パンクフロイドのブログ

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池袋 新文芸坐

二枚目は笑顔で殺す 草刈正雄スペシャルッ! より

 

 

製作:東宝

監督:出目昌伸

脚本:中西隆三

原作:喜多条忠

撮影:原一民

美術:竹中和雄

音楽:佐藤允彦

出演:草刈正雄 関根恵子 勝部演之 所雅樹 黒沢のり子

        花沢徳衛 神山繁 鳳八千代 賀原夏子 北見敏之 佐久間亮

1974年4月6日公開

 

上条真(草刈正雄)は大学の人形劇サークルに所属しており、巡業先で若い女性と出会います。真は東京に戻ると、偶然その女性と再会します。女性の名前は池間みち子(関根恵子)と言い、小さな印刷会社に勤めていました。それ以来二人は、休みの日にデートをするようになります。みち子は料亭の下働きで娘に金をせびる母(賀原夏子)に悩まされ、真は厳格な兄(勝部演之)から説教を受けつつも、愛を育んでいきます。その一方で、同じサークル仲間のビゼン(所雅樹)とマキシ(黒沢のり子)は、心穏やかではいられません。ビゼンはみち子を秘かに愛し、マキシは真に公然と気がある素振りを見せていたからです。

 

そんなある日、真はみち子をモデルにかぐや姫を題材にした人形劇を書き上げます。しかし、サークル仲間の一人から軟弱だと批判され、兄からは勉学に身を入れていない弟を厳しく叱責する手紙が届きます。サークルの飲み会で酔っ払った真は、酒の勢いでみち子のアパートに行き、彼女を無理矢理犯そうとします。彼女は頑強に拒み、自責の念に駆られた真は、失意のうちに北陸の巡回公演に出発します。公演は今までにないほどの好評で、打ち上げの最中、みち子が真を訪ねてきます。その夜、燃え上る焚火の炎のそばで二人は結ばれます。やがて、真とみち子の同棲生活が始まり、みち子は妊娠します。

 

しかし、そのことを知った真の兄は、検診と偽り友人の医者(神山繁)のもとにみち子を連れ出し、強引に中絶をさせます。仕送りを断たれた真はサークルを辞め、二人の生活を守るために工事現場に働きに出ます。しかし、みち子は学業をなげうってまで働く真を見ることには耐えられませんでした。そんな折、ビゼン(所雅樹)とマキシが、雪山で遭難したという報せが二人の元に届けられます。

 

四畳半フォークの世界観を、そのまま再現したかのような物語が展開されます。個人的にはナイーヴ過ぎる登場人物たちは苦手なのですが、学園紛争後の目標を失った若者たちの挫折感を含め、70年代の空気感はよく捉えられています。時折、気恥ずかしくなるほどの描写が差し挟まれ、居心地の悪さを感じさせもしますが、その部分も込みでの70年代の映画と言えます。

 

この頃の草刈正雄のイケメンぶりは格別で、とにかく何をやっても絵になります。また、ボンクラ野郎にとっては、抜かりなく関根恵子のサーヴィスショットを入れてくるのが嬉しいです。話自体はかぐや姫の「神田川」の歌詞を踏襲した内容で、取り立てて語るほどのものはありません。ただし、当時の東京の風景や若者の生活スタイルを多少とも知る者には、今となっては懐かしめる映画になっています。

 

余談になりますが、私は映画の中で左利きの役者を見つけるのを楽しみにしていて、本作で草刈正雄が左利きであることが判明しました。併映の「あにいもうと」でも左手で箸を使っていたので、まず間違いないでしょう。

 

左利きの俳優・女優:夏帆、中山仁 大木実 松岡茉優 川谷拓三 草刈正雄


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池袋 新文芸坐

二枚目は笑顔で殺す 草刈正雄スペシャルッ! より

 

 

製作:東宝

監督:今井正

脚本:水木洋子

原作:室生犀星

撮影:原一民

美術:竹中和雄

音楽:渋谷毅

出演:秋吉久美子 池上季実子 大滝秀治 賀原夏子

    下條アトム 大和田獏 伊佐山ひろ子 草刈正雄

1976年10月23日公開

 

夏の暑い最中、街の工場に住み込みで働きに出ていたもん(秋吉久美子)が、妊娠して実家に帰って来ます。トラックの運転手をしている兄の伊之吉(草刈正雄)は、妹に対して罵詈雑言を浴びせて迎えます。かつて川の護岸工事の親方をしていた父の赤座(大滝秀治)も、もんを冷たく突き離します。口ごたえせずに耐えるもんをやさしくかばうのは、母のりき(賀原夏子)と末の妹のさん(池上季実子)でした。

 

