パンクフロイドのブログ

私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

ブログにご訪問ありがとうございます。

おもに趣味を取り上げています。

NEW !
テーマ:

池袋 新文芸坐

没後二十年 藤田敏八 より

 

 

製作:東宝

監督:藤田敏八

脚本:ジェームス三木 藤田敏八

撮影:鈴木達夫

美術:樋口幸男

音楽:樋口康雄

出演:原田芳雄 桃井かおり 大門正明 白川和子 殿山泰司

        戸浦六宏 内田朝雄 地井武男 青木義朗 佐原健二

1973年2月17日公開

 

坂東宏(原田芳雄)と弟分の南部卓郎(大門正明)は、不動産会社を経営する中根(穂積隆信)の依頼により、彼の妻・富士子(白川和子)の浮気現場を、夫に踏み込ませることに成功します。ところが、報酬の金額で揉め、宏は中根を半殺しの目に遭わせてしまいます。二人は一時的に身を隠すため、卓郎が宏をアパートに連れて行きます。そのアパートにはマコ(桃井かおり)と名乗る娘がいて、彼女は石黒京子という金持ちの娘の代りに部屋と九官鳥をあずかっていると言います。

 

翌日、宏は中根の入院している病院に出向き、見舞い客をよそおって、残りの報酬を寄越すよう中根を脅します。ところが、居合わせた刑事に恐喝現行犯で逮捕されてしまいます。卓郎はマコと一緒に宏を探しに出かけますが、その途中、大道売りとのケンカで叩きのめされてしまいます。一方、留置場の宏は口から出まかせに、マコから聞いていた富豪の石黒(内田朝雄)の名をかたったおかげで釈放されます。

 

次の選挙にうって出ようとする石黒(内田朝雄)が行方不明の娘の消息を知りたいばかりに保釈金を払ったのです。石黒の屋敷に招かれた宏は、そこでマコが石黒京子であることに気づきます。しかし、宏は石黒に対しとぼけた返事をして、京子の居所は知らないと突っぱねます。やがて、アパートに戻った宏は、卓郎とマコと一緒にあてのない旅に出ます。金の尽きた3人は、ひなびた温泉宿で、卓郎とマコのシロクロ・ショウを実演するものの、そこは素人の悲しさで、客から苦情が殺到します。

 

そんな折、マコが石黒京子の誘拐を提案します。狂言誘拐の実行に、三人は久しぶりに胸が騒ぎます。身代金受け渡しの連絡を受けた石黒と弁護士の長谷川(地井武男)は、横浜棧橋で待機します。宏は身代金を受け取るべく石黒と交渉。しかし意外にも石黒はマコを見て京子ではないと、交渉を拒否し、その場を立ち去ってしまいます。石黒の言葉に呆然とした宏たちもやむなく車を動かします。ところが、走る車の後部トランクの中から、元刑事で駐車場警備員の中村(殿山泰司)が顔を出して騒ぎ始めたことから、警察に追われる羽目になります。

 

遅れてきたニューシネマの趣きのある、男女三人組の奇妙な結びつきを描いた青春映画です。宏と卓郎はコンビを組んで、犯罪スレスレの行為をして金を稼いでいます。主に宏が主導権を握っているものの、卓郎も宏にはタメ口なので、一応は対等の関係のよう。卓郎はマコのアパートに居候として転がりこんでおり、宏も中根に重傷を負わせた件に関してほとぼりが冷めるまで、彼女のアパートに置かせてもらうことに。

 

マコ役の桃井かおりがいきなり裸で登場するので、こちらも自然とテンションが高くなります(笑)。彼女のヌードは「あらかじめ失われた恋人たち」「エロスは甘き香り」「青春の蹉跌」で観た記憶があり、本作はその中でも裸率が高いように思います。卓郎は宏との仕事でスケコマシの役目を任されており、女の扱いはお手の物。宏が隣の部屋にいるにも関わらず、マコと乳繰り合います。

 

一方、宏は女嫌いで通っており、マコとの体の関係はありません。ただし、彼女が宏の体にチョッカイを出そうとするのは許しています。その現場を目撃した卓郎が、不機嫌になるのが微笑ましいです。宏がホモであるかは微妙ですが、卓郎とマコがまぐわうのは気になる様子で、卓郎も宏への依存度が高い分、彼が突然いなくなったことで平静を保てなくなります。宏と卓郎が体の関係になるまで発展する可能性は極めて低いですが、精神的な結びつきは強く感じられます。

 

恐喝の現場を二人の刑事に取り押さえられたことで、宏は警察に勾留され、青木義朗演じる部長刑事の取り調べを受けます。強面の青木が登場すると、即座に緊張感が伝わり場も一段と引き締まりますね。石黒は何故か自宅にコウモリを飼っており、その組み合わせがなかなかユニーク。そう言えば、マコのアパートには九官鳥が飼われ、中根夫人の自宅にもペットの猫がいました。自由を謳歌しつつも、社会の枠組に囚われている、宏、卓郎、マコへの比喩なのかも。無軌道な若者が社会を彷徨う姿を描いた佳作なのですが、惜しむらくは終盤における警察の杜撰な描写が、画竜点睛を欠く形になったのは残念でした。

 

赤い鳥逃げた? 安田南

 

AD
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)

テーマ:

東京国立近代美術館フィルムセンター

逝ける映画人を偲んで 2015-2016 より

 

 

製作:東映

監督:村山新治

脚本:大和久守正

撮影:中島芳男

美術:江野慎一

音楽:津島利章

出演:野川由美子 加藤治子 伊吹吾郎 橘ますみ 後藤ルミ 渡辺やよい

        應蘭芳 安部徹 渡辺文雄 曽我廼家明蝶 伴淳三郎

1971年9月7日公開

 

赤字が2015-2016に亡くなられた故人です

 

