小さな悟りを求めて -13ページ目

五歳の自分に微笑みかける。

「五歳の自分に微笑みかける」 
 
マインドフルネスの元祖(と俗っぽく呼んでみます)ベトナムの禅僧ティク・ナット・ハンが、五歳の頃は傷つきやすい、と話しているそうです。 

そういえばぼくも五歳の頃、幼稚園であった出来事で「大人は当てにならない」と思ったことがあった。
このことが原因の一つとなって、大人に相談することができない、そして人に相談することもできない性質を強めたように思います。
 

プロセスワークの友だち、みきおさんに教わったこのティク・ナット・ハンの講話、あとで見てみよう。

一瞬一瞬の気づき

一瞬一瞬、気づきを保つように努める。そうすればいずれは、一瞬一瞬、安らいでいられるようになる。

これが仏教の実践の核心の一つと言えましょう。

#今日の気づき


おはようございます。

インドのお寺の少年神官が、髪を整え、写真を撮ってくれたので、記念にアップ。#インド #茫洋流浪


☆少しだけ人生をスムーズに。 

1. 今やってることが「やだな」と思ったとき、それが自分に役に立つ側面を考えてみる。 
2. 考えても納得できないときは、一旦休んで、別のやりやすいことをしばらくする。 
3. 初めにやっていたことに戻る必要があるか考え、それが必要だと思えばとにかく取り掛かる。
 

こんなふうにすると、少し人生がスムーズに回る気がします。

違うけど同じ、同じなのに違う。

違いを見つめながら、一つのものとして見抜く力を深める。

人類の叡智とは、そういうものかもしれない。#今日の気づき


☆久しぶりの人生ぷち振り返りと今後。 

小学校に入って以来、母の承認を得るために「勉強のできる子」を演じてきた。けれども学校という場にはいつも違和感があった。
昨日インドのお寺で護摩の儀式に参加してるとき、みんなと合わせられない自分に改めて気づいた。そしてインドの人たちは、日本のようにぎちぎちに合わせることを必要としない。
昨日はぼくの卒業の日。合わせられないことを引け目に感じる自分からの卒業。そして新しい自分のあり方を探るために、世界という名の大学で真善美の研究に身を捧げる……。

人生は螺旋を描く

あめーばでたまたま知ったこちらの方のページ
‟日常”と‟非日常” - "Sacred" or "Secular"
の言葉、
「ただ毎日同じことの繰り返しのつもりが、実は一周廻ったら一段上の階に行っていた」
当たり前のようで、大切なことを言ってるなと思いました。

平凡にも思える日々の暮らしを味わいながら、今よりももっと幸せな気持ちに満たされた自分に、いつか気づけたら最高ですよね!


あなたの知らないリズムの秘密

この記事、我ながらよく書けたと思ったんだけど、思ったほど反応がない。
ま、いつもそんなもんなんすけど。
https://www.facebook.com/100001018083738/posts/3730395570337676/

プシュカル、ハリドワル、バグパット



一年前には西インドの小さな聖地プシュカルにいた。 

その後、新コロ騒ぎで、今年の大半は北インドの一大聖地ハリドワルで過ごした。 

今はデリー近郊の農村部のお寺で、ハリドワルで知り合ったサドゥの方々のお世話になり、濃密な時間を経験している。

いつか夢から醒める

人生というやつは、時に楽しいこともあるけれど、大抵はなぜか疎外感を感じ続けてる軽い悪夢にすぎない。

ぼくにとってはね。

いつかこの悪夢から、目が醒めるときがくるといいな。