パンクフロイドのブログ

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東京国立近代美術館フィルムセンター

逝ける映画人を偲んで 2015-2016 より

 

 

製作:東映

監督:鈴木則文

脚本:掛札昌裕 中島信昭

撮影:飯村雅彦

美術:桑名忠之

音楽:木下忠司

出演:菅原文太 愛川欽也 せんだみつお 原田美枝子 樹木希林

        亜湖 樹れい子 小松方正 川谷拓三 金子信雄 中村玉緒 辰巳柳太郎

1978年8月12日公開

 

赤字が2015-2016に亡くなられた故人です

 

宇宙の神秘に魅せられた桃次郎(菅原文太)は、ある夜、宇宙人らしき女性と遭遇します。その後、桃次郎はジョナサン(愛川欽也)と共に、桶川玉三郎(せんだみつお)の詐欺商法に引っ掛かり、高価なスーツを買わされますが、玉三郎が先日遭遇した美人イルカ調教師の月田えり子(原田美枝子)と幼なじみであることが分かると、彼女に近づくために彼を助手に雇ってしまいます。

 

ところが、この玉三郎は口が達者な上に、厄介事も持ち込んで来ます。玉三郎が父親に出した手紙で、運送会社の社長をしていると大風呂敷を広げたため、父親の半兵衛(辰巳柳太郎)が、その言葉を真に受けて故郷の人々を連れて息子の晴れ姿を見に来ると言うのです。桃次郎は父親を落胆させまいと、知り合いの運送会社の社長桑原(小松方正)に頼み込んで事務所を借り、仲間のトラック野郎と芝居をうって、玉三郎をにわか社長に仕立てます。

 

一方相棒のジョナサンは、不況で荷の減ったことから、運賃をダンピングしてまで仕事をとったため、仲間から総スカンを食らった上に、桃次郎にまで絶交されてしまいます。失意の彼は、雨の夜に知り合ったストリッパーのマリー(亜湖)に慰められ、付き人として公演先の下呂温泉に向かいます。また、桃次郎もえり子が結婚話で故郷の下呂に帰ったと聞いて彼女の後を追います。その頃、トラック野郎たちも下呂温泉に立ち寄っており、半兵衛が息子の“芝居”に協力してくれた一同をもてなします。

 

ジョナサンはその地でマリーと別れ、桃次郎と和解します。桃次郎はえり子のいる鳥羽に戻るものの、2頭のイルカが柵から逃げ出し、彼女は落胆します。漁師は捜索を打ち切りますが、真珠の研究をしている駿介(川谷拓三)が協力を申し出ます。桃次郎と駿介は小型ボートで捜索を続行し、朝日が昇る頃2頭を発見し、連れ戻すことに成功します。この件でえり子からの好感触を得た桃次郎は、プロポーズをするべく、彼女の元に向かうのですが・・・。

 

本作が公開された年は「未知との遭遇」「スターウォーズ」も日本で公開され、冒頭からSFネタを取り込んでいます。機を見るに敏な則文監督らしい演出。フェリーで桃次郎がプロポーションの良い美女にデレデレになるところも、第一種接近遭遇、第二種接近遭遇といった具合に、次々と彼女の体をまさぐるのが笑えます。その美女を演じる樹れい子は、男性誌のグラビアを飾ったモデルで、当時高校生だった私も彼女のグラビアを見ながら、色々お世話になった記憶がムニャムニャ・・・。

 

本作も桃次郎の勘違いから起きるギャグが炸裂しており、樹木希林と絡む場面は期待を裏切りません。また、せんだみつおのキャラクターを生かした玉三郎も大活躍。口から出まかせのマシンガントークに加え、調子のこき具合も最高。親孝行のために玉三郎を運送会社の社長に仕立て、周囲も協力してあげているのに何たる仕打ち(笑)。桃さんならずともぶん殴りたくなりますわなぁ。

 

父親の半兵衛は席を外しトイレに行った際、裏事情の一部始終を知り、その場は何も言わずに戻ります。しかし、後にトラック野郎たちが下呂温泉に出向いた際に宴会の席を設け、バカ息子の非礼を詫びるシーンは思わず目頭が熱くなります。辰巳柳太郎によるセリフのひとつひとつが胸に響く名場面でした。また、拓ボンが文太兄と筏の上で殴り合う場面は、さながら「県警対組織暴力」における取り調べ室のリベンジマッチを思わせます。序盤には由利徹が登場し、いつもの如く笑いをとってからの定番のウンコネタ。“下品こそ、この世の花”を実践する則文監督の真骨頂と言ったところ。

 

終盤はこのシリーズでおなじみのタイムサスペンス。嵐で遭難し瀕死の重傷の拓ボンを、文太兄がトラックで病院に運ぶものの、次々と受け入れを拒否されます。その中には金子信雄演じる院長もいて、“医は仁術”の看板が落ちて“医は算術”に変わるのが笑えます。そう言えば、当時病院が緊急の受け入れを拒否して、患者がたらい回しにされるのが社会問題になったことがありましたっけ。世相、流行、事件を映画の中に取り込みながら、観客を楽しませる点が、如何にも東映らしいですね。

 

また今回は、トルコ嬢こそ登場しなかったものの、亜湖をストリッパー役にして彼女の裸を堪能させ、原田美枝子も胸の大きさを強調した水着で野郎どもを喜ばせるなど、お色気方面もバッチリ。フィルセンターでは子供を見かけることは滅多にありませんが、おじいちゃんに連れられてきた小学校低学年の男の子は楽しんでくれたかなぁ?

