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パンクフロイドのブログ

私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

ウォーフェア 戦地最前線 公式サイト

 

チラシより

2006年、アメリカ軍特殊部隊8名の小隊は、イラクの危険地帯・ラマディで、アルカイダ幹部の監視と狙撃の任務についていた。ところが、想定よりも早く事態を察知した敵兵が先制攻撃を仕掛け、市街で突如全面衝突が始まる。退路もなく敵兵に完全包囲される中、重傷者が続出。部隊の指揮をとることを諦める者、本部との通信を断つ者、悲鳴を上げる者・・・放心状態の隊員たちに、さらなる銃弾が降り注ぐ。小隊は逃げ場のないウォーフェア(=戦闘)から如何にして脱出するのか---。

 

製作:アメリカ

監督・脚本:アレックス・ガーランド レイ・メンドーサ

撮影:デヴィッド・J・トンプソン

美術:マーク・ディグビー

出演:ディファラオ・ウン=ア=タイ ウィル・ポーター

             コズモ・ジャーヴィス ジョセフ・クイン チャールズ・メルトン

2026年1月16日公開

 

アレックス・ガーランド監督は前作の「シビル・ウオー アメリカ最後の日」でも、映画の登場人物と行動を共にする感覚を味わう“体験型”の作品を撮っていました。加えて、本作では従軍経験のあるレイ・メンドーサも製作に関わっているだけに、よりリアルな描写になっています。その結果、政治的な主張も感傷も排除した上で、過酷な状況に置かれた兵士たちの行動に特化した映画になっています。

 

まず、戦闘が始まる前のアルカイダの動向を注視する導入部において、結構な時間を割いています。監視場所を確保するため、米兵が監視に適した民家に侵入し、そこを拠点にしてアルカイダの動きを見張ります。占拠された家族にとっては青天の霹靂で、お気の毒と言う他ありませんね。

 

映画は8名の小隊が民家を占拠した後も、ひたすら監視と報告を行う様子を映し出すため、観客は単調な兵士たちの行動に些か苦行を強いられます。いざ戦闘が始まると、小隊は不利な状況に陥り、負傷した兵士の搬送と前線からの完全撤退が重要課題となります。

 

この段階にきて映画が漸く動き出した感じにはなるものの、劇的な事が起きる訳ではなく、実戦に即した対応が描かれるため、臨場感は味わえても面白みに欠ける点は否めません。したがって、映画的な興奮や物語の面白さを求める人にはあまり向かない映画です。

 

その代わり下手に訓を垂れていない分、戦闘を再現することに重きを置いたことで、戦場の生々しさが十分伝わってきます。この映画を十分堪能するには小さい画面では不十分であり、やはり映画館に足を運んでスクリーンで鑑賞するのをお薦めします。

 

ジャケットあらすじより

祇園のナオミ、強盗の知子、尻軽の軽子、イモ焼酎のお良、さえずりの悦子ら団員を指揮する、京都パール団の女番長・真紀は、愚連隊の一部と手を組んで、修学旅行売春や枕探しで盛り場を荒らしまわり、その名を京都一帯に轟かせていた。ところが、大阪を根城とするずべ公グループ・黒百合会が、京都に勢力を伸ばしてきたため、両派の激突が相次いで起こり始めた。そして、このずべ公グループの対立に目を付け、牝犬狩りを行い、一大売春組織を企てる暴力団・黒地組が加わったことから三つ巴の抗争が勃発。エロチシズムたっぷりに、凄惨なリンチと死闘が繰り広げられていく。

 

製作:東映

監督:鈴木則文

脚本:皆川隆之 鈴木則文

撮影:古谷伸

美術:吉村晟

音楽:鏑木創

出演:池玲子 宮内洋 風間千代子 小山明子 由利徹 岡八郎 大泉滉 藤木孝

              渡辺やよい 杉本美樹 女屋実和子 小池朝雄 荒木一郎 山城新伍 梅宮辰夫

1972年2月3日公開

 

本作は『女番長ブルース』シリーズの第二作。前作同様、池玲子が女番長として主役を務めています。それにしても、映画公開時まだ18歳だった(高校に通っていれば卒業前の高校3年生ですぜ)池玲子の色気が半端ありません。そんな彼女が裸になるわ、宮内洋と乳繰り合うわ、ボンクラ野郎には堪りませんわ。

 

ただ、東映ピンキー映画で池玲子と並び立つ杉本美樹が、今回は脇に回って専ら甚振られる役回りになっています。彼女への拷問にはコーラを使ったリンチもあり、そんなことに使うんかいと思わず説教したくなります。しかも、リンチするスケ番たちは「スカッと爽やか、コカコーラ」という当時流行ったCMのキャッチフレーズを台詞に入れて来ます。でも、ケースの箱にはペプシコーラと記されているのよね(笑)。

 

このように鈴木則文監督の映画は、敢えて作り手がボケた演出をすることで観る者にツッコミを入れられることを想定した作りになっています。したがって、こちらも監督の意図に添って一緒に楽しむのが一番いいでしょう。そこで実力を発揮するのが、岡八郎、由利徹、山城新伍と言ったコメディーリリーフの脇役陣。

