今回ひたすら掃除ばっかしてます。次回ようやく本題。
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「広い本丸を大掃除するには、三人ではとても手が足りません。
まずはこの本丸の主になるための契約をしていただかなければ」
もっともな事を言ってこんのすけが契約書を(口に銜えて)持ってきた。
一見ただの紙きれだが、ここに署名して血を垂らせば、
本丸周辺が持ち主の霊気で満たされ、晴れて主として登録されるのだ。
気を使って切国が背を向けている(真名は魂の一部であるため)間に署名と血判を終えると、周りの空気が一気に馴染んだ。
こう、実家にいるような安心感。
「これが主の霊力か」
きょろきょろと見回す切国。
続いてこんのすけから出陣の際の指揮や手入れのやり方を聞く。
訓練で習ってはいたが、実践となると話は別だ。
ゲートを操作して行き先の時代を合わせ、切国を送り出す。
その後、部屋に戻って端末の画面を切国のいる戦場へ繋げた。
帰還した切国は深手を負っていて、思わずひいっと声が漏れた。
「切国!しっ止血しないと…」
「落ち着け、俺の本体は刀の方だ。そっちを手入れすれば治る」
渡された刀剣を恐る恐る受け取り、こんのすけに手入部屋に案内してもらう。
そこには、刀剣の手入れ道具一式と一緒に妖精さんが鎮座していた。
彼らは研ぎ師のスキルがインプットされた式神だ。
手入れの仕方は知っていても専門の技術は習得していないので、大部分は式神に頼る事になる。
霊力を込めると、妖精さんはぴょこんと起き上がり、指示を出してくれた。
洗い清めた刀身を柄から外し、油を拭き取って研磨してもらう。
刀剣男士が宿る事で刀身が強化しているらしく、これだけダメージを負っていても手入れで元に戻れるようだ。
戦闘によるレベルアップや錬結、刀装でさらに折れにくくなると聞いたので、大事にしてやろうと思う。
「埃やごみが付着してはヒビの原因になりますので、手入部屋は清潔を保っていてください。
打ち粉、拭い紙、刀剣油は消耗品ですので、補充を怠らないように」
「え…それは、自腹で?」
「今回はこちらでご用意致しました。また、ご入用の際には発注致します。
ただ予算の関係で、経費で落とせる数量に限りがございまして…」
「足りない分は買わなきゃだめなのか…」
その時、横に寝かせておいた切国が起き上がった。
手伝い札で時間を短縮したので手入れはすぐに終わり、傷や返り血などの汚れもすっかり消えてしまっている。
「俺は軽傷程度なら直す必要なんてない」
「そういうわけにも…」
いかない、と言いたいが、今回のように重傷だった場合、ストックがなくて手入れできなくなるという事態は避けたい。
「ケチりたくはないけど、じゃあ中傷になったらすぐ撤退させるから」
「わかった」
油の塗り終わった本体を鞘に戻して渡すと、次は鍛刀部屋へと向かうこんのすけの後を追った。
そこにいる刀工の妖精さんに、鍛刀するための資源を渡す。
配分量はよくわからないので、とりあえず木炭・玉鋼・冷却材・砥石すべて50だ。
鍛刀時間は20分だが、こちらも手伝い札を使えばあっと言う間に出来上がる。
刀には詳しくないので、手渡されたのが短刀だという事しかわからない。
これに霊力を込め、付喪神を顕現させるのだ。
「僕は小夜左文字。あなたは……誰かに復讐を望むのか……?」
現れたのは、暗い目をした子供だった。
と言っても付喪神というのは皆100歳を越えているので、この小夜左文字の中身も見た目どおりではないのだろう。
復讐とか何か物騒な事言ってるし。
刀剣男子が二人になったので部隊を編成し、刀装を作る。
傷を負わせないために金を出したいところだが…
「これでいいだろう」
「よくない、失敗してるから!」
なかなかうまくいかず、消し炭が出来上がった。
何とか出したのは軽騎兵ばかりで、小夜の装備は今日は諦めた方がよさそうだ。
追加の鍛刀で乱藤四郎も来た。
「乱藤四郎だよ。……ねぇ、ボクと乱れたいの?」
「あれっ女の子?」
髪長くて下がスカートなのでそう思ったが、彼女?も刀剣男士と言う事は男だ。
人間じゃないので細かい事は気にしちゃいけないのかもしれないが。
「粟田口吉光の打った短刀だよ。特徴は、兄弟の中でも珍しい乱れ刃。
……どう?結構違って見えるよね?」
正直よくわからないが……可愛いからいいか。
