タイトル:ソビエトS・F選集4 過去の影

著者:イワン・エフレーモフ

訳者:秋田義夫

発行:大光社

発行日:1967年7月25日

 

ソビエトSF選集4巻、『過去の影』。

著者、イワン・エフレーモフは地質学者兼古生物学者であり、

本書に収録された4作品とも、彼の実際の探検体験に大きく影響を受けている。

 

SF…というより冒険譚の色が強い感じはしたが、

随所で彼の専門である地質や古生物について触れられ、

『科学』から離れすぎない作品となっている。

 

以下、本書収録の4作品のあらすじ。

 

 

 

■過去の影(P5~)

若いにも関わらず、様々な発見から既に名を知られている古生物学者セルゲイ・パヴロビッチ・ニキーチンは、何名かの探検隊を引き連れ恐竜の化石を探しライラの丘を目指していた。
そして彼ら探検隊は、そこで恐竜を目にすることになる。
化石ではなく、まるで時間が戻ったかのような鮮明な生きた恐竜の姿を……。

 

 

P13
三台の自動車は、一列に並んで、道のないところを、はげしく動揺しながら進んでいた。
ニガヨモギの生い茂る、灰色がかった一面のステップが、高い太陽をまともにうけて、やけついていた。
この平原の上に重苦しくたれこめた単調な、精彩のない空は、一点の雲さえないだけにおそろしいほどであった。

 

ソビエトの方の作家さんで、作品が『暑い』のがとても珍しい気がする…。

と思ったら、著者は中央アジアでの探検を経験されていたようで、彼の経歴の詳しいところはわからないが、もしかしたら寒いロシアにいた時間よりも、温暖なアジア圏にいた時間のほうが長いのかもしれない。

 

 

 

 

P24
やけつくような黒い断崖に、ニキーチンは息づまるような暑さをおぼえた。
と、彼はミリアムのすがたをみとめて、その場に立ちすくんでしまった。
娘は両足をぐっと手元に引き、ほそい胴を折りまげるようにして、岩に腰掛けていた。
彼女は膝に手帳をひらいてのせたまま、ゆっくり近づいて来るニキーチンの足音も、耳にはいらぬかのように、じっと物思いにふけっていた。
重たげなおさげ髪が、うつむいた頭を、上からぐっとおしつけているふうに見え、目はボッとかすんだ遠方に向けられていた。
娘の外見、そのポーズの全体が、まわりの自然に、実によく調和しているのにニキーチンは思わずびっくりした。

 

水不足のため撤退が頭をよぎり、一人でニキーチンが悩み歩いているときの描写。

著者イワン・エフレーモフ氏の文体なのか、それとも訳者様の文体なのか…。

とても美しい、印象に残った描写だった。

 

 

 

 

 

 

 

P37
マルーシャのアッと叫ぶ声は、ニキーチンのせっかくの暗誦を中断させてしまった。
そしてその方をふりむいた次の瞬間、彼は呼吸がとまり、ボーッと気が遠くなりかけていた。
光線のかげんで、青白く敷石のような色に変わっている化石樹脂の表面に、どこかその真っ黒な内部の奥深くから放たれるような、巨大なうすネズミ色の蜃気楼がただよっていた。
そして、ぼう然と立ちすくむ人々の頭上、十メートルほどの高さの、絶壁上端に、巨大な恐竜が、じっと動かず、宙に浮かんだまま、つっ立っているではないか。

 

この不思議な光景を目撃したニキーチンは、それから3年もの間、この『過去の映像』ともいえる現象をひとり追求し続けた。

 

 

 

 

P52

「石化樹脂のこの露出された層は、光の映像を――つまり中生代最後の白堊紀の自然の生物のスナップ写真とでもいうべきものを保存していたものと思われます。太陽光線がある一定の角度でこの黒いカガミに当り、蜃気楼をつくる大気の流れに、幻灯器のように、すでにさかさでない――生きた恐竜の巨大な幻影を反射させたものであります。(省略)」

 

