タイトル:ソビエトS・F選集1 怪獣17P

著者:ナターリア・ソコローワ/リンマ・カザコーワ

訳者:草鹿外吉

発行:大光社

発行日:1967年2月10日

 

 

 

 

様々な巡り合わせがあり、しばらくの間、

本書をはじめとする『ソビエトS・F選集』に関する記事を立て続けに記載させていただこうと思う。

 

残念ながら、選集1~5のいずれも絶版となっており、非常に入手困難ではあるが、

以下の図書館の蔵書検索サイトで検索すれば、

かろうじてまだ読める可能性があるので、

もし当記事で物語が気になった方は、是非実際に手にとって読んでいただきたい。

カーリル | 日本最大の図書館蔵書検索サイト | カーリル (calil.jp)

 

 

 

また、当記事で紹介している『怪獣17P』と、

Amazonリンクの『旅に出るときほほえみを』(こちらが原題)は同じ物語である。

(ただし『怪獣17P』収録されているリンマ・カザーコワの『実験』は収録されていないだろう)

 

 

 

あらすじ 

『人間』が怪獣をつくりだした。

合金の骨格に緑色の人工血液、生肉を動力源とする鉄製の怪獣17P。

『人間』が人類の可能性を広げるために作った、『痛み』の分かる怪獣。

『人間』はおとぎばなしのような"地下の国"をつくりたかった……。

しかし時代は独裁政権。

戦争に踏み切ろうとする国家総統に誰も逆らえず、やがて怪獣は兵器として使用されそうになり――。

ナターリア・ソコローワ著の原題『旅に出るとき ほほえみを』と

リンマ・カザーコワ著の『実験』を収録したソビエトS・F選集第1巻。

 

 

 

 

 

 

なんというか、すごく『ロシアっぽい』作品だった。

訳者あとがき(P225)から、著者に関する内容を引用させていただく。

(インターネットに情報がないので、長くなるが記録用として)

 

P232(訳者あとがき)

作者ナターリヤ・ソコローワ(1916~)は、1938年にゴーリキイ文学専門学校を卒業後、批評家、ルポルタージュ作家として文学の道に入った女流作家、1965年「ソヴィエト作家出版所」から「幸福なる干渉」と題する作品集も出版しており、これには中篇「かなたからきたもの」というSF的作品もおさめられている。

本作品は、1965年のアンソロジー「ファンタースチカ」第三巻よりとらせてもらったもので、作者自身はこれを「物語的、幻想的中篇小説」と称している。

 またリムマ・カザーコワ(1932~)は、元来は女流詩人、ソ連の大衆雑誌「青春」や「文学新聞」に作品を発表。これまでに処女詩集「東洋での出会い」(58)詩集「あなたのいるところ」(60)「詩集」(62)その他が出版されてる。若々しい感覚と自己表現、そして建設の意欲にもえた女流詩人として、多くの読者を得ている作家である。なお短篇「実験」も前掲のアンソロジーからとらせてもらった。

 

 

1924年から1953年は、スターリンによる独裁政権の時代である。

とくに1930年~1940年代にかけては文学者や芸術家たちも政府の粛清の対象となり、

政治の批判とみなされれば殺害や流刑、投獄の危険があった。

多くの文学・芸術作品が政府からの圧力を受け、削除や改訂、発表禁止などの不遇を受けたとされる。

 

 

そんな時代を生きた女性作家・女性詩人の書いた物語である。

『怪獣17P』には、『実験』も収録されているが、この作品はわずか21ページばかりの短いお話のため、当記事は断りのない限り『怪獣17P』から受けた印象を記載させていただく。

 

 

 

 

 

 