前の二人が揃って暗いので、こういう明るい雰囲気の子が来てくれると助かるし。
それに、今重要なのは彼らの性別じゃない。
「と言うわけで、今から本丸の大掃除に取り掛かります!」
やっと本題に入れた。
時間はもう昼前に差し掛かっていたが、食事の前に段取りだけは決めておきたい。
まず今日使う分だけの生活用具を探し出し、足りない分は発注。
続いて風呂、厠、厨の掃除。
次に手入部屋、鍛刀部屋、刀装部屋。
大広間と審神者部屋は最後だ。
「お昼はどうしようか……出前取ってもいいんだけど」
「主様、お食事の手段はここでは四つございます。
一つ目は自炊、二つ目は城下町で外食。三つ目は端末で注文した出前や缶詰レトルト類、
四つ目は審神者食堂でございます」
「審神者食堂?」
「本部や支部の地下にある調理場でございます。ここでは審神者の皆様方や刀剣男士たちが当番制で数十人分の食事を作り、食券札を使って希望者の本丸へ転送するのでございます」
「食券札……これか」
渡されていた紙の書類と一緒についていた、数十枚の束になっているチケット。
人数分千切って霊力を込めると、たちまちドロンとおいしそうな食事が現れた。
「すごい!何かSFっぽいのと狐に騙されてるっぽいのが混ざった感じ!」
「主様、こんのすけは騙してなどおりません。
確かに、23世紀のテクノロジーと主様の霊力を利用した最新技術ではございますが」
「ごめんごめん、でも当番制かー。私も参加しなきゃだめだよな」
「月に二度、数人の審神者様と刀剣男士で行いますので、労力はそれほどかかりません。
また目的は審神者の皆様が各本丸にて自炊できるようにしていただくためでもあります」
「うーん」
「食券札は格安で購入できますが、当番の日には本丸の人数分のお食事代が無料になります」
「何それ、お得!」
これぞ公務員の特権、超低価格の食堂!
全部で50人もいる刀剣男士は、食費も馬鹿にならない。
本体が刀剣なので餓死はないものの、顕現した時から生きた身体を持っているのだ。
当然、空腹にもなれば力も出せなくなる。
単に体力だけの問題ではなく、恰好品によって士気が上がるとも聞いた。
お供えと考えればわかりやすい。
「ねえ、主。ご飯冷めるよ、早く食べよ?」
ぐう、と腹の虫が広間に響いたので、慌てて皆で手を合わせる。
畑はしばらく使い物にならないし、どうせ当番に参加しないといけないのなら、利用しない手はないだろう。
民間企業よりは良いとは言え、公務員改革で給料を減らされているのだし、無駄な出費は控えておきたいのだ。
昼食後、物置からバケツとブラシと箒を持って、まずは風呂に向かう。
五右衛門風呂だったらどうしようと思ったが(そしてデフォルトでは案の定らしい)
幸い前の審神者が改装していたらしく、タイル張りになっていた。
ただし蜘蛛の巣や黒カビだらけだったが…
水道、ガス、電気はもう通っているはずなので、蛇口を捻ってみる。
しかし水が出なかったので何度も捻っていると、ブッブッと音がして噴射した。
「ぎゃああああ!」
水が赤いので血かと思った。
シャワーに切り替えても同じだ。
叫んで傍らにいる小夜にしがみつくと、こんのすけが周りをぐるぐる回った。
「主様、落ち着いて下さい!恐らくは水道管に錆があるのです。
作業員を呼んで工事させましょう!」
経費で落ちますから、と言われ、その前にすべての水回りをチェックしてからまとめて直してもらう事にする。
厠も和式ではあるものの、現代人に優しい水洗。
水が赤いくらい(夜は怖いけど)いいかと思ったが。
汚いものは汚い。
「ぎゃー!便所虫と蠅が大量発生してるー!!」
厨はありがたい事に業務用冷蔵庫がどんと置いてあった。
が、日本昔話に出てきそうなかまどでは、畑で野菜が取れたとしてもどっちみち使い方がわからない。
「ぎゃー!Gが出たー!!」
ひとしきり騒ぐと、掃除の前に全部屋にバ〇サンを焚く事にした。
一見綺麗に見える部屋にもダニがいると気付いたからだ。
この時、押し入れから引きずり出した布団一式にはカビが生えていて乱も嫌がったので、無事なのを除いてシーツなどは注文する事にした。
「しばらく中に入れないね」
布団を干しながら乱が言う。
ちなみにさっきから喋っているのはこの子だけで、あとの二人は無言で手伝ってくれている。
乱が来てくれて本当よかった……間が持たないところだった。
「ところでこんのすけ、水道が使えない間洗濯はどうする?