ある日もんは、子供を堕ろせと詰め寄る伊之吉に我慢しきれず、りきとさんが止めるのを振り切って家を飛び出します。それ以来、もんからの便りはとだえ、伊之吉は毎日のようにもんの写真を持って盛り場を捜し歩きました。その頃、もんは工場の先輩のローザ(絵沢萠子)の伝手を頼り、ストリップ小屋で売子として暮していましたが、流産してしまいます。

 

そんな折、もんを妊娠させた男、小畑(下條アトム)が彼女の実家を訪ねてきます。彼と対面した赤座は、子供を堕ろしてくれたか、と尋ねる小畑に失望し、もんが流産したことを伝え、家から追い出します。伊之吉は帰る途中の小畑を掴まえ、殴り、蹴倒した末に、自分がもんを小さいころから可愛いがり、いかに大切な妹であるかを聞かせるのでした。

 

一方、さんには互いに好きあっている鯛一(大和田獏)という男がいました。しかし彼は養子のために、里親の勧める縁談を断わりきれずにいました。流産してからのもんは水商売の世界を転々とした挙句、派手なパラソル、炎のような髪の色、体の線を強調したドレス、きつい化粧で久しぶりに家に帰って来ます。もんは、商売女にしか見えませんでしたが、それでも母や妹の前で土産を広げて雑談に興じている時は、昔ながらのもんでした。そんな和やかなひと時に、伊之吉が家に帰って来ます・・・。

 

脚本が水木洋子なので、この時点でまず安心感が得られます。成瀬己喜男版の「あにいもうと」の脚本も水木洋子が手掛けており、おそらくこちらを下敷きにして、70年代の若者像に合う現代風な味つけがされているのではないでしょうか(成瀬の「あにいもうと」を観ていないのであくまでも推測に過ぎません)。特に、ヒロイン、母親、末の妹の女同士の連帯意識、もんの妊娠させた男への微妙な距離の取り方、さんの恋人に対する揺れる女心など、女性ならではの細やかな人物へのアプローチが際立ちます。もちろん、今井正の手堅い演出があってこそ、水木の脚本を生かせるのですが。

 

この映画における草刈正雄は、かなりワイルドなキャラクター。妊娠して実家に戻ってきた妹へのパワハラ、モラハラは相当イッちゃっています。愛憎半ばという感情を通り越して、兄と妹との関係の範疇を越えています。むしろ、妻や恋人を寝取られた男の嫉妬に近く、伊之吉のもんへの近親相姦に近い愛情を感じます。もんの妊娠はさんの恋愛にも影響を与えています。養子の身である恋人が意を決して駆け落ちしようとするのに対して、さんは土壇場になって躊躇ってしまいます。もちろん、その背景には母親に何も告げずに家を出る事への後ろめたさもあったでしょう。

 

その一方で、もんを妊娠させた男への接し方が、男女で違うのも面白く映ります。父親は冷静に応対しようとするものの怒りは隠せず、伊之吉は直接的な暴力に訴えます。これに対して女たちは遥かに寛容で、母親も末の妹も、もんを妊娠させたことの是非は一旦置いといて、わざわざ家に出向いてきたことのほうを認めてあげるのです。小畑役の下條アトムも、無責任に見えつつ、実は未熟なだけで、誠意を見せようとしている男を、自身のキャラを利用しながら巧みに演じています。

 

妊娠した直後に帰省した際には、兄の暴言にやられっ放しだったもんも、流産を経験し苦労を味わったことで、兄に反撃できるだけの強さを身に着けます。考えてみると、伊之吉も妹に意見できるほどの立派な男ではなく、兄に対してもんが言い返す場面は、男社会への反論にも思えてきます。兄と妹が散々言い争ったからこそ、ラストに伊之吉が二人の妹をトラックに乗せるシーンでの、叙情的な味わいが忘れがたいものになっています。


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中学1年の安西こころは、入学早々に同じクラスの真田美織を中心にするグループからいじめを受け、それ以来引きこもりの生活を続けていました。不登校を続ける娘を心配して、母親はフリースクールに通うことを勧めますが、こころはどうしても行く気にはなれませんでした。そんなある日、こころの部屋の姿見が光り出し、彼女が手を伸ばした拍子に鏡の中に吸い込まれます。鏡の中は城の作りになっていて、そこには狼の仮面をつけた少女と6人の中学生がいました。

 

少女は中学生たちからオオカミさまと呼ばれ、彼女は彼らに“願いが叶う部屋”の鍵探しを指示します。来年の3月30日までに鍵を見つけなければ、その日を以て鍵は消滅し、3月31日以降には鏡の中の世界に来ることはできません。更に城が開くのは、日本時間の朝9時から夕方5時まで。5時を過ぎて城に残っていた場合は、狼に食われるペナルティが課せられます。

 