SFとはいうが、やはり政治批判的な印象が強い作品であるのは間違いない…

骨組みだけ、『怪獣』という機械だけがSF要素であり、あとは『人間』が政府のやり方に苦悩している物語だ。

街中で起きるストライキ。政府からの鎮圧で死んだり投獄された人々。

誰もかれもが将来を嘆き、戦争を推し進めようとする総統に反対と声も上げられず屈していく。

平和的な目的で作った怪獣が、戦争の道具として使われる危険が訪れて、

『人間』はとうとう、誰も言えなかった「反対」という言葉を口にした。

彼は『忘却の刑』に処され、名前を剥奪された。

誰も彼の功績を思い出さないし、名前を口にするのも禁じられ、彼は国外追放だ。

だから『人間』。

名前は出てこない。

彼だけでなく、他の登場人物も皆、職業名で呼ばれる。

忘れ去られた人々で、なかったことにされた『時代』の話だからだろう……。

ソ連のあの時代、一体いくつの意見と命が闇に葬り去られたのか…。

全部死人に口なしでなかったことにされた。

この作品は、そういう社会風刺的な色がとても強かった。

 

 

それでも、作者はポップな感じに仕上げたかったのだろう。

物語のはじめだけ、読者に語り掛けることが何度かあった。

 

 

P10

あなたがたはいうにちがいない、そんなことがあるもんかい、と。

そうあわてて、きめこまないでいただきたい。

最初にはっきりおことわりしておいたはずだが、この話は、いささかおとぎばなしめいてはいる。しかし、おとぎばなしがうそ八百とはかぎるまい?

ことの起こりは……さて、どこといえばよかろう?

よく「ある王さまの国で、ある国で」などというものだが。

わたしは、もう少し正確にいわせてもらおう。ことの起こりはヨーロッパである。

(省略)

「ヨーロッパ」という名称は、フェニキア語の「エレブ」もしくは「イリブ」から生まれたもので、日没を意味している。

 

 

もしかしたら、過去の検閲の恐怖が残っていたのかもしれないと思うと胸が痛い。

 

ちなみにこの17Pというのは17番目の試作という意味らしい。

邦題から『17』に意味があるのかと疑りたくなるが、作中では『怪獣』という表記になっているため、あまりこの番号に意味はないものと思われる。

 

 

 

P16

(省略)

かれの好きなのは、数式に子どもたち。それも、よその子どもたち、すき腹をかかえながらも元気のいい手足のよごれた子どもたち、港におりる石段で遊びたわむれ、通り道をふさいで通行人の邪魔をする子どもたちである。

かれは、よその子どもたちを愛している。かれには、自分の子はなかった。

それに、まだかれの愛しているものがあった。かれから家庭や子どもをとりあげたもの、すべてを洗いざらい奪い去ったもの、つまり鉄製怪獣17Pである。

 

怯えながら大人の顔色を窺う子どもたちではない。

のびのびと遊べる子どもたち。

 

 

 

 

P22

計器板の飢餓標示は、しだいに赤い色を濃くし、真紅から赤紫色に変じていった。

それはもう、叫びだしたいくらい恐ろしい様相を呈していた。

『人間』は、生肉を切るための大きな切断機の方を向くと、調理台のナイフの真下に左手をおいた。

リレーのはげしくはじける音。

「やめろ」と、金属的な声がいう。「そんなこと、するな」

『人間』は、動こうとしなかった。

「そんな必要はない」ゆっくりと区切りをつけて、リレーの声。

『人間』は手をひっこめた。

 

極限深度沈下における咆哮ハンドルの試験中――ようは深く地中を掘り進んでいるときに、怪獣の燃料となる生肉がなくなってしまった。

『人間』は1度目の制止では思いとどまったが、結局怪獣が血だらけで走行するのに耐えきれず、その後すぐに自らの左腕を切り落とした。

 

 

 

P41

例の事故が起きたとき、『見習工』は真っ先に、パラシュートで山岳地帯に降下し、とがった玄武岩の山々のいただきや細長くつき出た石のかたまりなどのあいだをまわって、衰弱しきった怪獣をさがし求めた。

