愛知٠名古屋市のJR中央線の千種駅前に千種ターミナルビルがある。そこの2階にあるのが「ちくさ正文館書店」のターミナル店であるが、ビルが開業してから40年もの間にわたって地域の方々に愛されてきたこの街の本屋が今月いっぱいで店を閉じるという。

 やはり千種駅の近くにあるちくさ正文館書店の本店は人文書や文芸書、そして実用書を取り扱うのに対し、支店であるターミナル店は雑誌やマンガ、文庫本に文房具、さらに教科書や雑誌も販売していたが、とくに参考書の揃えは群を抜き、近くにある河合塾の予備校生や高校生らはここを「聖地」と呼ぶ程であった。さらに音楽や演劇関係のミニコミ誌も置いてあり、本店と見事に棲み分けがされてあったというが、ターミナル店を利用していた方々からは「ここでよく待ち合わせをした」とか「いろいろ思い出のある本屋なので、閉店は残念」、「毎日のように入り浸り、いろいろな情報を得た本屋」など惜しむ声が相次ぎ、中部大学教授でフランス文学が専門の玉田敦子氏も「河合塾の幼稚園に行っていた幼少期から高校までひたすらターミナル店に入り浸っていた。あの店がなければ、自分の書物に対する愛は育たなかったと思う。今でも研究室に相談に来る学生に対してはターミナル店で参考書を探して勉強するように言っているが、お店の突然の最期には戸惑いしかない」と自らのツイッターでその思いを口にした。

 京都市の恵文社と並び、書店で働く人のメッカとも呼ばれるちくさ正文館であるが、本店の書棚の並びは独特とも言える。それは本店の名物店長である古田一晴氏の考えでもあり、広さが限られた本店に置く本は取捨選択しなければならない。その選び方に古田氏の色が出てファンを作り、店に引き付ける訳であるが、「何が出るか?」だけでなく「何がないか?」も古田氏の個性であり、「他人と違う事をやるから、商売が成り立つ」というこの臨時雇の頃から店に携わり、「名古屋に古田あり」とまで呼ばれた名物店長の言葉そのものと言えよう。

 古くから利用した顧客は「学生の頃は今池にあるウニタ書店の後に正文館へ行き、ついでにシネマテークで映画を見る」と話すが、栄や名駅に次ぐ名古屋の繁華街である今池にあるウニタ書店は人文系で政治関係の機関誌や同人誌を扱うというちくさ正文館とはまた違った個性を持つ本屋である。ここの店長を長く務めた竹内真一氏はシネマテークの理事も務め、古田氏との交流も長かったと聞くが、今池界隈にあるこの共に個性的な店長のいる2つの本屋がある意味で名古屋の文化を支えていたと言っても過言ではない。

 ターミナル店で取り扱っていたマンガや文庫本、参考書は本店で取り扱うが、2階にそれらの売場を設けるという話もある。利用客の中からは「本店の文芸書が圧迫される事が最大の懸念」という声もあるが、活字離れが進む現在のご時世で各地の本屋が店を閉め、ちくさ正文館もその波に飲み込まれてしまった以上はその犠牲も仕方がなかろう。わたしも名古屋にいた時は度々足を運んでいたこの駅の本屋に敬意を表しながら、この話を締める事にする。

(追記)ターミナルビルの1階にはドムドムハンバーガーの店もあり、高校生や予備校生はここで時間をつぶす人もいた。現在はコンビニエンスストアのファミリーマートが入り、時の移り変わりを感じさせる。
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