 

池玲子が修学旅行中の女子中学生をスカウトし、荒木一郎を仲介して岡八郎に紹介し、岡が処女という名目に釣られ買春したら、彼女の方が一枚上手だったというオチで、まず笑わせてくれます。また、生臭坊主の由利徹も池玲子の色香に惑わされ、彼女の為にマンションまで購入したのに身ぐるみはがされます。不動産会社社員の山城新伍は、パール団と組んで由利を嵌めたものの、潜水服を着て女風呂に侵入した挙句、パール団の女たちから辱められます。

 

男のスケベ心が仇となり、そのまま自分の身に降りかかってくるのを3人とも嬉々とした芝居で笑わせます。この3人以外にも、白バイ警官の大泉滉が婦人警官に扮したパール団二人組に騙され、黒地組から盗んだ車を先導するのもニヤニヤさせられます。

 

また、梅宮辰夫も『不良番長』シリーズの神坂弘として登場し、僅かな出演時間ながら美味しいところを攫っていきます。特にバイクの後部席に乗ろうとした渡辺やよいに対し、「女は乗せるものじゃなく、乗るもの」と言い放つのは辰ちゃんのキャラクターでなければスベってしまうでしょう。

 

ただ、いくら意図的にユルい作りをしていたとしても、締めるところは締めないとグダグダになりかねません。例えば池玲子と風間千代子がタイマン勝負をする際に、度胸試しのような方法をとるのですが、こちらはチキンレースのようなハラハラ感はあまりなく、尻すぼみに終わりました。小山明子の役柄も大物女優にしてはやや無駄遣いに感じられました。

 

それでも、手下に囲まれた中で、池玲子が回転扉を利用して小池朝雄を仕留める演出はキレがあり、その直後にサッと終わらせるやり方も実にスマート。ロケ撮影が多いため70年代当時の空気を感じられ、お色気、笑い、アクションの三拍子揃った東映らしい娯楽作でした。

YADANG ヤダン 公式サイト

 

チラシより

麻薬犯罪者から情報を引き出し、検察や警察に提供して司法取引を操る、闇のブローカー“ヤダン”。出世のチャンスを狙う検事・グァニに才能を見出され、タッグを組んで次々と検挙を成功させていく---しかし、ある麻薬摘発事件が国家と裏社会を巻き込む巨大な陰謀へと発展し、ヤダンは地獄の底に突き落とされる---。

 

製作:韓国

監督:ファン・ビョングク

脚本:キム・ヒョソク ユン・スンヨン ファン・ビョングク

撮影:イ・モケ

美術:イ・モクウォン

音楽:キム・ホンジプ イ・ジニ

出演:カン・ハヌル ユ・ヘジン パク・ヘジュン

2026年1月9日公開

 

タクシー運転手のイ・ガンスは罠に嵌められ、冤罪のまま刑務所送りとなりました。彼は服役中に野心的な検事のク・グァニから刑期を短縮する代わりに、囚人たちから麻薬組織の情報を引き出すよう取引を持ち掛けられます。ガンスは抜群の記憶力を活かし、次々と有益な情報をク検事にもたらし、その功績が認められ通常より早く娑婆に出られました。

 

出所後もガンスは闇のブローカー“ヤダン”として、麻薬犯罪者と警察を仲介しつつ、ク検事の出世の後押しをします。ところが、ク検事が大統領候補の息子・チョ・フンの不祥事を揉み消す代わりに昇進の取引をしたことから、ガンスは彼に裏切られ麻薬組織の手によってクスリ漬けにされてしまいます。彼は無実の罪をなすりつけられた麻薬捜査官のオ・サンジュ、麻薬捜査に協力しながら容疑者に仕立てられた女優のオム・スジンと共に、復讐を果たそうというのが大まかな筋の流れです。

 

イ・ガンスの行なうヤダンの仕事は、麻薬犯罪者の減刑と引き換えに、捜査当局に麻薬取引の情報を流し、逮捕された容疑者から別の麻薬取引の情報を引き出して、減刑させる手数料として報酬を受け取る仕組みになっています。犯罪者はヤダンに金を払うことで減刑が約束され、捜査当局はヤダンがもたらす情報による司法取引で検挙率が上がり、ヤダンも捜査当局に情報を流すことで報酬が得られるという、三者とも得をする構図になっています。

 

ただし、ガンスはザコの犯罪者の情報は警察に流しますが、大物の場合はク検事に情報を渡して、手柄を立てさせようとするため、警察と検察特捜部の標的がかち合った場合、警察はしばしば煮え湯を飲まされます。ガンスは彼を弟分のように接するク検事に恩義を感じており、友情の証しとして黄金のライターを贈ります。これが終盤になって重要な伏線として効いてきます。

 

二人は二人三脚で実績を上げていきますが、ク検事がより大きな野望を抱いたため、ガンスは捨て駒にされてしまいます。ここから負け犬たちの逆襲が始まる訳ですが、何しろ韓国ノワールは娯楽作の定石を覆すところがあるため、この映画も大団円か、最悪の結末か、途中までどちらに転ぶか分からない作りになっています。それでも、ガンスに協力する麻薬捜査官のオ・サンジュがク検事から手を引く取引を持ち掛けられた時に、彼がある物を手にしていた辺りから結末の趨勢は見えてきます。

 

話自体はおかしな点、疑問に思う箇所がいくつかありながらも、観客に考える暇を与えないまま、一気呵成に突き進んでいく面白さはありました。それにしても、チラシに“ヤダン”は実在すると記されていましたがホンマかいな?