こうしてこころは、他の中学生たちと知り合い、両親のいない平日の昼間に、城で過ごすようになります。中学生たちは誰も鍵を探す素振りは見せず、各自好きな時に城にやってきて、自由な行動を取り始めます。こころは6人の中学生も自分と同じように不登校を続けている生徒と薄々感じており、次第に居心地の良い場所になってゆきます。

 

夏休みに入ると、塾の夏期講習や家族旅行などの理由で、城への出席率は低くなり出します。こころも、共働きをしている母親に、昼間家にいないことを気づかれ、城へ行くのをしばらく自重します。そんな折、皆から軽くバカにされていたウレシノが、二学期から学校へ行くと宣言し波紋を呼びます。その影響を受け、イケメンのリオンが実はハワイの学校に通っていることも明らかになります。

 

10月になると、マサムネとアキから全員が協力して鍵探しをしようと提案されます。それを耳にしたオオカミさまは、言い忘れた事を付け加えます。即ち、願いが聞き届けられたと同時に、全員が城のこと、そこで過ごしたことも、記憶から消し去られると・・・。「記憶が消されたところで、別にどうでもいい」と発言したアキは、皆から冷ややかな目を向けられます。

 

そのせいでアキは長い間城に姿を現しませんでしたが、11月の初めに戻って来ます。こころは、アキに声をかけるものの、彼女の身に着けている制服を目にして息を呑みます。それは、こころの通う雪科第五中学の制服だったからです。しかし、制服を見て驚いたのは、こころだけではありませんでした・・・。

 

本書は2018年の本屋大賞を受賞した一作です。私は受賞前に図書館に予約をしたのですが、その時点でかなり予約が入っていて、実際に手にしたのは7月の半ば。それだけ人気の高い証拠と言えます。本屋大賞の小説を全て読んだ訳ではありませんが、書店員が一番売りたい本を選ぶ賞だけあって、プロの書評家にはない独自の選択眼があります。この小説も琴線に触れる箇所が満載で、心をグッと掴まれました。

 

鏡の中の孤城を舞台にする設定から、SFファンタジーのように思われがちですが、核心の部分は人間関係や家庭環境に悩みを抱える思春期の子供たちの物語がメインになっています。こころを始め城にやって来る少年少女は、いずれも人に言えない事情から学校に行けないでいます。唯一、ハワイの学校に通っているリオンも、日本の中学校に通いたくても通えなかった理由があります。

 

したがって、彼ら彼女らが、それぞれの痛みを分かち合いながら、本来の自分を如何に取り戻していくかが、一番の読みどころとなっています。中学生たちはいずれも声にならない苦しみを発しているにも関わらず、周囲の大人たちがその発信に気づいていなかったり、受け止められなかったりしています。幸いこころには、理解ある母親がいて、娘に対する気遣いは十分感じられます。

 

それでも、母娘のちょっとした行き違いから齟齬が生じることがあり、そんな場面では、親の干渉を嫌う年頃なのは重々承知しつつも、親心が分かってもらえんのは辛いのぉと親目線で読んでしまいます。こういうセンシティブな問題が絡んでくると、不用意な発言で年頃の女の子を傷つけやすい男親は、娘から頼りにはされませんわな。ここに登場する父親も、「悪気はないのだろうけれど、その発言どうよ?」と言った箇所がちらほら見受けられます。

 

こころを力づけてくれる大人はもう一人、フリースクールの喜多嶋先生がいます。彼女はこころが学校に行けないのは、決して彼女のせいではないと母親に力説し、当の本人には面と向かって「こころちゃんは闘っているでしょう」と励まします。事実、こころは城の仲間のフウカの誕生日プレゼントを買うために、同級生と顔を合せる危険を冒しながら、必死の思いでコンビニまで出かけています。だからこそ、後の場面で喜多嶋先生から「闘わなくてもいいよ」と言われた時、読んでいるこちらもちょっともらい泣きしてしまいます。

 

この喜多嶋先生は、物語の重要人物の一人であり、エピローグでは彼女がこころだけではなく、城の仲間とも繋がりがあったことが分かってきます。この小説は秘かにSF的なトリックが施されていて、勘の鋭い読者ならば、喜多嶋先生に対するこころとウレシノの印象の違い、アキの制服に全員が驚くことから、ある推論を導き出し、物語に隠された全貌を想像できるでしょう。スレッカラシで天邪鬼な私でも、痛みを抱えた中学生の真摯な姿勢は胸に響くものがあり、所々ウルッときてしまいました。自分の中に少年少女の気持ちがうっすらと残っているのを確かめる意味では、この小説は格好の試金石となるかもしれませんね。


 


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バンクシーを盗んだ男 公式サイト

 

 

チラシより

最も激しい紛争を抱え“中東の火種”として世界中の人々がその行方を見守るパレスチナ・ベツレヘム地区。そこにはパレスチナとイスラエルの人々を分断する高さ8メートル、全長450キロを超える巨大な“分離壁”が存在する。そのパレスチナ側の壁に正体不明のグラフィティアーティスト、バンクシーが<ロバと兵士>をモチーフに絵を描いた。“芸術テロリスト”とも称される彼の強烈なメッセージはパレスチナで明暗を分け、称賛する人、怒れる人、そしてその価値を利用しようとする人が現れる。数千万円という金額で取引される彼のアートを巡りパレスチナから世界へと波紋が拡がる様を追う革新的ドキュメンタリーが誕生した。ロンドンでもニューヨークでもない、パレスチナに描かれたバンクシーの絵は、世界にどんな影響を与えるのか!?

