皆様、こんにちは!
さて、今回の天河神社訪問は、家族揃って出かけました。
そして、家族のありがたさを本当の意味でハートで感じることができたことを以前のブログ記事で書きました。
実は、今回の旅は家族だけではなく、我が同志、Numaさん、Nonさんともご一緒させていただき、総勢5名だったのです。
通常、私の経験では何人かのグループで旅をした場合、気付かなくても、何らかのストレスが心理的にかかるのが普通だと思います。
それが、今回5人揃って旅をしたこと自体にどうやら意義があったと思うのです。
私は、全くストレスを感じることなく、ずっと旅のあいだ「いまに寛いだ」状態でした。(Nonさん、Numaさん、ストレスを感じてたら、ごめんなさいm(__)m)
この状態が、何とも不思議な感覚でいままでにない感覚だったのです。
そこで、ボーッとしていたときに感じたのが、
「なるほど、今回の旅は、私の家族とのあらたな関係の構築と仲間との今後の関係性のありようをハートで感じるためだったんだ!」ということです。
そこからまたまた類推すると、「アセンションとは、個々の内面性の変容」ではないのかな~ということ、そしてそれが個々人によって内容が異なっていようと別にOKなんじゃないかな~ということ。
そして、天河に集まった方々のハートの変容が一つとなり、日本のハートにあたる変容が日本全体の変容となり、世界のハートにあたる日本の変容が世界の変容につながる!!!、そんな感覚を持ちました。
今回、書いた内容は、一見すると何を言っているのかわからない?と感じられると思います。うまく文章にまとまらず、申し訳ありません。
私の実体験を踏まえた感覚から導き出した今回の私の結論から、このブログを読んでいただいている方々が、何らか感じていただけたら、幸いでございます。
今後、今回の天河訪問で感じたことなども絡めて、わかりやすくブログ記事にしていきたいと思います。
今後とも、よろしくお願いいたしまーす!!!
皆さん、こんにちは!
「陰、極まって陽になる。陽、極まって陰になる」そんな言葉がありますが、それを図式化したのが太極図なのだそうです。
思うに普通の人は、「極まる」状態まで行くことは稀なようです。
私の場合、「対極から対極へ」という感じで、振れ幅が大きいようです。
そこで、私が今まで体感したことを皆様と今日は共有したいと思います。
だいたい自分が「限界かも?」と感じた時点は、本当の限界ではないことが多いようです。
ちょっと話が逸れますが、私の場合、「あ~、ドン底だ!これからは、もう上昇するしかないな~!」と思っていたら、その下の「奈落の底」までいってしまったことがありました(^_^;)
また、「もう、四面楚歌で、どうしようもない」と感じているときには、まだまだ遠くに突破口があるようです。
そして、実は本当の本当のところまで困っていないから「ジタバタ」するのです。
本当の本当に困ったら、茫然自失で、何も考えられず、何もできなくなります。
そうなったら、本当に死んじゃうか、本当に生き延びるかどちらかだと思います。
このブログを読んでいただいている方で、もし「もはや、打つ手なし!」と感じている方がいたら、断言します。「まだ、大丈夫です!」
なので、うだうだ、考えて同じ思考状態で、ぐるぐる無駄な時間を費やしているんだったら、ここは一つ全てを忘れて、うまいもんでも喰うか、べろんべろんになるまで酔っぱらって、その瞬間をとことん感じ尽くしてみてください。
そこから、あらたに何かが生まれるかも?
騙されたと思って、一番自分がうれしい状態になれることをほんの一時間でもいいので、徹底的に味わってみてください。
私の場合は、一日雲隠れして、京都の山奥のお寺にいってお庭を数時間ボーッと眺めたあとに干菓子とお薄をいただくことにしてます。
↓

なぜか今日は、こんなブログ記事が書きたくなりました。今日書いた内容が、何かの一助になれば、幸いですo(^o^)o
ごきげんよ~\(^-^)/
追伸:天河神社訪問関係で、まだまだ書きたいことがてんこ盛りなのですが、うまくまとまらず四苦八苦しています。続編は、来週からまたアップできると思います。ご期待ください!