幼い頃から父親の徳次郎(伴淳三郎)に、賭博のいろはを仕込まれた春子(野川由美子)は、一人前の女胴師に成長しました。ところが、徳次郎は浜松の中尾組の賭場で、賭場荒しを三人斬ったことにより刑務所入り。春子は中尾組代貸で恋人でもある吾郎(伊吹吾郎)と別れて尼寺に入る決心をします。吾郎も事件の責任をとり三年の所払いとなりました。

 

それから三年後。春子は春愁と名を変え、郊外の由緒ある信修庵で尼として暮していました。春愁は、庵主(加藤治子)の覚えもめでたく、彼女から絶大の信頼を受けます。一方、本山大覚寺の実務を司る事務総長の覚英(渡辺文雄)は、壇家総代の土建屋の水野(曽我廼家明蝶)に手引きされ、西条組の賭場にたびたび出入りし、信修庵の修復費を使い込んでいました。西条(安部徹)は、かねてから信修庵の士地に目をつけ、密かに水野と組んで寺を乗っ取る機会を伺っていたのです。

 

春愁は改修の認可がのびのびになっている事情を確かめに、大覚寺に出かけます。しかし、覚英は事務総長である自分に話を通さずに、僧正に直接掛け合いに行った春愁を、一方的に非難し彼女を追い返します。覚英は次第に追いつめられ、西条の言われるままに僧正と庵主の実印を無断で持ちだし、信修庵を担保に借用書を偽造し、西条から金を借り受けます。ところが、その金もすぐ博奕で失った上に、西条の情婦と寝たこともバレ、にっちもさっちも行かなくなります。

 

こうして、西条は大覚寺僧正に3000万円の借用書をつきつけます。返済できない場合は、尼寺に関する権限をいっさい放棄せねばなりません。その頃覚英は、僧正と庵主に遺書をしたため自死します。庵主が尼寺を手放そうと決心した日、吾郎から徳次郎の危篤の知らせがもたらされます。春愁は今日限りで寺を出たいと庵主に申し出ます。そして、最後の頼みとして、西条組に托す権利書を自分にまかせてくれと願い出ます。春愁はドスを墨染めの衣の下に隠し、西条の事務所に向かいます。

 

尼寺が舞台なだけに女優が尼僧を演じると、正直誰が誰やら判別しにくいのは確かです。さすがに主役の野川由美子、庵主の加藤治子、剃髪得度式前に髪のある渡辺やよいは分かるものの、曽我廼家明蝶に一服盛られた上に体まで奪われる橘ますみは、年増の尼僧と共に明蝶宅に赴くところでようやく分かり、應蘭芳も橘を折檻する場面で初めてレズ相手だったと理解できる始末。こんなことなら、二人のカラミのシーンを真剣に観ておけば良かった(笑)。

 

その一方で、尼寺の修繕費を着服して博奕にうつつを抜かす渡辺文雄の小悪党ぶりが珍しかったです。本来ならば渡辺は安部徹の演じた西条のほうが適役と思いますが、インテリヤクザを得意とする渡辺にしては意外な役回り。博奕づけにされた上、博奕の借金を埋めるため、僧正と庵主の実印を持ち出して、更に泥沼に嵌った挙句、責任も取らずに自ら死の道を選ぶ身勝手な処し方。渡辺が演じた悪党の中でも、一、二を争うほどの小物感に溢れ、惨めな死にざまと言えます。

 

珍しい役柄の渡辺文雄に対して、安部徹の悪役はいつも通りの安定感。安部と組む曽我廼家明蝶も、一見人当たりが良く物腰も柔らかいですが、女をモノにする手口や、渡辺を悪の道に引きずり込みながら彼が泣きついてくると知らん顔する薄情さなど、やることはエゲつありません。尤も、安部と明蝶が組めば、渡辺が小物に見えてしまうのも無理はない?

 

当初、ヒロインが女胴師からいきなり尼僧になることに違和感を抱きましたが、尼として仏に仕えることによって、父親が殺した相手の魂を供養する理由を聞いて、至極もっともと納得。その野川をサポートする伊吹吾郎も、いつもながら好漢なやくざが良く似合います。野川が窮地に陥ると、颯爽と現れ騎士道精神を大いに発揮します。

 

やくざ映画が完全に行き詰まりを見せ、袋小路に迷い込んだ時期だっただけに、考えつくものは何でも試みようとした意図は窺えます。尼とやくざの組合せは、あまり食い合わせが良いとは思えなかったですが、正統なスタイルで撮っているため、然程違和感はありません。また、尼になった若い女性も禁欲的な面ばかりではなく、托鉢の合間にちゃっかり鬘と洋服を身に着けてゴーゴークラブで踊るなど、現代っ子らしい面も見せたのは面白かったです。

AD
いいね!した人  |  コメント(3)  |  リブログ(0)

テーマ:

東京国立近代美術館フィルムセンター

逝ける映画人を偲んで 2015-2016 より

 

 

製作:東映

監督:鈴木則文

脚本:掛札昌裕 中島信昭

撮影:飯村雅彦

美術:桑名忠之

音楽:木下忠司

出演:菅原文太 愛川欽也 せんだみつお 原田美枝子 樹木希林

        亜湖 樹れい子 小松方正 川谷拓三 金子信雄 中村玉緒 辰巳柳太郎

1978年8月12日公開

 

赤字が2015-2016に亡くなられた故人です

 

宇宙の神秘に魅せられた桃次郎(菅原文太)は、ある夜、宇宙人らしき女性と遭遇します。その後、桃次郎はジョナサン(愛川欽也)と共に、桶川玉三郎(せんだみつお)の詐欺商法に引っ掛かり、高価なスーツを買わされますが、玉三郎が先日遭遇した美人イルカ調教師の月田えり子(原田美枝子)と幼なじみであることが分かると、彼女に近づくために彼を助手に雇ってしまいます。

 

