パンクフロイドのブログ

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ミステリーに興味を持つようになったのは、小学4年生の頃に学校の図書室に置かれていたコナン・ドイルや江戸川乱歩の小説を読んだのがきっかけでした。でもよくよく考えると、小学2年生の頃にテレビ放映された『怪奇大作戦』もかなり影響を与えていたように思います。

 

『怪奇大作戦』はSRI(科学捜査研究所)の面々が、警察では解決できない奇怪な事件を科学と推理を駆使して謎と犯人を暴いていくドラマでした。尤も、科学と言ってもかなり怪しいものも混じっていましたが(笑)。このドラマで岸田森という俳優を始めて認識しました。子供向けに作られていたにも関わらず、大人の鑑賞に耐え得る回もあって、シリーズでも三本の指に入る「死神の子守唄」「霧の神話」「京都買います」はいつか記事に取り上げたいですね。

 

60年代末には『火曜日の女』という1時間枠のミステリーの連続ドラマも放映されていました。アンドリュー・ガーヴ、ノエル・カレフ、ビル・S・バリンジャー、ボアロ&ナルスジャックなど、海外ミステリーを原作にした回がある一方、脚本に菊島隆三、池田一朗(隆慶一郎)、佐々木守、倉本聡、監督に小野田嘉幹、野村孝、富本壮吉、恩地日出夫と言った面々のオリジナル作もありました。

 

私は子供だったのでリアルタイムで見たことはありません。それでも、中学1年生のゴールデンウィークの時期に、『火曜日の女』の「蒼いけものたち」を昼間の再放送で見ることができました。原作は横溝正史の「犬神家の一族」で主演は酒井和歌子。ただし、現代風に脚色されているため、金田一耕助は出てきません(笑)。また、ひし美ゆり子が全裸で柴田侊彦に迫る場面もあったようなのですが、全く記憶にありません。昼間の放送だったからカットされたのかしら?結局、学校が始まった途端見ることができなくなり、結末が原作通りだったのかは分かりません。

 

ミステリードラマの項はまだまだ続きます。

午前十時の映画祭 公式サイト

 

午前十時の映画祭 あらすじより

1880年、ワイオミング。各地で悪名を轟かせていたウィリアム・マニー(クリント・イーストウッド)は、今では銃を捨て2人の子供と静かに農場を営んでいた。妻にも先立たれ生活は苦しかったが、そんな時、スコフィールド・キッドという若いガンマンが訪ねてくる。町の娼婦に重傷を負わせた2人のカウボーイを殺せば賞金1000ドルが手に入るというのだ。マニーは、かつての相棒ネッド(モーガン・フリーマン)を誘い、3人で町へと向かう。

 

製作:アメリカ

監督:クリント・イーストウッド

脚本:デヴィッド・ウェッブ・ピープル

撮影:ジャック・N・グリーン

美術:ヘンリー・バムステッド

音楽:レニー・ニーハウス

出演:クリント・イーストウッド ジーン・ハックマン

             モーガン・フリーマン リチャード・ハリス

1993年4月13日公開

 

この映画は公開時に観たきりで、今回30年以上経っての鑑賞となりました。アカデミー賞の作品賞を受賞するほど、世間では名作とされているにも関わらず、私が思い出せるのは、ジーン・ハックマンがリチャード・ハリスを甚振る場面くらい。今回改めて鑑賞すると、ジーン・ハックマン演じる保安官がやはり強く印象に残りました。

 

彼の演じるリトル・ビル・タゲットは暴力的且つ残忍な性格を持つ敵役ながら、首尾一貫した哲学を備えるキャラクターであることが、記憶に残る一番の要因でした。例えば、娼婦の顔を切り刻んだ男への罰として、損害を被った売春宿の主人に馬を与えることでチャラにしようとする点。

 

娼婦を人間扱いしていない点は問題があるにせよ、店の売り物を壊したのだから、お前の持ち物で弁償しろという論理は、悪党なりに一応筋が通っています。また、銃を所持している者が保安官事務所に届けていない場合、ルールを破った者として容赦なく痛めつけるのも保安官の中では論理として成立しています。

 

それもこれも、リトル・ビル・タゲットが地域の秩序を保つのが全てと思うあまり、如何なる理由であれ、秩序を乱す者に対して制裁を加えるのが正当な行為と見做す考えから来ています。とにかく彼は自分の目の届く範囲に物事を掌握しておきたい傾向があり、建物の修理を本職に任せずに自分でしてしまうところにも表れています。

 