「陰、極まって陽になる。陽、極まって陰になる」そんな言葉がありますが、それを図式化したのが太極図なのだそうです。
思うに普通の人は、「極まる」状態まで行くことは稀なようです。
私の場合、「対極から対極へ」という感じで、振れ幅が大きいようです。
そこで、私が今まで体感したことを皆様と今日は共有したいと思います。
だいたい自分が「限界かも?」と感じた時点は、本当の限界ではないことが多いようです。
ちょっと話が逸れますが、私の場合、「あ~、ドン底だ!これからは、もう上昇するしかないな~!」と思っていたら、その下の「奈落の底」までいってしまったことがありました(^_^;)
また、「もう、四面楚歌で、どうしようもない」と感じているときには、まだまだ遠くに突破口があるようです。
そして、実は本当の本当のところまで困っていないから「ジタバタ」するのです。
本当の本当に困ったら、茫然自失で、何も考えられず、何もできなくなります。
そうなったら、本当に死んじゃうか、本当に生き延びるかどちらかだと思います。
このブログを読んでいただいている方で、もし「もはや、打つ手なし!」と感じている方がいたら、断言します。「まだ、大丈夫です!」
なので、うだうだ、考えて同じ思考状態で、ぐるぐる無駄な時間を費やしているんだったら、ここは一つ全てを忘れて、うまいもんでも喰うか、べろんべろんになるまで酔っぱらって、その瞬間をとことん感じ尽くしてみてください。
そこから、あらたに何かが生まれるかも?
騙されたと思って、一番自分がうれしい状態になれることをほんの一時間でもいいので、徹底的に味わってみてください。
私の場合は、一日雲隠れして、京都の山奥のお寺にいってお庭を数時間ボーッと眺めたあとに干菓子とお薄をいただくことにしてます。
↓

なぜか今日は、こんなブログ記事が書きたくなりました。今日書いた内容が、何かの一助になれば、幸いですo(^o^)o
ごきげんよ~\(^-^)/
追伸:天河神社訪問関係で、まだまだ書きたいことがてんこ盛りなのですが、うまくまとまらず四苦八苦しています。続編は、来週からまたアップできると思います。ご期待ください!
皆様、こんにちは!
今回は、「天河神社」訪問記の番外編です。
実は、誰にも言ってないのですが、、、
「これがなんと!奥さん、きいてください!私、天河神社で『かみ』と対面してきたんです~」(←みのもんた風で)
はい、「とうとうtoraさんいっちゃたな~、あーあー、、、」というお声もちらほら聞こえてきますが、、、これ、ほんとです。
神社の御神体は、通常「かがみ」です。「かがみ」から、「が=我」を取り除くと、「なんと奥さん、『かみ』が残るじゃありませんか!それで、そこに映し出されているのは、そうあなたの顏。そう、あなたが『かみ』だったんでーす!」
という話しを最初、斎籐一人さんに聞いて、「なるほど!」と思ったんです。それで、やはり私の大好きな阿部敏郎さんも同じことをおっしゃってるんですね。
それで、いろいろな神社に行くたびに鏡を覗くのですが、「これがなんと奥さん聞いてください!だいたい、拝殿に鎮座している鏡は、とおーくのほうに置いてあって何が映ってるか見えない。比較的近くに鎮座していても、研磨がそれほどされてなくて、像が映ってないんです奥さん、わかります?」 という状態だったのです。
それで、今回天河神社を訪問して、社務所のすぐ右脇の末社におまいりしたところ、頭をたれて、顏をあげるとほぼ原寸大の自分の顏が拝めたんです!!!凄いでしょ?
「全然、凄くない!」という意見も聞こえてきますが、そういう方はほぼ原寸大で自分の顏が映し出される鏡が鎮座している神社がありましたら、是非ご連絡ください!
で、本日の結論、「かみ」に会いたければ、天河に行け!!!ということです(^_^)v
お後が、よろしいようで・・・
それでは、ごきげんよ~\(^-^)/
今回は、「天河神社」訪問記の番外編です。
実は、誰にも言ってないのですが、、、
「これがなんと!奥さん、きいてください!私、天河神社で『かみ』と対面してきたんです~」(←みのもんた風で)
はい、「とうとうtoraさんいっちゃたな~、あーあー、、、」というお声もちらほら聞こえてきますが、、、これ、ほんとです。
神社の御神体は、通常「かがみ」です。「かがみ」から、「が=我」を取り除くと、「なんと奥さん、『かみ』が残るじゃありませんか!それで、そこに映し出されているのは、そうあなたの顏。そう、あなたが『かみ』だったんでーす!」
という話しを最初、斎籐一人さんに聞いて、「なるほど!」と思ったんです。それで、やはり私の大好きな阿部敏郎さんも同じことをおっしゃってるんですね。
それで、いろいろな神社に行くたびに鏡を覗くのですが、「これがなんと奥さん聞いてください!だいたい、拝殿に鎮座している鏡は、とおーくのほうに置いてあって何が映ってるか見えない。比較的近くに鎮座していても、研磨がそれほどされてなくて、像が映ってないんです奥さん、わかります?」 という状態だったのです。
それで、今回天河神社を訪問して、社務所のすぐ右脇の末社におまいりしたところ、頭をたれて、顏をあげるとほぼ原寸大の自分の顏が拝めたんです!!!凄いでしょ?
