[ジャズ歌 翻訳ノート]
6.Smile(1936) スマイル
■ スマイル
☆BTE 2021-08-28 論考初出
チャーリーチャプリンの「スマイル」を訳してみました。今、2021年、インターネットで見ると、桑田佳祐とか、ゆず、ホフディランのがあり、もともと、普通に使われる単語なので、「Smile」という曲は多いようです。特に英語では、数多くあるようです。試しに調べると、初めて聞く歌手ですが、Avril Lavigneとか、とにかく、沢山あるようです。
日本の歌曲の場合、曲名が同じ歌を作るということには遠慮もありで、「スマイル」という曲は、1つだけと思いがちですが、正に、星の数ほどある、といってもよいようです。チャプリンの「スマイル」は、古い曲でもあり、ジャズっぽいという位で、知らない人たちの方が多いかも知れません。
以上は、「スマイル」という歌を取り巻く、日本の現況という事で、一応、それを改めて確認した上で、チャプリンの「スマイル」を聴きたいと思います。
「スマイル」という言葉は、それぞれの人が、それぞれの思いで、使い、よく知っている言葉です。日本語では、「(声をたてないで)笑う、微笑する、ほほえむ、にっこりする」という意味で、(声をたてて)笑う、でない方、という事になります。ただ、日本人としては、「スマイル」と「笑う」の区別はあまりはっきりしていません。笑う事の少ない、きまじめな生活をして来たからでしょうか。
「ほほえむ」でよいと思いますが、日本人的には、使い方の難しい言葉で、単なる動詞と考えて、その命令形の「ほほえめ」と言われると、「ほほえむ」事は出来なくなります。なぜか、「笑え」とか、「笑って」になります。「ほほえむ」って、何をする事なのか、たぶん、よく分かっていないのです。頑張っても、モナリザみたいな表情を真似する事しか出来ないのではないかと思います。
つまり、この歌は、思いの外、訳すのが難しいのです。
Smile(1936)
music by Charlie Chaplin
lyrics by John Turner Geoffrey Parsons
曲名:スマイル
美艇香津 訳
Smile, though your heart is aching
スマイル、こころいたみ
Smile, even though it’s breaking
スマイル、なやんでいても、
When there are clouds in the sky you’ll get by
ゆくそらの、くもははれず
If you smile through your fear and sorrow
おそれやかなしみにも
Smile and maybe tomorrow
スマイル、それはあした
You’ll see the sun come shining through for you
たいようがあなたにほほえむ
Light up your face with gladness
そのかがやくかおに
Hide every trace of sadness
かなしみはけして
Although a tear may be ever so near
なみだがあふれそうでも
That’s the time you must keep on trying
いま、まけてはだめ、
Smile what’s the use of crying
スマイル、なきたくても
You’ll find that life is still worthwhile
いきているいみがある、
If you’ll just Smile
その、ほほえみ
----------------------
「スマイル」と言われて:
歌の出だしは、
Smile, though your heart is aching
スマイル、こころいたみ
いきなり、「スマイル」と言われます。英語的には命令形ですが、それを、「ほほえめ」と言われても、微笑めません。「ほほえんで」と妥協してみても、難しいですね。そう、お願いされても、「ほほえみ」って、出て来ません。かと言って、「笑え」とか、「笑って」では、どうしていいのか、この場合、言われても分かりません。何か、理由がなく笑う事ってむずかしくて、その理由は提示されずに、いきなりですから、面食らいます。
英語では、「Smile」の後に、そうして欲しい状況が提示され、英語国民は、「おやっ」と、少し分かります。「あなたの心が痛み」、苦しくても、です。
though けれども、たとえ~でも
aching (ずきずき)痛む、 うずく
「Smile」って、我々には、使い慣れない、難しい言葉なのです。こういう場合、そのまま、外国語を借りるという知恵を我々は養って来ました。だから、ここは、「スマイル」です。こうして、この詩のいきなりの難所を越える事にします。(※前に、「Amazing Grace」を訳した時、出だしのその言葉に同じような事がありました。)ここで、下手すると、前に進んだつもりで、足の甲を痛めて、もう、立ち上がれず、歩くこともできなくなります。
これで、次の行に進むことが出来ます。
Smile, even though it’s breaking
スマイル、なやんでいても、
it --- 「your heart」ですね。
breaking 壊れる、砕く
やっぱり、「スマイル」してと、続きます。心が大変な事になっているんです。日本語では、「壊れる」、「砕ける」でもいいですが、「壊れても」とか、「砕けても」では、あんまりです。そこまで大変なら、とても、「スマイルして」とは言えませんね。その人の気持ちを、最大限広く、理解して、「悩んでいても」で、その人に寄り添います。