カビてないシーツとか洗いたいんだけど」
「水は井戸から汲んでお使いくださいませ。物置にタライと洗濯板もございます」
「いつの時代!?そうじゃなくて、洗濯機はないのここ?」
いい加減、昔の人みたいな暮らしに心が折れそうになっていた。
どうして高給取り(※当社比)の国家公務員が、こんな時代錯誤な事しなきゃならないのか。
いや、何となくわかる。
審神者以上に刀剣男士の、悠久の時を生きてきた付喪神たちの感覚に合わせているのだ。
この人たち、活躍していたのはそれこそ昔話の時代だったし、平和でデジタルな現代では博物館に飾られていたのだから。
和風な家屋で洗濯板ごしごしやる生活の方が慣れているんだろう。
「そう言えば、以前ここを使われていた審神者様が持ち帰らなかった私物を、離れにまとめてお預かりしております。家電製品もあったと存じ上げます」
「まじか、早く言ってよ」
案内された離れは雑草がぼうぼうで所々剥がれている壁には落書きがあった。
「あっこれ別のボクが書いたんだよ。『ボクと乱れよ』って書いてある!」
「うん、君に濡れ衣がないように消しておこうね」
鍵の束から離れのものを取り出して開けると、中は同じく蜘蛛の巣と埃まみれだったが(あとでここにもバ〇サン焚こう)、畳ではなくカーペットで、ベッドやテーブルが置いてあった。
完全に現代の、審神者の生活のための部屋だった。
「すごーい。この家具、外来のものかな!」
「どうだろ…たぶん日本産だと思うけど」
埃を吸い込まないようマスクをして物色する。
「主、これ…」
「おお、掃除機!小夜お手柄!!」
小夜が持ってきた掃除機を調べてみると、型は古いが壊れてはいなかった。
畳に使っていいだろうか……痛むので良くないかもしれない。
しかしだいぶ手間が省けそうなので、ありがたく頂戴する事にした。
「何故だろう…嬉しいとは思えないんだ。こんなの見つけたって、別に……
戦じゃないなら、この恨みは晴れないのに」
「何言ってんの、掃除だって戦争だよ?
しばらくさぼっただけで埃がこんなに積もるんだからね。
掃除機があるのとないのとじゃ、大違いだよ」
「胸の奥に焼付いた黒い澱みは取れるの」
「それはわかんないけど、とりあえず……Gは絶対吸い込んじゃだめだ。
中で繁殖するから、絶対だめ」
掃除機のノウハウについて二人で無駄話していると、洗面所にいた切国が顔を出した。
「主、蛇口と繋がっている箱があったが、あれが探し物か?」
「そう、それそれ!」
洗面台の横にあった洗濯機は、幸運にも全自動だ。
「ここに洗剤と水を入れて、スイッチを押すだけで簡単に…」
説明しながら蓋を開けると、中にGがいたので速攻でバンッと勢いよく閉め、呆気に取られている三人を残して殺虫剤を取りに走った。
「見て、シャボン玉!綺麗だね」
「綺麗とか、言うな」
「僕が見いだされる事になった原因はそんな綺麗なものじゃない。
僕の抱える闇に、みんな美を見出すんだ…訳が分からない…」
洗濯機で一度に全部洗う事はできなかったため、結局は残りのシーツをタライと洗濯板でごしごし洗う事になった。
三者三様、微妙に噛み合わない会話をしながら手伝ってくれている。
その後、部屋を三つ掃除した時点で日が暮れてしまった。
「仕方ない、続きは明日ちょっとずつやるか」
明日からノルマが待っているので憂鬱になっていると、切国が呼びに来た。
「主、風呂を沸かしたから入れ」
「えっでもお風呂はまだ…」
首を傾げながら庭に連れて行かれると、井戸の側にドラム缶風呂があって驚いた。
「どうしたのこれ!」
「蔵に薪と一緒に置いてあった。今日は相当働いたから、風呂に入れなければ疲れも取れないと思って」
「あはは、ありがとう……正直、冷水で体拭くしかないと思ってたよ」
「上がったら広間で晩飯を食おうとあいつらが言っていた。
またあの札を使ってくれないか?」
「了解」
それにしても、薪ってこんなに燃えるものだっただろうか。