「全然、凄くない!」という意見も聞こえてきますが、そういう方はほぼ原寸大で自分の顏が映し出される鏡が鎮座している神社がありましたら、是非ご連絡ください!
で、本日の結論、「かみ」に会いたければ、天河に行け!!!ということです(^_^)v
お後が、よろしいようで・・・
それでは、ごきげんよ~\(^-^)/
皆様、こんにちは!
昨日のブログ記事の補足を今日はさせていただきます。
「天河神社を訪問を機に『家族の大切さ』がハートでわかった」ということを昨日のブログ記事で書きました。
「このハートでわかった」ってどういうことなんだろう?と山手線を待ちながら、ボーっと今日考えていました。
すると、頭の中で「愛がないんでーす」という言葉が聞えました。(←ほんとに聞えた訳では、ありませんよ。思い出したって感じです。念のため。。。)
このフレーズは、大学生の時によく神父さんの口から授業を受けている際に発せられた言葉です。
一応、私、カソリック系の大学に通っておりまして、一年生の時は「人間学」という講座を神父さんから一年間必修で受けさせられるのです。
当時は、神父さんの言葉を聞いても、
「なに言ってんだ馬鹿やろー。こちとら江戸っ子でい!アガペーだとかなんだとか、異人につべこべ言われたくねーんだ。このくそ坊主、アッカンベーっだ!」
と思っていました。
が、今回、このときに神父さんがおっしゃっていた「愛」というものがなんとなく感覚でよくわかったような気がします。
うまく口では表現できないのですが、多分私が感じている「愛」というものをエーリッヒフロムの「愛するということ」という本の中に詳しく書いてあるんじゃないかな?と思うので、今度読んでみようと思います。
「ハートを愛で満たし、淡々と」生きていきたいと思います。
それでは、ご機嫌よー
昨日のブログ記事の補足を今日はさせていただきます。
「天河神社を訪問を機に『家族の大切さ』がハートでわかった」ということを昨日のブログ記事で書きました。
「このハートでわかった」ってどういうことなんだろう?と山手線を待ちながら、ボーっと今日考えていました。
すると、頭の中で「愛がないんでーす」という言葉が聞えました。(←ほんとに聞えた訳では、ありませんよ。思い出したって感じです。念のため。。。)
このフレーズは、大学生の時によく神父さんの口から授業を受けている際に発せられた言葉です。
一応、私、カソリック系の大学に通っておりまして、一年生の時は「人間学」という講座を神父さんから一年間必修で受けさせられるのです。
当時は、神父さんの言葉を聞いても、
「なに言ってんだ馬鹿やろー。こちとら江戸っ子でい!アガペーだとかなんだとか、異人につべこべ言われたくねーんだ。このくそ坊主、アッカンベーっだ!」
と思っていました。
が、今回、このときに神父さんがおっしゃっていた「愛」というものがなんとなく感覚でよくわかったような気がします。
うまく口では表現できないのですが、多分私が感じている「愛」というものをエーリッヒフロムの「愛するということ」という本の中に詳しく書いてあるんじゃないかな?と思うので、今度読んでみようと思います。
「ハートを愛で満たし、淡々と」生きていきたいと思います。
それでは、ご機嫌よー
皆さん、こんにちは(^_^)v
11月2日に天河神社の例大祭に阿部敏郎さんの呼び掛けに呼応し、参加してきた訳ですが、今までのブログ記事をまだご覧になっていらっしゃらない方は、まず今までのブログ記事をご覧いただければ、幸いですm(__)m
↓
・天河神社 アセンション祭り(1)
・天河神社 アセンション祭り(2)
・天河神社 アセンション祭り(3)
・天河神社 アセンション祭り(4)
それで今回は、私がカミさんにプロポーズする際に天河神社が絡んでいた話しを書きます。
今を遡ること約20年前、彼女の誕生日を盛大にお祝いし、その時にプロポーズをしようと考えていました。
当時もまだバブル絶頂の頃の感覚が抜けきらない私は、ホテルのスイートを用意し、フレンチレストランを予約し、準備万端整えました。
そこでハタと気付いたのが、一番重要な誕生日プレゼントを準備してなかった(^_^;)
