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皆さんこんにちは、青山です


先月の来日からトロントに戻ってからの体調不良による通院など、ここ最近ドタバタしておりましたが、やっと全体的にひと段落しました。体調の方もすっかりよくなり、血液やリンパ、糖質などの正常値を表すものも安定し、医者の方からも大丈夫でしょうというお墨付きなども貰いました


同時に支援活動の方も田中敬一郎さんやその他のスタッフに任せられる状況が整ってますので、私個人が完全にフリーになってる状況です。こういう状況も珍しいので(恐らく今年に入って初めてです)支援相談を今日から数日間だけ集中的に受けようと思います。この数日間であれば早ければ当日にもお返事可能ですし、本当に早ければ支援確定や支援詳細日時などまでお話を進められると思います。もちろん、現状で私と支援のお話をしている方もこの期間でより具体的に話を進められればと思ってます


とは言いましても、私の予定が空いてるとは言え、皆さんの予定がこの数日でどうかは私には分かりません。タイミングが合えば良いとは思ってますが、まずは最悪でも私との縁を形成するだけでも十分かと思ってます。一度連絡をして繋がり、流れの骨格さえメールなりでもお話できれば対外の認知も含めて、その先の流れ概要が分かりイメージもつくと思いますので、そういう意味でもまずは私にメッセージをして繋がるという事が何よりも大切のように思います



トロントはまだ早朝です。日本時間では今頃18時くらいでしょうか??


今からメッセージを集中的に受け付けますので、遠慮なくメッセージ下さい


ちょうど昨晩に娘からドミニカの写真をメールで貰いました。添付したいと思います


青山(aoyama)が悩める方への経済支援をしております

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娘は新婚なのですが、夫婦揃って旅行好きなので、自由にやってるようです


上の娘は落ち着いてますが、下の娘には旅行ばかりしてないで早く孫の顔でも見せて欲しいものです


今日は嬉しい報告があります


半年ほど前に支援した24歳の若い女性から


「青山さんに支援して頂いたお陰で子供を中絶する事なく済み、今は無事に出産も終えて幸せで一杯です!」


このようなメッセージを頂きました。匿名を守るために彼女の名前はE子さんとさせて下さい。E子さんは父親を知らない子供を産むべきかどうか悩んで私のところへ相談に来ました。中絶は費用的には安いものですが、出産と子育ては将来的な責任と養育の費用が負担になります。覚悟が必要な事です。でも覚悟は人間を成長させます。覚悟と決断のない人生は逃げの人生です。得るものは何もありません


彼女の両親は既に他界しており、彼女は高校から施設で育ちました。それから社会に出て普通の恋愛もしてましたが、女性として、人間としての歩み方に歪みのある時期があったようで、その時期に複数の男性と関係を持ってしまい、妊娠しました。元々、心優しく子供も大好きだったE子さんは、子供を中絶するという選択は考えられなかったようです。でも現実を考えると、父親も分からない、助けになる両親も兄弟もいない、そして自分には経済的な余裕もない、中絶するしか方法がないのかと悩みに悩んで私の元へ相談にきたのです


私は彼女にこう言いました


「君は子供を産みたいのか?」と。すると彼女は間髪いれずに「産みたいです!」と言いました


私は言いました


「私はあなたの夫にも父親にもなれないけれど、君の親友にはなれる。そしてお金なんてもので解決される事なら、お金を支援してその問題を解決する事も可能だよ。でも誓って欲しい事があるんだ。そのお腹の子を、世界で一番に愛してあげて欲しい。その子が生涯を全うするまで、絶対に愛し続けて欲しい。その約束をしてくれるなら、私は君の親友となって、支援もするよ」


彼女は「約束は必ず守ります!」と力強い姿勢で私に言いました


昨今、医学にしても発展し過ぎて、現代人に様々な選択肢を与えるようになりました。これは幸せな事なのか?それとも不幸か?人間が犯してはいけない領域があると私は考えてます


例えば、昔の女性は妊娠すれば中絶などという選択は無いに等しかったのです。産むしかなかった。しかも難産になれば自分の命を賭してまでも新しい生命誕生に向けて女性道を進んだのです。今では医学の発展により、あらゆる選択肢が出てしまった。選択肢があるのは時に良い事です。でも人間が流されてはいけないものや、あるいは人間が犯してはいけない領域までをも無視する状況を時に作りだします


私は哲学者ではありませんから何が正しく何が間違ってるか、断言はできませんが、中絶という選択肢が当たり前のようにあるこの現代の価値観に何か釈然としない気持ちになるのは私だけでしょうか?


