Gan・riyonオフィシャルブログ『マイ コンプレックス』by Ameba -9ページ目

我が音楽のめざめ

これから、人生の過半数に関わり、時には美しく、時には汚れ、笑いあり涙ありの音楽劇場について、記憶があるうちに書き記していきたいと思う。

幼い頃から、何から何まで出来が悪く、箸の持ち方など、この歳になってもおかしい。

父親からは「まるでダメ男」と言われ、かんしゃくの的になり、いつもビクビクし、泣き虫のいじめられっ子だった。

幼稚園児の頃は、女子にまでいじめられていた。
いじめた女子の名前は今でも覚えている。くみこ。

いじめられた後、「ちきしょー!べんじょくみこ!」と心の中で罵った。
ボットン便所を汲む子供。
我ながらヒドイあだ名だ。

ある日、幼稚園の先生が、「みなさん!大人になったら何になりたいか聞かせて!」と、一人一人発表させる。
という機会があり、
「学校の先生」「警察官」「スチュワーデス」「花屋さん」と答えていき、自分の番が回るのを緊張して待った。

「イワモト君は何になりたいの?」

「えっ!?うーんと、えーと💧」

「はずかしいの?なら、先生にヒソヒソ教えて」

先生の耳元で呟いた。

「みなさん、イワモト君はウルトラセブンになりたいそうです」

(えっ!?みんなにバラスの?)
ショックを受けて泣き出してしまった。

「えー!バーカ!ウルトラセブンなんかテレビだよ!バーカバーカ」
「諸星ダンしかなれないんだよ!バカ」

口々に現実的なヤジを飛ばした。

「でもね、みんな!イワモト君みたいに夢みるのも大事なんですよ!夢があるってステキじゃないかなぁ。先生はそう思います」

泣きじゃくりながら、迎えに来た爺さんのチャリの後ろに乗っかり、帰る幼少期。

小学生になり、泣きべそは若干落ち着いたものの、相変わらずいじめられっ子。

その夏。

よく遊んでいた友達トリオで、Kの母親の提案で、音楽の先生の重鎮、加藤千恵先生の主宰する、加藤ボーカルスタジオに通うことになるのだった。

〜つづく〜



生誕祭


今週末、自分の55歳の誕生日翌日に、ガン55(フィフティフィフティ)というイベントを企画した。

風当たりが強く、批判的な声が高まる中、腰が些か重苦しいのだけど、やります🎵

「呼ばれる方から呼ぶ方へ」シフトチェンジだ😃

これからは、自分の音楽を中心にやっていくつもり✨

今、大事な仲間を呼んで、大風呂敷を広げずささやかにやりたい。
内輪乗り?
文句あっかぁ😀(笑)

じっくりと、聞き応えのある方々ばかりなので、ただでさえイベント目白押しの時期ではありますが、心よりお待ちしております✨

10月26日(土)
17時開場
18時開演
場所 酒田市港座大劇場ホール

チケット1500円ワンドリンク

出演
ganriyon
ガントレット・エナーガーデン
BAGAYARAWs
佐藤あゆ子
Kayoko
大橋シロー
阿部浩二

今まで、そして、これから、、。

港座の前管理人

地元の音楽的父といえる存在。

その人と、ことある毎に音楽の夢を語り合った。
何度も、何度も。

「がんばる人、無茶してでも夢を生きる人には、惜しみなく応援する!港座は、そのための場所」

一度も弱みを見せず、自分の都合など表に出さず、みんなの拠点としての城を護って日夜、訪れる音楽愛好家、アマチュアプロ問わず、誰にでもその想いを注いできた灯台守のような存在。

その師が倒れてからこの数年、地元で頑張る人々の音楽を、もっと良くなるように、カッコよくなるように。
自分の音楽なんかより、頼られ、アテにされることが嬉しくて、あの人の想いを引き継ぎできるなら、と、その活動に重きを置いてきた。
それが、自分としても楽しく、いい音楽がやれていたと思うし、そんな時期だった。

みんなが地元で最高の音楽をやる🎵


それでいいじゃないか😃



ただ、そのエネルギーもいつまで続くワケじゃない。
音楽を一定水準を越えたモノをやるには、精神的な力も消耗するのです。

でもそれは必要なことでした。

関わったみなさんには感謝感謝。

自分の名前は忘れても、みんなこれから活動してくれたらそれで本望。

近い将来、自分はみんなの前から姿を消す。

ガンリヨンはそのうち、居なくなります。

メモリアルとして、10/26に久しぶりに、イベントを企画しました。

アタマの整理がまだついてないけど、

まぁ、まだまだ活動は残ってますから、

やれるだけ、やれるうちに🎵