あーあ 自業自得短編集 織守きょうや

 

光文社サイトより

だから言ったのに。もう、手遅れ。背筋氏、絶賛! 他人事ではない戦慄があなたを待ち受ける…… 大学生 YouTuber の「俺」。再生回数を稼ぐため、知り合いの配信者が消息を絶った曰くつきの廃墟に向かい、予想だにしない恐怖に直面する(「廃墟で○○してみた」)。不倫相手から情事をキャンセルされ、やむなく帰宅した男は、何者かに殺された妻の遺体を発見する。現場にいたのは息子だけで......(「目撃者」)。踏み込んだら戻れないホラー&ミステリ6編収録。織守きょうやのダークサイドが渦巻く、禍々しい短編集。

 

副題に「自業自得短編集」とあるように、いずれの短編も災難に遭う人物たちは、身から出た錆が原因で酷い目に遭います。「幽霊刑」は傍観した罪に問われた男が6ヶ月の保護観察中に経験する悪夢を描いた一編。更生プログラムはキューブリックの「時計じかけのオレンジ」を連想させる一面もあります。「夜明けが遠すぎる」は代理殺人の結末が容易に予測できる一方、オチにはニヤリとさせられました。「壁の中」はエドガー・アラン・ポーの「黒猫」を意識させつつ、アイデアを盗用した小説家を訪問した女性の正体や訪問目的、彼女が突然死んだ理由が最後まで明かされず、謎を残したまま終わる余韻が不思議な味わいとなっています。「目撃者」は6編の中では一番ミステリーらしい謎解きの一編。疑われる妻帯者と事件を調べる女性刑事の二つのパートで展開する構成が、サスペンスとして効いています。「廃墟で〇〇してみた」は動画でバズろうとしたために、取り返しのつかない目に遭わされる一編。欲を出した結果酷い仕打ちを受ける点では、6編の中では自業自得に一番相応しかったです。「五人目の呪術師」は日本の商社マンがモザンビークで商談場所に向かう途中、呪術師を車で撥ねたことから呪いをかけられ、その呪いを解くために奔走する一編。オチは容易に予測できますが、最初の判断を見誤ったため、後で取り返しのつかなくなる典型例と言えますね。

 

神の光 北山猛邦

 

東京創元社サイトより

一攫千金を夢見て忍び込んだ砂漠の街にある高レートカジノで、見事大金を得たジョージ。誰にも見咎められずにカジノを抜け出し、盗んだバイクで逃げだす。途中、バイクの調子が悪くなり、調整するために寄った小屋で休むが、翌朝外へ出ると、カジノがあった砂漠の街は一夜のうちに跡形もなく消えていた──第76回日本推理作家協会賞短編部門の候補に選ばれた表題作を始め、奇跡の如き消失劇を5編収録。稀代のトリックメーカー・北山猛邦の新たな代表作となる、傑作推理短編集。

 

本書は“消失”をテーマにした短編集です。独軍がレニングラードを攻略しようとする最中、宝飾品が保管された屋敷ごと消える話があるかと思えば、カジノで大金を手に入れた男が目を覚ますと街全体がなくなっていた話も出てきます。また、エドガー・アラン・ポオの未完成且つ未発表の原稿にある山小屋の消失を解こうとする話や、時代も場所も異なる3つの消失エピソードが折り紙によって結びつく話など多肢多彩な物語が展開されます。表題作の「神の光」のような有名な出来事をネタに論理的に伏線を回収していく本格もの、「未完成月光 Unfinished moonshine」のように幽玄でホラー風味の話があるなど、変幻自在な語り口に工夫が感じられます。子供の頃に「怪奇大作戦」を夢中になって見ていた世代ならば、大風呂敷を広げた仕掛けは結構ハマるかもしれません。

 

犯人と二人きり 高野和明

 

文藝春秋BOOKSより

当代随一のストーリーテラーが贈る、最高のスリルとサスペンス!驚愕の展開と見事な謎解き、そしてドンデン返し!ミステリーをベースに、ホラー、サスペンス、SF、ファンタジーなど、エンタテインメント小説のあらゆる要素を盛り込んだ、傑作短編の豪華詰め合わせ!

