タイトル:ソビエトS・F選集4 ラドガ壊滅
著者:スオルガーツキ兄弟
訳者:彦坂諦
発行:大光社
発行日:1967年5月1日
※著者名に表記ブレがありますが、基本的には表紙に書かれた表記、
あとがきからの引用にはあとがきで書かれた表記でお送りします。
あらすじ
物理学者の星、
世界最高峰の頭脳を集め、彼らは四十年もここで『ゼロ輸送(瞬間輸送装置)』の実験をしていた。
そんなある日、『ゼロ輸送』の副産物たる有害な『波』により、虹星に暮らす人々はこの星からの脱出を迫られることになる。
しかし虹星からの脱出船に全員は乗れない。
誰を乗せ、誰がこの滅びゆく虹星に残るのか――…
『SFのモラリスト』と呼ばれたストルガーツキ兄弟が贈る、壮大なテーマを抱えた処女作。
ソビエトSF選集3巻に当たる『ラドガ壊滅』。
こちらも絶版状態なので、
以下の図書館蔵書サイトから検索をかけて是非読んでいただきたい。
カーリル | 日本最大の図書館蔵書検索サイト | カーリル (calil.jp)
著者の情報はこちら↓
兄弟で作品を作っている作家さん。
率直な感想を言うと、実はこの作品を読むのは2度目。
一度目は多忙な時期と重なり、
また世界観の説明がややこしいやら、登場人物が多くわかりにくいやらで
途中で放り投げてしまったのです。
導入少し読んで、「面白いか…?」って思ってしまったのも、正直なところ。
で、今回全部読み切っての感想。
読んでよかった。
あらすじにも書いた、『誰を救うのか』という、トロッコ問題みたいなテーマ。
この最終的な課題に行きつくまでにも、
緊迫した状況で人々は何を考え何を選択するのか、という心理が描かれていて、
とてもよかった。
ただ…個人的に、ロシア圏の登場人物の名前に馴染みがなさ過ぎて、
複数人登場して、挙句愛称で呼び方を変えたりとか、
ファーストネーム、ファミリーネームとかも混在しているので
「え、誰でしたっけ…?」って混乱はあった…。
まぁ、もちろんそれは私の脳みその問題ではあるのだが…。
P136
何か異常な静寂。
火のような暑さ。
太陽は、とりわけあかあかと輝いているようだった。
それは、地球上での、夕立前のあの一瞬、すべてが静まりかえって、太陽はまだくまなく照りつけているが、空の半分はすでに暗青色の分厚い雲に覆われてしまった、ちょうどその一瞬のようであった。
この静寂の中には、何かしらとりわけ不吉な、見慣れない、あの世のものといってもいいほどの気配があった。
というのは、ふつうなら『波』が襲ってくる前には、あらかじめ、暴風と無数の稲妻の先触れがあるものだったからである。
どことなく不気味、という雰囲気をこれほどわかりやすく表現するとは…。
確かに夕立の前って、ぞわぞわするよね…。
P181
世界は突然、単純さと明晰性を失った。
真実と偽りとを見分けることがむつかしくなってきた。
子供の頃からよく知っている、正直この上もない人が、相手を元気づけ、安心させたいと思うばっかりに、やすやすとウソをつくこともありえた。
が、ものの二十分も経たないうちに、もう、同じ男が、なるほど『波』は生命に危険ではないが、人間の精神活動を決定的にそこなって、太古の穴居生活者並みの水準まで後退させてしまうだろうなどというばかげたうわさを聞きかじってきては、意気消沈、すっかりゆううつになって背をかがめている姿が見られるだろう。
ただ待つことしかできない人々は想像を膨らまして憶測を飛ばすことしかできなかった。
それがいつしか嘘の噂となって、お偉いさんたちへの不信感を募らせて。
コロナウイルス(COVID-19)が流行しはじめたときを思い出すね…。
何が本当か、何がデマかの判断が難しくなる。
でもそれにしたって、
「え?そんなこと信じる!?」みたいな話まで陰謀論者たちによって捏造されて…
酷い話だよ。
「ワクチンを打つと不妊になる」とか。
「ワクチンを打つと寿命が〇年縮まる」とか。
ワクチン出回ってから年数経ってないのに、そんな実験データあるわけないだろ。
面白話では「5Gを受信する」とか言っていて、
もうお前は既に宇宙人と交信してそうだから黙ってろ、と思ったね。
これは本当ですか?|新型コロナワクチンQ&A|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