ところが、この玉三郎は口が達者な上に、厄介事も持ち込んで来ます。玉三郎が父親に出した手紙で、運送会社の社長をしていると大風呂敷を広げたため、父親の半兵衛(辰巳柳太郎)が、その言葉を真に受けて故郷の人々を連れて息子の晴れ姿を見に来ると言うのです。桃次郎は父親を落胆させまいと、知り合いの運送会社の社長桑原(小松方正)に頼み込んで事務所を借り、仲間のトラック野郎と芝居をうって、玉三郎をにわか社長に仕立てます。

 

一方相棒のジョナサンは、不況で荷の減ったことから、運賃をダンピングしてまで仕事をとったため、仲間から総スカンを食らった上に、桃次郎にまで絶交されてしまいます。失意の彼は、雨の夜に知り合ったストリッパーのマリー(亜湖)に慰められ、付き人として公演先の下呂温泉に向かいます。また、桃次郎もえり子が結婚話で故郷の下呂に帰ったと聞いて彼女の後を追います。その頃、トラック野郎たちも下呂温泉に立ち寄っており、半兵衛が息子の“芝居”に協力してくれた一同をもてなします。

 

ジョナサンはその地でマリーと別れ、桃次郎と和解します。桃次郎はえり子のいる鳥羽に戻るものの、2頭のイルカが柵から逃げ出し、彼女は落胆します。漁師は捜索を打ち切りますが、真珠の研究をしている駿介(川谷拓三)が協力を申し出ます。桃次郎と駿介は小型ボートで捜索を続行し、朝日が昇る頃2頭を発見し、連れ戻すことに成功します。この件でえり子からの好感触を得た桃次郎は、プロポーズをするべく、彼女の元に向かうのですが・・・。

 

本作が公開された年は「未知との遭遇」「スターウォーズ」も日本で公開され、冒頭からSFネタを取り込んでいます。機を見るに敏な則文監督らしい演出。フェリーで桃次郎がプロポーションの良い美女にデレデレになるところも、第一種接近遭遇、第二種接近遭遇といった具合に、次々と彼女の体をまさぐるのが笑えます。その美女を演じる樹れい子は、男性誌のグラビアを飾ったモデルで、当時高校生だった私も彼女のグラビアを見ながら、色々お世話になった記憶がムニャムニャ・・・。

 

本作も桃次郎の勘違いから起きるギャグが炸裂しており、樹木希林と絡む場面は期待を裏切りません。また、せんだみつおのキャラクターを生かした玉三郎も大活躍。口から出まかせのマシンガントークに加え、調子のこき具合も最高。親孝行のために玉三郎を運送会社の社長に仕立て、周囲も協力してあげているのに何たる仕打ち(笑)。桃さんならずともぶん殴りたくなりますわなぁ。

 

父親の半兵衛は席を外しトイレに行った際、裏事情の一部始終を知り、その場は何も言わずに戻ります。しかし、後にトラック野郎たちが下呂温泉に出向いた際に宴会の席を設け、バカ息子の非礼を詫びるシーンは思わず目頭が熱くなります。辰巳柳太郎によるセリフのひとつひとつが胸に響く名場面でした。また、拓ボンが文太兄と筏の上で殴り合う場面は、さながら「県警対組織暴力」における取り調べ室のリベンジマッチを思わせます。序盤には由利徹が登場し、いつもの如く笑いをとってからの定番のウンコネタ。“下品こそ、この世の花”を実践する則文監督の真骨頂と言ったところ。

 

終盤はこのシリーズでおなじみのタイムサスペンス。嵐で遭難し瀕死の重傷の拓ボンを、文太兄がトラックで病院に運ぶものの、次々と受け入れを拒否されます。その中には金子信雄演じる院長もいて、“医は仁術”の看板が落ちて“医は算術”に変わるのが笑えます。そう言えば、当時病院が緊急の受け入れを拒否して、患者がたらい回しにされるのが社会問題になったことがありましたっけ。世相、流行、事件を映画の中に取り込みながら、観客を楽しませる点が、如何にも東映らしいですね。

 

また今回は、トルコ嬢こそ登場しなかったものの、亜湖をストリッパー役にして彼女の裸を堪能させ、原田美枝子も胸の大きさを強調した水着で野郎どもを喜ばせるなど、お色気方面もバッチリ。フィルセンターでは子供を見かけることは滅多にありませんが、おじいちゃんに連れられてきた小学校低学年の男の子は楽しんでくれたかなぁ?

AD
いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:

新感染 ファイナル・エクスプレス 公式サイト

 

 

公式サイトより

ソウル発プサン行きの高速鉄道KTXの車内で突如起こった感染爆発。疾走する密室と化した列車の中で凶暴化する感染者たち。感染すなわち、死-。そんな列車に偶然乗り合わせたのは、妻のもとへ向かう父と幼い娘、出産間近の妻とその夫、そして高校生の恋人同士・・・果たして彼らは安全な終着駅にたどり着くことができるのか―?目的地まではあと2時間、時速300km、絶体絶命のサバイバル。愛するものを守るため、決死の闘いが今はじまる。彼らの運命の行き先は・・・。

 

製作:韓国

監督:ヨン・サンホ

脚本:パク・ジュソク

撮影:イ・ヒョンドク

美術:イ・モグォン

音楽:チャン・ヨンギュ

出演:コン・ユ キム・スアン チョン・ユミ マ・ドンソク チェ・ウシク アン・ソヒ キム・ウィソン

2017年9月1日公開

 

ノンストップでハラハラドキドキが味わえるアクション映画。冒頭に車で轢き殺された鹿が生き返る場面から不穏な空気が漂い、感染者が発車直前の列車に飛び込む描写や、列車の窓越しに感染者が人を襲う様子が一瞬だけ映し出される演出も巧いです。サスペンスの連続で観る者を釘付けにする一方で、事態に巻き込まれた人々の背景をじっくり描き込んでいることによって、見応えのあるドラマとなっています。