 

七編ある短編のうち、一番のお気に入りは「ハードボイルドな小学生」。あるクラスメートの悪口が書かれた怪文書が机の中に大量に入れてあったことから、探偵気取りの小学生が調査に乗り出す話。かなり背伸びした探偵活動ながらも、小学生なりに身の丈に合った推理と調査が微笑ましく映ります。怪文書を撒いた犯人も意外性があり、ミステリーとしても十分合格点に達しています。その一方で、探偵役の児童と仲違いしていた友達の家庭の秘密が明らかになるほろ苦さも兼ね備え、それを踏まえた上で、壊れかけた友情が復活したことで、物語を後味良くしている点も好ましかったです。「三人目の男」は既婚の若い女性が奇妙な夢を見たことをきっかけに、29年前に事故死した若い男の生まれ変わりではないかと思うようになる話で、三十路間近の主婦が危険を顧みず、結構向こう見ずな行動を起こすので、読んでいるこちらがハラハラさせられます(笑)。その割には最後に大人の判断を下すのが物語全体に好印象を与えていました。容疑者と警部補の幽霊に纏わる駆け引きが展開される「死人に口あり」もなかなか面白かったですが、最後に皮肉なオチで締めるには、容疑者があくまでシラを切っていたほうが効果的だったかもよ。

コート・スティーリング 公式サイト

 

チラシより

1998年、ニューヨーク。メジャーリーグのドラフト候補になるほど将来有望だったものの、運命のいたずらによって夢破れた若者・ハンク(オースティン・バトラー)。バーテンダーとして働きながら、恋人のイヴォンヌ(ゾーイ・クラヴィッツ)と平和に暮らしていたある日、変わり者の隣人ラス(マット・スミス)から突然ネコの世話を頼まれる。親切心から引き受けたのもつかの間、街中のマフィアたちが次々と彼の家に殴り込んでは暴力に任せて脅迫してくる悪夢のような日々が始まった。やがてハンクは、自身が裏社会の大金絡みの事件に巻き込まれてしまったことを知る---。が、時すでに遅し!警察に助けを求めながら戦々恐々と逃げ続けていたある日、ついに大きな悲劇が起こる。理不尽な人生に堪忍袋の緒がブチキレたハンクは、一念発起して自分を巻き込んだ隣人やマフィアたちにリベンジすることを決意する---!

 

製作:アメリカ

監督:ダーレン・アロノフスキー

脚本・原作:チャーリー・ヒューストン

撮影:マシュー・リバティック

美術:マーク・フリードバーグ

音楽:ロブ・シモンセン

出演:オースティン・バトラー レジーナ・キング ゾーイ・クラヴィッツ

             マット・スミス ベニート・マルティネス・オカシオ

2026年1月9日公開

 

ハンクはメジャーリーグのドラフト候補に挙がるほど前途有望な野球選手でしたが、ドラフトの前日に牛をよけようとして自動車事故を起こしてしまいます。この交通事故の設定が物語の布石として後々まで効いていて、終盤には思わぬカタルシスを与えてくれます。この時の事故の怪我が元で、ハンクの選手生命が断たれたのみか、助手席に同乗していた友人の命まで奪ってしまい、ハンクは自責の念に駆られ立ち直れなくなります。

 

彼はニューヨークのバーでバーテンダーとして働いていましたが、隣人のラスが父親の容態の悪化によりロンドンに帰国しなければならなくなり、彼が留守の間に猫を預かる羽目になります。ラスが居なくなったことから、ハンクはマフィアの犯罪に巻き込まれ、ここから彼の受難劇が始まっていきます。

 

映画はハンクが危機的な状況を如何に乗り切っていくかが見どころのひとつになっています。彼からすればラスとマフィアの繋がりが皆目見当がつかず、おまけに自分が狙われる理由も分かりません。警察に通報しても、麻薬課の女性刑事ローマンが対応して、熱心に捜査する素振りが窺えません。そうこうするうちに事態は悪化の一途を辿り、ラスは日常を取り戻せない状況にまで追いつめられていきます。

 

ダーレン・アロノフスキーの映画では、「レスラー」と「ブラック・スワン」がお気に入りで、この犯罪映画も結構期待は高かったです。ただ、犯罪映画にしては全体的にグダグダな展開。犯罪者はなるべく目立たぬよう悪事を働くのが常なのに、本作では白昼堂々派手な犯行を繰り返します。犯罪者がバカに見えると、観るほうもシラけるのよね。

 

また、悪党とグルになる人物も、職業が隠れ蓑になっている筈なのに、おかしな言動が目立つため、然程意外性はありません。笑いを取るところもあって、意図的にユルい作りにしているのかもしれませんが、犯罪映画としてイマイチな感は拭えません。

 

その一方で、時折ダーレン・アロノフスキーの匠の技も垣間見えます。ユダヤ教の慣習を逆手にとって、ハンクが運転せざるを得ない状況に置いた上で、ユダヤ人のマフィアがピストル型のライターを取り出したことによって、ハンクが本来の持ち主のことを思い出し、打ちのめされていた彼の闘志に火が付きます。更に主人公のトラウマとなっている事故と結びつくことで負け犬の逆襲が叶えられ、観客にも快感を与えるこの一連の流れには唸らされました。

 

この映画はメジャーリーグネタが適度に出ていて、ニューヨークが舞台にも関わらず、主人公とバーに集う客はサンフランシスコ・ジャイアンツの熱狂的なファン。90年代終わりの時代なので、劇中ではバリー・ボンズやマイク・ピアザの名が出たりもします。ただ、主人公が元野球選手の設定にも関わらず、アクション描写に野球を活かした場面が見られなかったのは勿体なく思いました。