こんなことに付き合わされる行政が可哀想でならない。
P191
「(省略)道徳上の主題に関する議論というものは、常に、極めて困難、かつ不愉快なものです。
こうした議論では『そうしたい』とか『そうしたくない』、『好ましい』、『好ましくない』などという、純粋に情緒的な言葉が、あまりにしばしば、われわれの理性と議論を妨害するものなのであります。(省略)」
科学者たちの命の価値は重い。
積み重ねた経験や、体験を元にしたデータは何ものにも代えがたい貴重なものだ。
しかし、
子供たちを見捨て、頭脳を活かすか。
その決断は『正しい』か。
だから私は道徳的な話は好きではないよね……。
個人の感情に依存するせいで、判断がぶれる。
単純に、『法律に触れているか否か』『損得』で物事を判断したい。
感情邪魔だな、と思う事は多い。
P192
ラモンドゥアは、ここで言葉を切り、顔をあからめ、肩をおとした。
詩の静寂が町中をおおっていた。
不意にかれは言った。
「生きたい、何とかして生きたい。それに、子供たちが……わたしには二人います。男の子と女の子です。かれらは、あそこの、公園に……わからない。決めてください」
最高権力者がうな垂れて、誰を救うべきかを群集に問いかけたこのシーン…。
著者たちの生い立ちや時代的な背景を考えると、とてもつらい。
※以下、ネタバレあり。
結局、子供たちとそれを世話する何人かの必要最低限の大人を積み込み、
脱出船は
脱出船に乗ることになった、最年長の子供たちは自らが乗ることを拒む。
自分たちよりも、他の大人を救った方がいい、と。
P219
「第一に、きみたちはまだ発言権をもっていない。
きみたちはまだ学校を卒業していないからです。
そして、第二に、良心を持たなければいけない。
もちろん、きみたちはまだ若いから、英雄的行為がしたくてたまらないのです。(省略)」
脱出船の船長は子供たちを黙らせるためにぴしゃりと容赦がない。
大人になった今。きっと、同じ立場なら私もそう言う。
けども、もし私が乗せられる子供側だったらたまったものではない。
大人の都合で自分の意思が無視されるなんて、とんでもない話だ。
P231
夕暮は美しかった。
左右からゆっくりと青空に向かってのびていく黒壁がもしなかったら、それは、ただすばらしく美しい夕暮であったにすぎないのだが。
静かで、透明で、適度に涼しく、ばらいろの日光が斜めにさしこんでいた。
大通りに残った人かげは、次第にまばらになっていく。
最後の瞬間、滅びゆく星で、残された人々は静かに過ごし、
唄を口ずさむ。
P240~
黒い波 よこしまな
情けしらずの災厄が
胸もとに ひたとせまったとき
きみは ほこらかに 頭あげ
蒼穹の かなた みつめ
旅をつづけた……
……きみは ほこらかに頭あげ
蒼穹の かなた みつめて
旅をつづけた……
怪獣17Pでもあったけれど、あの時代、人々の心を支えたのは
唄だったんだなって。
最後に。
P244(あとがき)
袋一平氏が「SFのモラリスト」と名づけられた作者の作品たるにふさわしく、ここでも「その主人公たちは理性と人間性という最高価値がためされる歴史の岐路に立っている」。
透徹した「理性の論理」と、「人間であること」というより「人間であろうとすること」との相剋から生まれるこの「悲劇的シチュエーション」において、作者の思想がいずれの側に力点をおいて両者の統一をはかろうとしているかは、おのずから明らかであろう(袋一平「最近のソ連SF」、早川書房刊「SF入門」所収参照)。
重いテーマで他にも書いているようなので、これは是非読んでみたいね!!
本編、決断のシーンで、
「われわれの、未来は、それは子供たちです」(P195)
と言い切ったのは、よかった。
私は、遺伝子を次の世代に託せはしないけども、
意志というか、人類の一個人として、未来を子供たちの為によりよく残していきたい。
TOP画は以下からお借りしました!
幻想的な惑星のイラストイラスト - No: 1637009|無料イラスト・フリー素材なら「イラストAC」 (ac-illust.com)
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(主人公がアパートに火を放つシーン、とてもよかったなぁ)
他にもおすすめの物語があれば教えてくださいね!
それでは素敵な読書ライフを!!