しかも、それに気付いたのが、確か誕生日の当日だったと思います。
その日は、全く動ける時間がなかったので、どうしようか考えた挙げ句、彼女の友達にブレゼントの品を準備してもらいそれをホテルのフロントに預けておいてもらうことにしたのです。
そのプレゼントの品が天河神社の「五十鈴」だったのです。
↓

(この写真は、ペンダントヘッドのように使うため、革のヒモが通してあります。)
なぜ、彼女の友達が「五十鈴」を届けられたかというと、彼女の友達は、エイトスターダイヤモンドというダイヤモンド屋さんに当時勤めており(いまも働いていらっしゃいますが)、そのお店でなぜか天河神社の五十鈴を取り扱っていたのです。
(五十鈴とは?⇒天河神社HP)
そしてその少し前に家内と友達が、天河神社を訪問し、そのすばらしさを家内から、聞き及んでいたので、「ブレゼントは、五十鈴しかない!!!」と思いついたのです。
それで、今回、天河神社を訪問する際にカミさんにプレゼントしたその五十鈴をなぜか私が首から下げて、訪問したのです。
この流れを考えると、結婚を決意した時も「天河神社さん」が関与し、あらためて「家族の大切さ」を頭ではなく、私のハートにわからせてくれたのも「天河神社さん」の「はからい」としか私には思えないのです。
私は、場のエネルギーの変化とかそうことを全然感じることができませんが、今回の天河神社訪問で、私の中での「家族の位置付け」の次元が明らかに上昇したと実感しています。
そういう意味で、私には今回、本当の意味で、「アセンション祭り」であったと思います\(^-^)/
と、ここまで書いてきて、またまたあらたなことに気付いてしまいました。。。
そのことは、また次回書きます。
う~ん、まだまだ天河神社訪問記は、続きそうです(^_^)v
ごきげんよ~
11月2日に天河神社の例大祭に阿部敏郎さんの呼び掛けに呼応し、参加してきた訳ですが、今までのブログ記事をまだご覧になっていらっしゃらない方は、まず今までのブログ記事をご覧いただければ、幸いですm(__)m
↓
・天河神社 アセンション祭り(1)
・天河神社 アセンション祭り(2)
・天河神社 アセンション祭り(3)
・天河神社 アセンション祭り(4)
それで今回は、私がカミさんにプロポーズする際に天河神社が絡んでいた話しを書きます。
今を遡ること約20年前、彼女の誕生日を盛大にお祝いし、その時にプロポーズをしようと考えていました。
当時もまだバブル絶頂の頃の感覚が抜けきらない私は、ホテルのスイートを用意し、フレンチレストランを予約し、準備万端整えました。
そこでハタと気付いたのが、一番重要な誕生日プレゼントを準備してなかった(^_^;)
しかも、それに気付いたのが、確か誕生日の当日だったと思います。
その日は、全く動ける時間がなかったので、どうしようか考えた挙げ句、彼女の友達にブレゼントの品を準備してもらいそれをホテルのフロントに預けておいてもらうことにしたのです。
そのプレゼントの品が天河神社の「五十鈴」だったのです。
↓

(この写真は、ペンダントヘッドのように使うため、革のヒモが通してあります。)
なぜ、彼女の友達が「五十鈴」を届けられたかというと、彼女の友達は、エイトスターダイヤモンドというダイヤモンド屋さんに当時勤めており(いまも働いていらっしゃいますが)、そのお店でなぜか天河神社の五十鈴を取り扱っていたのです。
(五十鈴とは?⇒天河神社HP)
そしてその少し前に家内と友達が、天河神社を訪問し、そのすばらしさを家内から、聞き及んでいたので、「ブレゼントは、五十鈴しかない!!!」と思いついたのです。
それで、今回、天河神社を訪問する際にカミさんにプレゼントしたその五十鈴をなぜか私が首から下げて、訪問したのです。
この流れを考えると、結婚を決意した時も「天河神社さん」が関与し、あらためて「家族の大切さ」を頭ではなく、私のハートにわからせてくれたのも「天河神社さん」の「はからい」としか私には思えないのです。
私は、場のエネルギーの変化とかそうことを全然感じることができませんが、今回の天河神社訪問で、私の中での「家族の位置付け」の次元が明らかに上昇したと実感しています。