 

 

5年前のコロナ禍において映画館が閉鎖されたため、スクリーン鑑賞ができずにDVD鑑賞を余儀なくされた中、DVDで観た1本です。記事にする機会を逸したので、今頃になって記事にしました。

 

 

DVDより

バブル経済が崩壊して、社会から弾き出された5人の男たち。多額の借金、リストラ、そして愛する女のために・・・。瀬戸際に立たされた男たちが取った一発逆転の選択とは――。

 

製作:ぶんか社 イメージファクトリーアイアム

監督・脚本:石井隆

撮影:佐々木原保志

美術:山崎輝

音楽:安川午朗

出演:佐藤浩市 本木雅弘 根津甚八 椎名桔平 竹中直人

             木村一八 永島敏行 鶴見辰吾 ビートたけし

1995年9月23日公開

 

 

バブル経済崩壊後を象徴するように、ギリギリに追い込まれた男たちが、一発逆転を狙ってやくざの金を強奪するお話。アクション映画であり、バイオレンス描写もたっぷりですが、強奪後に竹中直人が自宅に戻るくだりは、ホラー感満載の演出にもなっています。

 

竹中は佐藤浩市との出会いからかなりヤバい雰囲気を身に纏っており、ヒットマンのビートたけしと木村一八に殺される前に、家族自体が壊れていたのかと腑に落ちてきます。

 

また、根津甚八が元妻の永島瑛子と娘を交えてレストランで食事をする場面でも、周りから急に客がいなくなるのはどう考えてもあり得ないのですが、不穏な空気を漂わせていて、気味の悪さを十分感じさせます。

 

そして、映画全体にホモソーシャル感も漂っています。本木雅弘は佐藤浩市と死の直前に想いが結実したと言えますし、ビートたけしと木村一八の歪んだ関係も、木村の死によってたけしの喪失感が如実に表れています。

 

強奪ものは犯罪が成功してから、仲間割れが生じるのが定番なのですが、ここではやくざの金を奪ったために、命を狙われる危険性が生じた事によって、逆に結束が固くなります。主犯格である佐藤が危険を賭して、犯行現場に残ったことも大きいです。

 

結局、金を奪った5人全員と家族は命を失い、やくざ組織の親分の永島敏行と幹部の鶴見辰吾も、ヒットマンの二人も殺されるので、映画的なカタルシスを得ることは難しいです。

 

製作総指揮の奥山和由は毀誉褒貶あるものの、家族ドラマや恋愛劇など比較的大人しい題材を手掛けるイメージのある松竹において、かなり尖がったアクション映画を製作したことは、もっと評価されていいでしょう。

 

TBSチャンネルより

両替屋の一人息子、徳三郎(渥美清)は札つきの放蕩児で、父、清兵衛(志村喬)は心を鬼にして勘当した。知り合いの棟梁(江戸屋猫八)の家に居候しながら奉公に出るが、どれも長続きしない。そのうちに徳三郎の行方はわからなくなり、気落ちした清兵衛は病に伏す。ある日、妹せつ(倍賞千恵子)は乞食仲間と楽しそうに暮らしている徳三郎を見つける。家に呼び戻そうとするが、徳三郎は同じ乞食のおしん(奈良岡朋子)と貧しいながらも幸福に暮らしていた。

 

制作年:1973年

制作:TBS

監督:宮武昭夫

脚本:山田洋次 高橋正圀

原作:山田洋次

出演:淳美清 志村喬 倍賞千恵子 西村晃 江戸屋猫八 奈良岡朋子

 

このドラマは中学生の時、「日曜劇場」の1本として放映していてリアルタイムで見ました。たまたまこのドラマがCSのTBSチャンネル2で再放送されているのを知り、懐かしさのあまり途中から見てしまいました。

 

放蕩息子が渥美清、健気な妹が倍賞千恵子なのは、「男はつらいよ」に便乗した配役に苦笑せざるを得ませんが、渥美清が寅さんに輪をかけたような極楽とんぼの若旦那を演じるので、忘れがたい印象を残します。また、父親役に志村喬、番頭役に西村晃と、芸達者の二人を脇に固めていますから、余計に渥美の芝居が引き立ちます。

 

バカ息子の徳三郎は働きもせず遊び惚けた末に、父親から勘当されてしまいます。彼はなまじ両替屋の一人息子なだけに、番頭を始め助けてあげる者が周囲に居ます。徳三郎はそのことに甘え調子に乗るところがあります。父親はそうした負の連鎖を断ち切るため、涙を呑んで勘当した訳ですが、徳三郎は堪えた様子が見えず、逆に気ままな乞食暮らしを楽しみます。

 

せつから徳三郎の様子を聞いた番頭が、彼の元に駆けつけ入用の物がないかと尋ねると、分をわきまえたかのように茣蓙だけを所望します。ここに徳三郎の本性が隠されているように思います。両替屋の一人息子の時は贅沢三昧の暮しをする一方で、一転して乞食に身を落としながら、施しを受けても分不相応なことをしない哲学を感じさせます。でも、茣蓙を選ぶのにも一々講釈を垂れるのが変わっておらず、ボンクラ好きの心を刺激します(笑)。