とかく、E子さんが私の出会い、支援により新しい生命を誕生させ、女性として、母としての生き甲斐を感じ、歓喜のメッセージを私にくれるという事は、私にとっても感無量であり、彼女とお子さんの将来が楽しみで楽しみで仕方がないという気持ちです



もしこの日記を見て、何か感ずる女性や、似たような状況にある女性が居れば、一人で悩んでいたりしないで是非私にメッセージをして欲しいです。私は女性が尊いのを知ってます。それは男性には絶対にできない出産や子育て、そして母なる母性を持って物事を考察するエネルギーがあるからです


我々男子は女性の力なくしても生きていけません。今までも生きてこれなかったのです。その母なる女性が一人で苦しみ泣き、阻害される人生を歩むのを見るのは辛すぎます。女性は人類にとって未来そのものだと私は思ってます


私に協力できることあればと思いますので、支援に関してはお気軽にご連絡下さい

今から25年前に私はある人から紹介でマザーテレサ氏と「死を待つ人々の家」で2回ほどお話をさせて頂く機会がありました。今思えば奇跡のような時間でしたが、当時の私はまだ若くその奇跡に近い出会いと有難味の深さをよく理解してなかったようにも思います


まだ私も支援活動などはしてなく、事業家と資産家として世界を飛び回ってる時でした。でも将来的な支援活動には深い興味を頂いており、将来は必ずそういう活動をしようと心に決めていました。私は彼女にこう質問しました


「貴女はなぜ人を助けるんですか?実際どの様なことをしているんですか?」と


その時彼女が言った言葉は今でも頭から離れません


「私は困った人に特別何も出来ません。お金もありません、ただその瞬間、瞬間傍に寄り添って話を聞いてあげることは出来ます。それだけで不思議と相手の顔が穏やかになるんです」


お金や地位、権力や言葉、もうそういう物理的なものでは不可能な能力を持ってして彼女は人を救っているのです。彼女が天使のような微笑みで悩める人の話を聞き、そして笑顔で諭すだけで相手は幸せになるのです。彼女には人智を超えた神通力があったように思います


情けない事に、私には彼女のような力はありません。ただの凡人です。でも支援をした助けたいという思いだけは強くあります。それだけが私の取り柄かもしれません。私は彼女から言われた最後の言葉を今でも忘れません


「誰しもが皆、必要とされています。この世で生活してるからには色んな人のお世話になっています。この当たり前の生活が出来ているのも沢山の人が生きてくれているお陰です。だから私はどのような人でも助けます。どの様な邪魔立てがあろうと気にすることなく、善を行い続けます。だからあなたもどうか生きて下さい。自分のために生きて、人のために生きて下さい」


まだ30代と若い私でしたが、理由なく涙が溢れ、そして次の瞬間に勇気と希望が漲り


「よし!やるぞ!」という気持ちになったのを今でも覚えてます



マザーテレサさんの名言です

「人生の99%が不幸だとしても、最期の1%が幸せならば、その人の人生は幸せなものに変わる」



もしこのブログをお読みになってる方の今の人生がボロボロであっても、まだあなたの人生が終わった訳じゃありません。まだ未来があります。という事はあなたの人生は100%を使い切ってないのです。残り何十%、あるいは数%でもあるなら、それを幸せへと変える行動にチェンジして下さい


私との出会い、私からの支援がそのチェンジのスタートとなるかもしれないのですから


どうぞお気兼ねなくメッセージ、ご連絡を頂ければと思っております


青山


ここ数日ほど体調不良で休んでいました


季節の変わり目と、ここ最近は少し頑張り過ぎていたので、無理が祟ったようです


毎度の事ですが、体調不良になると思う事があります


「人の生涯はいつどこで終わるか分からない」と。皆さんは時間が無限にあると思ってませんか?こう私から詰問されると「それは分かってます」と思うかもしれませんが、では皆さんの昨日を思い起こして下さい。本当に時間を大切に感じながら生活してましたか?


ゴロリと寝転がってテレビを見てませんでしたか?特に何も考えずにパソコンを眺めていませんでしたか?または毎日のルーティン化された業務や私生活に頭がいっぱいっぱいで、それをこなす事だけに追われてましたか?それとも、特に難しい事も考えずに友達か恋人を一緒に食事をしただけですか?


全て、別に悪い事でもありませんし、日常の中で色々な事をバランス保ちながら行うのは何も悪い事じゃありません。では一体何が悪い事なのでしょうか?


それは・・・


「流される事」なのです。周りから?それとも自分自身?どんな理由にしても自分の目標や意思決定した事、あるいは信念を曲げて、何か流され初心や決めごとを忘れて適当になってしまう事なのです。毎日とにかく忙しく生きてる方がいらっしゃいますね?例えば主婦などもそうですが、実は忙し過ぎるのも罪なのです


朝起きて夫の弁当を作り、子供の送り迎え、子供の習い事、小学生の母ならPTAの役員の方もいるかもしれません。それに主婦友達の付き合いもあったり、家に帰れば晩御飯支度や他にも家事が山のようにあります。忙しくて忙しくて、それに対して「仕方がない」と思ってませんか?