かれは、『人間』の頭を自分のひざの上にのせて、包帯をまいた。

そして注意ぶかくたくみに包帯をまきながらも、とりとめのない悪口を、ひどくエネルギッシュな調子でいいつづけていた。

「畜生め……百回もいってあるのに……緊急予備があるのに。深いところにもぐりすぎちゃ、絶対にいけねえんだ!気狂いざたさ。まったくの狂水病だ!年よりの気まぐれ野郎が!地下にもぐるのは、おれの方がいいんだ。なんだって、あんたは、このおれを地下にいかせねえんだよ?あんたは、むだめしくってりゃいいのさ。あんたは筋肉炎で……血管が……」

かれの唇には、いつもの皮肉な微笑はなかった。

唇はゆがんで、ぶるぶると震えつづけ、涙が、本当に心の底からこみあげる涙が、つぎつぎとほおをつたわり、とがったあごをすべり落ちていく。

 

 

 

P47

かれは立ちどまると、手すりに肘をついた。

そして、上衣の襟をたてる。

大きな雨のしずくが、ぽつりと落ちてきた。

だが、かれの外套は車の中だ。

下を見ると、真っ暗な繋船場のはしからはしへと、ぱっとあかりの線が走って、灯がともった。

『見習工』は、『人間』のからっぽの左袖に触れると、不意にいたわるようにいった。

「先生、かぜをひきますよ。そんな格好で、立ってちゃいけません。ぼくのレインコートを着て下さい」

 

悪戯好きでサボり魔で、嘘をつき口も悪い『見習工』だが、

『人間』との間の、親子のような愛情深いつながりは本物だった。

 

 

 

 

 

P61

あなたがたはいうだろう。

「こりゃどういう物語なんだい?至るところ政治のはなしばかりじゃないか。それに、話全体がひどく陰鬱で悲劇的だ。読むのがつらいよ」と。

どうにも仕方がありません。

現代の物語。

二十世紀のおとぎばなしは、そうやすやすとは読めない。

しかも往々にして、悲劇の物語なのである。

 

 

 

P68

旅に出るとき ほほえみを……

(省略)

あんまり背嚢につめるなよ。

いちんち

     ふつかや

           三日じゃない――

                       二度と帰らぬ旅だもの。

旅に出るとき ほほえみを、

いちどや

     二度や

          三度じゃない

                  旅は哀しくなるものさ!

 

いまどきだれも、こんな歌をうたっていない。もう忘れられてしまった歌だ。

 

『見習工』が怪獣に教えた、怪獣の好きな歌。

 

 

 

 

 

P144

「忘れることが必要なんだ。

おまえは、これからわたしのすることを、忘れなければいけない」

ちょっと間をおいてから、怪獣の声は、いつものように正確に、冷静に答える。

「しかし、わたしには、忘れることはできない。そういう能力は、おれにはあたえられていない。おまえは、知っているはずだ。おれは、忘れることも、誤りをおかすことも、できないのだ」怪獣の体内で、なにものかが、ざわめくように息をついた。「おれは、人間とくらべて不完全なのだ」

「おまえは、痛みを知っている。痛みを知ることのできるものは、なんでもできるはずだ」

 

戦争の兵器として使われる可能性の高い、怪獣の一部の機能を隠すため、『人間』は怪獣にこれから行うことを黙っていることを命じた。

圧政に対し、「反対」と発言した直後のことだ。

もう『人間』に時間はなかった。

 

 

 

 

 

 

P169

「殉教者を生むことはないな。殉教者は危険だ」

と、国家総統はいい、『絞首刑』ということばを消して、ちょっと考え込んだ。

金ペンが、書類のページの上にとまったままだ。

「(省略)……そうだ、こうしよう。忘却の刑だ」

(省略)

「だが、もしわたしが、かれを殺したら、かれの遺体は、旗じるしになるだろう。かれは、歴史の年代記にかきこまれよう。なにもわれわれは、それほど慈悲ぶかくなることはあるまい、そうだろう?祖国を失った人間……忘れ去られた人間……」

 

この総統の考え方、ぞっとするほど恐ろしい。

『怪獣』は戦争の勝敗を決する大事な役割を果たす。

それを生み出し、戦争に反対した『人間』を反逆の罪で殺した場合、戦争に反対する民衆の抗議は強まるだろう。

彼を殺すだけのは得策ではない。だから忘却の刑。

なんて恐ろしい…。

 

