下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -168ページ目

考察団4日目になります。

今回の考察団参加前日の風呂上りに

ランニングシャツ一枚でPCを観ていましたら

風邪気味になってしまいました。

時が時なので余計な心配をかけないようにと

心して参加する事になりました。


今流行の新型インフルエンザについては

中国側は徹底的な検査方法で行われています。


北京空港到着後には機内に衛生局の

完全防備した監査官が乗り込んでピストルタイプの

温度計を私の額に突きつけて熱があるか

検査されました。


私の額を検査した美人検査官は私の肩に手を乗せて

ニッコリ笑顔で会釈をしてくれました。


その後も記入に座席番号、体調、体温の記入欄に

書き込んできました。入国するまでは広い通りに

何箇所もチェック場所があり物々しい体制を

とっていました。


しかし今でも依然風邪気味で同室の Tさんに迷惑を

かけています。名古屋の大富豪の

○○さんには俺の近くに寄らないで」とさけて

通られる始末です。(笑)


歳を考えて今までの生活態度に少しブレーキをかけて

ゆきたいと反省しているところです。


ネット回線が良くないのでこれでお終いです。












考察団3日目になりました。

北京で一泊した翌日吉林省 長春市につきました。

長春市はハルビンの帰りに旧満州鉄道が

作った鉄道で2年前に訪問した事があります。


一泊目の北京の陶朱公館、

広東家庭料理は毎回楽しみにしていますが

長春のレストランは私の口に合わないほど

ランクが低くB級グルメ範囲内には入りません。

したがって写真も写していません。


東北三省は元々は満州族、蒙古族、朝鮮族

漢民族が住んでいた地方で

昔は一歩はなれた地方では馬賊、山賊が統治した

時代もあったそうです。当然食生活にも

ジャンクフードが多いことでしょう。


邱先生の書いた長編小説

「女の国籍」上下巻のも登場した人物

日本人「小白龍」は実在の人物で東北三省を

統治した馬賊の大親分でした。


話は変わりますがネット回線が良くないので

今日はこれで終わりです。








油麻地廊街の屋台で保仔飯を食べてきました。

香港滞在中一番落着ける好きな街は油麻地の

夜店と屋台料理です。廊街から男人街の入り口に

仔飯を食べさせる大排襠があります。


そこの一角の店で食べることにしました。

味は九龍城の添楽園より少し落ちますが

しょせん屋台料理の代表なので近場で充分間に合います。


車両通行止めされた道路の夜空の下でビールと

持込のシングルモルト(白州)でチビチビ飲むのは

楽しいものです。


衛生的には問題もありますがは日本で流行した

病原菌「O157}は屋台の雑菌に弱いので心配はいりません。


「O157}は消毒の行き届いたケータリング厨房、

給食調理場、結婚式場厨房の無菌状態にした時に

突然発生すると どこかの医者が言っていました。




今回の動画は屋台風景を映しています。


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油麻地の屋台料理は道路で食べた方が

美味しくなります。クリックし拡大で見ると

もっと雰囲気が出てきます。

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鍋に張り付いているオコゲをレンゲでこすり落として

食べました。味が染込んでいてとても美味しですよ。

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私の好きな排骨仔飯です。

端記茶楼で飲茶を食べてきました。

昨日に続いて端記茶楼について書きます。

尖咀沙駅から筌灣駅に着いて80番のミニバスに乗って

終点の川龍村までたどり着きました。


周りの駐車場には高級車がたくさん来ていました。

ハ-レー・ダビットソンクラスの大型自動二輪が

ツーリングを兼ねて飲茶を楽しんでいました。


香港で一番高い大帽山の麓にある茶楼。

周辺には野菜畑が残り、店内には小鳥の

鳴き声を自慢しあう鳥籠持参の人達が大勢います。


小鳥のさえずりを聴きながら食べる点心は

一段と美味しく感じました。近くの湧き水でいれた

お茶で飲茶する楽しみは格別です。


点心以外の料理も美味しく朝から排骨飯もとって

食べました。これがとても美味く食べ過ぎて

とうとう昼食を抜く事になりました。




↑▼印をクリックして動画を開いてください。


上記の動画は点心の食べるまでの料理作法が

動画で楽しめます。しかし私のブログ訪問者は

高齢者が多いので「写真が動くのか?・・・」と聞かれる

