私の耳は底ぢから -28ページ目

森鴎外「ヰタ・セクスアリス」

森 鷗外
舞姫 ヰタ・セクスアリス―森鴎外全集〈1〉 ちくま文庫

お勧め度:★★★★☆


森鷗外は擬古文を使う作家としてよく知られてる

が、口語文による作品も沢山書いている。

その一つが「ヰタ・セクスアリス」というわけだ。

Vita sexualis とはラテン語で「性的生活」の意味

なんだそうだ。主人公・金井湛=作者が自らの性

活遍歴を綴っていくという話だから、そういうタイト

ルなのだ。


前にも書いたが、かなりくだけた口語文で書かれ

ているので、ヘタレな私にも読みやすい。

この小説の何が面白いかというと、例えばこんな

エピソードである。


金井が十歳のとき、勝という女の友達がいた。彼

は一計を案じて、ケツをまくって土蔵の縁から苔

の上に飛び降り、「さあ、お前もやって見せろ」と

勝に言う。勝は言われたとおり飛び降りる。金井

はクワッと目を見開いて彼女の股間を観察しよう

としたのだが、「白い足が二本白い腹に続いてい

て、なんにも無かった」ので、大いに失望したのだ

という。


うーん、なんともアホアホなエピソードではないか。

こういう話が一見淡白な文体で書かれているのが、

天然っぽくてまたいい。ウディ・アレン的な面白さを

狙っているのかも知れない。


この告白は金井(=鷗外)がドイツに留学しようか、

というところでグダグダになって終わる。留学は国

の金で行くわけだから、あまり奔放に書くと、いろい

ろまずかったのかも知れない。そんなところも、打ち

切り漫画みたいでまたいい(最近こればっかりだな)。

林家彦いち『楽写』

林家 彦いち
楽写

お勧め度:★★☆☆☆


落語家の林家彦いちが好きで、独演会に行った

ことがある。この人は国士舘大学空手部出身と

いう経歴から、右翼に何かと縁があるらしく、寄席

でも枕にそういった方面の体験談をよくしている。

スカパーの「さくらチャンネル」に呼ばれて弱った、

という話は面白かった。

本題のネタより面白いぐらいだ。


彦さんの趣味はカメラだそうである。この本は最初

の50頁までがエッセイとなっており、残りは百数十

枚の写真が掲載されている。


写真集は様々な芸人の楽屋での素顔が激写されて

いて、彼らが楽屋入りするところから、着替えている

ところ、高座に上がるところ、ネタを演っているところ、

舞台がハネて飲み屋にくりだすところまで、行動順

に並んでいる。

三遊亭円丈師匠は、座布団のずいぶん前の方に

座るんだなあ、ひざが殆ど床についてるじゃないか

とか、スーツ姿で師匠の車を洗う二ツ目とか、着物

映えさせるためか何か知らんが、みんな腹がたる

んでるよなあとか、自分なりの面白ポイントを探して

楽しんでいる。


エッセイの中には、前座時代には楽屋の管理という

重大な仕事がある、ということを紹介したものがあっ

て、楽屋の中にある様々な掟というのが面白かった。



楽屋では、座る位置も、なんとなく決まっている。

直後に楽屋入りする人のことも考えなければいけな

い。予想外に高齢のえらい人が現れたらすぐに席を

譲る。けっしてシルバーシートではない。ゴールドシ

ートなのだ。

(本文29~30頁)


西澤保彦『念力密室!』 『転・送・密・室 』

西澤 保彦
念力密室!―神麻嗣子の超能力事件簿
西澤 保彦
転・送・密・室

お勧め度:★★★☆☆


先日の記事 でも述べたが、世の中には密室を扱っ

たミステリ小説は沢山ある。だが、もう大抵のトリッ

クは出尽くしてしまい、ミステリマニアの方々にとっ

ては食傷気味だと思う。そんな中、現れたのがこの

作品である。


何しろこの作品、「超能力」が存在する世界なので

ある。犯人はみんな超能力を駆使して密室を作り

上げるので、「どうやって密室を作ったのか」という

話題は全くなし。全部「超能力だからそんなこと考

えても意味なし」ですまされる。なんか、ずるいよね。

その代わり、「なぜ、犯人は密室を作ってまで犯行

に及んだのか」というところに焦点が当てられている。

つまり、普通のミステリがHowで動いているのに対

して、この小説ではWhyに重きが置かれているので

ある。この作品のすごいところは、そういう非科学的

な設定を用いているのにも関わらず、とんでもミステ

リ、お笑いミステリとはならずに、一般のミステリとし

てちゃんと成り立っている、という点である。これは非

常に画期的なことだと思う。


と、ここまで褒めておいて言うのだが、この小説には

腑に落ちない部分がある。この小説のメインキャラク

ターは、「超能力者問題対策委員会」の見習い、神麻

嗣子ちゃんと、小説家の保科、美貌の能解警部の三

人である。嗣子ちゃんが保科にメシを作ってあげる場

面があるのだが、この際に保科は「嗣子ちゃん、嗣子

ちゃん、どうしてこんなに可愛いのっ」と(心の中で)

