タイトル:ストーカー
著者:アルカジイ&ボリス・ストルガツキー
訳者:深見弾
発行:ハヤカワ文庫
発行日:1983年2月15日
あらすじ
何が起こるか予測のできない謎の領域、ゾーン。
地球を訪れ、地球人と接触することなく去っていった異星の超文明の痕跡である。
その研究が進められる中、ゾーンに不法侵入し、異星文明が残した物品を命がけで持ちだす者たち"ストーカー"が現れた。
その一人のレドリックが案内するゾーンの実体とは?
異星文明が来訪したその目的とは?
ロシアSFの巨星が迫力ある筆致で描く、ファースト・コンタクト・テーマの傑作
「SFならこれが面白かったです」と紹介された本作、
絶版で手に入らなかったので、
いつものこちらのサイトと図書館にお世話になりました。
カーリル | 日本最大の図書館蔵書検索サイト | カーリル (calil.jp)
借りた本だと2017年に発行されていたから、
そんなに古い作品というわけでもないんだけどねぇ……。
(Amazonに在庫あったし、電子なら読める!)
著者、アルカジイ&ボリス・ストルガツキーは、
以前紹介した『ラドガ壊滅』を書かれた方たちですね。
【178】ラドガ壊滅(スオルガーツキ兄弟)(訳:彦坂諦) | 秋風の読書ブログ (ameblo.jp)
処女作(?)だった『ラドガ』に比べて、長編ということもあり読みごたえは◎。
ただ……
これは私の個人的感想だけど、文体の癖的な読みにくさもまぁ…増えてはいる…
前回も感じたけど、『語りきらない世界観』と、『説明しきらない人間関係』。
解釈の幅を持たせてる、ともいえるが、
読者の理解力が試される作風だなぁと感じたね。
そう、そんなこんなで紹介する『ストーカー』という作品、
アンドレイ・タルコフスキー氏が監督した映画から取った訳題である。
小説の原題は『路傍のピクニック』。
訳題も絶対こっちのほうがよかった。
というのも、映画『ストーカー』は小説『路傍のピクニック』を原作とした映画なのに、
ちっとも原作と関係ない作品に仕上がっている。
全く別作品とさえいえる。
なのに訳題を『ストーカー』にしてしまったら……
もう……色々残念である……
―――とりあえず原作小説の話をしましょう。
<ハーモント>と呼ばれる町に突然宇宙から異星人がやって来た。
だが、特に何をするわけでもなく、すぐに帰ってしまった異星人。
彼らが降り立ったその地は様々なよくわからない物が残され、危険地帯となってしまい、
人々はその地を<ゾーン>と呼び、異星人の訪れを<来訪>と呼ぶようになった。
そんな町で、異星人がもたらした謎の物品を命がけで手に入れ、高額で売りさばく"ストーカー"と呼ばれる職業のアウトローたち。
小説はその一人、レドリックを中心とした、ゾーンを巡るお話である。
※ここから盛大にネタバレあり
作品を通して主人公レドリック・シュハルトは歳をとっていく。
冒頭での登場では23歳。
異星人たちの置いていった物やゾーン自体を研究する研究所に勤めている。
この時点でレドリックは"ストーカー"として前科持ち。
一緒に働いている尊敬する同僚キリールが、どうやらレドリックをスカウトして裏社会から引っ張り出してくれたらしい。
研究熱心なキリールは、レドリックから聞いた「ゾーンの中で見た中身の入った空罐」に興味津々。
レドリックを筆頭に、キリールと同僚テンダーの3人でゾーンへと物を回収しに行くことに。
ゾーンの中には研究員たちが重力凝縮場、ストーカーたちが<蚊の禿>と呼ぶ危険地帯や
その他詳細不明の物体<黒い
それは単なる未知の物体であったり、はたまた危険な生き物のように描かれたりもする。
説明なしに進むから、私の理解があっているかもわからない。
ストーカー達には二つ名的なあだ名がついていたりもして、余計にわけがわからない。
脱線した…話を戻そう。
無事帰ってこれた3人だったが、遅効性の罠によりキリールは死んでしまう。
ショックを受けるレドリックに追い打ちをかけるように、彼女から妊娠の知らせが舞いこむ…。
第一章はゾーンが如何に危険な場所かと言う表現が多く、
ゾーンに入ってピリピリするレドリックがナットを投げつつ<蚊の禿>を探したり、
冒険味が強くて面白かった。
第二章。時は進み、レドリック28歳。