 

徳三郎は元夜鷹で少々おつむの弱いおしんに惚れていましたが、彼女が数名の男たちにいたずらされた挙句、川に放り込まれて溺死して以来行方不明になります。やがて、父親が危篤状態になった折空腹の状態で実家に戻ってきます。ここから先は書かずにおきますが、滑稽な極楽とんぼに相応しい幕の閉じ方でした。

 

最後にせつが兄と父親の生き方を引き合いに出して、幸福とは何かを語るのですが、倍賞千恵子に台詞で言わせるのが野暮で無粋に感じる反面、お茶の間の視聴者にはこうしないと伝わらなかったのかとも思いました。

 

新約聖書に記された放蕩息子の帰還を時代劇に落とし込み、日本人の感性に訴えかけた脚本の妙、芸達者な役者陣の芝居が見事という他なく、このレベルのドラマを毎週放映していたのですから、昨今のテレビドラマを不満に思うのは仕方ないかもしれません。勿論良質のドラマもありますけどね。

ワーキングマン 公式サイト

 

チラシより

元特殊部隊員のレヴォン・ケイド(ジェイソン・ステイサム)は、危険な世界から身を引き、現場監督として安全第一をモットーに働いていた。レヴォンは平穏な生活を送り、娘の良き父親になりたいと願っていたが、恩人である建設会社の上司の娘ジェニーが失踪してしまう。レヴォンは行方不明のジェニーを捜索するうちに、人身売買を生業とする巨大な犯罪組織の存在を突き止め、封印していた特殊部隊のスキルを発動し、熾烈な戦いへと身を投じていく---。

 

製作:アメリカ

監督:デヴィッド・エアー

脚本:シルヴェスター・スタローン デヴィッド・エアー

原作:チャック・ディクソン

撮影:ショーン・ホワイト

美術:ナイジェル・エヴァンス

音楽:ジャレド・マイケル・フライ

出演:ジェイソン・ステイサム デヴィッド・ハーパー マイケル・ペーニャ

              ジェイソン・フレミング メラーブ・ニニッゼ マクシミリアン・オシンスキー

2026年1月2日公開

 

※若干ネタバレがありますのでご注意ください

 

昨年の「ビーキーパー」同様、年始めにお祭り気分で観るには丁度良い映画です。設定こそ異なるものの、監督、主演俳優が「ビーキーパー」と同じの上に、脚本をシルヴェスター・スタローンが手掛けているので、昨年と同じくノリノリで最後まで観られました。

 

ジェイソン・ステイサムが大暴れするのが見どころの映画ではありますが、ザコキャラの男女二人組が、レヴォンの恩人にあたるジョーの娘ジェニーを攫ったために、ロシアンマフィアまで巻き込む大騒動になっていくのが面白いです。

 

ザコキャラにあたるヴァイバーとアルテミスの仕事が雑過ぎて、ロシアンマフィアがこの二人組のせいでとばっちりを食らい、挙句の果てに主人公によって大打撃を受ける構図が皮肉を効かせています。

 

ロシアンマフィアの幹部であり父親でもあるヴォロディミルから排除されたディミトリが、この二人と商売で結びついている辺りも因果応報感があって味わい深く映ります。また、息子二人をレヴォンに殺されたロシアンマフィアの幹部・シモンが私怨を晴らそうするのを、最後に上層部が組織を危うくするなと警告を与えて幕引きする点も良い締め方でした。

 

罪を犯した者たちが悉く罰を与えられることは気持ち良かったですし、端役の悪徳警官の二人まできちんと始末されるのも伏線の回収が最後まで行き届いていました。

 

本作のジェイソン・ステイサムは、妻が自殺したことで義父から幼い娘メリーの親権を取り上げられ、娘との面会にも嫌がらせを受ける役どころ。そのような状況だからこそ、娘を攫われた父親の心情が十分理解でき、身の危険も顧みずにジェニーの奪還に身を投じるのも説得力を持たせていました。

 

おそらく3日も経てば内容をほぼ忘れるでしょうが、少々血生臭い部分はあるにせよ、新年を迎えるにあたって景気づけに観るのに相応しい映画でした。

 

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 

ところで、外に居る時ふとした拍子に知らない楽曲が流れ、耳に残ることはありませんか?その曲を知りたくても、知る術がないことも?