謳いあげるのだ。この描写がすごい下手糞。他の文章

は、別に名文ではないが、普通の文章である。保科が

嗣子ちゃんに一目惚れしたというような描写もないし、

「嗣子ちゃん云々」はものすごく唐突な印象がある。

全体から浮いているのである。中高生が書いたような

文章。保科はいつの間に浪漫派に転向したんだといい

たい。こんな描写がいくつもあるので、ヘキエキしてしまう。

だが、読みなれていくと、これも作品の味となって楽しく

読めるのだ。

読めばあなたも、嗣子ちゃんの魅力にハマりますよ。

絶望先生の秘密

「さよなら絶望先生」は、基本的に現代が舞台です

が、小道具などにレトロ趣味が表れています。


千円が伊藤博文


一万円が聖徳太子



あれ……こんな光景、以前にも見たような……




……




つまり、絶望先生は世紀末救世主

だったんだよ(えー


京極夏彦『どすこい(仮)』

京極 夏彦
どすこい(仮)

お勧め度:★★★★☆


こちらの記事 を読んで、そういえば「強い力士」を

描いた小説、というのはあまりないなあ、と思った。

筒井康隆に「走る取的」(『メタモルフォセス群島』

所収)という変な小説がある。バーでちょっとから

かった取的に目を付けられ、ものすごい勢いで

追いかけられてくびり倒されるというもので、取的

という力士としては最も格下の相撲取りでさえ、

常人には及びもつかない力を持っているのだと

いう、妙な説得力があった。私はこれ以外に「強い

力士」を描いた小説を知らない。

漫画作品で「ああ播磨灘」の播磨灘や、「グラップ

ラー刃牙」の金竜山が出てきたくらいか。相撲を

扱った作品はいろいろあるが、「相撲って格闘技

最強なんじゃないか」と思わせるほどのものは

これぐらいだ。他にこんな作品がある、と言う人は

是非教えてください。


さて、今回紹介するのは上の話題とは関係なく、

どすこい(仮)』である。ギャグ小説集である。

ま、ある意味「力士は強い」と思わせてくれるかも

知れない。作品の目録は次のとおり。


「四十七人の力士」
「パラサイト・デブ」
「すべてがデブになる」
「土俵(リング)・でぶせん」
「脂鬼」
「理油(意味不明)」
「ウロボロスの基礎代謝」


この作品は連作集となっており、例えば「パラサイト

・デブ」の作品内に登場する人物が、「四十七人の

力士」を読んで、「なんだこれ、くだらないなあ」などと

いう場面がある。そのようにして作品がリンクしていく

という趣向である、

さて、実は私、ミステリ作家として名高い京極氏の作

品を、これ一作しか読んでいない。そればかりか、上

にあがっている作品の元ネタも、一冊も読んでいない。

それで大爆笑しているのである。


とんでもない不勉強、いやくだらない人間である。


京極 夏彦
どすこい。

「どすこい(仮)」の文庫版。加筆修正がなされた

完全版らしい。(仮)というのはなんなのかと思っ

ていたら、伏線があったのだね。これは未読なの

だが、読んでみようか、どうしよう。

今週のさよなら絶望先生

週刊少年マガジン2005年44号

第22話「恥ずかしい本ばかり読んできました」


今回は読書が好きな「工藤 准」という男子がメインの話。


彼はこれまでにもモブ扱いで登場してきました

が、今回ようやく名前が判明しました。

本が大好きで、世界中のありとあらゆるものを

読んでみたいそうです。それを聞いた糸色先生

が勘違いして、場を引っ掻き回すというお決まり

のパターン。新キャラの今後の活躍に期待。


関連リンク
ガンダーラ

元ネタ解析はこちらがベンリ。

絶望先生のほか、「かってに改蔵」などの話題も。



絶望先生人物ファイル01

糸色 望(いとしき のぞむ)

