Gan・riyonオフィシャルブログ『マイ コンプレックス』by Ameba -8ページ目

狭い場所からの離脱

音楽を長年地元で続けてきて、汚れに汚れて孤立してしまった。

これは自分が巻いた種であり、自業自得。
この状況下で、どうやって自分の音楽を続けていくかを考えた。

地元では、今までの関わりを絶ち、自分の音楽を自分だけでやっていこう。

自分の音楽性を皆が求めて、共に活動してはきたものの、自分の為になっていたのかどうか。

確かに、スキルを高められた。

すべてが実験であり、練習。

そう思えば、すべての人達に感謝の気持ちが湧いてくる。

自分の音楽をやるには、地元は世界があまりにも違い過ぎたのかもしれない。

今はネット配信の時代。

それを駆使していけば、今まで以上に表現を発信していける。

形には拘らず、自分のために音楽をやれる時間が飛躍的に増えた。

自分が本当にやりたい事ならまだしも、長年の限られた友達とBAGAYARAWs以外、そうでない事がほとんどのリハーサルとか本番があるたびに、曲を仕込んだり、そういう時間を割いたりの面倒くささを感じる必要もない。

付き合いで仕方なくやるのは精神衛生上もよくない。

それを止めたら、眼前がパッと明るくなった✨

それでいい。

声を掛けられる方から掛ける方へ。

そうシフトチェンジしていけば、要らぬストレスを抱える事も無い。

先を見て歩いていこう✨

EPISODE 2 エレクトーン教室

勉強もスポーツもダメ。

「何の取り柄もない、まるでダメ男」

そう父親からはレッテルを貼られ続けて5年生になった。

そのある日、妹をエレクトーン教室に通わせることになった。
「だったらボクも行く!」と便乗した。

今でこそ、親のマイカーで送り迎えは当たり前だが、当時は教室を運営する楽器店が、ワンボックスの車で生徒を送迎してくれた。

女子の中に男子は自分だけ。

講師は女性のノブサカ先生。

テキストには、メロディとコード、ベースが別れて表記されていて、右手メロディ、左手コードバッキング、左足ベース鍵盤。
それがエレクトーンという楽器の演奏方法。
今のエレクトーンは、打ち込みも出来たり、そうそう演奏技術がなくとも、かなりのクオリティの演奏が出来るようになった。ほとんどシンセ。

当時は、上鍵盤、下鍵盤に、「フルート」「クラリネット」「オーボエ」「トランペット」などと書いてあるノブで、音色をコントロールするしかなかった。

ちなみに、エレクトーンという名称はヤマハの特許で、カワイ製品はドリマトーン、ナショナル製品はテクニトーンと、モノは同じでも商品名が異なった。

通いはじめて数カ月。
一日2時間は弾いていたくらい練習熱心だったためか、自分より早く通っていた女子たちに追いついていた。

「イワモト君は音楽の才能すごいね!ホントに。ガンバったね!」

そのノブサカ先生の一言が、「まるでダメ男」と親から罵られ叱られるだけだった、「どうせボクは何やってもダメなんだ」といじけるだけの心に、太陽のように温かく照らした。

その一言が、それからの音楽活動の力になった。
褒められることの嬉しさを、その時心底感じた。

で、女子の中に一人。
その時に初恋を経験。
まぁ、片思いで終わったけど💔
相手の名前は1つ下の「ミキちゃん」。

岩崎宏美を少女にしたような、妖精的雰囲気。

市民会館での発表会で弾いた曲も覚えている。
自分は「大脱走マーチ」
ミキちゃんは「花はどこへ行った」

妹のは記憶がない。
そのはず、途中で辞めたから(笑)

講師陣のアンサンブル模範演奏は、「およげたいやき君」だった。

人前で演奏するのは、それが最初だった。

エレクトーンを習ったおかげで、コードを覚えた。
お気に入りの曲を、楽譜なしで弾けるようになった。
歌謡曲から映画音楽、アニソンまで、下校して1〜2時間は好き勝手にエレクトーンを弾いていた。

小学校の卒業式。
その謝恩会でも、担任の先生からエレクトーン演奏を頼まれた。

同級生は、ダメ男の知られざる一面を目の当たりにし、「イワモトすげー!やるなぁ!」と口々に羨望と感嘆の意を述べた(笑)

小学校卒業。

そして中学生に。

〜つづく〜





EPISODE 1

小学生トリオで通い始めた加藤ボーカルスタジオ。

地元の声楽界では、岸洋子さんも育てた加藤千恵大先生。

酒田市に残した偉大な功績は、名誉市民になって讃えられてから知った。
小学生で門戸を叩いた頃は、失礼な話だが優しいオバチャンくらいに思っていた。

ソルフェージュに記された音符を、「ドレミドソファミー🎵」と指差しながら音名で歌う。という内容だった。
絶対音感を養うため。だろう。

親に通わされて、仕方なく来ている友達二人は退屈そうにしていたが、自分は楽しかった。

ある日、トリオでボーカルスタジオに向かう道で、
「おい、あんなの行くのヤダからサボろうぜ!」
とコバヤシが言った。
ウンノは、「そうしよーそうしよー!」と同意。
内気だった自分は、行きたかったけど二人に同意してしまい、公園で時間つぶしをした。

終わりの時間を見計らって、コバヤシの家に3人に集合しようとしたら、コバヤシの母親が言った。

「あんたたち、さっき見てたわよ。違う方向から来たわよね!スタジオ行ってなかったの?」

バレバレだった。

「いや、ちがう方から帰ろうって思ったんだよ」とコバヤシが言った。

「ホントなの?イワモト君?」

教育ママゴンなコバヤシ母の剣幕が刺さる。
「どうなの!正直に言って!」

「あの〜、行かないで公園で遊んでた」

「そう、ウンノ君とイワモト君は帰っていいわよ」

コバヤシ宅の玄関から出るやいなや、コバヤシママゴンの怒号が響いた。

それが原因で、スタジオ通いは終わった。

しかし、あの時のメロディを指で指しながら歌う、という経験は、音感が身に付き、音楽が好きになったきっかけになった。
以来、テレビで流れる曲を音名で表すことが出来るようにもなった。

学校での通信簿は、ほとんどの科目が最低評価だったが、音楽だけは卒業するまで最高評価。
人間としてはズブズブのクズ同然だが、取り柄は音楽だけ。
小さい頃から今まで。


加藤先生から学んだ経験は、エレクトーン教室で開花することになるのだった。

〜続く〜