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新感染 ファイナル・エクスプレス 公式サイト

 

 

公式サイトより

ソウル発プサン行きの高速鉄道KTXの車内で突如起こった感染爆発。疾走する密室と化した列車の中で凶暴化する感染者たち。感染すなわち、死-。そんな列車に偶然乗り合わせたのは、妻のもとへ向かう父と幼い娘、出産間近の妻とその夫、そして高校生の恋人同士・・・果たして彼らは安全な終着駅にたどり着くことができるのか―?目的地まではあと2時間、時速300km、絶体絶命のサバイバル。愛するものを守るため、決死の闘いが今はじまる。彼らの運命の行き先は・・・。

 

製作:韓国

監督:ヨン・サンホ

脚本:パク・ジュソク

撮影:イ・ヒョンドク

美術:イ・モグォン

音楽:チャン・ヨンギュ

出演:コン・ユ キム・スアン チョン・ユミ マ・ドンソク チェ・ウシク アン・ソヒ キム・ウィソン

2017年9月1日公開

 

ノンストップでハラハラドキドキが味わえるアクション映画。冒頭に車で轢き殺された鹿が生き返る場面から不穏な空気が漂い、感染者が発車直前の列車に飛び込む描写や、列車の窓越しに感染者が人を襲う様子が一瞬だけ映し出される演出も巧いです。サスペンスの連続で観る者を釘付けにする一方で、事態に巻き込まれた人々の背景をじっくり描き込んでいることによって、見応えのあるドラマとなっています。

 

主人公のソグ(コン・ユ)は、投資運用のプロであり、投資信託会社の利益を守るため、個人投資家を切り捨て、大企業の存続を図るような男です。家庭を顧みなかったため、妻とは別居状態にあり(離婚しているかどうかは不明)、娘のスアン(キム・スアン)の学芸会には出席できず、誕生日のプレゼントもダブリ買いする失態を見せます。このように、父親失格の烙印をいつ押されてもおかしくない状態にあります。

 

彼は異常事態に陥っても、自分と娘が助かることしか考えておらず、同じ列車に乗ったサンファ(マ・ドンソク)からは蔑まされます。そんなソグが、感染者たちの猛襲に遭い、周囲の人々と協力せざるを得ない状況になって、初めてエゴイズムを捨てることができます。そして、他者のために命を投げ出すことも厭わず、戦うことによって娘の信頼を取り戻し、父親に相応しい男として成長していきます。

 

最初はソグを嫌っていたサンファも、彼と接することによって、父親としての苦労や辛さを共有することができ、最後に身重の妻をソグに託し、男気溢れる胸アツな行動を見せるのです。ソグの視点だけでなく、娘やサンファから見た主人公像を入れることにより、複合的な見方が生まれ、よりバランスの良いドラマになっています。

 

パニックに陥った列車の人々は、命からがら感染者たちから逃れてきたソグたちを締め出そうとします。正気を失った感染者より、疑心暗鬼に囚われた人々のほうがより怖ろしいことを示す一例ですが、一概に彼らを批難するこもできません。被害を最小限に食い止めようとするのは一理あります。尤も、締め出そうとした人々には後にその報いが・・・。

 

ただし、どうしてもこいつだけは許せない野郎が一人だけいて、憎まれ役としては申し分ないキャラクター。己が助かるためには手段を選ばず、最後まで迷惑をかけっぱなしなのは、ある意味天晴れ。列車内の人々に散々酷い仕打ちをしたのですから、さぞやそれに相応しい制裁が待ち受けているかと期待したら、やや消化不良で物足りなかったのは残念。

 

ハリウッド映画ではどんな惨劇でも、最後はそれなりのハッピーエンドが用意されているのに対し、韓国映画に関してはどちらに転ぶかは予測不能。本作も例外ではなく、最後まで目が離せません。ラストにおける歌の件は用意周到に伏線が張られていて、そう来たか!と見事に回収されます。

 

列車内で起きるサスペンスで言えば、同じ韓国人監督が手掛けたポン・ジュノの「スノーピアサー」が思い浮かびます。別物とは分かっていても、娯楽作としては本作のほうが格段に面白いです。また、列車という密閉された空間の使い方も巧いし、社会が弱者とどのように向き合うかを問う文明批評の点からも、本作のほうが本質を突いていたように思います。

 

そして、利己的な人々を通じて、行き過ぎたグローバリズムに走る社会に、警鐘を鳴らしているようにも感じられました。特にパンデミックが広がったきっかけに、ソグが知らない間に一役買っていたことが後に判明すると、余計に身から出た錆が強く伝わってきます。

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エル ELLE 公式サイト

 

 

公式サイトより

新鋭ゲーム会社の社長を務めるミシェル(イザベル・ユペール)は、一人暮らしの瀟洒な自宅で覆面の男に襲われる。その後も、送り主不明の嫌がらせのメールが届き、誰かが留守中に侵入した形跡が残される。自分の生活リズムを把握しているかのような犯行に、周囲を怪しむミシェル。父親にまつわる過去の衝撃的な事件から、警察に関わりたくない彼女は、自ら犯人を探し始める。だが、次第に明かされていくのは、事件の真相よりも恐ろしいミシェルの本性だった――。

 

製作:フランス

監督:ポール・ヴァーホーヴェン

脚本:デヴィッド・バーク

原作:フィリップ・ディジャン

撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ

音楽:アン・ダッドリー

出演:イザベル・ユペール ロラン・ラフィット アンヌ・コンシニ

    シャルル・ベルリング ヴィルジニー・エフィラ ジョナ・ブロケ

2017年8月25日公開

 

女性がレイプされたのに警察に届けるのを拒み、事件を知った周囲に波紋が広がる点は、先に公開されたアスガー・ファルハディ監督の「セールスマン」に似ています。ついでに言うと、犯人捜しがメインでないことも。決定的に違うのは、レイプされた女性のキャラクターとその背景。ミシェルは父親が40年前に起こした犯罪のために、40年経った現在も世間から後ろ指を指されている身です。したがって、被害届を出しても、家族や友人関係を除けば、然したる同情を得られないばかりか、犯罪者の娘であることが蒸し返さる可能性が大きいです。

 