2年へ組の担任にして、本編の主人公。

自殺願望があり、連載第1回目では首を吊ろうと

しているところを取り押さえられて逆に首が締まっ

てしまい、「死んだらどーする!」と文句を言うという

ベタなギャグを披露していたが、最近では世の中

の色んな現象に絶望的な解釈をして、一人でパニ

ックになるという芸風にシフトチェンジしている。そ

の余裕のあるパニック振りを見ていると、実は彼は

ネガティブを装ったポジティブ人間なのではないか

と思えてくる。


連載開始当初は様々な問題を抱えるかわいい

生徒を彼が独自の方法で更生させるというパタ

ーンが展開され、その過程で引きこもり少女の

小森霧、ストーカーの常月まとい等の女生徒に

惚れられた。


生家は長野の名士で、父親・糸色大は地元選

出の代議士をしている。家族構成は両親、3人

の兄と1人の妹。こうした背景から、絶望先生は

太宰治のパロディーだと分かる。背格好は「坊っ

ちゃん」が交じっているな。

美内すずえ『ガラスの仮面 (第6巻)』

美内 すずえ
ガラスの仮面 (第6巻)
白泉社文庫

お勧め度:★★★★☆


のっけからアレな話題で恐縮だが、2ちゃんねる

で「BISHOPというブランドのエロゲー(割とバカ

ゲーばっかり作ってる会社)は、ガラスの仮面に

よく似ている」という話題がもちあがったことがあった。

確かに、ガラスの仮面の判で押したみたいな

キャラ設定や、お決まりの展開などは、ある種

のエロゲーなどのフィクションに引き継がれて

いるのかもしれない。


北島マヤとライバルの姫川あゆみが、どれだけ

自分の役を完璧に演じることが出来るかを競い

合うというのが話の主軸なわけである。芝居に

必要なのは、演技力だけじゃないと思うんだが、

わざと自分をアホな境遇に置いてまで役作りを

しようという執念は素晴らしいものだし、それだけ

で漫画を引っ張っていく技量はすごい。こういう

執念は私も見習わなくてはならないだろう。


しかし、悲しいかな、「マヤ……恐ろしい子!」など

といってバックにベタフラや雷を飛ばすという手法

は、今やあちこちで使われているのでもはやギャグ

になってしまい、シリアスなシーンでついついふき

だしてしまう。


おもしろいので、ゆっくり集めていこうかと思う。

有栖川有栖 他『大密室』

有栖川 有栖, 恩田 陸, 北森 鴻, 倉知 淳
西澤 保彦, 貫井 徳郎, 法月 綸太郎, 山口 雅也
大密室

お勧め度:★★★☆☆


有栖川有栖を始め計8名の作家による、密室ミス

テリーのアンソロジー。

仰々しい題名とは裏腹に、簡単なトリックの作品

が多く、気楽に読める。


大体、純粋な機械的トリックを用いているのはこ

の中では有栖くらいで、あとはおのおのが得意と

する作風で、自由に自分なりの「密室」を描いて

いる。

北森鴻は民俗学、倉知淳と西澤保彦はお笑い、

法月綸太郎はリドル・ストーリーといった風に。


なぜこんな形になったのだろうか。思うに、今の

時代に密室を特集するという事は、非常にアナ

クロな行為だからではないか。目ぼしいトリック

はあらかた発表され、ミステリファンはそれを全

部呼んでしまっているのだ。だから、これからの

作家は、密室をいかに魅せるかとか、密室をい

かに解釈するかといった方向で描いていくしか

ないんだみたいなことが、法月綸太郎の作品に

書いてあったよ。


そーゆー路線をとことん追求しているのが、今で

言うと西澤保彦なんではないかな。『念力密室!』

とかさ。

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今日から学校だ……ああ、たるいなあ

中島らも『牢屋でやせるダイエット』

中島 らも
牢屋でやせるダイエット

お勧め度:★★★☆☆


まあ、タイトルですでにオチがついてるので、

特に解説する必要もないと思うが、ネタがないので今日は

これでいきます。


お話はらもちゃんの邸宅に麻薬取締官、通称マトリックスの

大編隊が押し寄せてきたところから始まる。マトリは中島氏

に対し麻薬及び向精神薬取締法と大麻取締法違反の罪状

を突きつけたものの、中島はこれを拒否、50の手勢で獅子

奮迅の働きをしたが、9万の島津軍の前にはなすすべもな

く、あわれ岩屋城は落城、中島はめでたくお縄となった。


まあそれは嘘だが、この本には拘置所での話し相手もいな

い孤独な21日間を、彼がどうやって乗り越えたか、という事

が書いてある。隠しカメラをハケーンしたり、自分の後から独房

に入ってくる人の為にメモを残したり、恋文をしたためたり、

捜査官をからかったり、なんとかして平静を保とうという工夫

がおもしろい。


看守のレスポンスの悪さについても書かれてあった。禁断症

状が出て血圧が以上に高くなり、医者を呼んでもらおうとしたら

ダメだと言われ、あわや死に掛けたそうだ。


暇を潰すために書いた詩や歌の歌詞が載っていたり、なぜ大

麻取締法などという法律があるのだろうと考えたり、宗教や死

のことを考えたり、バラエティーに富んだ随筆である。


とにかく、中島らも大先生の体を張ったギャグです。皆さん、

鼻で笑ってやりましょう、鼻で。……うっ、うっ、ううっ……

何で死んだんだ、らもちゃん。


中島 らも
牢屋でやせるダイエット