当然、余所者に対しては厳しく、賞金稼ぎも自分たちの縄張りを荒らす者として極端に嫌っています。こうした前提を踏まえた上で、主人公とその仲間が敵地でどのように復讐の依頼を果たしていくのかが見どころとなっていきます。

 

また、この映画では通信手段が発達していない時代ならではの伝聞による話のズレが特徴的。娼婦の顔の傷の具合にしても、イングリッシュ・ボブの武勇伝にしても、人から人に伝わっていくうちに大げさになっていき、見ると聞くとでは大違いというオチが用意されています。

 

特にリトル・ビルがイングリッシュ・ボブの実話を付き添いの作家に暴露した上で、ダメを押すようにボブに二つの選択を迫り、噂とはほど遠い人物であることを実証する場面は、ボブの心が折れるような残酷さがあります。

 

他にも、本来制裁を受けなくても良いのに、当の人物に関わったり、協力したりしただけで、とばっちりを受ける人物が出てくる点も象徴的。若い牧童は娼婦の顔を切り刻んだ男を止めようとしたにも関わらず復讐の標的になりましたし、マニーの相棒のネッドも最終的に射殺すべき相手を撃てなかったのにリンチに遭うなど、理不尽な結末が待っている点が物語を味わい深くしていました。

 

ただし、ジーン・ハックマンの存在感に比べると、主役のクリント・イーストウッドが薄く感じられます。キャラの弱い原因は、昔に非道な行為をしたことが登場人物との会話のみで語られ、殺し屋としての凄みが伝わりにくいことに由来しています。マニー自身の行為で昔ワルだったという片鱗が見られるのは終盤になってからで、前半のうちに抑えきれない暴力衝動を少しでも見せていれば、また違った印象を受けたかもしれません。

 

世間の高評価に比べると、復讐の標的を仕留める描写にキレがなく、リトル・ビルとの対決も陰気くさいため、個人的には若干不満の残るイーストウッド作品ではあります。それでも、アカデミー賞にはあまり縁のなかった西部劇が受賞した功績は素直に称えたいです。

 

日本でもリメイク作が製作されましたが、今観るとどうかなぁ?

 

 

DVDあらすじより

フリーの殺し屋ジェフ(チャールズ・ブロンソン)は、ヴァネッサ(ジル・アイアランド)という美女とバカンスを楽しんでいたところ、何者かに銃撃される。負傷しながらも相手を倒したジェフは、気を失う前に、ヴァネッサが男と一緒に逃げるのを目撃する。ジェフは二人に復讐を誓い、カーレースに出場していたクーガンを狙撃する。次にジェフはヴァネッサを探すが、彼の前に、絶対的な権力を持つ暗黒街のボス、ウェーバー(テリー・サヴァラス)が立ちはだかる。

 

製作:イタリア

監督:セルジオ・リーマ

脚本:セルジオ・リーマ リナ・ウェルトミューラー

             サウロ・スカポリーニ ジャンフランコ・カリガリッチ

撮影:アルド・トンティ

音楽:エンニオ・モリコーネ

出演:チャールズ・ブロンソン テリー・サヴァラス ジル・アイアランド

             ウンベルト・オルシーニ ミッシェル・コンスタンタン

1970年12月19日公開

 

この映画は高校1年生の頃にテレビ放映で観て以来で、かれこれ50年ぶりの鑑賞でした。70年代頃のテレビは海外の映画が日本語での吹替えがほとんどだった時代。今回も当時に合わせて「月曜ロードショー」放映時の吹替えで観ようかと一瞬思いました。でも、とりあえず今回は字幕版で観ました。

 

ただ、字幕版は舞台となる土地と関係なく、俳優がイタリア語と英語の両方で喋るのには参りました。それも会話の途中で切り換わるものですから、観るほうはかなり戸惑いましたよ。

 

DVDの映像特典にあったセルジオ・ソリーマ監督のインタビューによると、当初、チャールズ・ブロンソンの役はジョン・ヴォイト、ジル・アイアランドの役はシャロン・テートを考えていたらしかったですね。この配役で観たかった気もしますが、寡黙の殺し屋はブロンソンのほうが合っていたように思います。

 

70年代のブロンソンの主演映画は、愛妻のジル・アイアランドとセットでの共演が多く見られ、本作も例外ではありません。彼女がブロンソンを裏切る女の設定が、人によっては内輪ウケして面白がれるかもしれません。ヴァネッサがクーガーだけでなく、ウェーバーとも深い仲になっていたことから、男を手玉に取る魔性の女と思われがちですが、ジル・アイアランドが演じると尻軽な女にしか見えないのは私だけでしょうか。

 