ことも多くビックリしています。今回の動画は内容が良いので

是非最後まで見てください。


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セイロに入っている点心は自分で中味を確認して

お盆に載せます。セイロは持ち方によって焼けどするほど

蒸されていて神経を使いました。動画にも映しています。

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家内と二人だけで6品も取り食べ過ぎて

とうとう昼食を抜くはめになりました。


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季節がら美味しいマンゴスチンを深水歩駅で

途中下車して街市で買ってホテルで昼食代わりに

食べて夕食は油麻地の屋台で私の好きな

煲仔飯食べる予定にしています。


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果物の貴婦人といわれるマンゴスチンです。今の季節が

一番美味しいです。買う時は茎についている葉っぱが

グリーン色を選んで買うと良いです。


先日小倉エージさんから中国料理専門用語の

変換方法を教えて頂きましたが今回はやさしく

日本語で説明します。


時計周りで左上から「鳥の足の醤油、五味煮付け」

「蝦蒸し餃子」「タロイモをベースにした油揚げ」

今回はじめて食べた豆腐の上に魚のミンチ

これがとても美味く次回訪問した時には必ず

食べることにします。


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屋上のテラスには鳥自慢の香港人が持込んでいる

鳥籠です。この写真はほんの一部です。


時間が許されるならば是非行く値打ちがある飲茶です。



川龍村の「端記大茶楼」までミニバスで行ってきました。

考察団初日は自宅で動画編集をしていた香港の

地下鉄の終点 筌灣駅から「端記大茶楼」の

飲茶を食べにいくまでの話です。


どうせ北京のネット回線は遅くてイライラする事が

多いのと T氏とカラオケに行く約束もしているので

書きだめをしておきました。


筌灣駅から数分歩いた裏道に止っている

80番のミニバスに乗って終点の

川龍村まで行ってきました。


大帽山の山麓にある「端記大茶楼」は

飲茶で有名なところです。

今回の動画は川龍までのミニバス車内、

まわりの風景を撮影したものです。



ミニバスは途中8箇所ちかく停車しますが

スピードの出し方はとても早くタクシーよりも

早く感じました。大帽山 山麓までの山道の

S字カープを猛スピードで通り抜ける風景は

迫力がありました。

私の運転では間違いなくぶつかって

事故になっています。



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香港訪問回数が多い方でもここまでして

わざわざ飲茶を食べに行く人は滅多にいません。

私の知合いの香港人2人も未だに行っていません。



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日曜日のせいか家族連れと鳥の鳴き声自慢で

鳥籠持参の人が多く見かけました。


山の森林浴を感じながら自然の中での飲茶は

とても美味しく満足出来ました。

ホテルから50分かけてわざわざ食べに行く価値はあります。

明日は「端記大茶楼」の中の雰囲気と

昔ながらの飲茶の食べるまでの作法と内容を

写真と動画でお見せします。











明日から中国各地視察に行ってきます。

6月10日より先生の主催する考察団に参加します。

パン連盟組合員で友人の T氏と一緒に行動します。

お互いに温度(暑さ寒さ)には敏感で寝る時の

クーラーは嫌いなので私も助かります。


カラオケに行く時も彼と一緒に行く予定です。

ところで寝る時間帯はいつも酔払っているので

私のイビキで Tさんは困っていると思いますが

私に文句を言ってきませんので助かります。


家内も誘いましたが「毎回の中国は飽きたし

株にも興味が無い」の一言でそれ以上誘いません。


飛行時間も4時間以内の短い距離なので

エコノミー席を申し込みました。


本音の理由は社内の経費削減に血眼を上げて

取り組んでいる最中なので当然です。


今までは取引業者を含む支払関係の手数料は

マチマチで統一していませんでした。


今回、うちの経理が考察団参加の旅行費用にも

手数料を差引いて振込みましたら事務所の

JOさんから私の携帯に「515円不足しています

お叱りを受けてしまいました(笑)