ドラム缶の下を覗き込めば、昼間分別したカビシーツの切れ端が見えてなるほどと思った。
「切国、そんなに近付いたら布に燃え移るよ。よく火を起こせたね」
「さすがにその時は脱いだ」
「そんな律儀に被り直さなくてもいいのに」
「見せたら山姥切と比べられるだろう…」
「だから、知らないって」
ゆっくり風呂をいただいた後、広間に戻ると綺麗になっていた。
「おかえりー、簡単にはたきかけて掃除機で吸っただけだけど」
「充分だよ、ありがとう」
「言われたとおり、虫は吸い込まずに殺しておいた」
「本っっ当ありがとう」
食券札を使い、夕食のきつねうどんを取り寄せる。
そこにこんのすけが加わった。
「主様、本日はお疲れ様でございました。
明日からいよいよ本格的に審神者としての任務が始まりますので、しっかりお休みくださいませ」
「こんのすけも本当ありがとう。油揚げ食べる?」
「何と!ありがたき幸せ」
「獣、図々しいぞ」
「主、代わりに僕のを食べて…」
「あー、お出汁おいしー!」
わいわい言いながら食べ終わった後は、こんのすけが使い終わった食器を転送してくれる。
審神者部屋はまだ汚かったので、今日は広間に布団を敷いて寝る事になった。
「おやすみ、みんな」
「おやすみなさいませ主様」
「ゆっくり休め」
「おやすみー!」
「…これからよろしく」
やがてすやすやと寝息が聞こえる中、一人天井の染みをじっと見上げる。
酷く疲れているはずなのに、目は妙に冴えていた。
歴史修正主義者との戦いが始まり、審神者部隊を組織して数年。
まだ数年しか経っていない、はずなのに。
どうしてこの本丸は、何十年も経ったかのように老朽化しているのか。
もしかしたら亜空間の、切り取られた時空で暮らす事が何らかの影響を及ぼしているのか。
深く考え出すと薄ら寒いものを感じ、慌てて首を振って打ち消す。
戦う事は、命を懸ける事だ。
その原因は、何も敵に殺されると限ったものではない。
だとしても国民を、国を守ると決めたのだ。
私は………
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つづく。
この物語は「刀剣乱舞」の二次創作であり、オリジナルの設定が登場します。フィクションですが、元になった自衛官の住宅環境が問題を抱えているのは事実です。
※元ネタ
自衛官守る会
http://yakamochi.org/【注釈】
主人公:特に男か女かは決めてない。
亜空間:二次創作によく見られる「審神者の住む本丸はどこにあるのか」という設定。公式では明言されていない。ゲートを通じて時空を行き来する。
本丸:よくある二次創作では普通の日本家屋だが、「本丸」って言うくらいだから城なのでは…リアルで考えたら用意できるわけがないので、たぶん外観だけ城。増築には課金が必要。
霊力:本丸にユーザー登録、刀剣男士を顕現、式神を操るその他諸々に使われる。審神者になった時点である程度備わっているが、任務についてからも修行等で増強して色々できる…という二次創作を結構見た。
バ〇サン:恐らく未来ではもっと効率的な発明ができているが本筋と関係ないのは既存の製品でお茶を濁す。
※オリジナル設定
本部と支部:本部が「時の政府」の中枢であり、すべてのゲートに繋がっている。支部は地方出身の審神者が利用し、限定された本丸にしか行き来できない。自衛隊の基地と住宅の問題入れようと思ったら、本部だけじゃなあ…と思い作った設定。今思えば、公式で審神者は本丸に住んでいるとは限らなかった。(「主がご帰還なされた」ってセリフもあるし)今回の審神者は支部よりも本部に近く、なおかつ通えない距離に住んでたって事で。
審神者食堂:月に二度、審神者と刀剣男子が現世の施設で調理し、各本丸に転送するシステム。200年後ともなれば結構な事が一人でできなくなってるでしょうが、軍隊であればそこらへんも訓練してるはず。