は学校経営が苦しく学校債を
発行して全学年に買わせていました。
一時停学、無期停学になると
父兄は工面して出来の悪い
吾が子の為に学校債を
担任の先生に一部渡して
停学期間を短縮してもらいました。
担任の先生は大学卒業したての
新米先生でした。
出来の悪いクラスを担任させられて
先生の指導の評価がその後の
学校内の地位を決めておりました。
父兄の手持ちの学債は停学の度に
減り卒業のころには無くなった人も
おりました。
学債の提出は良い成績を取るより
卒業の早道でした。
私も少なからずその恩恵になりました。
メンチカツについて
日経新聞10月11日夕刊に食通に
こだわっている東京農大教授の
小泉武夫氏「食あれば楽あり」で
メンチカツについての文章がありました。
↓クリックして開いてください
(高齢者用にお知らせ)
http://www16.ocn.ne.jp/~roamond/20071013mentikatu.doc
私は楽しみに毎週読んでいます。
香港のセントラルにある無名の
お粥屋の記事も載っていた事もあります。
メンチカツと言えば私は大井町の
ブルドックを思い出しました。
JR大井町駅を降りて東口出口に
東小路の入口があります。
大井町駅からブルドックまでの
道筋と店内の料理まで解説付で
映しています。
東小路入口をはいって
ゼームス坂上方面に向かって
徒歩2分ぐらいの所に大きな看板で
ブルドックと書かれた蛍光灯看板が
あります。
記事を読み終わって懐かしさのあまり
家内と取引先の粉問屋のMさんを誘い
行って来ました。
直径27センチの大皿にキャベツと
とても大きなメンチカツがのっています。
ここの店の料理は値段も安く
味も良いですがどの料理も
量の多さは東京で一番多く
高齢者の私には食べきれません。
外国では食べることのできない
メンチカツは若いときの思いでも
多くあり学生時代からの好物でした。
大井町東小路、新宿西口思い出横丁、
渋谷の恋文横丁、浅草花やしき付近、
神保町、神田淡路町、ガード下等々
美味しい店はたくさんありました。