やはり力関係を加味してくれた経理のほうが正解でした。


初日は北京の三全公寓に泊まる予定になっていますので

ネット回線については時間帯によって最悪です。


写真、動画は絶対に送信できません。

行く度に下っ端のフロントに文句を言っていますが

私程度の役柄では上司にまで伝わっていません。


そうかと言って「天皇=天の声」までは伝える勇気が

ありませんので困った事です。

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今日はNHKのハイビジョンで元ヘビー級チャンピオン

モハメット・アリ対ジョン・フレジャーの3度の対決と

その後不思議な友情が出来た話をテレビを見ることにしています。


学生生時代から好きなスポーツ選手は

カシアス・クレー=モハメット・アリ

日本のプロ野球に見切りをつけた野茂英雄です。



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クリックすると拡大されます。


当時のアメリカ大統領に逆らってベトナム戦争に参加せず

4年間で稼げた数百億の興行とファイトマネーを

儲け損なっていても信念を貫き通した男だからです。



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法人会での深刻な話

先週、蒲田法人会、蒲田優申会の2つの

総会がありましたが共に出席会員が少なくなっていました。


蒲田税務署管内には中小企業が10000社あります。

昨年9月のリーマンショック後の金融危機から不安が

大きくなってきました。


穀物、石油、為替、レアーメタル、影響はとても大きく

全ての商品が値上りし今年に入ってから値下がりの

連続です。


我々製造業は物作りが原点にありますから

マネーゲームで失敗した金融業と一線を引いて

虚業の世界の話だと思っていました。


蒲田税務署の話では今回の金融危機で蒲田管内だけで

およそ100社に及ぶ社長さんの所在がつかめず

連絡も出来ない状態になっているそうです。


今までにない倒産件数になっているそうです。

下丸子地区を中心とした工和会協同組合の会員は

自己資本率が高い企業が多いので倒産件数は

不明ですが・・・・・


先日のブログに書きましたが経済と経営の違いも

今回の危機で感じました。


工和会理事長が経営している精密機械製造も

仕事量は激減していますが彼の会社に頼まなければ

出来ない部品もあります。


彼は「今までもピンチは何回も経験してきた。今後

5年間仕事が少なくても従業員はクビにしなくても

会社経営には差支えない。

それだけの内部保留がある。」と言いきりました。


ボストンバック一つもって田舎から出てきて独立して

大田区でも優良企業としての自負を持っています。

今回の不況は深刻ですがトップの考え方が確りしていれば

必ず切り抜けられると確信しました。


そこでわが身を顧みると・・・・・・・・(猛省)です。














産経抄に書かれている小倉昌男元ヤマト運輸社長

平成17年に80歳で世を去った、

小倉昌男元ヤマト運輸社長の生涯は、いくつもの

「怒り」に彩られている。昭和51年に、日本初の

宅配サービスである「宅急便」を生み出した。


▼全国に配送網を開こうとした矢先、行政官庁の壁が

目の前に立ちはだかる。


▼小倉はひるむどころか、闘士を燃やした。

路線免許を出し渋った旧運輸省(現国土交通省)には

行政訴訟を起こした。クレジットカードの配達サービスに

待ったをかける旧郵政省(現総務省)とも、激しい

論争を繰り広げる


▼経営の一線を退いてから、障害者の自立を手助け

しようと思い立ったのも、「怒り」がきっかけだった。

共同作業所で働く障害者の給料が、多くの場合

1万円程度だと知ったからだ。

給料10万円を目標に、私財をなげうって福祉財団を

設立した。


▼そんな小倉氏が、今回の郵便法違反事件を知ったら

大いに憤慨したことだろう。舞台となったのは、

民営化前に郵政省時代から、因縁浅からぬ日本郵便の

郵便事業会社である。障害者団体に適応される郵便割引

制度を悪用して、大量のダイレクトメールを低料金で発送し、

正規料金との差額を免れる手口だった。


▼障害者の支援事業に対する冒涜ともいえる。事件の

容疑者が、国会議員の名前をかたって、厚生労働省に