 

主人公のソグ(コン・ユ)は、投資運用のプロであり、投資信託会社の利益を守るため、個人投資家を切り捨て、大企業の存続を図るような男です。家庭を顧みなかったため、妻とは別居状態にあり(離婚しているかどうかは不明)、娘のスアン(キム・スアン)の学芸会には出席できず、誕生日のプレゼントもダブリ買いする失態を見せます。このように、父親失格の烙印をいつ押されてもおかしくない状態にあります。

 

彼は異常事態に陥っても、自分と娘が助かることしか考えておらず、同じ列車に乗ったサンファ(マ・ドンソク)からは蔑まされます。そんなソグが、感染者たちの猛襲に遭い、周囲の人々と協力せざるを得ない状況になって、初めてエゴイズムを捨てることができます。そして、他者のために命を投げ出すことも厭わず、戦うことによって娘の信頼を取り戻し、父親に相応しい男として成長していきます。

 

最初はソグを嫌っていたサンファも、彼と接することによって、父親としての苦労や辛さを共有することができ、最後に身重の妻をソグに託し、男気溢れる胸アツな行動を見せるのです。ソグの視点だけでなく、娘やサンファから見た主人公像を入れることにより、複合的な見方が生まれ、よりバランスの良いドラマになっています。

 

パニックに陥った列車の人々は、命からがら感染者たちから逃れてきたソグたちを締め出そうとします。正気を失った感染者より、疑心暗鬼に囚われた人々のほうがより怖ろしいことを示す一例ですが、一概に彼らを批難するこもできません。被害を最小限に食い止めようとするのは一理あります。尤も、締め出そうとした人々には後にその報いが・・・。

 

ただし、どうしてもこいつだけは許せない野郎が一人だけいて、憎まれ役としては申し分ないキャラクター。己が助かるためには手段を選ばず、最後まで迷惑をかけっぱなしなのは、ある意味天晴れ。列車内の人々に散々酷い仕打ちをしたのですから、さぞやそれに相応しい制裁が待ち受けているかと期待したら、やや消化不良で物足りなかったのは残念。

 

ハリウッド映画ではどんな惨劇でも、最後はそれなりのハッピーエンドが用意されているのに対し、韓国映画に関してはどちらに転ぶかは予測不能。本作も例外ではなく、最後まで目が離せません。ラストにおける歌の件は用意周到に伏線が張られていて、そう来たか!と見事に回収されます。

 

列車内で起きるサスペンスで言えば、同じ韓国人監督が手掛けたポン・ジュノの「スノーピアサー」が思い浮かびます。別物とは分かっていても、娯楽作としては本作のほうが格段に面白いです。また、列車という密閉された空間の使い方も巧いし、社会が弱者とどのように向き合うかを問う文明批評の点からも、本作のほうが本質を突いていたように思います。

 

そして、利己的な人々を通じて、行き過ぎたグローバリズムに走る社会に、警鐘を鳴らしているようにも感じられました。特にパンデミックが広がったきっかけに、ソグが知らない間に一役買っていたことが後に判明すると、余計に身から出た錆が強く伝わってきます。

いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

テーマ:

エル ELLE 公式サイト

 

 

公式サイトより

新鋭ゲーム会社の社長を務めるミシェル(イザベル・ユペール)は、一人暮らしの瀟洒な自宅で覆面の男に襲われる。その後も、送り主不明の嫌がらせのメールが届き、誰かが留守中に侵入した形跡が残される。自分の生活リズムを把握しているかのような犯行に、周囲を怪しむミシェル。父親にまつわる過去の衝撃的な事件から、警察に関わりたくない彼女は、自ら犯人を探し始める。だが、次第に明かされていくのは、事件の真相よりも恐ろしいミシェルの本性だった――。

 

製作:フランス

監督:ポール・ヴァーホーヴェン

脚本:デヴィッド・バーク

原作:フィリップ・ディジャン

撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ

音楽:アン・ダッドリー

出演:イザベル・ユペール ロラン・ラフィット アンヌ・コンシニ

    シャルル・ベルリング ヴィルジニー・エフィラ ジョナ・ブロケ

2017年8月25日公開

 

女性がレイプされたのに警察に届けるのを拒み、事件を知った周囲に波紋が広がる点は、先に公開されたアスガー・ファルハディ監督の「セールスマン」に似ています。ついでに言うと、犯人捜しがメインでないことも。決定的に違うのは、レイプされた女性のキャラクターとその背景。ミシェルは父親が40年前に起こした犯罪のために、40年経った現在も世間から後ろ指を指されている身です。したがって、被害届を出しても、家族や友人関係を除けば、然したる同情を得られないばかりか、犯罪者の娘であることが蒸し返さる可能性が大きいです。

 

そのことはミシェル自身が一番理解しているため、諦念の心境になっていて、レイプを受けた直後の冷静な後始末の行動に表れています。共同経営者のアンナ(アンヌ・コンシニ)や別れた亭主のリシャール(シャルル・ベルリング)に、被害に遭ったことをポロッと話すのは、何故そのタイミングで?と思いつつ、「やはり分かってもらえなかったか」と心底うんざりした表情のミシェルが実に印象的。

 

彼女は不幸な生い立ちの中で、ゲーム会社のトップに昇りつめるほどガッツのある女性ですが、私生活の面では様々な問題を抱えています。母親(ジュディット・マーレ)は若いツバメと同棲している上に再婚も考えていて、リシャールとの間にできた一人息子のヴァンサン(ジョナ・ブロケ)は、身持ちの悪いジョシー(アリス・イザーズ)と結婚していて、彼女は父親が分からない子供を産んでいます。また、送り主不明の嫌がらせメールが度々送信され、社内には彼女のレイプを揶揄したかのような新作ソフトの試作品が出回り、正に内憂外患状態。