映画の後半は、狙撃の証拠となるフィルムのネガをエサに組織に取り込もうとするウェーバーと、一匹狼の殺し屋を貫こうとするジェフとの軋轢が表面化して静かな闘いが繰り広げられます。更に、ヴァネッサを操って漁夫の利を得ようとする悪党も明らかになり、ジェフはヴァネッサと黒幕の罠に嵌められて追いつめられていきます。

 

本作の見ものは二つ。ひとつは冒頭のバージン諸島のセントトーマス島での狭い路地を活かしたカーチェイス。もうひとつは外付けされたガラス張りのエレベーターをブロンソンが狙撃する場面。特に後者のクライマックスをもう一度観たいために、DVDを購入したようなものでした。

 

このエレベーターにはヴァネッサと黒幕が乗っていて、最初に黒幕が撃たれて、ヴァネッサも自らの死を覚悟します。50年前の日本語吹替えでは「苦しませないで殺して」と台詞を声に出していたのに比べると、今回観た字幕版は終始無音で演出され、ヴァネッサの台詞も声には出さず、口の動きに会わせ字幕のみで示されていたのが良かったです。この部分に関しては、字幕版に軍配が上がりました。

 

最後はジェフが自ら死を望み、一連の出来事の幕引きを図ります。この辺りはブロンソンが「さらば友よ」で共演した、アラン・ドロンの「サムライ」におけるラストとも相通じるものがありました。

ルックバック 公式サイト

 

チラシより

自信家な小学4年生の藤野は、学年新聞に4コマ漫画を連載し、クラスメートたちから絶賛されていた。しかしある日、学年新聞に掲載された不登校の同級生・京本の漫画を目にし、その圧倒的な画力に打ちのめされる。それ以来、藤野は絵が上手くなりたい一心で漫画を描き続けるが、その差は埋まらず、一度は漫画を諦めてしまう。ところが卒業式の日、京本の家へ卒業証書を届けに行った藤野は、京本が自分の漫画のファンだったことを知る。漫画へのひたむきな思いで結ばれたふたりは、一緒に漫画を描き始める。かけがえのない時間を積み重ねていく藤野と京本。しかし、そんなふたりも日々を大きく揺るがす出来事が訪れる――。

 

配給:K2 Pictures

監督.・脚本:是枝裕和

原作:藤本タツキ

撮影:上野千蔵

美術:小島伸介

音楽:坂東祐大

出演:出口夏希 蒔田彩珠 七瀬ふうり 岡田六花 野呂佳代

             池田良 佐々木みゆ 山田真歩 宮藤官九郎 菅田将暉

2026年9月11日公開

 

あらかじめ言っておくと、原作漫画は未読、アニメも観ていません。是枝裕和が監督でなかったらスルーしたと思います。是枝監督は「万引き家族」を始め、「ベイビー・ブローカー」「怪物」「箱の中の羊」と、ここ最近は意識高い系の作品が続いていたため、「花よりもなほ」「奇跡」「海街diary」「海よりもまだ深く」といった、身近な日常の映画を観たかったという点も、鑑賞の後押しになりました。

 

藤野は学級新聞で4コマ漫画の連載を描いて、クラスメートからも称賛を受けていました。ところが、不登校中の京本の4コマ漫画が載ったことで、藤野は上には上がいることを思い知らされます。負けず嫌いの藤野は我流の限界を感じ、絵画や漫画に関する本から知識を得て、京本との差を埋めようとします。しかし、圧倒的な画力の差は如何ともし難く、元々スポーツ万能で人望もある藤野は漫画を描く熱意を失い筆を折ります。

 

それでも、藤野は卒業証書を引きこもり中の京本の自宅に届けたことをきっかけに、彼女と関わり合うようになります。藤野は京本から漫画のファンだと告げられ、更に学級新聞の連載を辞めた理由を問われた際、本当の理由が言えずに、大風呂敷を広げた末に、京本と共同作業で再び漫画を描くようになります。

 

京本は中学生になっても相変わらず不登校を続けていましたが、藤野の自宅で漫画を描くことによって外に出られるまでには回復できます。同時に共同作業をすることで、藤野に対して敬語を使っていた京本が、タメ口を叩けるまでに変化をします。藤野はストーリーとキャラクターを担当し、京本が緻密な背景画を手掛けたことで、短編漫画が完成します。

 

その後、彼女たちは集英社に自分たちが描いた漫画を持ち込み、「週刊ジャンプ」の編集者から作品を認められます。更に、高校生ながら準作品賞にも選ばれ、読み切りの短編が何度か掲載されます。やがて、連載の話が持ち上がった矢先、藤野は京本から美術学校に進むつもりであることを告げられます。藤野は最終的に京本の希望を受け入れたものの、失望は隠せませんでした。