そのことはミシェル自身が一番理解しているため、諦念の心境になっていて、レイプを受けた直後の冷静な後始末の行動に表れています。共同経営者のアンナ(アンヌ・コンシニ)や別れた亭主のリシャール(シャルル・ベルリング)に、被害に遭ったことをポロッと話すのは、何故そのタイミングで?と思いつつ、「やはり分かってもらえなかったか」と心底うんざりした表情のミシェルが実に印象的。

 

彼女は不幸な生い立ちの中で、ゲーム会社のトップに昇りつめるほどガッツのある女性ですが、私生活の面では様々な問題を抱えています。母親(ジュディット・マーレ)は若いツバメと同棲している上に再婚も考えていて、リシャールとの間にできた一人息子のヴァンサン(ジョナ・ブロケ)は、身持ちの悪いジョシー(アリス・イザーズ)と結婚していて、彼女は父親が分からない子供を産んでいます。また、送り主不明の嫌がらせメールが度々送信され、社内には彼女のレイプを揶揄したかのような新作ソフトの試作品が出回り、正に内憂外患状態。

 

ただし、彼女は一方的に被害者の立場に甘んじることはなく、時に牙を向ける加害者の面も見せます。同じポール・ヴァーホーヴェン監督の「氷の微笑」では、シャロン・ストーンが刑事たちの取り調べをうけながらも、逆に彼女が主導権を握って、マイケル・ダグラスを追いつめましたが、ミシェルもそれに近い攻撃性のあるキャラクター。法律には触れないものの、人としてそれはどうよ?と思う言動が多々見られ、ビジネスパートナーだろうが、隣人だろうが容赦ありません。恨みを買うのも当然で、レイプ犯を特定できないほど敵が多いのも頷けます。

 

相手との関係性、事情、感情を交えずに、シレッと欲望のまま行動するミシェルが最高。ヒロインを演じるイザベル・ユペールは、地位も名誉も手にしているにも関わらず、64歳になっても挑戦的な役を体当たりで演じており、その女優魂に改めて感服しました。彼女でなければ考えられぬほど、ミシェルに相応しいキャスティングでした。

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池袋 新文芸坐

没後二十年 藤田敏八 より

 

久しぶりの新文芸坐での鑑賞でしたが、いつの間にか座席が新装されていました。

 

 

製作:日活

監督:藤田敏八

脚本:永原秀一 浅井達也

撮影:藤沢順一

美術:千葉一彦

音楽:玉木宏樹

出演:原田芳雄 梶芽衣子 藤竜也 地井武男 郷鍈治 久万里由香

        范文雀 司美智子 青木伸子 戸浦六宏 稲葉義男

1971年1月3日公開

 

新宿のある公園の芝生に、寝袋で眠る集団がありました。この集団はピラニア(原田芳雄)を筆頭に、振り子(梶芽衣子)、隆明(地井武男)、マッポ(藤竜也)、ネクロ(常田富士男)、レモン(司美智子)、シンコ(青木伸子)等、新宿をさすらうフーテンたちでした。そんな中、振り子と隆明が集団を抜け出し、じゃれあっているところへ、バイクに乗った5人組が突然現われます。総統(郷鍈治)の率いるバイク集団は、地方都市のボスで隆明の父親でもある荒木義太郎(稲葉義男)が、家出をした息子を連れ戻すために差し向けた男たちでした。

 

隆明は男たちに抵抗したはずみで、そのうちの一人(安岡力也)を刺し殺してしまいます。そこに、荒木の秘書(戸浦六宏)が現れ、隆明を強引に連れ去った挙句、振り子に殺人の罪を着せます。振り子は鑑別所に入れられますが、隆明会いたさに脱走し、彼の故郷へと向かいます。一方、ピラニアたちも振り子を追って、隆明のいる町へと出発します。

 

振り子は町へたどり着いたものの、総統に捕えられ、荒木邸の地下室に閉じこめられてしまいます。ピラニアたちは無人の別荘にアジトを構えながら、振り子の奪還の機会を窺いますが、荒木とグルになった警察に町から追い出され、荒れ果てた鉱山まで後退します。隆明も一旦は父親の荒療治に変心したものの、振り子への想いは断ちがたく、二人は隙を見て荒木邸を脱出し鉱山に向かいます。荒木はバイク集団、猟友会を引き連れ、町ぐるみで隆明を取り戻そうとし、壮烈な銃撃戦が始まります。

 

自宅に「野良猫ロック セックスハンター」のDVDが1枚だけありますが、「野良猫ロック」シリーズを観るのは、実は今回が初めて。同じ不良集団を描いても、東映の「不良番長」シリーズとは色合いが若干異なります。本作における野良猫集団は、新宿を根城にしており、新宿とは思えぬほど広い野原にある廃車になったバスの中で、集団生活を送っています。70年代初頭においても、ヒッピー文化の名残はあるものの、かなり形骸化しています。その証拠に(若干のヤラセを含め)自分たちの生活の様子を週刊誌に撮影させて、日銭を稼いでいます。

 

そんな彼らが、異様な出で立ちで地方都市を訪れたら、地元の人々から白い目で見られるのは当たり前。得体の知れぬ集団が、長期間滞在すると知ったら、そりゃ警戒しないほうがおかしいですわ。また、ピラニアたちも商店の品を万引したり、強奪まがいの行為をしたりするので、益々地元民から反感を買います。本来権力に立ち向かう側が、一般市民から嫌われるような行為をするため、なかなか彼らに肩入れしにくい構造になっています。

 

また、チラシの解説で原田芳雄が語っているように「皆が思いついたことを取り入れ、台本にないシーンもその場で作っていく」ため、観る側が戸惑うこともしばしばあります。冒頭の隆明と振り子が野原で愛し合っているうちに、バイク集団が現れるのは良しとしても、ネクロが突然工事現場に乱入し、掘削作業中に突然死する演出にはポカンとしてしまいますし、振り子がアヤ(久万里由香)と鑑別所を脱走した際にも、二人が本当の姉妹なのか、単に振り子が姉貴的存在なのかも定かではありません。他にも自宅に軟禁されている隆明に付き添う女(范文雀)が振り子と遭遇した際に、(結局その場は隆明が逃げ出しましたが)二人の再会をお膳立てするなど、前後の脈絡なく展開されるため、疑問を残したまま話に乗って行けない部分が多々見受けられます。