 

ただし、彼女は一方的に被害者の立場に甘んじることはなく、時に牙を向ける加害者の面も見せます。同じポール・ヴァーホーヴェン監督の「氷の微笑」では、シャロン・ストーンが刑事たちの取り調べをうけながらも、逆に彼女が主導権を握って、マイケル・ダグラスを追いつめましたが、ミシェルもそれに近い攻撃性のあるキャラクター。法律には触れないものの、人としてそれはどうよ?と思う言動が多々見られ、ビジネスパートナーだろうが、隣人だろうが容赦ありません。恨みを買うのも当然で、レイプ犯を特定できないほど敵が多いのも頷けます。

 

相手との関係性、事情、感情を交えずに、シレッと欲望のまま行動するミシェルが最高。ヒロインを演じるイザベル・ユペールは、地位も名誉も手にしているにも関わらず、64歳になっても挑戦的な役を体当たりで演じており、その女優魂に改めて感服しました。彼女でなければ考えられぬほど、ミシェルに相応しいキャスティングでした。

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:

池袋 新文芸坐

没後二十年 藤田敏八 より

 

久しぶりの新文芸坐での鑑賞でしたが、いつの間にか座席が新装されていました。

 

 

製作:日活

監督:藤田敏八

脚本:永原秀一 浅井達也

撮影:藤沢順一

美術:千葉一彦

音楽:玉木宏樹

出演:原田芳雄 梶芽衣子 藤竜也 地井武男 郷鍈治 久万里由香

        范文雀 司美智子 青木伸子 戸浦六宏 稲葉義男

1971年1月3日公開

 

新宿のある公園の芝生に、寝袋で眠る集団がありました。この集団はピラニア(原田芳雄)を筆頭に、振り子(梶芽衣子)、隆明(地井武男)、マッポ(藤竜也)、ネクロ(常田富士男)、レモン(司美智子)、シンコ(青木伸子)等、新宿をさすらうフーテンたちでした。そんな中、振り子と隆明が集団を抜け出し、じゃれあっているところへ、バイクに乗った5人組が突然現われます。総統(郷鍈治)の率いるバイク集団は、地方都市のボスで隆明の父親でもある荒木義太郎(稲葉義男)が、家出をした息子を連れ戻すために差し向けた男たちでした。

 

隆明は男たちに抵抗したはずみで、そのうちの一人(安岡力也)を刺し殺してしまいます。そこに、荒木の秘書(戸浦六宏)が現れ、隆明を強引に連れ去った挙句、振り子に殺人の罪を着せます。振り子は鑑別所に入れられますが、隆明会いたさに脱走し、彼の故郷へと向かいます。一方、ピラニアたちも振り子を追って、隆明のいる町へと出発します。

 

振り子は町へたどり着いたものの、総統に捕えられ、荒木邸の地下室に閉じこめられてしまいます。ピラニアたちは無人の別荘にアジトを構えながら、振り子の奪還の機会を窺いますが、荒木とグルになった警察に町から追い出され、荒れ果てた鉱山まで後退します。隆明も一旦は父親の荒療治に変心したものの、振り子への想いは断ちがたく、二人は隙を見て荒木邸を脱出し鉱山に向かいます。荒木はバイク集団、猟友会を引き連れ、町ぐるみで隆明を取り戻そうとし、壮烈な銃撃戦が始まります。

 

自宅に「野良猫ロック セックスハンター」のDVDが1枚だけありますが、「野良猫ロック」シリーズを観るのは、実は今回が初めて。同じ不良集団を描いても、東映の「不良番長」シリーズとは色合いが若干異なります。本作における野良猫集団は、新宿を根城にしており、新宿とは思えぬほど広い野原にある廃車になったバスの中で、集団生活を送っています。70年代初頭においても、ヒッピー文化の名残はあるものの、かなり形骸化しています。その証拠に(若干のヤラセを含め)自分たちの生活の様子を週刊誌に撮影させて、日銭を稼いでいます。

 

そんな彼らが、異様な出で立ちで地方都市を訪れたら、地元の人々から白い目で見られるのは当たり前。得体の知れぬ集団が、長期間滞在すると知ったら、そりゃ警戒しないほうがおかしいですわ。また、ピラニアたちも商店の品を万引したり、強奪まがいの行為をしたりするので、益々地元民から反感を買います。本来権力に立ち向かう側が、一般市民から嫌われるような行為をするため、なかなか彼らに肩入れしにくい構造になっています。

 

また、チラシの解説で原田芳雄が語っているように「皆が思いついたことを取り入れ、台本にないシーンもその場で作っていく」ため、観る側が戸惑うこともしばしばあります。冒頭の隆明と振り子が野原で愛し合っているうちに、バイク集団が現れるのは良しとしても、ネクロが突然工事現場に乱入し、掘削作業中に突然死する演出にはポカンとしてしまいますし、振り子がアヤ(久万里由香)と鑑別所を脱走した際にも、二人が本当の姉妹なのか、単に振り子が姉貴的存在なのかも定かではありません。他にも自宅に軟禁されている隆明に付き添う女(范文雀)が振り子と遭遇した際に、(結局その場は隆明が逃げ出しましたが)二人の再会をお膳立てするなど、前後の脈絡なく展開されるため、疑問を残したまま話に乗って行けない部分が多々見受けられます。

 

その一方で、話の本筋とは関係ないおまけの部分に楽しめる面があります。まさか「真樹がマチャアキに替わった」のセリフを言わせるために呼んだとは思えませんが、野村真樹から堺正章に歌のバトンタッチをしたり、モップスが宣伝カーに乗って、「御意見無用(いいじゃないか)」を演奏したりするのは、ちょっと得した気分を味わえます。ラストはこのシリーズはこれでおしまいという強い意志を感じさせる、最終作に相応しい幕切れ。潔い散り方でした。

 

モップス 御意見無用(いいじゃないか)