収録された4作品いずれも冒険色の強い物語だが、SF要素たる『科学』についての言及も忘れずされている。

また実際に彼が体験したことなのだろうが、調査自体の大変さだけでなく、資金調達や食料・燃料の確保、発見した物を世間に公表する前の入念な証拠集めなど、かなりの苦労が作中から伺い知る事が出来る。

情熱がないとやっていられないお仕事だよなぁ…。

 

 

 

 

 

 

■アク・ミュングズ -白い角ホワイト・ホーン-(P95~)

地質学者のウソリツェフは、誰も登頂できないとされる断崖絶壁のアク・ミュングズの頂きを目指していた。

山頂に、小規模ながらも上部の層の未採掘鉱床が残っており、地質調査にはどうしてもその場所への到達が必要だったのだ。

 

 

主人公がひたすら風と闘いながら山の天辺を目指す勇気の物語。

登頂の目的こそ科学的な調査ではあるが、物語全体は主人公のスリリングな山登りと、彼を焚きつけた民話についてがメインとなっている。

 

 

P95

青白い、ムンとうだるような空を、ハゲタカが一羽、大きく輪をかいていた。

それは大きく、横に広げた羽を動かさずに、非常な上空をなんの苦もなく舞っていた。

(省略)

破壊され、露出された岩塊が充満した谷は、暖炉のように灼熱していた。

水も、草も、木もなく――下の方が細くとがり、上の方は陰気な塊となって垂直に積み重なった岩石だけ。

亀裂を生じて破壊された絶壁は、やけつくような太陽を容赦なくうけて……

 

『過去の影』に引き続き、暑い地域が舞台。

タカの「ピュー」っていう甲高い声が聞こえてきそうなこういう描写、めちゃくちゃ好き。

 

 

 

 

 

P109

「(省略)あのアク・ミュングズに登山家連が登山を計画していたそうだ。アルマ・アタから専門家たちがやって来て……」

「それで、どうなったんだ?」

ウソリツェフはもどかしげに相手をうながした。

「ホワイト・ホーンには絶対に登れない、と認めたんですと……」

 

こうと決めたら必ず実行してきたウソリツェフにとって、アク・ミュングズに挑戦し、恐怖のあまり途中で引き返したことは、誰にも言えないくらい非常に屈辱的なものであった。

諦めきれず何度もアク・ミュングズ付近をうろうろする彼に、作業監督者は慰めるようにそう告げたのだ。

 

 

 

 

 

P115

しゃれに成功して、調子にのってアルスランはつづけた。

「おれたちの中には、ひとりの勇士が、アク・ミュングズを征服した、って昔からの言いつたえがあるよ」

「どうしてそいつをもっと早く話してくれなかったんだ、アルスラン?話して聞かせろ!」

(省略)

老ウィグル人は、フェルトの敷物に、湯わかしをおき、手のついていない上ひろがりの茶わん、焼菓子をとり出し、あぐらをかいて、ゆっくり茶をすすりながら話しだした。

(省略)

その民話は、なかまのみんなが眠ってしまってからも、なお彼、地質学者にその瞑想を止めさせなかったほどの強い思想をもっていた。

眠れなかった。

ウソリツェフは、まじかにキラキラ輝やく星空の下に横たわり、アルスランの物語をいくども思いおこし、そこに新たに細かい尾ひれをつけ加えるのだった。

 

断念しかけたその夜に聞いた民話に、ウソリツェフはすっかり夢中だった。

そして翌日、彼はひとり再びアク・ミュングズへと挑戦する。

民話に登場した勇士を思い起こして…。

 

 

 

 

■ダイヤのパイプ(P141~)

探検隊隊長チュリリンとスルタノフはダイヤを探し、3年もの間探検隊を引き連れ旅をしていた。
しかし資金繰りの圧迫から探検は中止。

諦めきれないチュリリンとスルタノフは帰還指示を無視し、少人数だけ残し探検を続行することに。

目指すはホルピチェカン。そこに必ずダイヤがあるはず。

尽きかけた食料に次々と仲間を帰還させ、最後はふたりだけで命をかけてダイヤを探す。
ダイヤを探す探検隊の、猛暑や極寒の沼地を旅する冒険譚。

 