 

一方、京本は小学生の頃から引きこもり状態で、他人と接するのを極度に怖れていました。風景画しか描かないのも、その表れであると考えられます。京本は藤野との共同作業をすれば、他人と付き合う煩わしさから免れるメリットがありながら、それでも、敢えて美術学校に進もうとします。その決断は、自身の画力を更に高めようとする探求心も然ることながら、自分を変えようとする覚悟があったように思います。

 

また、美術大学に通うのは自分のためだけでなく、藤野がアニメの制作を夢見ていることから、自分の技術を磨くことによって、再び彼女と共同作業をしたい想いもあったかもしれません。それだけに、終盤に起きる悲劇が喪失感をもたらし切なくなってきます。

 

この映画には自我の目覚め、成長、自立という過程を経て、創作することの喜びが直に伝わってきます。本作は季節の移ろいや生活感を巧みに織り込みながら、是枝監督の緻密な計算によって、心を揺さぶられる作品になりました。

楽園 夕木春央

 

講談社サイトより

亡き両親から不動産を譲り受けた康之は、失踪した賃借人・海原の遺留品整理の際に、群馬の山奥の謎の物件の存在を知る。そこは、切り立った岩壁に囲まれた、「楽園」と呼ばれる奇妙な場所だった。恋人の沙織と一緒にそこを訪ね、探索をはじめた康之たちは、すぐに六人の“住人”に拿捕された。脱出のための条件は――「誰か一人を殺さなければならない」

 

夕木春央の新刊です。彼の二文字題名の著書は特殊な状況に置かれ、その中で殺人が起きる物語になっています。「方舟」では地下に閉じ込められた人々が、殺人を犯した人物を“生贄”にして生き延びようとする話でしたが、衝撃的な結末を迎え、読む者を絶望のどん底に叩き落しました。「十戒」では爆破を免れるために犯人を見つけてはならないという脅しを利かせ、「楽園」も閉じ込められた場所から脱出するには、拘束した6人の中から一人を選んで殺さねばならないという異常な設定が設けられています。この6人が何者なのか?彼らの目的は何か?この謎は序盤のうちに明かされますが、興を削ぐためここでは触れないでおきます。ただ、二人は拘束されながら、6人の生殺与奪の権利も握っていることが絶妙な塩梅になっています。主人公とその彼女が対応を決めかねている中、殺人が起き、更に話は混沌として行きます。二人には身に覚えがなく、残りの者も殺人に必要なある条件を満たしていないため失望します。やがて、主人公は恋人にも疑いの目を向け始め・・・と言った具合に、話がどう転ぶのか読めない点が魅力になっています。「方舟」で耐性がついているため、驚きの真相を知らされても胸がざわつくことはありませんでしたが、殺しをせざるを得なかった人物の“悪意”だけは、ひしひしと伝わってきました。

 

ビューティフル・ワースト 川瀬七緒

 

光文社サイトより

三百万円の慰謝料請求で追いつめられた専業主婦・大越真佐美は、家庭訪問中の教師・水口の荷物から百万円を盗んでしまう。その金は、真佐美の娘・ひなみが、水口を脅して用意させたものだった。ひなみは手に入れた和解金をある配信者に投げ銭し……。カネとインターネットを媒介して繋がっていく「最低」な人物たち。〝自分こそが正義〟――恐ろしくリアルな歪みにページを繰る手が止まらない、極上のサスペンス

 

この小説の主要人物は5人。専業主婦の大越真佐美は間違った正義をふりかざした結果、SNSの過激な書き込みで300万円の慰謝料を請求されています。中学教師の水口和也は引きこもりの教え子の自宅を定期的に訪問する一方で、未成年を盗撮して結構な額を稼いでいます。中学三年生の大越ひなみは不登校を続け、美容整形に関するライブ配信の視聴にのめり込んでいます。ライブ配信者の「ゆかぴ」こと川島結花は動画配信する一方、誹謗中傷するアンチに対してスラップ訴訟を連発して金を巻き上げています。コインランドリー経営者の宮坂隆行は隣人と揉め事を起こした末に一線を越える暴挙に打って出ます。いずれもロクでもない連中ばかり(笑)。どの人物も追いつめられている状況にあり、5人とも何かしらの形で繋がっているにも関わらず、自分が与り知らぬところで、自分の不利になる状況が秘かに進行している点が、この小説を面白くしています。本書は第三者の立場で他人の秘め事、トラブルを眺めるような面白さがあり、読者は更に全ての人間関係と秘密を全体像として把握しているため、神の視点から人間の愚かさを俯瞰できる楽しみを味わえます。宮坂が隣人に対して意趣返しをしたことから、更に物語は混沌としていき、ここから各人の抱えていた問題の解決を、パズルのピースが全て嵌って行くような展開になれば、拍手喝采したいところでしたが・・・。一応、今まで妹や「ゆかぴ」に踏みつけにされてきた大越真佐美が、娘のひなみと組んで逆襲に転じることを匂わせはするものの、これから面白くなるところでお預けを食らったたような気分になり、「結末は想像にお任せします」と突き放す締め方がエンタメとして勿体なかったです。