 

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:

シネマヴェーラ渋谷

東映女優祭り 三角マークの女神たち より

 

 

製作:東映

監督:鷹森立一

脚本:石井輝男

原作:千田夏光

撮影:飯村雅彦

美術:前田博

音楽:津島利章

出演:中島ゆたか 緑魔子 叶優子 三原葉子 小松方正 室田日出男 由利徹 たこ八郎

1974年7月17日公開

 

昭和12年秋、秋子(中島ゆたか)、道子(叶優子)、ユキ(内藤杏子)、梅子(森みつ子)は、金山(小松方正)に前金千円で買い集められます。彼女たちはいずれも北九州の貧しい村の出身で、家のために売られた娘ばかりでした。それでも兵隊を慰めるのはお国のためと信じ、博多の遊廓で働く決心をします。

 

道子とユキは既に男を知っている一方、秋子と梅子が生娘であることを利用して、金山は女たちを中国に送るのに便宜を計ってもらうべく、輸送指揮官に水揚げさせます。秋子には幼ななじみの恋人・正夫(達純一)がいましたが、思いを遂げられずに、彼は兵隊にとられていました。やがて、彼の部隊は北支へ出征する前に遊廓で遊ぶことを許されるものの、正夫は遊廓に入るのを躊躇います。遊廓の古株のひろ子(三原葉子)は気を効かせ、彼女の取計いで、二人はしばしの逢瀬を楽しみます。

 

昭和13年春、多くの兵士たちと共に秋子、ひろ子、道子、ユキ、そして病持ちのふさ(緑魔子)、朝鮮出身の金子(沢リミ子)たちが中国大陸へと送られます。九江に落ち着いてしばらくは、慰安婦を求める兵隊の列が絶えず、彼女たちも多くの相手をしなければなりませんでした。その結果、瞬く間に借金を返済してしまう程稼ぎますが、彼女たちは居残る道を選びます。戦争は日ごとに長期化し、それにつれて彼女たちの肉体も徐々に蝕まれていきました。

 

そんなある日、ふさが喀血して倒れます。彼女は母親が拵えた綿入れの半纏を身にまとい、息を引きとります。昭和13年秋、戦場は南下し日本軍は広東に迫ります。慰安隊も前線基地へと送られ、秋子と正夫は再会します。秋子は多くの兵隊に抱かれている自分を、正夫がどのよう思っているのか不安でたまりません。しかし、正夫は彼女に暖かい言葉をかけ、二人は激しく求め合います。やがて、中国軍の激しい攻撃を受け負傷者が続出し、慰安婦たちも看護婦として狩り出されるようになりますが・・・。

 

貧しい村の娘たちが女衒に買われ、博多の遊廓で体を売り、やがて従軍慰安婦として、戦線に送り出される物語です。娘たちの中には秋子のようにおぼこのまま買われた娘もいて、哀れなことに関山耕司演じる大尉に処女を奪われてしまいます。こんなことならば、幼なじみに処女を捧げておけば良かったと悔やんでも後の祭り。

 

そんな秋子を慰めるのが、三原葉子演じる古株のひろ子姐さん。遊廓の姐御的存在で女郎たちからも慕われています。体は穢されても心まで穢された訳ではないと諭し、好きな男ならば必ず事情は分かってくれると秋子を励まします。ひろ子は一目置かれているため、妊娠しているにも関わらず、冷飯を食らうことはありませんが、後に流産する不幸を迎えます。彼女は激戦地に向かう童貞の兵士に、やさしく筆卸しもします。私も童貞だったら、中島ゆたかや緑魔子より、三原葉子にお願いしたい(笑)。

 

一方、緑魔子演じるふさは、自分を遊廓に売った親を恨んでおり、母親が面会に来ても会おうとせずにやさぐれています。そんな彼女が、戦火の束の間に兵隊たちと催した運動会で、子供の頃に母親が応援してくれたことを思い出し、娘を売らざるを得なかった親の辛さを理解でき、死に際に母親から贈られた半纏に袖を通す場面は涙を誘います。

 

脇役陣も充実しており、ちょっと頭の足りない女郎の叶優子、軍医の由利徹、衛生兵のたこ八郎は、コメディリリーフとして悲惨な物語の中で一服の清涼剤の役割を果たしています。伍長役の室田日出男もややコメディ寄りのキャラクター。小松方正は女郎を束ねる面倒見のいい親方で、この手の映画には珍しくあくどい点が見当たりません。そして、金にがめつい役の似合う武智豊子が、遊廓に入って来た娘に“へのへのもへじ”の腰使いを教える場面には大笑い。

 

ややもすると、昔の社会における事象や人々の意識を、現代の感覚で描きがちですが、鷹森立一監督はそのあたりの問題を十分踏まえた上で、戦時下における陸軍と慰安婦の良い面も悪い面も曝け出しています。従軍慰安婦はともすると、政治に利用されやすく、却って彼女たちの苦悩や問題の本質から逸れた方向に向かいがちです。国同士で交わされた取り決めを平気で蔑ろにする韓国側に大きな問題があるのは事実ですが、日本にも問題を拗らせる責任の一端はあります。

 

まともな歴史教育をしてこなかったツケが、吉田清治を始めとする朝日新聞の捏造に繋がり、両国の関係を歪めた形にしています。韓国は従軍慰安婦の次は徴用工で日本を揺さぶろうとしていますが、同時にその行為自体が韓国自身をも貶めていることに早く気づいて欲しいですし、日本もはっきり指摘してあげたほうが、隣国との関係改善が進むと思います。長らく陽の目を見なかった作品ですが、戦時下の従軍慰安婦の実態を知る上で、本作は格好の資料となりますし、CS放送でもいいですから、多くの人々の目に触れてほしいです。

 