それから、
When there are clouds in the sky you’ll get by
ゆくそらの、くもははれず
空に雲があり、晴れていなくて、そこを、あなたは、通り過ぎるのです。
「When there are clouds in the sky ..」、これは、分かりますね、昔の中学生でも、ここは習ったような、基本的な文型です。「空に雲がある時」です。
「get by」が分かりません、そのニュアンスが、どういう事なのか気になります。
辞書で意味を調べると、「通り抜ける、(…で)何とかやっていく」などとなり、「(人の)目を逃れる、うまくだます」まであります。
その気分が、少し分かります。順風満帆ではなくて、どうにか、過ごして、やっているのです。
どうして?:
「空に雲がある時も、なんとか、やって行く」のですが、それは、説明で、歌にはなっていません。そうは言っても、「歌になるってどういう事?」という疑問に答える必要はあります。それは、この曲の、この部分のメロディーを、その言葉で歌ってみるとどうなるか、という事です。
どうでしょうか。それは、自分の気持ちの説明を他の人にしているだけで、自分としては、それが自分の気持ちだと、納得できませんね。だから、その情景を想像し、思い浮かべます。
ゆくそらの、くもははれず
「ゆくそらの」って、文法的には、連体形動詞+名詞で、翻訳対象の英語の文法的文形とは、変わってしまいました。でも、それが、翻訳なのだということです。そして、雲がある状況は、「くもははれず」としましたが、それは、ただ、雲があるだけでなく、それによる、自分の心のあり様まで示唆して、それで、「get by」が訳されているのです。
言葉は、「空に雲があり」のところしか言ってなくて、「なんとか、やって行く」が、言われていないのですが、「くもははれず」のことばのニュアンスが、もう、「you’ll get by」を言っているのが感じられます。それに対して、「どうして、そうなの?」という質問があるとしても、日本語ネイティブとしては、それで、そう分かるから、と答えるしかありません。すぐ続けて、もっと、ずっと、分かりやすい歌の言葉が出て来ますから、ここで、変に拘らずに、その次の歌唱で、この歌に入り込んでくれればよいのです。
世界は..:
確かに、今、あなたは、「fear and sorrow」、恐れと悲しみの中にいても、それを、「through」して、ですね。
If you smile through your fear and sorrow
おそれやかなしみにも
through …を通って、…の中でも、…を通過して、
「If you smile」、もしも、「スマイル」できるなら、です、
もとの詩では、次の行に懸けて、smileという単語を、畳みかけて使いますが、訳詩では、それに忠実に付き合う事はしません。この次の行の「Smile」、「スマイル」で、そこに、「スマイル」を凝縮してしまいます。それは、英語では、「smile」という単語を畳みかけましたが、日本語の言葉の並びでは、一つの「スマイル」で、分かってくれるのです。再び、ここでも、「どうして?」という質問があるとしても、その答えは、大学の先生に研究してもらいましょう。というわけで、
Smile and maybe tomorrow
スマイル、それはあした
maybe たぶん
明日の事だから、公平に言って、「たぶん」です。でも、「あした」と言えば、不確定な未来の事と知っていますから、「たぶん」は、言っても、言わなくても、よいでしょう。
そして、そうすれば、
You’ll see the sun come shining through for you
たいようがあなたにほほえむ
太陽が出て来て、あなたに輝くのです。今日、曇っていても、それは、いつまでもそうではなくて、また、太陽が出て来るっていうのは、誰でも知っている事です。英語では、未来形の助動詞「will(あるいは、shall)」になりますが、日本語としては、「ほほえむでしょう」までいわなくてもいいっていう事は、文脈で分かります。
ここで、「come shining」を、「ほほえむ」にしたのは、ただ、「shining」ではなくて、「come」して、という動きがありますから、そのアクションは、「ほほえんでいる」って受け取るのは当たり前の、普通の事です。それに、この歌が、「スマイル」の歌ですから、それに当たる日本語の「ほほえむ」を、ここに潜り込ませておくのです。この後に、分かりますが、「スマイル」とは言っても、本当は、「ほほえむ」、「ほほえみ」という日本語で伝えたいのです。
これで、歌の前半が締めくくられます。世界のあり方の原則が語られ、そして、この後、その原則が適用される中での、人の個人的なあり様に触れて行きます。
個人的なあり様:
Light up your face with gladness
そのかがやくかおに
「喜び、うれしさで、顔をライトアップする」ようにして、という事ですが、英語では、この文は、4拍で言えますが、それを日本語で、同じく4拍では言えません。「喜びに、その顔を輝かせて」という事ですが、4拍では、文にならないのです。単語の羅列でしかできません。意味のある文にするのに、思いっ切り省略します。「ライトアップ」、「顔」のキーワードを拾い、「ライトアップ」に「喜び、うれしさ」を埋め込んでしまします。それは、「顔」が「ライトアップ」するのは、何か、楽しい事があったからという事は、いつもの生活の中で分かっている事です。そして、「ライトアップ」の2拍を「輝く」の1拍にすれば、この部分の4拍に、楽に、言葉が納まるのです。