 

山上のフェイク 潮谷験

 

光文社サイトより

山上のコテージで開かれた大学の文学サークル同窓会。下山しない参加者を案じて送り込まれた山岳救助隊員たちは、無人となったコテージで主催者の刺殺体を発見する。程なくして参加者の手記が見つかるものの、救助隊員たちをさらなる混乱に陥れる“ある記述”が残されていた――。人命救助の行方は? 殺人犯の正体は? 事態の真相は? 圧倒的なスピード感で読者を揺さぶる、一切の無駄を削ぎ落した渾身の本格ミステリー!

 

本書は同窓会に参加した射場由美子と赤屋敷克彦の日記によって、事件が起きる前と起きた後の状況が読者に伝えられます。そして、山登りに出掛けた娘が帰ってこないという、射場の母親からの通報を受けた滋賀県警五寮署の山岳救助隊が救出に向かい、コテージで同窓会の主催者である沼田俊和の死体を発見したことから、残りのメンバーの捜索に向かう話の流れになっていきます。時折、殺害犯の独白が挟み込まれ、読者に謎を解くヒントが与えられています。その結果、次の三点によって読者の興味を最後まで引きつけています。

 

①沼田を殺害した犯人は誰か?

②犯人の魔の手から逃れようとしたメンバーは助かるのか?

③山岳救助隊のリーダーは同窓会のメンバーの中から犯人を見つけることができるか?

 

謎解きとは別に、遭難事例が発生した際に、山岳救助隊員の対処の仕方も色々とタメになりました。特に民間から協力してくれる人材を選ぶ際に、敢えて方向音痴の女性を入れることによって、山登りの素人がどのルートを選ぶのか、参考にする点が目から鱗が落ちる思いがしました。

オデュッセイア 公式サイト

 

映画.comより

トロイア戦争を終えたイタケの王オデュッセウスは、妻と息子が待つ故郷への帰還を目指す。しかし神々の怒りを買った彼の前には、一つ目の巨人や魔女、荒れ狂う海の怪物といった幾多の試練が立ちはだかる。一方、王の不在が続く故郷では、王妃ペネロペに求婚者アンティノオスの影が忍び寄り、まだ見ぬ父を思う息子テレマコスも窮地に追い込まれていた。愛する家族のもとへ帰り着くため、オデュッセウスは過酷な運命に立ち向かっていく。

 

製作:アメリカ イギリス

監督・脚本:クリストファー・ノーラン

原作:ホメロス

撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ

美術:ルース・デ・ヨンク

音楽:ルドウィグ・ゴランソン

出演:マット・デイモン トム・ホランド アン・ハサウェイ ロバート・パティンソン

             ルピタ・ニョンゴ ゼンデイヤ シャーリーズ・セロン エリオット・ペイジ

             ミア・ゴス トラヴィス・スコット

2026年9月11日公開

 

全編IMAXフィルムカメラによって撮影された大作なので、本当はIMAX設備のある劇場で観たほうがいいのでしょうが、最近は電車に乗って出かけるのが億劫になり、地元のシネコンでの鑑賞に留めました。ホメロスの叙事詩に関しては全くの素人のため、本編を観る前に少しばかり予習しておきました。そのおかげなのか、難なく話についていくことができました。ただ、予備知識がなくても十分飲み込めるほど、非常に分かりやすく作られていました。

 

本作は壮観な場面が多く、そちらに目を奪われるのは必至。また、トロイの木馬を使って堅固な守り打ち崩すのを始め、一つ目の巨人キュクロプスが人間を喰らい、魔女キルケの妖術によって人間が動物に変えられるなど、見世物のような面白さで話をグイグイ引っ張っていきます。

 

そして、オデュッセウスが艱難辛苦の戦いを続けるのと並行して、夫の帰還を待ち続ける妻のペネロペの苦悩、政略結婚によってオデュッセウスの地位を奪おうとする求婚者たちの卑しい性根や策謀も描かれていきます。元はと言えば、神をも畏れぬ行為を繰り返す人間にも問題があり、オデュッセウスの帰還がままならぬのは自業自得と言えなくもありません。孤閨のペネロペや跡継ぎのテレマコスにとってはいい迷惑ですが・・・。