 

製作:イギリス イタリア

監督:マルコ・プロゼルピオ

脚本:フィリッポ・ペルフィド クリスティアン・オモデオ マルコ・プロゼルピオ

撮影:ヤコポ・ファリーナ

音楽:フェデリコ・ドラゴーニャ マッテオ・パンサーナ

ナレーション:イギー・ポップ

2018年8月4日公開

 

バンクシーに関するドキュメンタリーを観るのは、2011年公開の「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」、2016年公開の「バンクシー・ダズ・ニューヨーク」に次いで3度目です。それだけ興味の惹かれる要素の多いアーティストなのです。彼のように無断で壁面にグラフィック表現をする者は珍しくありませんが、個人で活動しているのか、組織立って動いているのか分からない程、謎に包まれているのが特徴です。しかも、壁に描いた後は、自分の作品がどのように扱われようと無頓着である姿勢が、傍目には潔く映ります。

 

壁の持ち主に断りなく描いているため、その行為自体には違法性があり所有権を主張できません。ただし、その点を差し引いたとしても、バンクシーが匿名を貫いて活動していることによって、アートに関する様々な問題点が浮かび上がっていることは否定できません。バンクシーは著作権を主張できる立場にありませんが、クリエイターにとって著作権は非常に大切なもの。しかし、彼らに対価が十分支払われているかと言えば、必ずしもそうではありません。また、著作権を盾に万人がアートを享受できていないことも起きてきます。

 

この映画で言えば、「ロバと兵士」が描かれた壁面が切り取られ、オークションにかけられる経緯がそれに当たります(製作時点では最低価格でもセリ落とされずに倉庫に眠ったままになっているらしいです)。少なくともパレスチナに住む人々は、その作品に直に触れる機会がなくなっています。そもそも、ストリートアートは、描かれた場所に意味があり、別の場所に移った時点で、作り手の意図した批評性は失われ、価値も半減するように思います。突き詰めれば、アートは誰のものなのかということにまで言及されてきます。

 

ある種、愉快犯的な活動を見せるバンクシーも、公の場に姿を見せないことで誤解を生みやすくなっています。「ロバと兵士」にしても、パレスチナ人はロバを自分たちに見立てバカにされたと解釈している節も見受けられます。壁はイスラエルとパレスチナだけに留まらず、政治状況や欧州と中東の異なる文化にも存在しているように感じさせました。



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2重螺旋の恋人 公式サイト

 

 

チラシより

原因不明の腹痛に悩まされるクロエは、精神分析医ポールの元を訪れる。穏やかなカウンセリングにより痛みから解放されたクロエは、ポールと恋に落ち、同居を始める。そんなある日、クロエは街でポールそっくりの男と出会う。ルイと名乗る男はポールと双子でしかも同じ精神分析医だという。なぜポールはルイの存在を隠しているのか?真実を突き止めるためにルイの診療室に通い始めたクロエは、優しいポールと違って傲慢で挑発的なルイに惹きつけられていく・・・。

 

製作:フランス

監督・脚本:フランソワ・オゾン

原作:ジョイス・キャロル・オーツ

撮影:マニュ・ダコッセ

美術:シルヴィー・オリヴィエ

音楽:フィリップ・ロンビ

出演:マリーヌ・ヴァクト ジェレミー・レニエ ジャクリーン・ビセット

        ミリアム・ボワイエ ドミニク・レイモン

2018年8月4日公開

 

双子に翻弄される若い女性の物語と思いながら観ていると、終盤になって全体の話がすり替えられていたことに気づかされます。ひとつは、現実に起きていることなのか、ヒロインの妄想なのかを、曖昧な形にしたまま話が構成されていることにも起因しています。

 

ミステリーと心理サスペンスの交錯した話の展開が、徐々にホラー色が濃くなる上に、フランソワ・オゾンが観客の目を眩ます誘導の仕掛けも巧く効いています。いちおう肝心な部分の伏線は、さり気なく序盤に張られてはいるものの、ミステリーとして観た場合、やられた!と唸るほどの快感にまでは到っていません。後出しジャンケンされたような、モヤモヤ感が若干残ります。

 