全然「仕方がなくない」のです。自分のキャパシティを超えてるなら、簡単に止めて良いです。どうしてあなただけそんなに無理しないといけないのですか?断れるものは平気で断って下さい。ハッキリ言うのも勇気です。そして厳しい時は周りに手伝って貰って下さい。そういう意見や環境を作るのもあなたの【ある意味で仕事】なのです


何でも自分でやってしまう人は罪です。それだけ自分を追い込んでるのです。追い込み方が間違ってます。追い込み方が間違ってるというのは、有限である貴重な人生の時間を無駄に消耗してるという罪なのです


少し理解しにくいというか、怪訝に思う人もいるかもしれませんが、人には余裕が必要です。余裕がないと自分にも周りにも優しくなれないのです。その余裕というのは物理的なものがあることでかなり軽減されます。その好例として分かり易いのが【お金】です。お金があれば時間を買えるのです


そもそも皆さんはどうしてそんなに働くのですか?どうしてそんなに毎日忙しいのですか?貧乏暇なしの人もいらっしゃると思います。多くの場合は【生活のためにお金が必要だから】なのです。そして形式的な観念によって【子供を塾に行かせないといけない】とか【貯金しておかないといけないとか】何の根拠もなく、ただそれが当たり前だからという通念に洗脳されて毎日あくせくと仕事したり家事をしてます


もっと冷静になって下さい。あなたの人生における時間は無限じゃないのですよ?そしてあなたのその肉体、いつまでも若くないのです。若さは黄金です。その若さがあるだけで何倍も活動が物理的に可能になります。ですから20代、30代、40代などの人生で一番体力も活力もある時こそ、もっと器用に生きねばならないのです


もっと自由でバランス的である種の【適当な匙加減】がないと時間を無駄に消耗して後から後悔ばかりが残る人生になります。結婚も子育ても趣味も遊びも何でも全てやるのです。一点集中型の不器用な貧乏暇なし状態に人生を捧げてはいけません


実は、私の支援はそういう意味での手助けの意味も入ってます。一番大切な時期の人達に、人生の器用な生き方や経験をしておいてもらい、将来には本当に優れた50代や60代になって貰いたいという思いもあります。そういう本当の大人が増える事で子孫繁栄にも繋がる、若い世代に人生の醍醐味を伝えられます


毎日あくせくと余裕もなく、そして形式的に生きてる姿を子供たちが見て、素敵な大人に成長すると思いますか?そしてそういう生活をしている人も、数年後、いや10年後に良い初老になってると思いますか?


よく考えて下さい。余裕なのです。心の余裕がないと人はダメになります。その余裕をコントロールするための一時的な物理的支援として私がお金を出すのも良いと思ってます。私はよく皆さんに気概の重要性を言ってますね?


気概とは・・・困難に挫けない強い意志や気性、行動力などの事です。これは20代、30代、40代などの若さがなければ発揮できません。年を取るとどんどん保守的になって気概などは薄れる一方なのです。ですから今の生活が苦しいとか辛いとか、老後のために何とか今を守りたいとか、そういう日本の保守的な洗脳思想に汚染されて生きてきた自分に気が付いて下さい。それではダメなのです。もっと攻撃的に生きて下さい


その初期的なきっかけとして、青山からの金銭支援を活用するもよし、またはその金銭支援で現状の苦しさを打破してフラットな状態に戻し、そこから再度攻撃的な人生を歩めば良いではありませんか?


今月の生活費として足りない【たったの10万円】にだけ執着してる人がいます。【たったの10万円】です


あなたならもっと多くのお金を縁できるのですよ。人は余裕がなくなる近視眼になって頭の中は【10万円!】になります。そういう自分に気が付かないのです


10万円さえあれば今月の家賃が・・・とか、そういう短期的で近視眼的な発想で生きてる人は一生不幸になります。経済難から絶対に逃れらません。これは資産家でもあり経営者でも、あらゆる世界の経済から日本の政経を見てきた私から言わせれば絶対的な経済哲学で、人生哲学なのです


私の言ってる事は絶対にズレがありません。皆さんが信じようと信じまいと、そういう保守精神が通用する日本ではもうありません。これからはもっと経済苦になります。100%なります。その中で従来の思考や行動、生活習慣で生き残れるはずがないのです。だから私は気概の重要性を強く強く訴えてます


私は今回の体調不良で思いました


「あぁ、人生はいつどこで臨終があるか分からない」と。いつもそう思って生きてるのです。だから今を全力で生きて行動するのです。その結果が明るい未来を必ず作ります。この青山という存在を知りながらも、単に躊躇して声をかけない人も沢山いるでしょう


青山に支援の話を聞きたいと思っても、行動に移せない躊躇してる人が沢山いるのです。私はその人に言いたいです


あなたの人生は永遠じゃないのですよ?

