発行: 2015年2月25日/KADOKAWA
著者: 北川恵海
定価: 本体530円(税別)
映画「ちょっと今から仕事やめてくる」を観た後で、メディアワークス文庫から出ている北川恵海さんの原作小説を買って読んでみました。
原作は結構たんたんとしていて、サラッとした感じなんですね。映画は、いくつかの原作とは異なる設定がなされていて、そこが上手くいったところと、逆に、ここはどうかなというところと相半ばという感じがしました。
ここからネタバレありです。
もし、よろしければ、映画をご覧になってから、お読みいただけると嬉しいです。
1. 隆の先輩
一つめの大きな違いは、隆の先輩にあたる五十嵐が原作では男性なのですが、映画では女性になっていてこれを黒木華さんが演じておられること。
そして原作では、隆が必死の思いで取った注文を五十嵐が横取りした理由は、自分の成果にしたかったということと、仲良しこよし的な仕事をする隆への反発なのですが、映画ではここにクリアに大変重要な意味合いを持たせています。
私はこの黒木華さん演じる五十嵐先輩の激白が、この映画のなかでものすごくインパクトがあって、心を締め付けられる思いがしました。
彼女もまた、部長の期待に応えなければならない、ノルマを達成しなければならないというプレッシャーと闘い、〝もう精神的に限界〟に来ていたのですね。
この職場では、いつも怒鳴りちらしている山上部長も含めて、結局のところ誰も幸せではないのですね。もしかすると山上部長もまた自分の能力以上に課せられたノルマがあり、たぶんこの会社全体のシステム自体が腐っているのでしょう。
2. 隆の性格
二つめは、隆の性格です。原作では、割とモノを言う印象があって、最後に山上部長と対峙する場面でも、攻撃的な感じがあるのです。
「人の心を持ってない奴に、人間かなんて言われたくねーんだよな」といった台詞も出てくるのです。
それを映画では、本当に誠実で真面目な性格にしてあって、爽やかなんですね。山上部長とのギャップを描くにはこれくらい二人を極端に描いたほうがわかりやすいのかもしれません。
しかし、映画の隆はもう少しだけ自己主張させても良かったような気もしました。あれだけの人間がいて、誰も全く何も言わないというのもまた何と無く違和感はあるように感じました。例えば、炊事場や階段で一言だけ、同僚と愚痴らせるだけでもよかったと思いますよ。
3. 隆が選択した道
最後です。映画では、ヤマモトはバヌアツ共和国で子供たちに算数を教える学校の先生としてボランティアをしているのですね。そして、ちょうど帰国していた際に電車に飛び込もうとした隆と出会い、そこにかつて救えなかった兄弟の姿を重ね合わせ、彼のことを気にかけるようになるわけです。
これが、原作ではバヌアツ共和国は一切登場せず、ヤマモトは臨床心理士を目指しているのです。過労で自死した兄弟のような犠牲者を出さないためにも臨床心理士という仕事を選択し、そこに生きる意味を見出させているという、なるほどと思う展開なのですね。
そして、隆もまた自分の命を救ってくれたヤマモトのように、一人でも多くの人の命を助けることで恩返ししようとする、という筋がわかりやすい流れなのです。
ところが映画では、隆がなぜバヌアツで算数の先生をするヤマモトの助けをしようとするのか、そこの理由が十分に描けていないような気がしました。
むしろ、仕事から離れて、風光明媚でのんびりとしたバヌアツの風景を描くことにより、都会でアクセク働かなくても、世界にはこんなに穏やかで、明るくて、幸せな笑顔があふれかえった所があるのだから、いちから自分たち(日本人)の生活や働き方を見直してみようよ、という一種のファンタジーを見ている感じがあるのです。
ここの展開はどうなんでしょうー。
うーん、ビーチショアーなど映画的にこの絵のもたらす開放感も嫌いではないのですが。なんだか最後だけバヌアツ観光協会っぽくもありました。
ゴチャゴチャ書いてすみません。
原作もまた私は読んで良かったです。非常に読みやすい小説ですし、気になった方は書店で手に取っていただければと思います。もちろん、映画もお薦めですので。
この項、終わり。