その一方で、ストーリーよりも、クロエを演じたマリーヌ・ヴァクトに目を奪われがちになります。ただでさえ、ショートカットの似合う女優には弱いのに、あまりの脱ぎっぷりの良さには参りました。しかも双子との3P、ルイとの対面座位、ペニバンを使ったポールとのプレイなど、ヤリたい放題(笑)。彼女の体を張ったエロエロな行為だけでも観る価値があるのでは?作り手の “騙し”によって成立する類の話なので、双子を巡るヒロインの話の詳細は控えますね。ただし、鑑賞後はデヴィッド・クローネンバーグの「戦慄の絆」が無性に観たくなってきました。


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池袋 新文芸坐

永遠の映画スター 三船敏郎 より

 

 

製作:三船プロ

配給:東宝

監督:岡本喜八

脚本:廣澤榮 岡本喜八

撮影:斎藤孝雄

美術:植田寛

音楽:佐藤勝

出演:三船敏郎 岩下志麻 寺田農 高橋悦史 吉村実子 乙羽信子 望月優子 田村高廣

        岸田森 草野大悟 浜村純 岡田可愛 神山繁 伊藤雄之助 花沢徳衛 常田富士男

1969年10月10日公開

 

相楽総三(田村高廣)を隊長とする赤報隊は、官軍の先陣を切って江戸に進撃していました。赤報隊は荒垣弥一郎(神山繁)から年貢半減令の旗印を与えられ、沿道各地の貧しい百姓たちから支持を受けていました。百姓あがりの隊士・権蔵(三船敏郎)は、次の目的地が郷里の沢渡宿であることを知ると、相楽の許しを得て赤報隊の象徴である赤毛をつけて単身この地に乗込みます。

 

その頃、沢渡宿は代官(伊藤雄之助)と結託した博徒駒虎一家に支配され、民はその圧制に苦しんでいました。赤毛の権蔵は駒虎(花沢徳衛)から、年貢のカタに取られた百姓の女房や娘を女郎屋から解放、つづいて代官屋敷からは年貢米も取返します。権蔵は民にもてはやされ有頂天ですが、母親(望月優子)はそんな息子に不安を感じていました。

 

一方、この宿場には官軍を阻止せんと幕臣たちの遊撃一番隊が町人に化けて潜入していました。彼らは権蔵に居合い斬りの達人一の瀬半蔵(高橋悦史)をさし向け、駒虎は権蔵の恋人トミ(岩下志麻)をまるめこみます。権蔵はそうした裏工作を知らず、仲間を助けに行っている留守中に、官軍への献金持逃げやニセ官軍を吹聴されてしまいます。

 

権蔵は代官を問い詰めるものの、のらりくらりとかわされます。権蔵は一時民の支持を失うものの、トミの隠した500両が出てきたことで再び信用を取り戻します。彼は500両を軍資金として活用すべく、三次(寺田農)たち4人に運ばせ、本隊に沢渡宿を制圧したことを報告に行かせます。ところが、相楽はニセ官軍の汚名をきせられ既に処刑されており、三次たちを迎えたのは、白毛をかぶった官軍でした。

 

三船敏郎演じる権蔵は、陽性の上にお調子者の性格で、おまけに百姓出身。「七人の侍」における菊千代に近いキャラクターと言えます。故郷に錦を飾るつもりで帰郷すると、悪代官や十手持ちの博徒が町を牛耳っており、苦しめられている民のためにひと肌脱ぐというストーリーになっています。町の中には官軍を迎え撃とうとする遊撃一番隊が潜んでおり、彼らが物語に変化をつけて物語を更に面白くしています。

 

権蔵にはかつて結婚の約束を交わした女がいましたが、借金の片に女郎屋に売られていました。その恋人役が岩下志麻。岩下が演じると、華やかで妖艶な女になるのですが、権蔵を愛するあまり悉く彼の足を引っ張る結果になるのが、皮肉で面白いです。権蔵が赤報隊の一員として丁重に扱われるのを目にするたび、女郎に落ちた身分の差を思い知らされます。その結果、駒虎から悪魔の囁きを吹きかけられた末、権蔵を窮地に追い込むのです。また、ラスト近くにはせっかく権蔵が逃げ延びる機会がありながら、彼がトミを追ったために悲劇的な結末を迎えます。魔性の女と言うよりは疫病神ですわな(笑)。

 

その一方で、金で殺しを請け負う浪人の一の瀬半蔵が、権蔵の命を狙いながらも対決を避けようとするあたりが、殺すには惜しい奴と思わせる友情めいた雰囲気を醸し出し、物語の中で巧く作用しています。半蔵は佐幕派も勤皇派も冷ややかに見ており、ある意味、死に場所を求めているような節が見受けられます。高橋悦史は飄々とした感じでこの浪人役を演じており、儲け役と言えます。

 