キリールが死んだことにより、研究所勤めはやめストーカー職に戻っていた。
明示されたわけではないが、レドリックの子供は先天性の奇形児の様子。
ただ、愛する妻と娘に囲まれ、幸せそう。
家族を支えに危険なゾーンに潜る、ストーカーとしての生活に焦点が当たっている。
章最後には仲間の裏切りにより警察に追われる逃走劇がある。
ハラハラしてここも面白かった。
この著者は疾走感ある文を書くのが上手い。
第三章。視点はリチャード・H・ヌーナンへ。
研究所に機械を下ろす会社の代表で、ストーカーのレドリックとも懇意にしている。
この章ではヌーナンが、ゾーン研究の第一人者ともいえる博士と、
「ゾーンや来訪とはなにか」という会話が焦点。
P198
「(省略)しかし、来訪はどうなんですか?来訪のことはどう考えているんですか?」
(省略)
「ピクニックだよ。こんな風に想像してみたまえ――森、田舎道、草っ原。
車が田舎道から草っ原へ走り下りる。車から若い男女が降りてきて、酒瓶や食料の入った籠、トランジスタラジオ、カメラを車からおろす……テントが張られ、キャンプファイアが赤々と燃え、音楽が流れる。だが朝がくると去っていく。
一晩中まんじりともせず恐怖で戦きながら目の前で起こっていることを眺めていた獣や鳥や昆虫たちが隠れ家から這いだしてくる。で、そこで何を見るだろう?
草の上にオイルが溜まり、ガソリンがこぼれている。役にたたなくなった点火プラグやオイルフィルタが放り投げてある。切れた電球やぼろ布、だれかが失くしたモンキーレンチが転がっている。タイヤの跡には、どことも知れない沼でくっつけてきた泥が残っている……そう、きみにも覚えがあるだろう、りんごの芯、キャンディの包み紙、罐詰の空罐、空の瓶、だれかのハンカチ、ペンナイフ、引き裂いた古新聞、小銭、別の原っぱから摘んできた、しおれた花……」
「わかりますよ。道端のキャンプですね」
「まさにそのとおりだ。どこか宇宙の道端でやるキャンプ。
絶対、訳題「路傍のピクニック」の方がいいだろうがッ!!!
重要な部分なので長い引用となってしまった。
ここで読者が「あ、そういう解釈もできる……!」って
鳥肌立ててタイトル回収という鮮やかなところでしょうが!!
タイトルを!!回収させてくれ!!!
この周辺の会話ではゾーンとは何か、という確信に迫る会話が続く。
来訪時ハーモントにいた住民が移住した先で起こる災害の数、
遺伝子的にストーカーの子供は普通でない、ストーカー自身にも変化がある、など。
この後、ヌーナンはレドリックの家を訪れ、
出所後一ヶ月のレドリックとその妻に会い、
<モンキー>と呼ばれた毛深い娘がほとんどなにも理解できなくなっているのを知り、
<ゾンビ>という、ゾーンにいる寄生型の生命に体を操られているような状態のレドリックの父を見ることになる。
レドリックと妻が過酷な環境にいることを表す、第四章への伏線である。
この時点で、ストーカーへの規制が進み、ゾーンから持ちだせるものはほとんどない。
レドリックには、後がなかった。
そして最後、第四章。
レドリック31歳。
同業のストーカー<禿鷹>のバーブリッジの息子、アーサーを連れ、
バーブリッジだけがありかを知っている、何でも願いを叶えてくれるという<黄金の玉>を探しにゾーンに訪れていた。
アーサーは父・バーブリッジがゾーンで失った脚を治すため、
レドリックは――多分、すべてを変えるために。
第一章よりもゾーン内の過酷な冒険描写。
そしてやっと見つけた<黄金の玉>。
アーサーは<肉挽き器>の生贄にし、ついに、レドリックは<黄金の玉>の前へ。
P285
(省略)だが、もしおまえが、本当に全能で……全知で……なんでもわかっているんだったら……自分で解いてみろ!おれの魂を覗いてみるんだ。おまえに必要なものが全部そこにあるはずだ、おれにはわかっている。必ずそうだ!おれは一度だって誰にもこの魂を売り渡したことはないんだぞ!これはおれの魂だ、人間の魂なんだ!
さ、そっちで勝手におれが望んでいるものをおれから引きだしてみろ、おれが悪を望んでいるわけがないんだ!……そんなことはどうだっていい、おれはなにも考えることができんのだ、やつが言ったあのガキっぽいことばしか……
すべてのものに幸福をわけてやるぞ、タダだ。だれも不幸なままで帰しゃしないぞ!