 

この映画では(肯定はしませんけれど)略奪が帰還に伴う食糧確保のために必要だったことが、身に染みて伝わってきました。貴種流離譚としても、物乞いに身をやつした主人公が悪党どもに天誅を下すアクションに爽快感がありました。とにかく主役級の俳優が大挙して出演しているため、豪華キャストだけで十分楽しめます。また、クリストファー・ノーランらしいCGに頼らないこだわりや凝った演出がふんだんにあり、見どころが多過ぎてお腹いっぱいになってくるエンタメ映画でした。

こうのすシネマ

午前十時の映画祭 より

 

製作:フランス イタリア スペイン

監督:テレンス・ヤング

脚本:レアード・コーニング

撮影:アンリ・アルカン

美術:ポール・アポテケール

音楽:モーリス・ジャール

出演:チャールズ・ブロンソン 三船敏郎 アラン・ドロン ウルスラ・アンドレス

1971年11月26日公開

 

リンクとゴーシュの強盗一味は、警護騎兵隊の意表をついて金貨を輸送する貨車を襲い、乗客から金目の物を巻き上げ、列車に積まれた金貨を奪います。その列車には日米修好の任務を帯びた坂口備前守大使一行も同乗しており、ゴーシュは合衆国大統領に贈呈する宝刀まで奪い、阻止しよとした侍の一人を射殺しました。更に、ゴーシュは仲間のリンクも裏切り、貨車もろとも爆死させようと計り、意気揚々と引き揚げていきました。

 

条約調印まで間がないため、坂口備前守は黒田重兵衛に7日間の猶予を与え、それまでに大統領に贈呈する刀を取り戻すことを命じます。重兵衛は九死に一生を得たリンクを引き連れて、由緒ある刀を取り戻すと同時に仇討を果たそうとします。リンクもゴーシュを探す点では重兵衛と目的は同じですが、ゴーシュに金の在り処を吐かせる前に殺されたのでは元も子もなくなるため、重兵衛を出し抜いて金を手に入れようとします。リンクは何とかして重兵衛から逃れようとするものの、侍も無法者の思惑はお見通しでなかなか隙を見せません。

 

リンクと重兵衛はゴーシュの情婦であるクリスチーナの居る売春宿に行き、彼の来るのを待ち受けます。彼女は昔リンクの女でもあったようで、ゴーシュが寝取ったというより、リンクが愛想を尽かされて別れたように見えます。クリスチーナ演じるウルスラ・アンドレスは、この映画ではオッパイを見せているにも関わらずそそられません。顔の好みもあるでしょうが、菜々緒同様にいくら美人でスタイルが良くても惹きつけられない女優のタイプだからかもしれません。

 

ゴーシュが現れなかったことで、襲撃してきた部下の一人を生かしてメッセンジャーとして伝言を託し、リンクと重兵衛はクリスチーナを連れて待ち合わせの場所に向かいます。その道中、リンクは汚い手を使って、重兵衛から金を手に入れるまでゴーシュを殺さない約束を取り付けます。リンクは、金の隠し場所を知るまで、重兵衛がゴーシュを殺さないでおく保証が欲しく、バカ正直と思えるほどの日本人の実直さを利用します。これも武士に二言はないという日本人だからこそ成立する話で、息を吐くように嘘をつく民族には通用しないでしょう。

 

一方、クリスチーナは二人から逃亡したものの、コマンチ族に囚われてしまう。彼女はリンクと重兵衛によって救出され、その際にクリスチーナがコマンチ族の一人を刺殺したため、彼らの恨みを買うことになります。やがて、三人は約束の場所に到着したものの、ゴーシュから武器を取り上げられ、絶体絶命の窮地に立たされます。

 

この映画はテレビ放映では何度か観たことがありますが、スクリーンでの鑑賞は今回が初めて。忘れていたことを思い出させてくれたのは勿論の事、色々と再発見も多く有意義な時間を過ごせました。本来、西部劇でガンマンと侍が交わることはありませんが、侍を使節団の一員として登場させ、合衆国大統領に献上する名刀を奪われたことで、無法者の一人と手を組んで、悪党から取り返すというアイデア自体が秀逸。しかも、文化の違いからくる面白さのあるロードムービーにもなっています。

 