本作の伊藤雄之助は老獪さと言うよりも、保身に走る狡賢さが際立ち、風向き次第でどちらにも転ぶ小物ぶりを見せつけます。先日亡くなられた常田富士男の家臣を盾にしてでも、逃げ延びようとする卑怯者っぷりがいいですねぇ。散々せこい悪事を見せつけられた分、よりあくどい奴らの手によって、因果応報な最期を遂げるのは実に快感です。

 

その反面、百姓出身の権蔵が、より良い世の中にしようと奮闘したにも関わらず、味方と思っていたはずの者たちの裏切りに遭い、無残な結末を迎えるのは何とも言えない苦い思いを残します。それでも、最後に見せる民の異様な熱気は、権蔵のしてきたことは決して無駄ではないことも伝わってきます。息子を失って踊り狂う母親を見ているうちに、全く違う状況ながら何故か、ポン・ジュノの「母なる証明」のラストが思い浮かんできました。


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平成6年の暮れも押し迫った頃、大宮北署の佐野直也は、埼玉県警捜査一課の石破剛志と共に山形県の天童市のホテルに向かいます。ホテルでは竜昇戦の第七局が行なわれていました。若き天才棋士・壬生芳樹に対し、東大卒のエリート棋士・上条圭介六段が初タイトルを狙っていました。上条はソフトウェアの会社を立ち上げ、会社が成長した後に突然実業界を引退し、将棋の世界に足を踏み入れた異色の経歴を持つ男でした。佐野は大判解説の会場で二人の指し手を見ながら、4ヶ月前の事を思い出していました。

 

平成6年8月3日。大宮市内の天木山から遺体が発見されます。遺体は白骨化されており、奇妙なことに将棋の駒一式が遺体と共に埋められていました。しかも、時価600万円と言われている初代菊水月作の駒で、何故高価な駒が遺体とあったのかは謎でした。遺体の複顔作業の傍ら、将棋の駒の出所を調べるため、かつて奨励会の会員だった佐野と、優秀なベテラン刑事の石破が組むこととなります。こうして二人は、初代菊水月作の駒を手放した人物を突きとめようと、各地を飛び回るのですが・・・。

 

二人の刑事の捜査と並行して、父親に虐待されて育ったある男の半生も描かれています。彼は将棋好きの元教師により家庭では得られない人の温かさを知り、真剣師との運命的な出会いにより修羅場を経験します。東大生になった男が真剣師の東明の東北遠征について行き、そこで行われる賭け将棋の描写はこの小説でも白眉とも言え、団鬼六の「真剣師 小池重明」の熱気を思い出させます。尤も、行き当たりばったりの打ち方をする小池より、東明は緻密な差し方をするのですが。

 

このようにこの小説では、捜査過程よりどん底の状況から這い上がった男の物語のほうが、読み応えがあると言っても過言ではありません。遺体と共に将棋の駒を埋めた人物は、早い段階から容易に想像でき、犯人捜しに焦点が当てられる小説ではありません。むしろ、高価な将棋の駒を埋めた理由を知りたくなってくる小説です。そして読み進めるうちに、このミステリーが著者による松本清張の「砂の器」へのオマージュであったことも腑に落ちてきます。

 

 

 


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シネマヴェーラ渋谷

フィルム・ノワールの世界Ⅱ より

本作は昨年の8月、同企画の際に鑑賞しました

 

 

製作:アメリカ

監督:ジュールス・ダッシン

脚本:アルバート・マルツ マルヴィン・ウォルド

撮影:ウィリアム・H/ダニエルズ

美術:ベルナルド・ヘルブッルン

音楽:ミクロス・ローザ

出演:ドン・テイラー ハワード・ダフ バリー・フィッツジェラルド テッド・デ・コルシア

1948年12月28日公開

 

午前1時、アパートの1室で若い女性が2人の男に殺されます。翌朝、家政婦が浴槽に沈んでいる女を発見し、管理人が警察に通報します。こうして、ニューヨーク市警のダン・マルドワーン警部(バリー・フィッツジェラルド)が事件の捜査を指揮します。被害者はジーン・デクスターという26歳のモデル。早速刑事たちが分担して被害者に関する聞き込みを開始します。

 

彼女を診察したことのある医師ストーンマン(ハウス・ジェームスン)は、その職業的な見地から意見を述べ、以前ジーンを雇っていた衣装店の女主人は彼女が男性の好奇心をひくことを努める女だったと証言します。モデルの同僚のルース(ドロシー・ハート)はジーンについては何も知りませんでしたが、ルースの婚約者フランク・ナイルス(ハワード・ダフ)は嘘の証言をした上、怪しい挙動を見せます。しかし、彼には強力なアリバイがありました。

 