圧力をかけた疑いもでてきた。小倉氏は、どんなに

官僚の壁が厚くても、一切政治家の手助けを借りない事を

心情としていた。


▼小倉氏が手がけた事業のひとつが、障害者と健常者が

ともに働く手作りパンのチェーン店だ。アンデルセンの

「みにくいアヒルノ子」にちなんで、「スワンベーカリー」と

名付けた。小倉氏は、自立をめざす障害者を白鳥にたとえ、

その美しい羽を汚す、みにくい心と戦い続けた。

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会社で100名以上の雇用のある企業は2%の

障害者雇用の義務がありますが実際には守られて

いないのが現実です。しかし今でもヤマト宅急便の

仕事場には必ず障害者雇用を実行しています。


私の尊敬できる経営者は小倉昌男氏と


「すぐやる」

「必ずやる」

「できるまでやる」を実行に移している

日本電産の永守重信氏です。






















小倉昌男元ヤマト運輸社長

経営者のなかで一番尊敬している社長は今は亡くなって

しまいましたが小倉昌男元ヤマト運輸社長 です。

           ↑クリックしてください


日経新聞の「私の履歴書」にも登場しましたが

私のセガレが当時広島県にある

アンデルセンの東京本社に勤務していた

時代にさかのぼります。


アンデルセンと同じ経営の高木ベーカリーがお得意先に

間違いなく納品できるシステムを聞く為に

宅急便のヤマト運輸の

小倉社長に講演のお願いしたのがきっかけでした。


ヤマト運輸社長引退後、自社の持株、生活費を除く

ほぼ全額にちかい当時で40億円以上売却して

障害者の更正の為にスワンベーカリーを設立しました。


小倉氏は70歳を過ぎて広島県のアンデルセンの工場で

白衣をきて見習い作業員になってパン作りの勉強をしました。


もちろん特別扱いでパン作りの勉強をしたのでしょう。

あまりにも有名な方でしたので・・・


しかし一部上場のオーナー社長がパン屋を運営するとは

新聞、マスコミも驚きのニュースとして報道していました。


ご存知の方も多いので省きますが当時省庁、

官僚の発想で身体障害者の福祉の扱いを見て

小倉氏は怒り と同時に人間扱いされていない

役人が創った共同作業所に憤慨したそうです。


障害者の給料がたった月一万円程度と知ったからです。


小倉氏は人間並みに月10万円を目標に

アンデルセンの技術でスワンベーカリーを設立して

障害者、健常者共に働ける店を数店舗つくりに成功しました。

その後全国各地の福祉関係者からフランチャイズの

申込みがあったのです。


小倉氏はヤマト運輸の系列会社に席を

置かず(天下りしないで)

その後の一生は障害者雇用のスワンベーカリー事業に

携わりその支援で晩年を過ごしました。


明日も産経新聞の「産経抄」に書かれた事について

ブログ掲載をしたいと思います。














株価の動きが激しくなりましたね。

今年に入ってから中国水務を買い増ししてきましたが

今回含み損で塩漬けしていた七星を全て売却しました。


七星については現地を視察して確認しましたが

その当時は納得し下げたところを数回買い増ししました。

しかしその後未だにパッとしません。


考察団で視察した時に総経理、董事長は欠席、

現地の責任者の説明ではこれから成長する企業と

感じたところに失敗がありました。


当時借入金について私が質問しましたら「借入金は無し」と

話していました。しかし70名近い考察団を迎えて

総経理、董事長も出てこない事に疑問を感じなかった

私の間違いでした。


売った後は気持ちの整理もできてスッキリしました。


昨年11月に買ったアンガン、香港証券取引所も

順調に値上りし完全に底を打ったと思います。

一時、損した銘柄も次第に上がってきたので

今年の秋ごろには日本株ともっと違った動き方で

行くと思います。



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香港シティーバンク、セントラル支店前に張られている

アジテーション、道路に書かれた抗議文、出入り口に

大きな音の拡声器を行内に響く様に取り付けられていて

ビックリしました。


内容はリーマンブラザーズの仕組債権を一般庶民に

詳しい説明無しに売りつけた結果紙くずになってしまった事でした。