今日は嬉しい報告があります
半年ほど前に支援した24歳の若い女性から
「青山さんに支援して頂いたお陰で子供を中絶する事なく済み、今は無事に出産も終えて幸せで一杯です!」
このようなメッセージを頂きました。匿名を守るために彼女の名前はE子さんとさせて下さい。E子さんは父親を知らない子供を産むべきかどうか悩んで私のところへ相談に来ました。中絶は費用的には安いものですが、出産と子育ては将来的な責任と養育の費用が負担になります。覚悟が必要な事です。でも覚悟は人間を成長させます。覚悟と決断のない人生は逃げの人生です。得るものは何もありません
彼女の両親は既に他界しており、彼女は高校から施設で育ちました。それから社会に出て普通の恋愛もしてましたが、女性として、人間としての歩み方に歪みのある時期があったようで、その時期に複数の男性と関係を持ってしまい、妊娠しました。元々、心優しく子供も大好きだったE子さんは、子供を中絶するという選択は考えられなかったようです。でも現実を考えると、父親も分からない、助けになる両親も兄弟もいない、そして自分には経済的な余裕もない、中絶するしか方法がないのかと悩みに悩んで私の元へ相談にきたのです
私は彼女にこう言いました
「君は子供を産みたいのか?」と。すると彼女は間髪いれずに「産みたいです!」と言いました
私は言いました
「私はあなたの夫にも父親にもなれないけれど、君の親友にはなれる。そしてお金なんてもので解決される事なら、お金を支援してその問題を解決する事も可能だよ。でも誓って欲しい事があるんだ。そのお腹の子を、世界で一番に愛してあげて欲しい。その子が生涯を全うするまで、絶対に愛し続けて欲しい。その約束をしてくれるなら、私は君の親友となって、支援もするよ」
彼女は「約束は必ず守ります!」と力強い姿勢で私に言いました
昨今、医学にしても発展し過ぎて、現代人に様々な選択肢を与えるようになりました。これは幸せな事なのか?それとも不幸か?人間が犯してはいけない領域があると私は考えてます
例えば、昔の女性は妊娠すれば中絶などという選択は無いに等しかったのです。産むしかなかった。しかも難産になれば自分の命を賭してまでも新しい生命誕生に向けて女性道を進んだのです。今では医学の発展により、あらゆる選択肢が出てしまった。選択肢があるのは時に良い事です。でも人間が流されてはいけないものや、あるいは人間が犯してはいけない領域までをも無視する状況を時に作りだします
私は哲学者ではありませんから何が正しく何が間違ってるか、断言はできませんが、中絶という選択肢が当たり前のようにあるこの現代の価値観に何か釈然としない気持ちになるのは私だけでしょうか?
とかく、E子さんが私の出会い、支援により新しい生命を誕生させ、女性として、母としての生き甲斐を感じ、歓喜のメッセージを私にくれるという事は、私にとっても感無量であり、彼女とお子さんの将来が楽しみで楽しみで仕方がないという気持ちです
もしこの日記を見て、何か感ずる女性や、似たような状況にある女性が居れば、一人で悩んでいたりしないで是非私にメッセージをして欲しいです。私は女性が尊いのを知ってます。それは男性には絶対にできない出産や子育て、そして母なる母性を持って物事を考察するエネルギーがあるからです
我々男子は女性の力なくしても生きていけません。今までも生きてこれなかったのです。その母なる女性が一人で苦しみ泣き、阻害される人生を歩むのを見るのは辛すぎます。女性は人類にとって未来そのものだと私は思ってます
私に協力できることあればと思いますので、支援に関してはお気軽にご連絡下さい