そういう意味で、私には今回、本当の意味で、「アセンション祭り」であったと思います\(^-^)/
と、ここまで書いてきて、またまたあらたなことに気付いてしまいました。。。
そのことは、また次回書きます。
う~ん、まだまだ天河神社訪問記は、続きそうです(^_^)v
ごきげんよ~
皆様、こんにちは~\(^-^)/
当初、今回の天河神社訪問のブログ記事の掲載は、1~2回になるかな?と感じていましたが、予想外に書くことが次から次へと溢れ出てきました。これは、あと何回かブログ記事が続くかもしれません。
さて、今回は「私にとってのアセンション」という視点で書きたいと思います。
前回のブログ記事でも書きましたが、私は鈍感でエネルギーの質がどうだとかこうだとかは全く感じません。
阿部敏郎さん曰く、
↓
-----------------------------------------------
「天河は、豪雨による禊(みそぎ)を経て、この数十年間のエネルギーを大きくチェンジしました。
よりピュアで、より優しく、より知的なエネルギーへのシフトです。
それは場のシフトであると共に、そこに集う神々(みなさんのことです)の気のシフトです。
場の波動は、地場と人の意識の両方が作り出しています。
僕自身は、近年の天河の波動は、あまり好きではありませんでした。
奉公していた22年前でさえ、何かが違うと感じていました。
それが今日払しょくされました。
山川さんも、みなさんが瞑想している時の場の空気がとても素晴らしかったと言っていましたが、僕もそれをひしひしと感じていました。
そして天河が喜んでいると思いました。
ここからは、やや荒唐無稽な話になりますが、おそらく天河は、平成元年に僕を呼び寄せてから、僕にさまざまな試練を与え、鍛え、磨き、そして今日もっとも大切な日に、このようにして多くの善男善女を集める役を担わせたのだと思います。
僕のような取るに足らない人間に、この役を全うさせるには、20年以上もの時間がかかったわけですが、それは最初から計画済みだったのでしょう。
感じていることの半分も書けていませんが、最後にこれだけは伝えさせてください。
天河で生じた波動は、必ずや日本全国に拡散します。
ちょうどハートチャクラで生じた感情が、身体中を駆け巡るように。
日本のハートチャクラ天河が変化したということは、日本全体が大きく変わるということです。
子供たちそして孫たちの時代は、いままでには想像さえできなかった素晴らしい世界が出現していることでしょう。」
-----------------------------------------------
しか~し、私には何も感じられないσ(^_^;)?
「う~、ブログの落ちが見つからない。ただ、天河神社、行ってきました~\(^-^)/じゃおもしろくないしな・・・」と考えて、なかなかブログ記事を書き始めることができませんでした。
そこで、アセンションとかエネルギーとかそんなことを横に置いておいて、自分にとってどうだったのか?をいま一度感じてみました。
〈私が感じたこと〉
・家族揃っての遠出は、久しぶりで、とても穏やかな気分に浸れた。
・あらためて、家族の大切さを感じて「ありがたいな」と思った。
・息子がよくここまで育ってくれたな「生まれてきてくれて、本当にありがとう」と感じた。
そして、家族が成り立つまでの経緯を思い返しつつ、「あ~、初めてカミさんと会ったのは、あんな感じだったな・・・」、「付き合い始めて、いろんなことがあったな・・・」、「あのとき、こいつと結婚するかも?って思ったよな・・・」
それで、「結婚しよう!」と決断し、プロポーズ・・・プロポーズ・・・
ここまで、思い出したときに
「あ~、プロポーズしたときに天河神社がからんでる!!!忘れてた~!!!」
プロポーズのときも、ある意味、天河神社のお導き、今回「家族のすばらしさ」をあらためて噛み締めたのも天河神社のお導き!!!
うひょ~、全然気付かなかったけど、こりゃ凄いな~と気付いてしまったのです!