映画が終わってから40分ほど、中島ゆたかの写真撮影OKのトークショーが行なわれました。「従軍慰安婦」は併映される予定だった映画がとんだため、不遇な扱いを受け、中島さんがご家族と一緒に本作を観に行った際も、客がほとんど入っていなかったらしいです。その後も上映される機会があまりなく、この作品を観ている人はかなり少ない模様。

 

中島さんは映画化される前に、既に原作を読んでおられたものの、当時、別の作品を撮っていたこともあり、自分にお鉢が回って来るとは思わなかったそうです。共演の三原葉子は新東宝の時代からスクリーンで観ており、銀幕のスタアとして憧れの存在。緑魔子は役に集中していて、結髪の担当以外、共演者とはほとんど喋らなかったようです。鷹森立一は穏やかな監督で、その分助監督だった澤井信一郎が大声で指示をしていたと言います。そして、中島さんはこの映画における石井輝男監督の脚本を高く評価されていました。

 

博多の遊廓はオープンセットで、実際は埼玉で撮影されたとの事、同じように北支の戦闘場面も現地ではなく御殿場で撮影され、中島さんや叶優子は重装備で危険な撮影に臨みました。そんな彼女たちに対し、武智豊子はお年を考慮して重装備はせずに、銃撃で死ぬ場面は、弾がだいぶ逸れた位置に撃ち込まれたと笑っていらっしゃいました。最後に古証文を出すように、聞き手の樋口尚文さんが、中島さんが昔出した「愛人」というアナログシングルを見せたのに対し、私は持っていないとしきりに苦笑されておられました。う~ん、どんな歌なのか、聴いてみたい。

いいね!した人  |  コメント(6)  |  リブログ(0)

テーマ:

パターソン 公式サイト

 

 

チラシより

ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)。彼の1日は朝、隣に眠る妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)にキスをして始まる。いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に浮かぶ詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。そんな一見代わり映えのしない毎日。パターソンの日々を、ユニークな人々との交流と、思いがけない出会いと共に描く、ユーモアと優しさに溢れた7日間の物語。

 

製作:アメリカ

監督・脚本:ジム・ジャームッシュ

撮影:フレデリック・エルムス

美術:マーク・フリードバーグ

出演:アダム・ドライバー ゴルシフテ・ファラハニ 永瀬正敏

2017年8月26日公開

 

バスの運転手の仕事に就きながら、合間を見ては詩の創作に励んでいる男が、妻や町の人々と交流する姿を通して、日々の平穏な暮らしのかけがえのないありがたさが身に沁みてくる物語。考えてみれば、バスやタクシーの運転手は、自然と乗客の会話を耳にする機会が多く、町の人々の生の声が直に聴ける上に、詩作に関するインスピレーションも得やすい環境に身を置いています。

 

パターソンは携帯電話やパソコンを使用しないため、余計に生の情報は貴重と言えます。ただし、彼は最新機器を使いこなせないという訳ではなく、自分の生活スタイルに合わないという理由で身の回りに置いていない模様。

 

一方彼の妻ローラは、スマホやタブレットを活用しつつも、夫に強要しないところが慎ましくて好感が持てます。ローラは創作意欲に溢れ、彼女が着るものや部屋のデザインも、妻の趣味で統一されています。夫が直筆で書いた詩をしきりにコピーするよう勧めるのも、夫の詩を世に出したいクリエイターとしての表れなのかも。パターソンも彼女の忠告に従っていれば、後に起きる惨事にも対処できたのにね。

 

また、夕食に得体の知れぬパイを食卓に出すものの、パターソンは食が進まず水ばかり口にしているのには笑えました。味のほどは押して知るべし。それでもバザーに出したカップケーキは好評のようで、結構な売上を上げているので、料理の才能がない訳ではなさそう。

 

こんな具合に、人によってはローラのような女性を苦手と感じる者もいるかもしれませんが、自分が自由な振る舞いをする代わりに、相手の意見や行動に対しても十分尊重するので決して嫌な女には映りません。むしろ、ギターを夫におねだりする件などは可愛いし、毎晩愛犬の散歩のついでにBARに立ち寄ることも大目に見てあげる女性ですしね。

 

そして、夫婦の飼っている愛犬マーヴィンも、日々の生活にアクセントをつける役割をして、物語に彩りを添えています。バカな犬ほど可愛くて、終盤に夫婦の留守中にとんでもない事態を引き起こしても憎めません。ローラはさすがにお仕置きでガレージに閉じ込めちゃったけど・・・。

 

パターソンが帰宅すると必ず郵便ポストが傾いている謎とその原因が判明した時のおかしさ、ローラの夢のお告げなのか双子の出現率の異様な多さ、BARの店主ドク(バリー・シャバカ・ヘンリー)が“殿堂入り”と称して、バーカウンターの後ろに貼り付けている新聞記事やフォトの中にイギー・ポップも加わる身内ネタ(ジャームッシュの作品に出演)等、何気ない日々の中に小ネタを仕込みながら、ジム・ジャームッシュは決して観客を飽きさせないよう工夫しています。日常の中で繰り返されるルーティンワークや出来事にも、ささやかな変化が起き、それが日々の暮らしを潤す様子を的確に捉えています。

 

そして、一度は詩への情熱が失いかけたパターソンが、日本人の詩人(永瀬正敏)と束の間の交流をしたことで、詩への創作意欲を取り戻すくだりは心を温かくさせます。ここ10年ほどの間に、「ブロークン・フラワーズ」「リミッツ・オブ・コントロール」「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」と観てきた中で、本作は一番しっくりくる作品。円熟味が増した彼の今後の作品にも期待できそうです。

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:

ロスト・イン・パリ 公式サイト

 

 