 

その一方で、話の本筋とは関係ないおまけの部分に楽しめる面があります。まさか「真樹がマチャアキに替わった」のセリフを言わせるために呼んだとは思えませんが、野村真樹から堺正章に歌のバトンタッチをしたり、モップスが宣伝カーに乗って、「御意見無用(いいじゃないか)」を演奏したりするのは、ちょっと得した気分を味わえます。ラストはこのシリーズはこれでおしまいという強い意志を感じさせる、最終作に相応しい幕切れ。潔い散り方でした。

 

モップス 御意見無用(いいじゃないか)

 

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シネマヴェーラ渋谷

東映女優祭り 三角マークの女神たち より

 

 

製作:東映

監督:鷹森立一

脚本:石井輝男

原作:千田夏光

撮影:飯村雅彦

美術:前田博

音楽:津島利章

出演:中島ゆたか 緑魔子 叶優子 三原葉子 小松方正 室田日出男 由利徹 たこ八郎

1974年7月17日公開

 

昭和12年秋、秋子(中島ゆたか)、道子(叶優子)、ユキ(内藤杏子)、梅子(森みつ子)は、金山(小松方正)に前金千円で買い集められます。彼女たちはいずれも北九州の貧しい村の出身で、家のために売られた娘ばかりでした。それでも兵隊を慰めるのはお国のためと信じ、博多の遊廓で働く決心をします。

 

道子とユキは既に男を知っている一方、秋子と梅子が生娘であることを利用して、金山は女たちを中国に送るのに便宜を計ってもらうべく、輸送指揮官に水揚げさせます。秋子には幼ななじみの恋人・正夫(達純一)がいましたが、思いを遂げられずに、彼は兵隊にとられていました。やがて、彼の部隊は北支へ出征する前に遊廓で遊ぶことを許されるものの、正夫は遊廓に入るのを躊躇います。遊廓の古株のひろ子(三原葉子)は気を効かせ、彼女の取計いで、二人はしばしの逢瀬を楽しみます。

 

昭和13年春、多くの兵士たちと共に秋子、ひろ子、道子、ユキ、そして病持ちのふさ(緑魔子)、朝鮮出身の金子(沢リミ子)たちが中国大陸へと送られます。九江に落ち着いてしばらくは、慰安婦を求める兵隊の列が絶えず、彼女たちも多くの相手をしなければなりませんでした。その結果、瞬く間に借金を返済してしまう程稼ぎますが、彼女たちは居残る道を選びます。戦争は日ごとに長期化し、それにつれて彼女たちの肉体も徐々に蝕まれていきました。

 

そんなある日、ふさが喀血して倒れます。彼女は母親が拵えた綿入れの半纏を身にまとい、息を引きとります。昭和13年秋、戦場は南下し日本軍は広東に迫ります。慰安隊も前線基地へと送られ、秋子と正夫は再会します。秋子は多くの兵隊に抱かれている自分を、正夫がどのよう思っているのか不安でたまりません。しかし、正夫は彼女に暖かい言葉をかけ、二人は激しく求め合います。やがて、中国軍の激しい攻撃を受け負傷者が続出し、慰安婦たちも看護婦として狩り出されるようになりますが・・・。

 

貧しい村の娘たちが女衒に買われ、博多の遊廓で体を売り、やがて従軍慰安婦として、戦線に送り出される物語です。娘たちの中には秋子のようにおぼこのまま買われた娘もいて、哀れなことに関山耕司演じる大尉に処女を奪われてしまいます。こんなことならば、幼なじみに処女を捧げておけば良かったと悔やんでも後の祭り。

 

そんな秋子を慰めるのが、三原葉子演じる古株のひろ子姐さん。遊廓の姐御的存在で女郎たちからも慕われています。体は穢されても心まで穢された訳ではないと諭し、好きな男ならば必ず事情は分かってくれると秋子を励まします。ひろ子は一目置かれているため、妊娠しているにも関わらず、冷飯を食らうことはありませんが、後に流産する不幸を迎えます。彼女は激戦地に向かう童貞の兵士に、やさしく筆卸しもします。私も童貞だったら、中島ゆたかや緑魔子より、三原葉子にお願いしたい(笑)。

 

一方、緑魔子演じるふさは、自分を遊廓に売った親を恨んでおり、母親が面会に来ても会おうとせずにやさぐれています。そんな彼女が、戦火の束の間に兵隊たちと催した運動会で、子供の頃に母親が応援してくれたことを思い出し、娘を売らざるを得なかった親の辛さを理解でき、死に際に母親から贈られた半纏に袖を通す場面は涙を誘います。

 

脇役陣も充実しており、ちょっと頭の足りない女郎の叶優子、軍医の由利徹、衛生兵のたこ八郎は、コメディリリーフとして悲惨な物語の中で一服の清涼剤の役割を果たしています。伍長役の室田日出男もややコメディ寄りのキャラクター。小松方正は女郎を束ねる面倒見のいい親方で、この手の映画には珍しくあくどい点が見当たりません。そして、金にがめつい役の似合う武智豊子が、遊廓に入って来た娘に“へのへのもへじ”の腰使いを教える場面には大笑い。

 

ややもすると、昔の社会における事象や人々の意識を、現代の感覚で描きがちですが、鷹森立一監督はそのあたりの問題を十分踏まえた上で、戦時下における陸軍と慰安婦の良い面も悪い面も曝け出しています。従軍慰安婦はともすると、政治に利用されやすく、却って彼女たちの苦悩や問題の本質から逸れた方向に向かいがちです。国同士で交わされた取り決めを平気で蔑ろにする韓国側に大きな問題があるのは事実ですが、日本にも問題を拗らせる責任の一端はあります。