本作は三大スターの競演で話題になった映画で、三者それぞれの持ち味が発揮されています。リンクを演じたチャールズ・ブロンソンは、悪党でありながらちょっとした愛嬌があり憎めないキャラクターが巧く出ています。あれだけ金に執着したにも関わらず、最後にゴーシュが提示した選択肢に対し、重兵衛との友情を優先させる姿に胸が熱くなります。

 

重兵衛を演じた三船敏郎もかなりの儲け役。いかめしい武士でありながら、時折チャーミングな面を見せるのが効いています。また、刀、弓、馬を使ったアクションも時代劇で培った技量を存分に見せていました。アラン・ドロンは冷徹な悪党を本人も気持ち良く演じているように見え、こちらもフィルムノワールに出演した経験が活かされているように思えました。

白鳥とコウモリ 公式サイト

 

チラシより

善良な弁護士・白石健介(中村芝翫)が、刺殺された事件。「私がやりました。“すべての事件”の犯人は私です」容疑者として浮上した一人の男・倉木達郎(三浦友和)。彼の自供により事件は解決したはずだった――。だが、容疑者の息子・倉木和真(松村北斗)と、被害者の娘・白石美令(今田美桜)は、互いの父の言動に違和感を抱く。「なぜ父は、殺人を犯したのか――?」「なぜ父は、殺されないといけなかったのか――?」出会ってはいけない、容疑者の息子と被害者の娘が手を取り合ったとき、“真実”が揺れ動く。

 

製作:『白鳥とコウモリ』製作委員会

配給:松竹

監督:岸善幸

脚本:向井康介

原作:東野圭吾

撮影:羅偉恩

美術:露木恵美子

音楽:網守将平

出演:松村北斗 今田美桜 柄本佑 前原滉 井之脇海 宇野祥平

             中村芝翫 井川遥 吉田羊 風吹ジュン 三浦友和

2026年9月4日公開

 

東野圭吾原作の映画化なので、原作通りに撮れば面白さはある程度担保されています。とは言え、要点をよく抑え、結構ヴォリュームのある原作を145分の尺にまとめた点は評価されていいでしょう。そもそもの発端は1984年の殺人事件にあり、2017年の殺人事件との繋がりも徐々に浮き彫りになります。

 

「なるほど、そういう見方もあったか」と思った点は、和真が冤罪被害に遭った家族の店を訪れた場面。濡れ衣を着せられ獄中で自死した福間淳次の遺族からすれば、倉木の息子である和真にも良い感情を持っていない筈。でも、意外と和真に対して優しい対応をするのは、30年以上に亘って倉木が沈黙し続けてきた恨みより、倉木が逮捕されたことで福間の無実が証明された喜びが勝っていた点は、加害者家族同士でなければ成立し得ないのかもしれません。

 

誰かを庇うために、自分が犠牲になってでも秘密を守ろうとするのはよくあるパターンで、本作もその路線を踏襲しています。ただし、名作でも横山秀夫の「半落ち」のように、そこまで秘密にこだわる必要があるか?と疑問符のつく作品もあります。「白鳥とコウモリ」は原作ではある種の“共犯関係”と“罪の意識”の葛藤を深く掘り下げていたため、秘密保持にも一定の説得力を与えていましたが、映画だけだと倉木の頑なに秘密を守る姿勢に違和感を覚える人も出てくるかもしれません。

 

東野圭吾の映画化作品の中には、2時間ドラマでも十分と思える作品もありますが、ロケ撮影を活かすと割とポイントが高くなります。この映画も東京と愛知の景色が物語に巧く嵌ったように思えました。それと1984年のパートではわらべの「もしも明日が…」がバックに流れ、ちょっぴり懐かしさを覚えました。

バックルームズ 公式サイト

 

チラシより

ある日、自らが営む家具屋の地下から異次元へと迷い込んでしまったクラークは、不条理な世界で怪異に直面する。セラピストのメアリーもまた、彼の行方を追ってバックルームズへと足を踏み入れる。この空間はなぜ存在するのか。ここで一体何が起きているのか。

 

製作:アメリカ

監督・原作:ケイン・パーソンズ

脚本:ウィル・スーディク

撮影:ジェレミー・コックス

美術:ダニー・ヴァーメット

音楽:エド・ヴァン・ブリーマン ケイン・パーソンズ

出演:キウェテル・イジョフォー レナーテ・レインスヴェ

             マーク・デュプラス フィン・ベネット

2026年9月4日公開

 

家具店を営むクラークは仕事の忙しさにかまけて家庭を顧みなかったため女房には逃げられ、経営も巧く行かず精神が不安定になっています。そのため、彼はセラピストのメアリーから定期的に診察を受けています。現状維持に固執するクラークに対し、メアリーは変化を促しますが、彼女自身も過去に囚われている様子が窺えます。そんな折、クラークは家具店の中で異変が何度も起き、その原因を調べるうちに異次元の世界が存在していることに気づきます。