あなたが考えてるウチに状況はどんどん進行してるのですよ?

何度考えても行動しない事には人生は何も変わらないのですよ?

聞くは一時の恥、聞かずは一生の恥ですよ?

幸せになりたいのではありませんか?

現状を打破したいのではありませんか?


もっと勇気を持って行動をして青山を利用すれば良いのです


ここまでハッキリと道標を作ってる青山を利用する勇気もない人が今の経済苦から脱却できる訳もないのです


もう私が言うべき事は言いました


後は支援を欲するあなたが私にメッセージをするかどうか、ただそれだけの問題です


私はメッセージをくれた方を温かく迎え、わが友のように迎えたいと思ってます

カナダでは誰もが知ってるお店です


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日本で言う、マルイみたいなお店です。スタッフの中に26歳の男の子がいまして、彼の誕生日ですから若者向けの帽子を買いに行きました。何を買ってよいのか分からず、店員さんに全て任せきりでした


帽子を買う時に、日本からの観光客の方が数名しました。そこで思ったのは


「どうして日本人はこんなに遠慮するのだろうか?」です。カナダは日本と違って店員さんサービス態度は酷いものです。日本のように笑顔で「これは新作です。どうぞお試しください」なんて声かけ一切ありません。高級店ではない限りお客様へのサービスはアバウトです


そういう面もあり、日本の観光客の人も怖気づいたのかもしれませんね。お金もあって欲しいと思った商品があるのに、店員にも遠慮して話しかけず、買いたいけど買い難いようなしぐさをしてるのです。ですから私が話しかけました


「日本からおいでですか?その服はお似合いだと思いますよ?店員さんに遠慮なく聞いてみたらどうですか?」と。するとその日本の方は


「日本と違って英語の問題もありますし、話しかけ難くて困ってました・・・」と話してました。欧米人はこういう時は遠慮しません。普通に「これいくら?もっと他の色はないの?これって丈夫な服かな?」などなど、どんどん聞いていきます。でも日本人は日本でもそうですが、大人しく買い物をします。遠慮してます。客なのに遠慮するのです


実は、私の支援も全く同じ状況です


本当は難しい理由なども関係なく、今の生活苦を乗り越えたいからお金が欲しいだけと思っていても、ヘンに律儀で真面目なので、私のブログを見て「あぁ、私が支援をお願いするなど図々しい」と思ったり、または「病気の方や子供の支援などの方が私の事よりも重要だ」というような、とても大人でモラルのある価値観を持ってるのが日本人です


一見、素晴らしい価値観だと思いますが、私の支援活動においてその言動は「NG!」な行動です。もちろん支援に関する気概やモラルは必要ですが、支援して貰いという気持ちや、支援が必要な状況に遠慮など必要ありません。もしかすると、日本人特有のプライドもあるかもしれません


よく「私のような者が一度もお会いしたことのない人に多額の支援を無償でして貰うなど申し訳ないし、そんな非礼な事はできない」なんて言う人がいらっしゃいます。私はブログでも再三に渡り書いてきましたが、私はトロント在住です。日本には簡単にはいけません。ですから支援前に会えなくても問題はないのです。今はインターネットの力を利用して会わずしてもコンタクトを取り支援が可能です。それから、またの機会に会えば良いだけの話です


そこも、また日本の方の【遠慮する律儀さ】が出てるのです


再度言いますが、皆さんのお心遣いは本当にありがたいです。嬉しいです。でも無理はしないで下さい。遠慮も無用です。今、あなたのその苦しい状況に支援するのが私の使命であり役目です。遠慮などはせずに、まずは支援を受けて状況を好転させ、余裕が出来てからでも良いじゃありませんか?


このブログをご覧になってる日本人の方で


支援する側の私がどうしてこうも支援推奨をするか、疑問に思う人がいると思います


そもそも【そういうところが日本人の悪い癖】なのです


あれやこれやと考えて遠慮してるのです


この際ですから、基本的な間違いに気が付いて貰う為にも言いたいと思います


【支援が欲しい、支援が必要、そう思ったらまずは連絡して下さい】


それだけです。それから遠慮なりを考えたらどうでしょうか?


最初から遠慮という未来を遮る精神性が日本人を内向的にしてます


これは本当に無駄な事です。遠慮はしなくて良いので、気概だけは心持お願いします


それでは支援希望者はメッセージを頂ければと思います