で、次回はなぜ私のプロポーズに天河神社が絡んでいるのかを書きます。
それではごきげんよ~\(^-^)/
当初、今回の天河神社訪問のブログ記事の掲載は、1~2回になるかな?と感じていましたが、予想外に書くことが次から次へと溢れ出てきました。これは、あと何回かブログ記事が続くかもしれません。
さて、今回は「私にとってのアセンション」という視点で書きたいと思います。
前回のブログ記事でも書きましたが、私は鈍感でエネルギーの質がどうだとかこうだとかは全く感じません。
阿部敏郎さん曰く、
↓
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「天河は、豪雨による禊(みそぎ)を経て、この数十年間のエネルギーを大きくチェンジしました。
よりピュアで、より優しく、より知的なエネルギーへのシフトです。
それは場のシフトであると共に、そこに集う神々(みなさんのことです)の気のシフトです。
場の波動は、地場と人の意識の両方が作り出しています。
僕自身は、近年の天河の波動は、あまり好きではありませんでした。
奉公していた22年前でさえ、何かが違うと感じていました。
それが今日払しょくされました。
山川さんも、みなさんが瞑想している時の場の空気がとても素晴らしかったと言っていましたが、僕もそれをひしひしと感じていました。
そして天河が喜んでいると思いました。
ここからは、やや荒唐無稽な話になりますが、おそらく天河は、平成元年に僕を呼び寄せてから、僕にさまざまな試練を与え、鍛え、磨き、そして今日もっとも大切な日に、このようにして多くの善男善女を集める役を担わせたのだと思います。
僕のような取るに足らない人間に、この役を全うさせるには、20年以上もの時間がかかったわけですが、それは最初から計画済みだったのでしょう。
感じていることの半分も書けていませんが、最後にこれだけは伝えさせてください。
天河で生じた波動は、必ずや日本全国に拡散します。
ちょうどハートチャクラで生じた感情が、身体中を駆け巡るように。
日本のハートチャクラ天河が変化したということは、日本全体が大きく変わるということです。
子供たちそして孫たちの時代は、いままでには想像さえできなかった素晴らしい世界が出現していることでしょう。」
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しか~し、私には何も感じられないσ(^_^;)?
「う~、ブログの落ちが見つからない。ただ、天河神社、行ってきました~\(^-^)/じゃおもしろくないしな・・・」と考えて、なかなかブログ記事を書き始めることができませんでした。
そこで、アセンションとかエネルギーとかそんなことを横に置いておいて、自分にとってどうだったのか?をいま一度感じてみました。
〈私が感じたこと〉
・家族揃っての遠出は、久しぶりで、とても穏やかな気分に浸れた。
・あらためて、家族の大切さを感じて「ありがたいな」と思った。
・息子がよくここまで育ってくれたな「生まれてきてくれて、本当にありがとう」と感じた。
そして、家族が成り立つまでの経緯を思い返しつつ、「あ~、初めてカミさんと会ったのは、あんな感じだったな・・・」、「付き合い始めて、いろんなことがあったな・・・」、「あのとき、こいつと結婚するかも?って思ったよな・・・」
それで、「結婚しよう!」と決断し、プロポーズ・・・プロポーズ・・・
ここまで、思い出したときに
「あ~、プロポーズしたときに天河神社がからんでる!!!忘れてた~!!!」
プロポーズのときも、ある意味、天河神社のお導き、今回「家族のすばらしさ」をあらためて噛み締めたのも天河神社のお導き!!!
うひょ~、全然気付かなかったけど、こりゃ凄いな~と気付いてしまったのです!
で、次回はなぜ私のプロポーズに天河神社が絡んでいるのかを書きます。
それではごきげんよ~\(^-^)/
皆さん、こんにちは!