 

まともな歴史教育をしてこなかったツケが、吉田清治を始めとする朝日新聞の捏造に繋がり、両国の関係を歪めた形にしています。韓国は従軍慰安婦の次は徴用工で日本を揺さぶろうとしていますが、同時にその行為自体が韓国自身をも貶めていることに早く気づいて欲しいですし、日本もはっきり指摘してあげたほうが、隣国との関係改善が進むと思います。長らく陽の目を見なかった作品ですが、戦時下の従軍慰安婦の実態を知る上で、本作は格好の資料となりますし、CS放送でもいいですから、多くの人々の目に触れてほしいです。

 

映画が終わってから40分ほど、中島ゆたかの写真撮影OKのトークショーが行なわれました。「従軍慰安婦」は併映される予定だった映画がとんだため、不遇な扱いを受け、中島さんがご家族と一緒に本作を観に行った際も、客がほとんど入っていなかったらしいです。その後も上映される機会があまりなく、この作品を観ている人はかなり少ない模様。

 

中島さんは映画化される前に、既に原作を読んでおられたものの、当時、別の作品を撮っていたこともあり、自分にお鉢が回って来るとは思わなかったそうです。共演の三原葉子は新東宝の時代からスクリーンで観ており、銀幕のスタアとして憧れの存在。緑魔子は役に集中していて、結髪の担当以外、共演者とはほとんど喋らなかったようです。鷹森立一は穏やかな監督で、その分助監督だった澤井信一郎が大声で指示をしていたと言います。そして、中島さんはこの映画における石井輝男監督の脚本を高く評価されていました。

 

博多の遊廓はオープンセットで、実際は埼玉で撮影されたとの事、同じように北支の戦闘場面も現地ではなく御殿場で撮影され、中島さんや叶優子は重装備で危険な撮影に臨みました。そんな彼女たちに対し、武智豊子はお年を考慮して重装備はせずに、銃撃で死ぬ場面は、弾がだいぶ逸れた位置に撃ち込まれたと笑っていらっしゃいました。最後に古証文を出すように、聞き手の樋口尚文さんが、中島さんが昔出した「愛人」というアナログシングルを見せたのに対し、私は持っていないとしきりに苦笑されておられました。う~ん、どんな歌なのか、聴いてみたい。

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パターソン 公式サイト

 

 

チラシより

ニュージャージー州パターソンに住むバス運転手のパターソン(アダム・ドライバー)。彼の1日は朝、隣に眠る妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)にキスをして始まる。いつものように仕事に向かい、乗務をこなす中で、心に浮かぶ詩を秘密のノートに書きとめていく。帰宅して妻と夕食を取り、愛犬マーヴィンと夜の散歩。バーへ立ち寄り、1杯だけ飲んで帰宅しローラの隣で眠りにつく。そんな一見代わり映えのしない毎日。パターソンの日々を、ユニークな人々との交流と、思いがけない出会いと共に描く、ユーモアと優しさに溢れた7日間の物語。

 

製作:アメリカ

監督・脚本:ジム・ジャームッシュ

撮影:フレデリック・エルムス

美術:マーク・フリードバーグ

出演:アダム・ドライバー ゴルシフテ・ファラハニ 永瀬正敏

2017年8月26日公開

 

バスの運転手の仕事に就きながら、合間を見ては詩の創作に励んでいる男が、妻や町の人々と交流する姿を通して、日々の平穏な暮らしのかけがえのないありがたさが身に沁みてくる物語。考えてみれば、バスやタクシーの運転手は、自然と乗客の会話を耳にする機会が多く、町の人々の生の声が直に聴ける上に、詩作に関するインスピレーションも得やすい環境に身を置いています。

 

パターソンは携帯電話やパソコンを使用しないため、余計に生の情報は貴重と言えます。ただし、彼は最新機器を使いこなせないという訳ではなく、自分の生活スタイルに合わないという理由で身の回りに置いていない模様。

 

一方彼の妻ローラは、スマホやタブレットを活用しつつも、夫に強要しないところが慎ましくて好感が持てます。ローラは創作意欲に溢れ、彼女が着るものや部屋のデザインも、妻の趣味で統一されています。夫が直筆で書いた詩をしきりにコピーするよう勧めるのも、夫の詩を世に出したいクリエイターとしての表れなのかも。パターソンも彼女の忠告に従っていれば、後に起きる惨事にも対処できたのにね。

 

また、夕食に得体の知れぬパイを食卓に出すものの、パターソンは食が進まず水ばかり口にしているのには笑えました。味のほどは押して知るべし。それでもバザーに出したカップケーキは好評のようで、結構な売上を上げているので、料理の才能がない訳ではなさそう。

 

こんな具合に、人によってはローラのような女性を苦手と感じる者もいるかもしれませんが、自分が自由な振る舞いをする代わりに、相手の意見や行動に対しても十分尊重するので決して嫌な女には映りません。むしろ、ギターを夫におねだりする件などは可愛いし、毎晩愛犬の散歩のついでにBARに立ち寄ることも大目に見てあげる女性ですしね。

 

そして、夫婦の飼っている愛犬マーヴィンも、日々の生活にアクセントをつける役割をして、物語に彩りを添えています。バカな犬ほど可愛くて、終盤に夫婦の留守中にとんでもない事態を引き起こしても憎めません。ローラはさすがにお仕置きでガレージに閉じ込めちゃったけど・・・。

 