 

私は何度かありまして、あるフレーズだけ憶えていて、後になって漸く辿り着いたことがありました。ザ・ラーズの「There She Goes」のように、ラジオでかかった時は比較的簡単に知ることができますが、それ以外はなかなか難しい。

 

 

それでも、SNSのおかげで歌詞の一部を憶えていれば、歌詞検索で判明することがあります。例えば小高恵美の「情熱のささやき」。以前は歌い方が違うと思いつつも、好き、好き、大好きよの部分だけで、戸川純やフェアチャイルドの「好き好き大好き」かなと思っていました。でも、実際に歌を聴いてみると違っていてガッカリしたこともありました。

 

 

これが洋楽となると更に難易度が上がります。ここまで来ると耳の記憶だけが頼りで、最早お手上げと考えていました。ところが、昨年にニール・ヤングの「Will To Love」を偶然You Tubeで耳にして、思わずこれだと叫んでしまいました。歌声からおそらくニール・ヤングだろうと歌手の特定だけはできていました。私も彼のオリジナルアルバムを何枚か、ベスト盤も3枚組を1枚所持していますが、何しろアルバムを多く出しているので、どれに収録されているかは分かりませんでした。バッファーロー・スプリングフィールドやCSN&Yまで追っかけても見つからなくあきらめていただけに、この邂逅は嬉しかったですね。

 

 

こうのすシネマ

午前十時の映画祭より

 

製作:アメリカ

監督:ティム・バートン

脚本:キャロライン・トンプソン

原作:ティム・バートン キャロライン・トンプソン

撮影:シュテファン・チャプスキー

音楽:ダニー・エルフマン

出演:ジョニー・デップ ウェノナ・ライダー ダイアン・ウェスト

             アラン・アーキン ヴィンセント・プライス

1991年7月13日公開

 

雪の降る夜、寝つけない孫娘に「雪はどうして降るの?」と尋ねられた祖母は、彼女の問いに話し始めます。

 

老発明家が両手にハサミを備えた人造人間のエドワードを作りましたが、急死したため、エドワードは屋敷にひとり取り残されます。ある日、エドワードの住む屋敷に、化粧品の外交員ペグが訪問販売をしに来ます。心優しい彼女は廃墟と化した屋敷に住むエドワードを気の毒に思い、郊外にある自宅に連れて帰り住まわせます。

 

奇妙な男の出現に、近所の主婦たちは遠回しにペグに探りを入れてきます。やがて、エドワードが自分のハサミで植木を芸術的に刈り込み、ペットの毛を美しく整え、女性たちの髪を独創的にカットすることによって評判をとり、人気者になっていきます。同時に、彼はペグの娘のキムに惹かれていきます。

 

ところが、エドワードはキムのボーイフレンドのジムに騙され、不法侵入の容疑で警察に拘束されてしまいます。エドワードはジムに利用されたキムを気遣って真相を語らなかったため、近所の住人達は彼を避けるようになります・・・。

 

本作は化粧品の外交員のペグがハサミ男のエドワードを自宅に連れてきたことか巻き起こる騒動を描いた物語で、エドワードにとっては気の毒としか言えない受難劇の様相を呈しています。

 

近所の住人は彼に対して警戒心と好奇心を持って接していましたが、ハサミを駆使するエドワードに植木職人、理容師、トリマーの才能が分かると見るや、自分たちに役立つよう利用するのが何とも浅ましいです。

 

ペグは善意からエドワードの才能を伸ばして、彼にとって暮らしやすい環境を整えてあげようと尽力するものの、キムの恋人・ジムの策略で悪事を働いたように見られてしまったことから、エドワードは追い詰められていきます。特に誤解から疑いをかけられた末に、元居た場所に戻らざるを得ない話の流れは、胸を締め付けられるような哀しさと切なさが込み上げてきます。

 

いくらでも心温まる趣向のドラマにできるのに、善意が必ずしも人を幸福にするとは限らない、ある種ほろ苦さの入り混じった物語に仕上げているので、好みは分かれるかもしれません。

 

個人的には噂好きの有閑マダムたちが、子供の頃に見ていた「奥さまは魔女」に出てくる向かいの家の奥さんを連想させたり、ファッションや街の景色が60年代をイメージさせたりと、日本がアメリカに憧れを抱いていた時代を思い出させました。

百年の時効 伏尾美紀

 

幻冬社サイトより

1974年に起きた一家惨殺事件。未解決のまま50年――。アパートで見つかった、一体の死体によって事件の針は再び動き出す。嵐の夜、夫婦とその娘が殺された。現場には四人の実行犯がいたとされるが、捕まったのは、たった一人。策略、テロ、宗教問題……警察は犯人グループを追い詰めながらも、罠や時代的な要因に阻まれて、決定的な証拠を掴み切れずにいた。50年後、この事件の容疑者の一人が、変死体で発見される。現場に臨場した藤森菜摘は、半世紀にも及ぶ捜査資料を託されることに。上層部から許された捜査期間は一年。真相解明に足りない最後の一ピースとは何か? 刑事たちの矜持を賭けた、最終捜査の行方は――。

 