 

物語の締め。

『人間』は祖国を追放され、日の出の方向、東の国を目指した。

途中で、同じく左腕のない科学者おぼしき人物と共に。

彼もまた、語らぬが祖国を追われたようだった。

 

 

P196

「どこへ向かっていくんだね?」

と、森番がたずねた。

「日の出に向かってさ」

と、しらがの方が、半分見えなくなった目で、相手の顔をのぞきこみながら、奇妙な答えをした。そして、もっていた杖で、かなたうしろの方を示し、

「あっちには、われわれの住む場所がないのでね……」

(省略)

「あんた、だれなのかね?」

と、森番は、しつこくききただした。

すると、奇妙な答えが、はね返ってきた。

「人間だよ」

ふたりの片腕の男は、もはやふり向きもせず、森の中へ入っていった。そのあとの雪の中には、深い足跡が青く残され、銀色の雪の粉が、煙るようにゆっくりと舞いおりていく。

さっと吹きつける風とともに、かすかな歌の文句が、森番の耳に聞こえてきた。

 

旅に出るとき ほほえみを……

 

 

 

伝えたい大事なことを、著者はちゃんと繰り返してくれる。

ヨーロッパが『日没』を意味するという事を、著者は2度説明した。

そして『人間』は日の出の方へ向かっている。

 

こんなに綺麗な詩的で美しく物悲しい物語…めったにお目にかかれない。

なんて素敵な締め方なのだろう。

 

途中で出会った片腕の男。彼は何者なのか。

まだ物語がそれほど不穏な沼に浸かりきる前、

『人間』は二人の男がボロボロの服を着て苦しい道を歩いていく夢を見た。(P49)

自分の未来を暗示するような夢。

となると、もしかして『人間』はこの悲惨な自分の未来を予見していたのか、

はたまた彼は祖国追放後に既に夢の国へと旅立ったのか…。

 

 

 

物語的に『人間』は腕を失う必要などなかったはずだ。

誰か…モデルになった人物でもいるのだろうか。

 

誰一人として幸せにならないまま幕を閉じたこの感じ、すごくロシアっぽい。

否、ソビエトっぽいというべきか。

 

もう…もう過去のことだ。過去であるべき話だ。

いつまで戦争を続けるつもりなのか…

島国の人間にはわからない陸続きの問題があるのだろう。

歴史的背景も、何か言えるほど私は知らない。

 

ただ、かなしい。

 

 

 

 

 

■実験(著:リンマ・カザコーワ)

 

いやいやいや……

比率おかしいでしょ!!なんで一緒に収録したの!?

 

おまけ、みたいな感じで添えられた、別の著者による、雰囲気も全然異なる物語。

びっくりしたわ。どういうことなの……

 

 

あらすじ 

ある研究施設の若き研究室長マリヤーナのもとに、アンドレーエフという青年が実験に協力してくれと言い寄ってくる。

なんの実験かも詳しく話さないまま、彼はひたすら協力してくれるよう彼女を熱心に口説く。

そしてその晩から、彼女の夢にアンドレーエフが登場するようになる…。

 

 

よく分からない実験への協力に渋っていた彼女だが、数日のうちに夢に出てくる彼のことが気になり、とうとう実験に協力すると折れることになる。

だが彼は、「もう、すみました」と答える。

彼の実験とは、夢を見ている人間に作用する機器の実験だったのだ。

 

 

 

 

という短いお話でした。

本当になんで一緒に収録したのだろう…。

どちらの作者様に対しても失礼な気がするんだけど…。

 

 

 

 

 

 

 

全体的に引用が多くなって申し訳なかった。

何分もう手に入れることが難しいから、まったくネタバレにも配慮してない。

ごめんなさいね。

是非図書館で借りてください。

そうしたら、除籍になるのをもう少しだけ延ばせるかもしれないから…。

 

 

いやぁ…欲しいなぁ…

神保町あたりで探せばあるのだろうけど…

難しいだろうね…

 

 

 

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それでは素敵な読書ライフを!!