パターソンが帰宅すると必ず郵便ポストが傾いている謎とその原因が判明した時のおかしさ、ローラの夢のお告げなのか双子の出現率の異様な多さ、BARの店主ドク(バリー・シャバカ・ヘンリー)が“殿堂入り”と称して、バーカウンターの後ろに貼り付けている新聞記事やフォトの中にイギー・ポップも加わる身内ネタ(ジャームッシュの作品に出演)等、何気ない日々の中に小ネタを仕込みながら、ジム・ジャームッシュは決して観客を飽きさせないよう工夫しています。日常の中で繰り返されるルーティンワークや出来事にも、ささやかな変化が起き、それが日々の暮らしを潤す様子を的確に捉えています。

 

そして、一度は詩への情熱が失いかけたパターソンが、日本人の詩人(永瀬正敏)と束の間の交流をしたことで、詩への創作意欲を取り戻すくだりは心を温かくさせます。ここ10年ほどの間に、「ブロークン・フラワーズ」「リミッツ・オブ・コントロール」「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」と観てきた中で、本作は一番しっくりくる作品。円熟味が増した彼の今後の作品にも期待できそうです。

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ロスト・イン・パリ 公式サイト

 

 

チラシより

雪深いカナダの小さな村、味気ない日々を送る図書館司書フィオナ。ある日、パリに住むおばマーサから助けを求める手紙が届き、臆病者のフィオナは勇気をふり絞って旅に出る。ところがアパートにマーサの姿は見当たらず、セーヌ川に落ち所持品全てを失くす大ピンチ!おまけに謎めいた男ドムにつきまとわれて…。いったいマーサはどこに?!夏のパリを舞台に、愉快なオトナたちが小さな冒険を繰り広げる!わくわく楽しく、遊び心たっぷりのコメディが誕生した。

 

製作:フランス ベルギー

監督・脚本:ドミニク・アベル フィオナ・ゴードン

撮影:クレール・シルデリク ジャン=クリストフ・ルフォレスティエ

美術:ニコラ・ジロー

出演:フィオナ・ゴードン ドミニク・アベル エマニュエル・リヴァ ピエール・リシャール フィリップ・マルツ

2017年8月5日公開

 

パリを訪れたフィオナが、同郷のカナダ人のイケメンと行く先々で出会い、運命の人と思わせておいて、マイペースなMr.ビーンを彷彿とさせるドムとくっつけさせるあたり、ヒロインへの悪意とは言わないまでも、結構作り手の意地悪さを感じさせます。尤も、フィオナ・ゴードン自身がフィオナを演じているのですから、問題はないですけどね(笑)。

 

肩に乗せたバッグを下ろせよと何度も言いたくなるほど、ポンコツぶりの目立つ女性で、周囲の目を全く気にしないドムとはお似合いのカップルとは言えそう。フィオナの叔母マーサは、老人ホームに入るのを頑なに拒み逃げ回っています。そのトバッチリを食らうのは、フィオナとドムに留まらず、アパートの隣人の男(フィリップ・マルツ)にも及びます。マーサのためにした善意の行動が、まさかの展開に・・・といったあたりは、お気の毒様と思いつつも笑わずにはいられません。

 

映画自体はショートコントで話を繋いでいくような構成で、テンポも良く笑いが絶えません。その笑いも状況の面白さからくるギャグを多用し、大笑いできるギャグは少ないものの、そこはかとないおかしさでクスクス笑えます。例えば、ドムとマーサが一夜の過ち?を犯す場面で、マーロン・ブランドとマリア・シュナイダー共演の「ラスト・タンゴ・イン・パリ」のテーマ曲を流すセンスは、茶目っ気もありこちらのツボを突いてきます。

 

他にも船のレストランで、フィオナとドムが踊るシーンで流す選曲や、そこでサティの「ジムノペディ」を流す?といった感覚もいちいち好み。カナダの寒村を強調するドリフターズ並のベタなギャグがある一方で、伏線の回収が見事な面が窺えるなど、振り幅も大きいです。更に、フィオナの近くにマーサが出没するにも関わらず、二人がなかなか再会しない焦らし方もよく心得ています。今回、ドミニク・アベルとフィオナ・ゴードンのコンビ作を初めて観ましたが、コアなファンが付きそうな作風の印象を受けました。機会があれば、「アイスバーグ!」や「ルンバ!」も観てみたいです。

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テーマ:

シネマヴェーラ渋谷

フィルム・ノワールの世界Ⅱ より

 

 

製作:アメリカ

監督:フリッツ・ラング

脚本:シルヴィア・リチャーズ

原作:ルーファス・キング

撮影:スタンリー・コルデス

音楽:ミクロス・ローザ

出演:ジョーン・ベネット アン・リヴェール バーバラ・オニール マイケル・レッドグレーヴ

1949年9月6日公開

 

ニューヨークの富豪の娘シリア・バレット(ジョーン・ベネット)は、兄リック(ポール・キャヴァナー)の急死により、独りぼっちの身となりました。弁護士ドワイト(ジェームズ・シー)から求婚されたものの、決断できぬうちにシリアは友達のイディス(ナタリー・シェイファー)とその夫と共に、メキシコ旅行に出かけます。その地で、彼女はマーク・ラムフィア(マイケル・レッドグレーヴ)という建築家と知り合い、運命的なものを感じます。シリアはマークについてよく知らぬまま、熱に浮かされたように彼と結婚してしまいます。

 

シリアはてっきりニューヨークで暮らすものと思っていましたが、ニューヨーク近郊の小さな田舎町にある邸宅に来るよう手紙で指示されます。駅に降りたシリアは、マークの姉キャロライン(アン・リヴェール)に迎えられます。シリアはそこで初めて、マークが以前結婚していたこと、その妻との間にデイヴィッド(マーク・デニス)という息子があること、そしてマークの秘書だというロビイ(バーバラ・オニール)というヴェールを被った女が同居していることを知らされます。

 

マークが初婚だと思いこんでいたシリアは、彼が自分に隠し事をしていたことにショックを受けます。更に、マークは何かの拍子にシリアに対して冷たい態度をとるため、彼女はニューヨークへ去る決心をしました。しかし、シリアは出発間際になって思いとどまります。そんな折、マークは自宅でパーティーを開き、招待客に自慢の部屋を披露します。