本書は昭和、平成、令和にまたがった警察捜査が描かれています。昭和49年に起きた『佃島一家四人殺傷事件』が捜査のメインになっており、犯行動機が昭和25年に北海道の函館で起きた一家殺人事件に繋がっていることが判明します。そして、昭和25年の事件に関与したと思しき犯人たちが、戦前の満州で接点があったことが明らかになります。また、平成に入ってからも、昭和49年に聞き込みに行った元児童養護施設の解体工事中に地下室から白骨化された死体が発見され、更に昭和49年の事件の重要参考人だったやくざが惨たらしく殺され、一連の事件の根の深さを感じさせます。昭和49年以降には過激派による連続企業爆破事件、バブルとそれに付随する地上げ、昭和天皇の崩御、平成に入ってからもバブル崩壊、即位の礼、宮崎勤による連続幼女誘拐殺人事件、阪神淡路大震災、オウム真理教事件などがあり、三つの時代に起きた事件や出来事を小説に絡めてスケールの大きな警察小説になっています。当時の世相を知る世代には人気のテレビ番組や流行歌も出てくるので、この小説で語られる事件もより生々しく感じられます。時代を超えて展開される物語の中で一番胸に刻まれるのは、未解決事件に対する刑事たちの世代を超えた刑事たちの執念。例え自分たちの代では解決できなくとも、手掛かりとなる記録を残すことで次の代に捜査を託し、次世代の後輩もその記録を引き継いで地道に捜査を継続しようとする意志の強さに胸が熱くなります。試行錯誤を繰り返しながら真相に迫る警察小説が好きな方には必読の書でしょう。

 

探偵小石は恋しない 森バジル

 

小学館サイトより

小石探偵事務所の代表でミステリオタクの小石は、名探偵のように華麗に事件を解決する日を夢見ている。だが実際は9割9分が不倫や浮気の調査依頼で、推理案件の依頼は一向にこない。小石がそれでも調査をこなすのは、実はある理由から色恋調査が「病的に得意」だから。相変わらず色恋案件ばかり、かと思いきや、相談員の蓮杖と小石が意外な真相を目の当たりにする裏で、思いもよらない事件が進行していて——。

 

探偵事務所の代表兼調査員の小石想依は、大のミステリーマニア。探偵小説のような事件の依頼が来ないかと夢見つつ、実際は浮気調査の依頼ばかり。皮肉なことに小石はある特殊な能力を持っていて、色恋沙汰は他人事なのに、浮気調査の案件は非常に得意分野なのです。小石は好みの仕事の依頼が来ないのに文句を言う割にはプロ意識が高く、彼女の「仕事って、やりたくないことを全力でやって金もらう仕組みだから」と言う言葉にも一理あります。一方、小石を補佐する相談員兼調査員の蓮杖は、ミステリーには全く関心を示さず、暴走気味の小石を抑える役割を果たしています。この二人に加え、記憶を研究しているギャルメイクのバイト事務員の雛未の3人で探偵事務所が運営され、第一章から第三章までは色恋案件の調査と真相が描かれます。ここまでは比較的ライトなミステリーなのですが、探偵たちの与り知らぬところで連続傷害事件が起きていることを匂わせていて、不穏な雰囲気を醸し出しています。第四章では10年前に高校で起きた事件と第三章までの事件が結びつき、様相が一変します。ここから怒涛の伏線回収が始まり、ジェフリー・ディーヴァー並のツイストが連続していきます。80年代終りから90年代初頭にかけて台頭した、新本格派の作家の外連味たっぷりなテイストが好みならば、本書も十分満足できるでしょう。

 

暗闇法廷 下村敦史

 

双葉社サイトより

後天的な障害を抱える人々の支援をするNPO『天使の箱庭』の施設長が殺された。殺人の容疑者は全盲の入所者・美波優月。だが美波は、深夜に施設長に呼び出されて襲われたが殺してはいない、と主張している。弁護依頼を受けた刑事弁護人の竜ヶ崎恭介は絶対不利な状況のなか、真相解明のために奔走する。検察側証人は耳が聞こえず、弁護側からは喋れない少女が出廷。竜ヶ崎は無罪判決を勝ち取れるのか。法廷に待ち受ける奇跡の結末は!? 

 

リーガルミステリーの醍醐味は、裁判における検察と弁護側による駆け引きを含めた攻防であり、勿論本書でも堪能できます。加えて、被告人と証人が共に障碍者という特殊状況が話を面白くしています。また、被告人のある秘密が明かされ、これは正直意表を突かれました。ただ、如何にも唐突な感じで、後付けの印象が残りました。せめて伏線を張って仄めかしておいて欲しかったです。ある人物に関して名前でなく苗字に統一して表記していたことが、伏線と言えば伏線かもしれませんが・・・。施設長を殺した真犯人は、容疑者の証言を信じるならば、自ずと一人の人物に絞れ、意外性はあまりありません。動機に関しても裁判で真実が明らかにされてからは想定内でした。ミステリーとしての意外性がない代わりに、SNSのエコーチェンバー現象が裁判制度に影響を及ぼす怖れ、裁判において被告人や証人の宣誓に関して欧米と日本の重みの違い、障碍者のハンデを利用して検察側に有利な供述書にサインさせる危うさなど、問題提起には考えさせられるものがありました。

 

今年も拙ブログにお越し頂きありがとうございました。また、いいねボタンを押し、コメントをくださったことに感謝しております。正月三が日は例年通りブログはお休みします。コメントへの返事が遅れるかもしれませんが、ご容赦ください。来年も引き続き、よろしくお願いいたします。皆様もどうぞ良いお年をお迎えください。