やがて、ハローラン刑事(ドン・テイラー)はナイルスの質入れした指輪が、ストーンマン医師宅から数か月前に盗まれた品であることを突きとめます。続いてジーンの死体がはめていた指輪も、盗難届を出していたルースの指輪と一致します。マルドワーン警部はナイルスがメキシコへ高飛びしようとする情報を得ると、ルースと共にナイルスのアパートに急行します。

 

ところが、ナイルスは何者かに襲われ倒れており、ハローランは避難階段から逃げ去った男を追跡します。マルドワーンはナイルスの部屋から更に多くの宝石を発見します。一方、ハローランはジーンとナイルスの関係をたぐっていくうちに、イースト河に死体となって浮かんでいたバカリスという宝石泥棒に着目します。彼はバカリスが過去にガーザという男と一緒に仕事をしていたことを訊くと、ガーザの隠れ家を突きとめようとするのですが・・・。

 

本作はフィルム・ノワールと言うより、ニューヨーク・ロケを存分に生かしたドキュメンタリータッチの犯罪捜査映画です。後に日本でも、黒澤明の「野良犬」、鈴木英夫の「殺人容疑者」、東映の警視庁物語シリーズなどにも、影響を与えたと思われます。モデルの女性が殺されたことから、刑事たちがニューヨークの街を奔走し、犯人を突きとめるまでのシンプルなストーリーながら、リアリズムを重視し、ジャーナリスティックな感覚も取り込んでいます。

 

捜査を指揮する警部役のバリー・フィッツジェラルドの老獪な狸親爺ぶりがなかなかよろしいです。色男のナイルスの嘘を次々と見破るのはもちろんのこと、頭のおかしな老婦人があり得ない情報を持ち込むと、調子を合わせながら丁重にお引き取り願う老練さが堪りません。マルドワーン警部の対応が機知に富んだユーモアを含んで描かれるため、乾いたタッチの作品が適度に湿り気を帯びて、束の間のオアシスのような役割を果たしています。

 

ただし、殺された娘の遺体を引き取りに来た両親の場面は感傷的過ぎますし、ハローラン刑事の家庭の描写はなくても良かったように思います。そのハローランは、当初マルドワーンに新入りで使えないと見られていましたが、話が進むにつれ、有能な仕事ぶりを見せるのも面白かったです。ロケの効果は抜群で、当時のニューヨークの風景はもちろん、ニューヨーカーの生活スタイルを眺めるだけでも楽しめます。刑事映画を30本選べと言われたら、必ずランクインするほどお気に入りの一作です。


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沈黙、愛 予告編

 

チラシより

巨大ゲーム会社の代表を務め、様々なビジネスへの投資も行なうブローカーであるイム・サテン(チェ・ミンシク)は、全てを手に入れた男だ。権力、富、愛さえも手に入れ輝かしい人生を送るイムだったが、彼の婚約者で有名歌手のユナ(イ・ハニ)が無残に殺害され、娘のミラ(イ・スギョン)が殺人容疑で逮捕される最悪な事態に見舞われる。娘の潔白を証明するため、イムは自ら事件についての調査をし、チェ・ヘジュン(パク・シネ)という若い弁護士を雇う。検事当局と弁護側双方の証言は食い違い、法廷闘争はヒートアップしていく。そんな中、ユナの熱狂的なファンを公言するキム・ドンミョン(リュ・ジョンヨル)が現れ、ユナが殺された事件現場の監視カメラの映像を見たと主張し、事件は思わぬ方向へ向かっていく・・・。

 

製作:韓国

監督・脚本:チョン・ジウ

撮影:キム・テギョン

出演:チェ・ミンシク パク・シネ リュ・ジョンヨル イ・ハニ イ・スギョン

2018年7月28日公開

 

話自体は、財界の大物の婚約者が殺され、大物の娘に容疑がかかり、権力と金に物を言わせて無罪を勝ち取ろうとする構図になっています。ミラがユナを殺したのか、そうでないのかは灰色のままでありながら、極めて不利な状況であることは明白。そんな状況下なので、父親が汚い手を使ってでも、不肖の娘を救おうとしていることは伝わってきます。

 

この父親がなかなかのクズっぷりを見せます。検事を抱き込もうとしたり、側近の部下を使って証拠隠滅を図ったりと、なりふり構わぬ姿勢で検察側と対峙します。また、イムを演じるチェ・ミンシクが、金しか信用しないブローカーが嵌っていて、後半に見せる素顔との落差が有効に働いています。

 

本作は、表面上単純な話に見せながら、劇中に様々な仕掛けが施されていて、結構トリッキーな作りになっています。物語の山場は、白黒つける法廷場面になっていますが、一件落着した後に、もうひとひねりさせています。惜しむらくは、枝葉の部分が気になり、肝心の本筋に集中できない点が残念。

 