 

異常な電気の消費量、配電盤の不可解なスィッチ、閉店後に起きる不可解な現象と言った具合に、手順を踏みながら異次元に辿り着く過程を丁寧に描いています。また、異次元では日常で目にする物が置かれていながら、そこはかとない不気味さを漂わせていて、しかも絶妙なアートにも感じられます。そして、迷路のような異次元の構造は、不安定な精神状態のクラークの心象風景にも思えます。

 

クラークは自分が目にした光景をメアリーに話すものの、彼女が理解できないため苛立って席を立ちます。彼は従業員のボビーとキャットを巻き込んで、自分の身に起きたことを証明しようとします。ところが、三人は異次元で何者かに襲われ、メアリーの留守番電話にクラークの不穏な伝言が残されていたため、彼女は心配になって家具店に様子を見に行くという話の流れになっていきます。

 

本作は匿名掲示板4chanのフォーラムに1枚の写真が投稿され、監督のケイン・パーソンズがその写真に触発されて、You Tube上で短編を発表した末に、2億回が再生されたことがきっかけとなっています。この短編の世界観を、ジェームズ・ワンを始めとする製作陣のもとで映画化され、ケイン・パーソンズは若干20歳で長編デビューを果たしたばかりでなく世界各地で大ヒットさせました。

 

主人公が特殊な状況下に置かれる物語は、得てしてアイデア自体は面白い一方で、実際に観ると途中で興味が失われ、後は惰性で付き合うことが多いです。この映画はキワモノのように見せつつ、話の段取りが丁寧なため、得体の知れぬ恐怖が持続できていました。ただし、終盤に具体的な形で襲撃者を見せたことで、恐怖は薄まったような気もします。

 

本編が終了した後も、劇場限定の追加映像が流され、クラークが発見する以前に異変に気づいていた機関があることが示され、謎は謎のままとして終わります。因みに観終わった後は、同じジャンル映画でも志向の異なる「キャビン」を連想しました。異次元の空間は色々と想像が掻き立てられ、考察好きには格好の映画かもしれませんね。

 

 

 

平行と垂直 公式サイト

 

チラシより

兄の大貴は自閉スペクトラム症。現在は清掃の仕事に就き、周囲のサポートを受けながら自立した生活を送っている。妹の希は、カウンセラーとして働きながら兄を支えて生きてきた。ふたりの生活は変わることなく続くと思っていたが、希の結婚話をきっかけに、お互いのこれからに向き合うことになる。それは、ふたりのこれまでに向き合うことでもあった――。

 

製作:『平行と垂直』製作委員会

配給:東映ビデオ

監督:小林聖太郎

脚本・原案:山野海

撮影:大塚亮

美術:須坂文昭

音楽:富貴晴美

出演:安田章大 のん 伊島空 高山トモヒロ 谷村美月

             福田転球 芦川誠 早織 久保田磨希 神野三鈴 菅原大吉

2026年8月28日公開

 

私にとって本来食指が伸びない類の映画です。それでも、のんの出演する作品は地元のシネコンでなかなか上映されないことと、安田章大は吉田恵輔監督の「ばしゃ馬さんとビッグマウス」で麻生久美子と共に好印象を残したので観る気になりました。

 

本作は安田が企画を持ち込んだだけあって、入念な役作りをしていたことが窺え、自閉スペクトラム症のある兄が結婚を控える妹を祝福する気持ちと同時に、健常者の無理解による痛みと苦しみが十分伝わってきました。自分もコミュ障の気があり、空気を読めず、こだわりが強いことから、主人公の大貴のことを他人事とは思えませんでした。

 

相手役ののんも安田の芝居に呼応するかのように、障碍の兄を持つ妹役を綺麗ごとにまとめずに、家族だからこそ思わず心ない言葉を吐露してしまう弱さを見せるなど、嫁入り前の不安を抱える女性を好演していました。

 

特に兄をお荷物扱いするくだりは禁句を連発していて、観ているこちらがハラハラしましたた(笑)。かと思えば、父親が再々婚したことを知り、あまりにも脳天気な発言する父親に、怒りをぶちまける姿は爽快感がありました。

 

また、昭和の雰囲気を残すロケ地の堺が、この物語を引き立てていました。綾之町東商店街にある精肉店や青果店のおっちゃんやおばちゃんの親しみやすさ、瓦町公園のベンチでの待機児童の少女との遣り取りなど、気さくで少し厚かましい大阪の人々の気質を巧く引き出していました。