EPISODE 5 高校編1
というワケで、県立高校にマグレで合格し、無事入学出来た。
で、何らかの部活に入らなくてはならないのだが、音楽の先生に呼び出され、「トランペット吹いてたよね。吹奏楽部に入らない?」と言われた。
内申書で調べがついていた訳だ。
「考えときます」とかナンとか言って、引き伸ばして実際に数日考えた。
同じ頃に、「キミ背が高いねー!バスケット部に入ればヒーローになれるよ!どーだ!!」と、二年生のバスケット部のイカツイ先輩にスカウトされた。
「✨ヒーロー✨」
そのキーワードが魅力を感じ、スポーツ嫌いなクセにそっちに行ってしまった。
顧問が星一徹ばりの熱血漢。
一徹の口癖は、
「何やってんだよー何ぃ!!」
「練習は厳しいんだぁ!!」だった。
しかし、そんな怒号を浴びつつもスポーツはからっきしダメ。
当たり前だが、ずっと補欠。
バカだった💧
そんな一徹だったが、ある日鼻歌唄いながら体育館に向かっていたら、
「お前歌ウマいなぁ!」とすぐ背後から声を掛けられた。
その歌は、テキトーなオリジナルだった。
第一号のファンが一徹(笑)
夏休みの合宿で、バタバタと辞退する人間が居た。
辞めようか考えていた矢先だったので、なかなか切り出せなかった。
が、意を決して先輩と廊下で会った時に、「あのー、実は、、」と言ったら「わかってる、お前もだろ?」と先輩は察していた。
「、、はい、、すみません」
「いいんだ、お前には合わないだろうと思ってたから、いいよ」
そして、夏休み過ぎた2学期の始業式の日に、職員室に行き、音楽の先生に吹奏楽部に入部する事を伝えた。
吹奏楽部は三年生3人、同学年が1人の4人だった(^.^;
入部して初めての日に、音楽室のドアを開けると、部長のKが「おー!いらっしゃい!キミ、今日から部長ね!よろしく!」
え!?いきなり何だ💧
だいたい、ブラバンなら人数少ないからテキトーにすっぽかして帰宅すればいいか。
みたいに甘く考えていたから、地雷を踏んだ感覚。
黒ひげ危機一発で、1本目のナイフで黒ひげが飛び出した感じ。
その日から、吹奏楽部立て直し作戦がスタートするのだった。
〜つづく〜
とりあえず、ではなく本当に自分がやりたい事
人にはそれぞれ、生き方があり、価値観がある。
価値観にそぐわない事は、やめたらいい。
そうやって、価値観も含めて、自分のルールに従っていく。
音楽を長年、地元でやってきて思う。
自分は、自分の価値観でやってきたのか?
自分のルールに従ってやってきたのか?
それを思うと疑問符が残る。
自分がやりたい音楽は、音楽やっている人間には誰にでもある。
やりたい音楽を共に演奏する、そんな仲間に出会えたらラッキー。
しかし、自分が本当にやりたい音楽を地元でやろうとすると、ほとんど居ないに等しい。
だから、妥協するしかない。
演奏者であるからして、ドラムやキーボードが「とりあえず演奏できればいい」
そうやって、とりあえずアンサンブルで演奏していれば、スキルが上がるし、腕も鈍りにくい。
頼まれたら、とりあえず何となく引き受けて、人前で演奏してきた。
だが、それで本当に良かったのだろうか?
今は自宅でひっそりと多重録音をいそしんでいるが、その合間に、
今までは、リハーサルだのライブだのと忙しかったなぁ、いいのかコレで。
などと物思いにふけったりする。
が、
コレでいいのだ!😃
と。
今までは、必要な事だったんだ。
ドラムもキーボードも、それがあったから演奏技術を高められたんだし、講師までやっているじゃないか✨
そう思わなければ、なんのために、誰のために音楽やってきたんだと虚しくなるだけだ。
誰のためでもなく、
自分のためにやってきたんだ。
これからは、自分が本当にやりたい音楽を、やりたい人とだけやっていく。
だから、お声がかからない事は悲観していないし、むしろ自分の時間がやっと作れるようになったことがとても嬉しい😄
仕事としては、そうも言ってられない場合もあり、多少割り切りが必要ではあるけど。
とにかくこれからは、
自分の音楽を大切にしていこう😁
EPISODE 4 中学編
中学生時代は、ブラバンに入ったかと思いきや、部活はネクラな科学研究部。
音楽といえど、大人数と関わるのが面倒臭かったし、ここなら下校時にスルーして帰宅出来るという発想。
幽霊部員でよろし。
エレクトーン教室は、ノブサカ先生が居た所は小学生対象だったので、別の楽器店に移籍した。
が、すぐに辞めてしまった。
習い事は、英会話と数学。
どちらも個人経営の塾。
親としては、バカ息子を何としても公立高校に通わせたかったようだ。
当時、カセットテープレコーダー、日立のパディスコというのを親戚からお下がりのヤツをもらい、夜のエアチェックが楽しみのひとつだった。
同級生達は、サザンオールスターズやアリスなどのニューミュージックを聞いてるヤツが多かった。
オレは、アバやドナサマー、ビレッジピープルなどのディスコミュージック、映画やアニメのサントラをよく聞いていた。
ラジオは、「日立ミュージックハイフォニック」という、ナウな洋楽を紹介する番組を、録音待機状態でチェック。
曲が掛かると一応回して、気に入ったものだけストックしていった。
カセットテープがかなり溜まった。
カセットテープの種類も、クロームとかメタルとか、メーカーは何処がいいかとか拘った。
SONYのDUARDという、金色のラインが入ったヤツが一番お気に入りだった。材質はクロームだったか。
赤いラインのノーマルポジションのはAHFだったかな。
昔は、カセットテープひとつにしても、メーカーも含めて選択肢が多く、電気屋やレコード店に行くのが楽しかった。
データではなく、現物に直接録音するという、手間のかかる作業は、生命を吹き込むくらいの神聖さがあったように思う。大袈裟だが。
手軽に持ち運べて、消去も出来る。
爪を折れば上書き不可になり、プロテクトもOK。
ただ、保存条件により、劣化しやすいという弱点はあり、デッキに絡まったり伸びたりもあった。
そういう不便さは、今思い出すと、当たり前だったし、だからこそ、お気に入りの音楽を大事に保管したり、手間を掛けるのも楽しみとなっていた。
飛ばし聞きや繰り返しも、早送りや巻き戻しボタンを勘で操作していた。
ちょっと待て。
自伝書いてるんだった💧
とにかく、中学生時代は音楽は聞く専門で、たまに自宅でエレクトーン弾くくらい。
中学時代は、味気なく何となく過ぎた記憶しかない。
、、、中学時代というと、ズバリ「中学時代」という名前の雑誌で、表紙がたしか山口百恵で、万年筆が付録で付いてきたよな。
塾通いは成果を感じないほどのバカ頭のまま高校入試、奇跡的に公立高校に合格し、その時だけは親父に褒められた。
ここからはちょっと面白くなるんだな。
〜つづく〜