女子大生と2人きりで・・・
今回の考察団の出発より4日前に
上海入りしました。
2日間日程に余裕ができたので
一足早くハルビンに行くことにしました。
2日間は黒龍江省大学4年生の
可愛い女子大生をガイドにつけました。
背が高くスタイルの良い子でした。
早めにハルピン入りしたのは
この子と2日間2人で食事と観光を
するためと私が7歳ちかくまで
住んでいた
場所を確認することでした。
66歳になって,
女子大生と2人だけで
食事をしたのは初めてです。
2人だけで昼食をハルビンで有名な
餃子店でした動画をお見せします。
この日は日曜日でしたが
ハルビンでは中国銀行をはじめ
どこの銀行も営業しているのには
驚きました。
銀行で理由を聞きましたらお客様は
日曜日が銀行に行くには都合が良いと
アンケートにでていたそうです。
日本ではお上(金融庁)の許可が
いると思いますが中国では
いろんな意味で市場経済になっています。
ビル解体現場
旧満州国の奉天は今は瀋陽市に
なっています。数年前に北朝鮮の
家族が日本領事館に駆け込んで
追い払われた事件があったところです。
瀋陽はさすがに大都会で街には
活気があり人の多さに驚きました。
町の中心にあるホテルに泊まりましたが
いたる所にヨーロッパのブランド店が
ありました。
東北三省の田舎に50万円の
ハンドバックや40万円の
イタリア製スーツを着る人が
いるのか不思議に感じます。
ビデオでは迫力が伝わらないですが
現場を見た我々は驚きました。
来年は伊勢丹百貨店が進出する事が
決定して当社の製品も打診が入っています。
しかし慎重な総経理は現地を
視察して判断するはずです。
ところでバスの中から見た光景で
驚いたのは5~6階建て(?)の建物を
将棋倒しにして解体していたのです。
車中で見ていた我々は解体の方法に驚いて
日本では危険で絶対にできない方法だと
話していました。おまけにシートは
掛けず堂々と公開解体は迫力があり
ビックリしました。
町中には満州国時代の大和ホテル、
陸軍司令部、大学病院、警察署等々があり
建物はそのまま使用されていました。
とうもろこし畑
旧満鉄の特急列車で
ハルビンから長春までの旅をした時の
写真と動画をお見せします。
特急列車は時速150キロ以上
出していると思いますが長春までは
とうもろこし畑しか見ることができません。
食料にするのか肥料にするか
代用ガソリン燃料になるか解りませんが
スケールの大きさには驚きました。
中国は食料の輸入国になりだして
わが社の主材料をはじめ
全ての副材料も高くなりました。
長春までの景色は手前から遠くの
見える所までとうもろこし以外の
農作物は見えませんでした。
高くなった原因は中国が経済成長に
ともなって有り余る中国元で
小麦粉をはじめ食材を
買占めているからです。
列車の窓から見る限り農作物は
豊かに実のっていました。
昔作っていたアワ、ヒエ類の
付加価値の少ない農作物から
ガソリンの替わりにもなる
とうもろこしに
変わってきています。
毛沢東時代の「文化革命」の反省が
いたるところで軌道修正している事が
実感で解りました。
とうもろこし自体は北海道の味が
美味しいと話していましたが私は
未だに北海道に行った事が無いので
解りません。
B級グルメ志向の私は長春で食べた
とうもろこしはモチモチして
とても美味しく感じましたが
評価はまちまちでした。
ところで昨日香港市場は1000Pちかく
値上りしていました。確認したところ
この値上りは中国本土から解禁の
先回りしたお金が多く含まれていると
話していました。
私の持株で中国人寿以外は値上り
していませんがこの時期に
株価の動かない(値下がり)成長株を
買い増しできる投資家は中々いません。
しかし買い増しできる人が将来の
勝組に入っていくと確信しています。
目先の上下に左右されないで
心静かに待ちましょう。
ロシアは中古車ばかり
ロシアに入国して最初に気がつくのは
飛行場にある駐車場です。
寂れたウラジオストックの
国際飛行場です。
日本の中古車展示会場と同じで
広い駐車場は日本の車ばかりです。
トラックは日本で使用された文字が
そのままついています。
私は同業者だけに一瞬
海外進出かと思い驚きました。
宅配便の車は「クロネコヤマト」
以外の車はそのまま使用されていました。
色々動物のついた自動車は
うっかりすると日本かと間違います。
ハバロウスクで同じパン業界の
「銀座キムラヤ総本店」のトラックが
クラクションを鳴らして通り過ぎたのは
驚きました。
瞬間ハバロウスクに支店をだしたのかと
勘違いをしました。
特に箱型でフルハーフ型のトラックは
ロシアの技術では製造が高くつくと
思います。日本を代表する会社名の
冷凍冷蔵車も多く見かけました。
会社名を消さずにそのまま使用する
感性はロシア人は元々泥棒国家なので
抵抗が無いのだと感じました。
これら全てロシアのマフィアと
役人(税関)が組んで安く仕入れた
自動車を驚くほど高く売って
暴利をむさぼっています。