チラシより

雪深いカナダの小さな村、味気ない日々を送る図書館司書フィオナ。ある日、パリに住むおばマーサから助けを求める手紙が届き、臆病者のフィオナは勇気をふり絞って旅に出る。ところがアパートにマーサの姿は見当たらず、セーヌ川に落ち所持品全てを失くす大ピンチ!おまけに謎めいた男ドムにつきまとわれて…。いったいマーサはどこに?!夏のパリを舞台に、愉快なオトナたちが小さな冒険を繰り広げる!わくわく楽しく、遊び心たっぷりのコメディが誕生した。

 

製作:フランス ベルギー

監督・脚本:ドミニク・アベル フィオナ・ゴードン

撮影:クレール・シルデリク ジャン=クリストフ・ルフォレスティエ

美術:ニコラ・ジロー

出演:フィオナ・ゴードン ドミニク・アベル エマニュエル・リヴァ ピエール・リシャール フィリップ・マルツ

2017年8月5日公開

 

パリを訪れたフィオナが、同郷のカナダ人のイケメンと行く先々で出会い、運命の人と思わせておいて、マイペースなMr.ビーンを彷彿とさせるドムとくっつけさせるあたり、ヒロインへの悪意とは言わないまでも、結構作り手の意地悪さを感じさせます。尤も、フィオナ・ゴードン自身がフィオナを演じているのですから、問題はないですけどね(笑)。

 

肩に乗せたバッグを下ろせよと何度も言いたくなるほど、ポンコツぶりの目立つ女性で、周囲の目を全く気にしないドムとはお似合いのカップルとは言えそう。フィオナの叔母マーサは、老人ホームに入るのを頑なに拒み逃げ回っています。そのトバッチリを食らうのは、フィオナとドムに留まらず、アパートの隣人の男(フィリップ・マルツ)にも及びます。マーサのためにした善意の行動が、まさかの展開に・・・といったあたりは、お気の毒様と思いつつも笑わずにはいられません。

 

映画自体はショートコントで話を繋いでいくような構成で、テンポも良く笑いが絶えません。その笑いも状況の面白さからくるギャグを多用し、大笑いできるギャグは少ないものの、そこはかとないおかしさでクスクス笑えます。例えば、ドムとマーサが一夜の過ち?を犯す場面で、マーロン・ブランドとマリア・シュナイダー共演の「ラスト・タンゴ・イン・パリ」のテーマ曲を流すセンスは、茶目っ気もありこちらのツボを突いてきます。

 

他にも船のレストランで、フィオナとドムが踊るシーンで流す選曲や、そこでサティの「ジムノペディ」を流す?といった感覚もいちいち好み。カナダの寒村を強調するドリフターズ並のベタなギャグがある一方で、伏線の回収が見事な面が窺えるなど、振り幅も大きいです。更に、フィオナの近くにマーサが出没するにも関わらず、二人がなかなか再会しない焦らし方もよく心得ています。今回、ドミニク・アベルとフィオナ・ゴードンのコンビ作を初めて観ましたが、コアなファンが付きそうな作風の印象を受けました。機会があれば、「アイスバーグ!」や「ルンバ!」も観てみたいです。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

シネマヴェーラ渋谷

フィルム・ノワールの世界Ⅱ より

 

 

製作:アメリカ

監督:フリッツ・ラング

脚本:シルヴィア・リチャーズ

原作:ルーファス・キング

撮影:スタンリー・コルデス

音楽:ミクロス・ローザ

出演:ジョーン・ベネット アン・リヴェール バーバラ・オニール マイケル・レッドグレーヴ

1949年9月6日公開

 

ニューヨークの富豪の娘シリア・バレット(ジョーン・ベネット)は、兄リック(ポール・キャヴァナー)の急死により、独りぼっちの身となりました。弁護士ドワイト(ジェームズ・シー)から求婚されたものの、決断できぬうちにシリアは友達のイディス(ナタリー・シェイファー)とその夫と共に、メキシコ旅行に出かけます。その地で、彼女はマーク・ラムフィア(マイケル・レッドグレーヴ)という建築家と知り合い、運命的なものを感じます。シリアはマークについてよく知らぬまま、熱に浮かされたように彼と結婚してしまいます。

 

シリアはてっきりニューヨークで暮らすものと思っていましたが、ニューヨーク近郊の小さな田舎町にある邸宅に来るよう手紙で指示されます。駅に降りたシリアは、マークの姉キャロライン(アン・リヴェール)に迎えられます。シリアはそこで初めて、マークが以前結婚していたこと、その妻との間にデイヴィッド(マーク・デニス)という息子があること、そしてマークの秘書だというロビイ(バーバラ・オニール)というヴェールを被った女が同居していることを知らされます。

 

マークが初婚だと思いこんでいたシリアは、彼が自分に隠し事をしていたことにショックを受けます。更に、マークは何かの拍子にシリアに対して冷たい態度をとるため、彼女はニューヨークへ去る決心をしました。しかし、シリアは出発間際になって思いとどまります。そんな折、マークは自宅でパーティーを開き、招待客に自慢の部屋を披露します。

 

彼が案内した六つの部屋は、世界各地で惨忍な殺人が行われた現場を再現したものでした。ところが七番目の部屋だけは、口実を設けて誰にも見せません。七番目の部屋にこそマークの特異な性格の謎が秘められていると感じたシリアは、隙を見て鍵の蝋型を取り、イディスに頼んで合い鍵を作りました。深夜になり、シリアは七番目の部屋に入ると、そこにはシリアの寝室と寸分違わぬ部屋が再現されていたのでした。

 

ヒッチコックの「レベッカ」と「白い恐怖」を足したような話で、ゴシックホラーの雰囲気を漂わせつつ、潜在意識を活用した心理サスペンスとなっています。愛する男に疑惑を向けながら、敢えて渦中に飛び込んでいくヒロインの活躍も見ものですが、夫のマークの不可解な行動の原因が、抑圧された家庭環境にあったことが明るみになる過程も興味をそそられます。ただし、フリッツ・ラング作品にしては平凡な出来で、演出にも冴えが見られないのは残念です。

いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。