 

彼が案内した六つの部屋は、世界各地で惨忍な殺人が行われた現場を再現したものでした。ところが七番目の部屋だけは、口実を設けて誰にも見せません。七番目の部屋にこそマークの特異な性格の謎が秘められていると感じたシリアは、隙を見て鍵の蝋型を取り、イディスに頼んで合い鍵を作りました。深夜になり、シリアは七番目の部屋に入ると、そこにはシリアの寝室と寸分違わぬ部屋が再現されていたのでした。

 

ヒッチコックの「レベッカ」と「白い恐怖」を足したような話で、ゴシックホラーの雰囲気を漂わせつつ、潜在意識を活用した心理サスペンスとなっています。愛する男に疑惑を向けながら、敢えて渦中に飛び込んでいくヒロインの活躍も見ものですが、夫のマークの不可解な行動の原因が、抑圧された家庭環境にあったことが明るみになる過程も興味をそそられます。ただし、フリッツ・ラング作品にしては平凡な出来で、演出にも冴えが見られないのは残念です。

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テーマ:

シネマヴェーラ渋谷

東映女優祭り 三角マークの女神たち より

 

 

製作:東映

監督:今井正

脚本:菊島隆三

撮影:中尾駿一郎

美術:進藤誠吾

音楽:芥川也寸志

出演:木村功 佐久間良子 有馬稲子 中原ひとみ 藤間紫

     進藤英太郎 小沢栄太郎 加藤嘉 山形勲

1960年4月5日公開

 

大橋証券に勤める社長秘書の尾形(木村功)は、周囲に知られぬよう社長令嬢の美千代(佐久間良子)とつき合っていました。彼女は母亡き後、姉の景子(有馬稲子)を母親のように慕っていましたが、景子は現在パリに留学しています。尾形は田舎出の青年であるがゆえに上昇志向が強く、美千代を足掛かりに、出世の道を切り拓こうとしています。

 

そんなある日、大橋社長(進藤英太郎)が妾宅にいた時に脳溢血で倒れます。大橋の動向を掴んでいた尾形は、世間に知られぬよう、社長を自宅に運ばせ機敏に処理をします。その働きが認められ、彼は重役たちからも高く評価され、社長の病気療養中の間、社長邸出向の命令を受けます。ところが、あまりにも私生活に立ち入る尾形の行動が大橋の逆鱗に触れ、社長宅から帰されてしまいます。

 

尾形は社長の愛人・英子(藤間紫)に社長の機嫌を直してもらうよう取り入り、彼女の誘惑を甘んじて受けます。英子はその代償として尾形に高血圧用の高価な薬を渡して便宜を図ってあげます。尾形はその薬を社長のもとに届けますが、大橋は再度脳溢血を起し、尾形の目の前で死んでしまいます。

 

尾形は通夜の席で、重役陣から今わの際に残した言葉はなかったかと訊かれ、咄嗟に己の出世に有利に働く遺言を創作します。有能な専務の岡林(山形勲)を差し置いて、大橋の身内である常務の徳平(加藤嘉)を社長に据えること、美千代との結婚を認めたことを尤もらしく語る尾形を、周囲は疑う事なく信用しました。それから3ヶ月後、尾形は美千代と晴れて結婚します。

 

そんなある日、美千代は父親を看取った医師から連絡を受けます。医師は臨終後に間違って大橋の薬を鞄に入れたことを詫び、美千代に薬を返す際、脳溢血で亡くなった場合、遺言を残す時間もないほどすぐに息を引き取ることを告げます。美千代が薬を受け取ると、箱の中には英子の手紙が入っていました。美千代の心には大きな疑惑が宿ります。

 

その夜、尾形と美千代は激しく口論した挙句、彼女は不可抗力で死んでしまいます。尾形は妻が外出したように工作をし、美千代の死体を車で運び、車ごと崖に突き落します。翌朝、彼は警察から美千代の死を知らされ、その後自動車事故として処理されます。尾形には新妻を失ったという同情が集まり、女中のトミ(中原ひとみ)も彼を気遣い、やがて尾形に抱かれるようになります。そんな折、景子がパリから帰国します。

 

スタンダールの「赤と黒」に代表される、地位の低い男が女を踏み台にしてのし上がるピカレスクロマンです。尾形はジュリアン・ソレルほどの野心は持ち合わせていないものの、証券会社の令嬢をコマし、彼女と結婚することで会社の地位を固めてゆこうとします。

 

秘書としての才覚があり、気を配ることにかけてはピカイチである反面、気が利きすぎることによって、社長の不興を買ってしまうのは何とも皮肉。仕事の範疇であれば有能な部下として使えますが、その範疇を超えた行動は、自分を脅かす危険な存在として映ります。更に娘と恋仲と知れば、財産目当てに結婚するのでは?と疑心暗鬼になろうと言うもの。

 

美千代との交際を反対された時点で、尾形の人生はお先真っ暗だったのが、大橋の急死によって事態が急変します。ここまでは、大橋の愛人・英子と深い仲になったのを除けば、さして非難を受ける筋合いではないでしょう。ところが、遺言をでっち上げた時点で、尾形は人としての一線を踏み越えてしまいます。

 

美千代と結婚できたものの、尾形が大橋に届けた薬が、医師の鞄に紛れ込んだことがきっかけに、遺言の嘘と英子との関係が美千代にバレてしまいます。バレるきっかけの伏線の繋がりも巧みで、そう来たか!と感心します。女性は好きな男でも、一度嫌な面が目に付くと、とことん嫌いになる場合があります。美千代が正にそのケースを体現します。

 

ただし、男の目からすると、遺言のでっち上げからこいつは信用ならんと嫌悪をもよおすのに対し、美千代はその部分は自分と結婚するためには嘘も仕方ないと黙認しています。むしろ、自分以外に女がいたことのほうが許せないという感じなのです。この違いに関しては、女性の意見も聞いてみたいところですね。