そして、次の行は、「every trace」、「(悲しみの)跡の一つ一つは」、は、省略して何も不都合はありません。よく知っている経験だからです。
Hide every trace of sadness
かなしみはけして
Hide 隠す
「隠す」というと、言葉が後ろ向きで、後ろめたい、感じがしますから、もっと、積極的に、前向きに、「けして」という、人のアクションにします。それは、この歌の基本的な動機付けだからです。「動機づけってどこにあるの?」となりますが、それは、それぞれ、考えてみて下さい、という事で、
そして、「a tear」、涙、が、「near」、近い、それは、「涙が溢れそう」、です。
Although a tear may be ever so near
なみだがあふれそうでも
そして、今、「keep on trying」、「試み続ける」、その時です。そのとき、口に出る言葉は、「まけるな」、「がんばれ」、です。そして、ふと思うのは、「がんばれ」の「がん」て何?、ということです。それは、漢字の「頑張れ」です。歌う時、「がん」は、自分の気持ちの記号、「頑」です。気持ちそのものに、少し遠いのです。だから、「まけるな」を選び、その強い指示として、「まけてはだめ」と歌います。英語では、「だめ」に相当する、何かの禁止的な単語はありませんが、そういう気持ちなのです。
That’s the time you must keep on trying
いま、まけてはだめ、
説得:
「スマイル」してというのは、もう、聞いて、少し、分かっています。だから、その逆の、「crying」、「泣き叫ぶ」のは、「何の意味があるの?(what’s the use of)」と、説得します。そうしなくていいのです。だから、「そうしたくなっても」と、「スマイル」を、もう一度、念押しします。
Smile what’s the use of crying
スマイル、なきたくても
そして、「きっと分かるから」と言います。何がっていうと、
「人生が価値がある事」です。
You’ll find that life is still worthwhile
いきているいみがある、
You’ll find (未来形)分かる、見付ける
worthwhile 価値がある
「かちがある」にしないで、「いみがある」にしたのは、「価値(かち)がある」というと、「何の価値が?」と、まだ釈然としないのですが、「意味(いみ)がある」というと、それで、その事が重要だということが伝わるからです。これも、「どうして?」と聞く人もいるでしょうが、また、学者の先生の宿題として置きます。
スマイルの意味:
「スマイル」さえあれば、です。もう、歌の最後、ここに来るまでに、何べんも、「スマイル」してもらったはず。だから、それで、分かったんじゃないかな。「スマイル」の歌は、「スマイル」を提案して、そうする理由が分かる所まで連れて来てくれているはず。
If you’ll just Smile
その、ほほえみ
だから、ただ、「just」です、「スマイル」するだけでいいのです。そして、この歌を訳しているのですから、「スマイル」は、「ほほえみ」、それだけでいいっていう事なんです。「スマイル」は呪文です、日本語が知っているのは「ほほえみ」です。そう言われれば、誰もが分かっているのです。
「笑う」のには理由が要るかもしれないけれど、「ほほえむ」には、理由は要りません。「ほほえむ」ことの出来るあなたが、そこに居る、それだけで、意味があり、価値のある事だと、この歌は訴えかけます。
-完-
(余白残興)
2021.9.5記:
「スマイル」は、悲しみや恐れやを、さっさと消してくれる黒板消しでもなく、何かの代金とか、困った事を解決する和解金を払ってくれる、親戚の金持ちでもありません。
「スマイル」は、ただ、そうする事のできる自分に、意味があり、価値がある、というだけです。そして、「スマイル」っていうのは、「ほほえむ」っていう事です。「笑う」じゃ、だめなのかって、聞きたくなりますが、すでに、このノートの前の方で書いたように、「笑う」のには理由が要りますが、「ほほえむ」のは、理由なく存在するあなた自身だからです、とでも言って置きます。
-------------------------------
YouTubeのナットキングコールのを、拾って置きます。
https://www.youtube.com/watch?v=xyHoohNyYkw
↓こちらは、セリーヌディオン
https://www.youtube.com/watch?v=gXZYYccQYnI
YouTubeで「Smile」で探しても、いろんなのが多くて、なかなか、この曲に辿り付けないこの頃です。
----------------------------------------
-----------------------------------------
-----------------------------------------
-----------------------
---------------------------
---------------------------
---------------------------