タイトル:ソビエトS・F選集5 夕陽の国ドノマーガ
著者:イリヤ・ワルシャフスキー
編訳:草柳種雄
発行:大光社
発行日:1967年9月25日
ソビエトSF選集5巻に当たる『夕陽の国ドノマーガ』。
こちらも絶版状態なので、
以下の図書館蔵書サイトから検索をかけて是非読んでいただきたい。
カーリル | 日本最大の図書館蔵書検索サイト | カーリル (calil.jp)
18個の短編小説を収録した本書。
すべて独立している物語だけども、章のように3つに分類分けされている。
『永遠の問題』は神話や哲学を中心にしたSF、
『夕陽の国ドノマーガ』は、人類が衰退し荒廃した世界の話が中心、
『SFパロディー』では、シャーロック・ホームズ他2作品のパロディがSF調で描かれている。
18のあらすじはさすがに書けないので……
以下、それぞれタイトルと、印象深かったものは★。
■永遠の問題
●賭け(P6~)
●環状珊瑚島(P13~)
●シンポジウム(P23~)
●生体電流、生体電流(P35~)
●仮面舞踏会(P40~)
●葛藤(P49~)
●蛇の実(P55~)
●サーシュカ(P63~)
★無への旅(P80~)
ラヴクラフト全集4が好きな人は気に入ると思う。オチまで素晴らしい。
■夕陽の国ドノマーガ
★幻影(P116~)
アンドロイドは電気羊の夢を見るか?が好きな人は気に入ると思う。
●裁判官(P129~)
●最高機密(P133~)
★すみれ(P167~)
幻想的でとても好みだった。地下で暮らし、太陽も植物も貴重となった世界。
●夕陽が沈む(P182~)
★遺産相続人(P192~)
世界に老人と機械だけが取り残されてしまった。とても切ない。
■SFパロディー
●シャーロック・ホームズ秘話(P204~)
●ジャンブリ(P211~)
●不死の宮殿(P226~)
■訳者あとがき(P232~)
P92(『無への旅』)
「(省略)何と説明したものかな、つまりだな、空間はつなわち、われわれがいつも≪物質≫という言葉で意味しているところのものなのだ。だがここで一番大切なことは、実際の空間は存在し得ると同時に、存在し得ないということだ。
つまり、あると同時にないのだよ」
こういう、屁理屈(失礼)みたいなお話大好き。
もちろんこのお話はフィクションだけども、
もはや現代の科学は進歩しすぎてよくわからないよね……。
いまさら聞けない、「クォーク」とはいったい何なのか…「厄介な素粒子」と呼ばれる理由(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース
原子の中の、原子核の中の、陽子や中性子の中の―――クォーク?
ある、と思う。存在しないと理屈が合わないから多分ある、というのは、
今の最先端科学ではきっとゴロゴロしている。
そのうちに、本当に『あると同時にない』状態が照明されるかもしれない。
(宇宙物理学とかはもうその域に達しそうだよね)
P92(『無への旅』)
「(省略)鏡に自分の姿をうつしてごらん。君の前にあるのは、君自身の姿だと信じて疑わないよね。けれども、よく注意して見ると、鏡にうつった姿は君とまったく共通点を持たないことが、わかってくる。君が鏡に見ている人間は、心臓が右にあり、肝臓が左にあるのだ。君が右手を振ると、鏡の中の君は左手を振る。(省略)」
そっくりといっても過言ではない(というかそうでないと困る)鏡の中の自分だけれど、
言うように、実は真逆なのだから面白い。
【高校化学】「鏡像異性体」 | 映像授業のTry IT (トライイット) (try-it.jp)
(↑ちょっとニュアンス違うけど、これも面白い)
P174(『すみれ』)
「ほらここよ」と、先生は鉄のドアをすこし開けた。「ひとりずつ入りなさい」
子供たちは、薄闇のなかから明るい光のなかへ急に出たので、びっくりして眼を細めた。ニ、三分もすると、なれて、面白そうにまわりを見まわし始めた。
(省略)
長い長い井戸。かれらはいまその底にいるのだ。
そこではすべてのものが、太陽に満たされていた。
上方から落ちてくる光の流れは、エレベーターの昇降口の壁を、黄色い炎に変えた。
小さい噴水の小さなしぶきに、虹をかけた。
またそれは、しめった土から重たく濃密な湯気を生じさせた。
このお話、めちゃくちゃ好みだった。
ほとんど人工物となった世界で、
社会科見学として小さな子供たちが地下の『保護区』に向かう。
エレベーターはどんどん下に下りて行って、
光も匂いも、いつも暮らしている地上とは異なる別世界に、不安が掻き立てられる。
暗くて不安のなか地下に辿り着い、鉄扉を開けた先は―――
暖かさのある光に、湿った土と植物の香りが満ちる空間。
五感を刺激される、洗練された美しいシーンで、感動したね。
ここのシーン、とてもお気に入り。
P194(『遺産相続人』)
「また来たのか?」
「ああ」老人はすまなそうに答えた。
「なぜだ?」
「ここは暖かいからね」
老人はだまそうとしている。機械をだまそうとしている。自分自身をだまそうとしてりう。(省略)
「なぜ、おまえは暖房装置のスイッチを入れないのだ?」
「動力を節約しなければいけない」
「おれのためにか?」
「ああ」
「ばか!反応炉はからまわりしてるも同然じゃないか」
「わしには、この方が気が休まる」
「ひとりぼっちになるのが、こわいのか?」
「こわい」
P197(『遺産相続人』)
人気のない街路は、雪化粧をしていた。
このため、歳は薄化粧を施した死人のようであった。
雪は折れ曲がった枯れ木の幹に積り、雪は公園の生気を失った褐色の土の上に積もっていた。
そして、雪の下には、恐ろしい黒い灰が埋まっていた。
(省略)
それは椅子の上、浴室のなか、かつて生きている肉体が存在したすべてのところに、残っていた。
誰もいない世界は、本当に静かなんだろうな、と感じる一節。
不気味さもあるのだけど、静謐な印象のほうが強かった。
荒廃した誰もいない世界を、初めて美しいと思った。
あらすじや引用が無粋になるくらい、一つ一つのお話がとても短い『夕陽の国ドノマーガ』。
私がごちゃごちゃ感想述べるよりも、実際に読んでほしいなと思う一冊だった。
そして、ここまで紹介してきた「ソビエトS・F選集」のうち、唯一手に入れた本だ。
そのくらい気に入った。
(本当は全巻揃えたいんだけどね……)
兎にも角にも、是非!
『夕陽の国ドノマーガ』の章だけでも読んで欲しい!
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