マフィアがここまで食い込んで
経済を支配している国は世界中でも
珍しい現象だとおもいます。
特に中国人の入国が厳しくて
商売をさせないように意地悪をして
いるからです。ですから中国の
飛行機が相互乗り入れしていても
中国側の乗客は検査が厳しく
入国するだけで2時間以上
かかるそうです。
ロシアの飛行機でハルピンから
ウラジオストックに
着いたときは中国人は2~3人しか
乗っていません。
後はロシア人が安物の中国商品を
購入する出稼ぎと我々だけでした。
国境が境界線の隣同士でありながら
ロシアで食べた
中華料理は世界中で一番不味い
中華料理だと断言できます。
今回、中華料理を注文した理由は
毎日不味いロシア料理では
不平不満が出るに決まっているので
配慮したのだと思っています。
ロシア美人特集
今回はロシア美人特集を
お見せいたします。
訪問したウラジオストック、
ハバロウスクだけですが
好きになれないロシア国で(嫌いな国)
一番好奇心が
あったのは若い女性のスタイルと
美形の顔だけです。
但し35歳以上の女性は
デブで(85%以上)
中年になると鼻毛やヒゲが生えてくる
人も中にはいます。
下のホームページのアドレスを
↓クリックすると美女が
↓ とび出してきます。
http://www16.ocn.ne.jp/~roamond/rosia3.htm
ロシア人は白人ですがスラブ民族の
影響を受けていて中近東・中央アジアの
顔立ちに近い感じもします。
しかし18歳前後の女性は顔も小さく
お人形さんみたいで
足は長く、モモは太く、お尻は大きめ、
小股も切れ上がりデッチリ、鳩胸で
日本女性はスタイルと
顔では負けてしまいます。
4日間、詳しく観察しましたが
ロシア国にはきれいな女性以外
見るものは無い国でした。
添乗員の彼女★★★★★
★印は個人的美的水準でつけています。
このブログは家内の検閲を受けていますので
堂々と公開しています。笑・・・
今日はゴルフに行ってきます。
今日は久しぶりに私の所属している
府中CCにいってきます。
府中CCができる前からコンペを開催していっる
球友会です。
この会は府中CCを作った先輩たちが
作った会で私は30年前に入った会ですが
楽しいくつろげる会になっています。
入会当時の府中CCにはいませんでしたが
吉田茂元首相の参謀白州次郎も役員でした。
しかしクラブの運営に対しては毎年問題が
起こり株主会員も個人会員として
総会屋と変わらない
発言がありこじれた状態が続いています。
コースは○流、会員○流、理事○流、
理事長○流と言われない運営に
してもらいたいとおもいます。
考えようでは独裁者がいない
民主主義的な運営になっている様に
感じることもあります。
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しかし朝起きてみると(5:30分)雨が
強く降っているのと
長期旅行の疲れがあるので(風邪ぎみ)急きょ
中止することをセガレに伝え
言い訳をさせる為にコースまで行かせました。
早朝の決闘
一生に1回も見ることのできない
チャンスに出会いました。
ハルピンの五ツ星ホテル・シャングリラの
朝食時間中にウエートレス同士の
喧嘩が始まりました。
発端は欧米人のマネージャーが
お客の前で手荒い指示をだしていたのが
原因だと思います。
私は奥の席で一人で食べていましたので
最初は気がつきません。
周りのお客様が総立ちになったので
有名なタレントでも来たのかな?と
思っていました。
派手な女の声がしたので慌てて
食事を中止して喧嘩を見に行きました。
テレビの格闘技と違って迫力があり
女性同士なので見ごたえがありました。
お客様はビックリして立ち上がり
逃げ惑っていました。右の亭主は
格闘の決着がつくまで食入る様に
熱心に見ていました。奥さんを
かばう様子はありませんでした。
喧嘩の仲裁に入る為にもう一人の
ウエートレスが駆けつけてきました。
黒服の女マネージャーが止めに
入りましたが興奮しているので
聞く耳を持っていません。
レフリー役のマネージャーは
腰が引けていて役にたちません。
クライマックスはテーブルに注いでいた
ホットコーヒーが周りに散ってお客様の
洋服に染込んでしまいました。
皿やカップが飛び散り滅多に
見ることのできない活劇を見て
驚きました。
私も興奮して「頑張れ!!」と声を
かけようと思いましたが気が
小さいのでできませんでした。
最後に勝負がつきましたが
セットしていた髪の毛がバラバラになり
化粧も落ちて勝った方がどちらか
区別が着かず残念でした。
私は遠くから観戦していたので
被害はありませんが高級ホテルでも
安心して食事ができないようでは
困ります。
今までで一番力の入ったブログの訳が
お判りのことでしょう。
今年の初めに当社の研修制度担当社員が
研修生は東北三省からは採用しては
ダメだと話していました。気が荒くて
トラブル事故が多いと言っていた事が
やっと解りました。
この地方は昔から山賊、馬賊の多い