例えばイムが直々に担当弁護士に指名したチェ。彼女が仕事熱心なのは疑いないものの、イソ弁で経験が浅く、他の弁護士を圧するほど有能そうには見えません。一人娘の弁護を任せるには、些か心許ないのです。後にチェを起用した理由の一端が明かされるものの、それだけではねぇ・・・。

 

また、チェが最初にミラに面会した際、ミラの反応から初対面ではない感じが窺え、どんな繋がりがあるのかと思って見ていたら、最後までその点は説明されずに終わります。これ以外にも、伏線が不十分のまま提示された末に後出しジャンケンの印象を与えたり、策に溺れて却って底の浅さを露呈したりするのが勿体ないです。

 

このように、細部を気にするタチの人間からすると、対立する者同士の軋轢からくる面白さだけでなく、もう少し丁寧に話を進めてくれよと言いたくなります。とは言え、最後まで目が離せないほど、興味を惹く展開にはなっているので、ミステリー、サスペンス、ノワールのジャンルが好きな映画ファンならば、観て損はないでしょう。


テーマ:

池袋 新文芸坐

永遠の映画スター 三船敏郎 より

 

 

製作:三船プロ

配給:東宝

監督:沢島忠

脚本:松浦健郎

撮影:山田一夫

美術:植田寛

音楽:佐藤勝

出演:三船敏郎 小林桂樹 北大路欣也 三國連太郎 田村高廣 中村翫右衛門 中村賀津雄

        中村梅之助 中村錦之助 内田良平 司葉子 池内淳子 星由里子 野川由美子

1969年12月5日公開

 

武州多摩で然理心流の試衛館道場を開く近藤勇(三船敏郎)は、土方歳三(小林桂樹)、沖田総司(北大路欣也)たちと浪士隊に志願。徳川家茂の上洛に際し、将軍警護のために京に向かいます。浪士隊には水戸浪士の芹沢鴨(三國連太郎)らも参加していましたが、近藤や芹沢ら13名は江戸戻りの命に対し、京都残留を主張。近藤と芹沢は京都守護職の松平容保と謁見し、不逞浪士の始末と市中警護を任されます。こうして、新選組が誕生します。

 

その頃、島原の大夫・お雪(池内淳子)は近藤に心を寄せますが、その妹お孝(星由里子)は近藤に恋人を殺され、秘かに仇討をする機会を狙っていました。やがて、芹沢の乱暴狼籍が目に余り出すと、近藤は、土方、沖田らと、芹沢を暗殺。新見(内田良平)ら芹沢派も、次々と斬られ、新選組の実権は近藤に委ねられます。

 

芹沢派を一掃したことで、新選組は信頼を取り戻します。そんな折、長州派の志士たちが池田屋に集結し、祇園祭の日に御所周辺に火を放ち、その隙に中川宮朝彦親王を幽閉しようとしていました。この動きを察知した近藤は、僅かな人数で池田屋に突入。凄絶な斬り合いの末、計画は未遂に終わります。

 

以来、新選組は、幕臣の信頼を集め、羽振りもよくなりました。しかし近藤は隊の引き締めを図り、過度な厳罰が祟り、河合喜三郎(中村賀津雄)、山南敬助(中村梅之助)を失ってしまいます。そして、幕府は衰亡の一途を辿り、鳥羽・伏見の戦いで新政府軍に敗れた後、新選組には多くの脱隊者が出ます。それでも近藤は、下総流山に流れ、捲土重来を期すのですが・・・。

 

新選組を扱った映画は様々あり、加藤泰監督、大川橋蔵主演の「幕末残酷物語」では、新入隊士の悲哀が描かれていましたが、本作では厳格な規律で隊をまとめ上げる隊長の苦悩を押し出しています。芹沢鴨らの乱行を目の当たりにしているだけに、近藤勇が率いる新選組は自ずと隊士に厳しい態度で臨まなければならず、その結果、融通の利かない硬直した組織になってゆきます。

 

義侠心から生まれた新選組も例外ではなく、横領の罪を着せられて死んでいった河合を助けられなかった山南は、確信犯的に脱隊を図り、新選組のやり方を問おうとします。隊をまとめねばならぬ立場の近藤は、厳しく隊士に接するものの、それでもいくばくかの温情を見せています。

 

油断して長州派に斬られた3人の隊士に対して、新選組として弔うのを拒絶しつつ、有志が弔うのは構わないと見逃したり、勘定方の河合に50両を補填するのに10日間の猶予を与えたりと、組織と個人の間で揺れ動く人間らしさを表しています。しかし、時局は幕府と新選組に益々不利になるばかり。新選組からは、大量に脱隊する者が続出し、更に苦境を強いられます。

 

沢島監督は、東映時代劇では人を殺める描写を控えたように感じられましたが、新選組を題材にした時点で、それは避けられなかったでしょう。ただし、殺傷場面で結構ドギツい演出が見られ、洗練した演出を信条にしていた沢島監督にしては意外でした。

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