 

尾形が関わる女は、美千代、英子、トミ、景子の都合4人。浦辺粂子演じるすぎは、母親なのでここでは除外。4人の女の中では、英子が一瞬で猫かぶりの尾形の本性を見抜きます。尾形も仮面を被らず、ザックバランに話のできる相手として英子を必要としているところがあり、美千代との結婚後も関係が続いていたのは分かる気がします。妻にするのは嫌ですが、愛人には都合のいい女?(笑)。

 

トミは一途に尾形を愛する女中であり、尾形が景子に気があるのに気づくと実に悲しい表情を見せます。そんな彼女は皮肉で哀れな結末を迎えます。景子は妹の死に不審を抱き、尾形を追いつめます。彼の悪事を暴こうと別荘に誘うものの、別荘に行く途中で彼女の意図を気づかれ危険にさらされます。4人とも綺麗どころで目移りしてしまいますが、話の分かる大人の女、英子役の藤間紫に惹かれるのは、私も年をとった証拠でしょうか(笑)。

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テーマ:

東京国立近代美術館フィルムセンター

逝ける映画人を偲んで 2015-2016 より

 

 

製作:東映

監督:工藤栄一

脚本:佐治乾 小野竜之助

撮影:古谷伸

美術:井川徳道

音楽:鏑木創

出演:安藤昇 桜町弘子 山城新伍 永山一郎 遠藤辰雄 潮健児

        佐々木孝丸 加賀邦男 渡辺文雄 小池朝雄 安部徹

1968年1月14日公開

赤字が2015-2016に亡くなられた故人です

 

ある温泉町で、老舗の深町組と、新興組織の水谷組との間で激しい縄張り争いが繰り広げられていました。深町(安部徹)は任侠道がすたれていくのを見過ごせず、流れ者の坂下(安藤昇)を、任侠道を継承する男と見込んで、娘のきみ子(桜町弘子)と添わせ一家を構えさせます。小さい組ながらも坂下は、町の浄化のためと称して不良少年を傘下に収め、次第に勢力を拡張していきます。

 

ところが、水谷組と通じる金融業者・芦田(遠藤辰雄)に500万を騙し取られた工場主のため、坂下が芦田をしめ上げて金を取り返したことで、水谷組と坂下組の衝突が表面化します。しかし坂下は、暴力団の取締りが一層厳しくなることを見越し、市会議員の熊川(加賀邦男)を介して水谷(小池朝雄)を含め他の組織との和解策を持ちかけます。

 

こうして、暴力団の組織は一致団結し、青少年更生連盟という新たな組織を作って、互いに協力することになりました。その頃、城南会の幹部の宮本(渡辺文雄)が二人の子分を引き連れ、温泉町にやって来ます。坂下は兄弟分の宮本の勧めで城南会とも手を結び、芸能人の興行に手を伸ばした末に大きな成功を収めます。その一方で、資金源だったパチンコ組合から資金の打切りを通告されて、青少年更生連盟は大きな岐路に立たされます。

 

連盟は新たな資金を得るため、市営の競艇場建設にからんで、管理会社を発足させますが、水谷組の若い者が城南会の組員を襲ったことでトラブルが発生します。坂下は連盟と城南会の板挟みとなり、親分の心中を慮った坂下組の北上(潮健児)が、水谷を射殺してしまいます。水谷が殺された事件はメディアで大きく取り上げられ、管理会社の運営は事実上不可能になります。更に坂下の周辺にも、警察の手が伸びます。宮本が描いた筋書き通りに事が進む中、警察に逮捕されそうになった坂下は、一瞬の隙をついて逃亡し、宮本と片をつけるべく競艇場建設予定地に向かいます。

 

映画界入りする前の安藤組長の経歴が生かされた一作です。坂下は深田に見込まれ一家を任されると、義理人情を重んじながらも、合理的な思考で、目端の利く経済やくざとして、のし上がっていきます。やくざのしのぎに警察の手が伸びるのを見越し、合法的にみかじめ料を徴収する方法を編み出すなど、頭の良さを見せます。

 

坂下の盟友と言うべき水谷を演じるのが小池朝雄。当初は敵対関係にあったものの、坂下の説得によって共食いの危険を避け、同盟関係を築くようになります。自分の非を率直に認め坂下に詫びる潔さがあり、子分の不始末に自分の指を詰める組織の長としての責任感もあります。非常に人間臭いやくざであり、腹黒い宮本とは対照的。

 

坂下も宮本のことを十分警戒しているにも関わらず、宮本は坂下の警戒を上回る狡猾さを見せます。陰湿なインテリやくざを得意とする渡辺文雄の面目躍如の悪辣ぶり。安部徹演じる深田も、宮本の罠にまんまと嵌り、坂下を殺そうとするまで追い込まれます。安部徹がやくざを演じると敵役しか思い浮かびませんが、本作では珍しく善人側。やくざに善人役と呼ぶのもおかしいですが(笑)。

 

深田の娘役を演じるのが桜町弘子。当初は世間知らずの我儘な娘にしか見えませんが、話が進むにつれて、並々ならぬ若い衆への気遣い、夫の顔が立つように、家計を切り詰めながら一家を切り盛りするやくざの姐御らしさが浮かび上がってきます。夫を尻に敷くような態度(背中のファスナーを上げるのを要求する)を見せるかと思えば、時に夫婦漫才のようなコント(「あんたの怒った顔、セクシーよ」「任侠もんにセクシーなんかあるかよ」)のやり取りもあり、見ていて実に微笑ましい限り(笑)。安藤組長が相手なだけに、桜町弘子の愛らしさと相まって、ギャップ萌えします。こうした夫婦だからこそ、その結末は悲痛と呼ぶ以外にありません。最後のクライマックスの舞台が、競艇場の建設予定地というあたりも、夢破れた感がひと際強く残ります。

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