荒れた地区で漢民族が統治できない
地方でした。
その為に五族統一した満州国は
それなりの理由があったと思います。
五族統一は
(満人、朝鮮人、蒙古人、漢人、日本人)
満州国は「王道楽土・五族
(日・満・漢・蒙・鮮)協和で
表面上はあくまでも民族共存の
理想的な多民族国家を目指していました。
私は朝食中にデジカメを
携帯していなかったので動画撮影が
できずあきらめていました。
しかしこのチャンスを
Okaさんが記録していたので
拝借しました。
今回の撮影は島根県から来たOkaさんの
デジカメから借りたスマートメデアを
利用させていただきました。
0ka氏はここまでよく撮影でき
熱心に記録していたので私のblogに
載せることができました。
このブログのページを借りて
感謝の気持ちをお伝えたいと思います。
「Okaさん有難うございました。感謝、感謝」
明日は久しぶりにセガレを連れて府中CCに
ゴルフに行ってきます。
府中CCがオープンする前から続いてる(55年以上)
コンペに参加します。
打った打数は公開いたしませんので
明日の日曜日のブログは休みいたします。
満州鉄道に乗りました。
満州国ができた頃の
満州鉄道にのる機会をえました。
今は電気機関車ですが当時は
蒸気機関車でかの有名な
アジア号でした。
記憶にはありませんが私も
ハルビン時代に奉天に行く機会に
乗っているはずです。
長春までの2時間ちくでしたが
晴天に恵まれ快適な旅になりました。
途中売子がワゴンに乗せた
飲食物を売りに来るのは
日本と変わりありません。
ある人の話では白系ロシア人が作った
鉄道を関東軍が強引に横取りして
満鉄が運営したといっていました。
もう2度と乗る機会は無いと思いますが
忘れられない思い出になりました。
明日は今年のブログで一番力の入った
作品になるとおもいます。
生涯見ることのできない出来事を
一般公開いたします。
楽しみにしてくださいね。
ここはヨーロッパではありません。
上海パート2
上海で偶然に見られたパレードです。
淮海中路を各国の人達が思い重いの
仮装をして踊りながら練り歩いて
いました。
とても共産国の中国だとは見ている人も
踊っている人も意識していません。
しかし現実には日本の学者、知識人を
はじめ私の友人、知人は
中国を全く信用していません。
↑
知らない人にこの動画を見せても
中国と答える人はいないと思います。
パレードに参加している方々は
どんな職業の人達かホテルの
フロントで聞きました。
上海で仕事をしている欧州人達で
領事館、金融、商社、メーカー、
IT関係の社員と家族で日本人は
積極的に参加していないそうです。
ホテルまでの数百メートルが
人込みの多さで歩けないで
仕方なしに歩くのを止めてしまいました。
思い出すのは1998年香港返還
前年のクリスマス時期の
感じにとても似ていました。
しかし滞在している上海は当時の
香港と違って見ている人達は明るく
将来の希望が期待できる力強さが
感じられました。
この国が共産国家の一党独裁の
政治をしているのにどうしてこのように
なったか不思議です。
国民が豊かになり
(上海はGDP5000ドル)生活に
余裕ができるともっと豊かになりたい為に
勤労意欲がでて経済が発展してきています。
毎月の余ったお金はお金儲けに使う為に
又お金が貯まる仕組みができていました。
オリンピック後破綻する予想をする人が
いますが私は絶対に無いと
確信しています。
2日前に中国政府高官がバブルの
心配を話していましたが11%の
高度成長を配慮した発言だと思っています。
国民の給料が上がっている間は
成長が続くと思います。
松浦洋行
9月26日は帰国する日になりました。
今回、9月17日は直接ハルビンに
到着する予定でしたが
「天の声」がかかり急きょ13日より
上海に行きそのまま滞在して
考察団と合流しました。
長旅で夕食は毎日フルコースで
胃袋はいつも一杯で帰国後は
減量作戦にはいります。
これからの文章は旅で出会った出来事を
当分書く予定にしています。
満州国ハルピン市のキタイスカイに
松浦洋行ビル(当時の商社)が
今も保存されています。
1916年建設に取り掛かり1918年に
完成しています。
今は3階まで本屋さんに成っています。
中に入って3階まで行きバルコニーで
動画を撮りました。
当時の商社、松浦洋行です。
ここの3階から写した写真が
キタイスカヤの代表的な写真です。
動画の画像に漢字が無ければ
ヨーロッパと間違えるほどきれいな
街です。
戦前のハルピンがそのまま残って
いる特殊な街です。
白系ロシア人と日本人が協力(?)して
できたパルピンの街で満州国が
支配していた場所です。
今もロシア製品を売る店が多く
中国の中でも異質な土地柄です。
パンの需要も多いみたいで
異文化が自然に溶け込んでいる
きれいな町並みです。
食べ物は水餃子が有名で昼食に出た
餃子の種類は10種類ほどありました。
どの餃子も美味しく不味い食事の
ロシア帰りだけにホットしました。