物語はここで幕を閉じる。
レドリック自身、過去も現在も未来もかなり参っていて、
望むものが根本的かつ莫大で、抽象的で、具体的なものはなかったのではないかと思う。
学がなくまともな職業につかなかったことを悔やんでいたし、
娘はゾーンの影響で余命幾ばくか。父親もゾーンに<ゾンビ>にさせられてしまった。
もうストーカーとしても将来性はなく、他の土地に移住しても――
この狂ったような最後に、やけくそ的に「すべてのもの」の幸福を願ったのは、
印象深い締めだったね……
基本的にはレドリック、第三章だけはヌーナン視点で、
とにかく不平不満の零れまくっている一人称視点寄りの物語だった。
それも理路整然とした心理描写ではなく、もっとリアルで、
「そんなことはどうだっていい……」とか「ま、いいだろう」とか、
独り言のような心のセリフが多く登場する。
P293(重版にあたって)(大野典宏)
ストルガツキー兄弟は、自らの作品を非常に大切にした作家で、出版の機会があるごとに、各作品に手を入れていた。同じ年に出版された同じ作品であっても出版社が違うと細かい修正が入っていて、時には段落単位での挿入や削除が行われている。
訳者は「深見弾」となっているが、重版にあたり訳を軽く手直しされているようだ。
なので、深見氏の訳がほとんどではあるが、
訳者:大野典宏でもある、ということは記事に記載しておく。
考察しがいのある作品であった。
個人的な好みの問題で、多少文体との相性はあるにせよ、
広がる世界観と、苦悩に満ちながらも決断する、という作風は好ましい。
読んでよかった。
で。
問題は映画『ストーカー』ですよ。
まるで別作品です。
登場人物は、ストーカーの男、学者、作家の三人。
ゾーンで<黄金の玉>を探す、というストーリーで、ストーカーの男の妻と娘も登場する。
娘には超能力があり、言葉は話せず自力では歩けないようだ。
公式が公開しているので、下にリンクを貼っておく。
Stalker | FULL MOVIE | Directed by Andrey Tarkovsky (youtube.com)
ロシア語音声、字幕は英語で、
自動翻訳しても多分時代的に訳せない(差別的な用語?)があったりで、
ちょっと腰の重い映画だった。
私の耳が悪いのか、誰が話しているのか聞き分けが出来ず、
さらに相貌失認のせいで3人の顔の見分けがまるでつかないのよね……。
なので、一通り見たけれど、多分一割も理解できてない。
だけど原作とまるで違うのはわかるんだから、相当違う。
原作者が納得しているのならいいのだけれど……
もちろん海外の作品の扱いや、時代が異なるのを無視するわけではないけれど、
「セクシー田中さん」の問題もあったりで、
原作と全然違う作品、はどうなの?と思わなくもない……
前科は「セクシー田中さん」だけにあらず 調査書公開で分かった「日テレがヒットドラマを作れなくなった理由」(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース
ただ、ストルガツキー兄弟は、
映画『ストーカー』よりも原作からかけ離れてしまった『願望機』という一案を、シナリオとして発表してもいる。
作品を何度も修正するあたり、「作品は納得いくまで書き直す」「こうでなければならない」という感じかと思いきや、恐らく時代や出版社のターゲット層に合わせて、柔軟に対応なされた結果の修正ではないかと思う。
そうだとしたらかなり寛容で、
原作とはかけ離れてしまった『ストーカー』や『願望機』も、
それはそれで一つの可能性や別作品としてゴミ箱に放ることなく世に出したのだから、
物造りをする人間の大変さをよく理解している、大らかな方たちなのだろうと。
これも多分だけれど、表現規制の厳しかったソ連で育ったから、
作品で明示を避け、他人の解釈に任せ、それも解釈の幅も寛大に容認する、ということなのかなって。
まぁ、色々思いましたね。
全く別作品として見れば、映画『ストーカー』も、ゾーン内だけはカラフルで表現され、
劇中で三人の中に精神的な成長などもあり、メリハリついた良き作品だと思う。
本当に、声の聞き分け、人間の見分けがつかないのと、
訳がもろもろ怪しいのが残念でならない。
(どうにもならないレベルで本当に聞き分けができなかった。字幕に色が欲しいとおもった…)
さて、長くなってしまいましたが、
是非小説『ストーカー』をお読みください!
TOP画は以下からお借りしました!
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あんまりこの作品に雰囲気や文体が似ている物出てこなかったなぁ。
他にもおすすめの物語があれば教えて下さいね!
それでは素敵な読書ライフを!