 

 

P199

「セルゲイ・ヤコブレビッチ!ハタンガから電報です。たぶん、チュリリンから」
「なに?早くよこせ!」
教授はもどかしげに電報を開いた。
そして読みおわったとたん、彼の手からポトンとおちた。
「いや、なんでもない。自分で拾うよ……あ、出て行っていいよ。みんな無事に戻ってくる」

ひとりになるとイワシェンツェフは、短い電文をもう一度読み直した。
《さがしていたもの、全部みつけた。飛行機でかえる。元気。チュリリン、スルタノフ》イワシェンツェフ教授は立上がり、手にした電報用紙に最敬礼すると、それを丁重に机の上にのせた。

 

この物語の最後、締め方よかったなぁ。

探検隊隊長の粘り勝ちである。

何としてでも生きて帰り、この発見を報告する、という強い意志もとても格好良かった。

 

 

 

 

 

■にじ流れるの入り江(P203~)

コンドラシェフ教授は自らの研究に対する批判に頭を抱えていた。
自信ある仮説だったが、証拠が不足しているのは彼も認めるところであった。
そんな彼が目をつけたのが《生命の樹》。

それが実在する証拠を見つけられたら、と思っている所に、ひょんなことから若き海軍飛行士から面白い話を聞く。
その飛行士、セルギエフスキーが極秘任務中に見た不思議な光景の話だ。

不時着した飛行機が薙ぎ倒した木々。海水に浸かった枝から不思議な色彩が流れ出るなんとも不思議な話……。

 

 

作品タイトル、『にじ流れるの入り江』は誤字ではない。

私も二度見した。

『虹の流れる入り江』ではないのが、不思議でしょうがない…。

 

 

P226

裂けた木の幹の山の近くの小高くもりあがった砂底は、きらきら光る金色と、紺青の小さなまりで満たされ、ライトブルーの半環でとり囲まれていた。
そして時おり、金色と青色の間に、鮮紅、紫紅、エメラルド色の流れがうねりくねって、ちらついた。
おとぎの世界のきらめく色のシンフォニーは変化し、反射し、舞いあがり、静かに流れていく。

ほとんど催眠術の魔術にひっかかったようで、目をそこからはなせなかった。

 

 

P230
ゲルギエフスキーはボートに乗ると、その発光地点へと進んでいった。
縦に裂けた木の幹の沈むまわりの水は、青白く光るガラスの雲のようで、彼の顔や手に銀色の影を投げかけた。

 

色彩が目に浮かぶような描写。綺麗。

どこか宮沢賢治の作品を彷彿とさせるような色彩表現である。

 

 

 

■訳者あとがき(P233~)

P233

(省略)およそこのイワン・エフレーモフくらい魅力的な人物もめずらしい。

とにかく地質学者であり、世界的に有名な古生物学者で、古生物学の新分野で多くの独創的学術論文を発表している一方、『アンドロメダ星雲』『オイクメナの果てに』の名作で、一躍ソ連を代表するSF作家の地位を得ている、というのだから。

 

訳者あとがきを要約すると、

中央アジアでの探検中、風土病で入院中に暇で執筆し始めたのが作家業の始まりのようだ。

Wikiにも類似の内容が記載されている。


作家としては自身の地質探検を中心に、自然現象の不思議さを語る物語が多く、
学者としては、地殻中の生物の化石の発見の手がかりとなるタフォノミヤという学問分野の創始者だそうだ。

 

ちなみにこの『タフォノミヤ』検索をかけたけれどもなんのこっちゃわかりませんでした。

余計なお世話だけれども、SF小説書いている学者の論文って、

世間から真っ当な評価得られたのかしら…

 

 

 

 

他のソビエトS・F選集同様に、書店で新規購入は難しいですが、図書館などにはまだ置いてありそうです。

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