天河神社訪問記の3回目です。
一連の催しが終わった後、阿部敏郎さんのブログを見て、天河神社に集まった方々が参集殿に集まりました。
その数ざっと、300人以上、下手したら500人くらいいたのではないでしょうか?参集殿に全員が収まりきらず、外にも溢れかえるような状態でした。
これには正直驚きました。全国からこれだけの人数の方々が集まるとは・・・
これは、ひとえに阿部敏郎さんのご人徳だと感じました。
それから通常、こういう状況になると、「どうなってんだ~!!!」などと怒号が飛び交う光景が想像されますが、清々として静寂な状態。正直、これだけでも「凄い!!!」と妙に私は感心していました。
右から順にシャンタンさん・阿部敏郎さん・ボブさん・山川ご夫妻です。
↓

阿部敏郎さん近影
↓

阿部敏郎さん・シャンタンさん・ボブさん・山川さんご夫妻のお話がありましたが、私はボーっとしていて、ほとんど内容を覚えていません。
その後、隣の方と手を取り合い全員で瞑想をしました。
ん~、なんかとても気持ちのよい感覚を味わうことができました。
以下、阿部さんのブログから今回に関する記述を抜粋させていただきます。
↓
------------------------------
天河で生じた波動は、必ずや日本全国に拡散します。
ちょうどハートチャクラで生じた感情が、身体中を駆け巡るように。
日本のハートチャクラ天河が変化したということは、日本全体が大きく変わるということです。
子供たちそして孫たちの時代は、いままでには想像さえできなかった素晴らしい世界が出現していることでしょう。
-------------------------------
それで、今回の天河神社の例大祭に参加させていただいた私の感想を総括させていただきますと・・・
と、自分の感想を書こうと思ったのですが、なんとも書けないのです。
私は相当鈍感な方で、「天河は凄いエネルギースポットだ!」なんてことを聞いても、「なーにも感じない」し、相当な数の方々で一緒に瞑想することによって「エネルギーの質が変わった!!!」といわれても、「そうなの?全然わからん?」という感じでした。
アセンションに絡んだ「例大祭」だった訳ですが、正直、「気持ちよかったけど、なーんも変わってないし・・・、感動した!とか嘘かけないし・・・どうしたもんだ?」と頭の中がグルグルしていたのですが・・・
さきほど、ボーっとしていたときに
「ありゃ、忘れてた!!!今回の天河訪問は、確かに自分にとってのアセンションだー!!!」といいうことに気付いてしまいました。
こりゃー、確かに天河によばれたんだ!!!と実感してしまったのです・・・
ということで、何を実感してしまったのかは、次回のブログ記事に続きま~す!!!
ごきげんよ~
天河神社訪問記の3回目です。
一連の催しが終わった後、阿部敏郎さんのブログを見て、天河神社に集まった方々が参集殿に集まりました。
その数ざっと、300人以上、下手したら500人くらいいたのではないでしょうか?参集殿に全員が収まりきらず、外にも溢れかえるような状態でした。
これには正直驚きました。全国からこれだけの人数の方々が集まるとは・・・
これは、ひとえに阿部敏郎さんのご人徳だと感じました。
それから通常、こういう状況になると、「どうなってんだ~!!!」などと怒号が飛び交う光景が想像されますが、清々として静寂な状態。正直、これだけでも「凄い!!!」と妙に私は感心していました。
右から順にシャンタンさん・阿部敏郎さん・ボブさん・山川ご夫妻です。
↓

阿部敏郎さん近影
↓

阿部敏郎さん・シャンタンさん・ボブさん・山川さんご夫妻のお話がありましたが、私はボーっとしていて、ほとんど内容を覚えていません。
その後、隣の方と手を取り合い全員で瞑想をしました。
ん~、なんかとても気持ちのよい感覚を味わうことができました。
以下、阿部さんのブログから今回に関する記述を抜粋させていただきます。
↓
------------------------------
天河で生じた波動は、必ずや日本全国に拡散します。
ちょうどハートチャクラで生じた感情が、身体中を駆け巡るように。
日本のハートチャクラ天河が変化したということは、日本全体が大きく変わるということです。
子供たちそして孫たちの時代は、いままでには想像さえできなかった素晴らしい世界が出現していることでしょう。
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それで、今回の天河神社の例大祭に参加させていただいた私の感想を総括させていただきますと・・・
と、自分の感想を書こうと思ったのですが、なんとも書けないのです。
私は相当鈍感な方で、「天河は凄いエネルギースポットだ!」なんてことを聞いても、「なーにも感じない」し、相当な数の方々で一緒に瞑想することによって「エネルギーの質が変わった!!!」といわれても、「そうなの?全然わからん?」という感じでした。
アセンションに絡んだ「例大祭」だった訳ですが、正直、「気持ちよかったけど、なーんも変わってないし・・・、感動した!とか嘘かけないし・・・どうしたもんだ?」と頭の中がグルグルしていたのですが・・・
さきほど、ボーっとしていたときに
「ありゃ、忘れてた!!!今回の天河訪問は、確かに自分にとってのアセンションだー!!!」といいうことに気付いてしまいました。
こりゃー、確かに天河によばれたんだ!!!と実感してしまったのです・・・
ということで、何を実感してしまったのかは、次回のブログ記事に続きま~す!!!
ごきげんよ~
皆さん、こんにちは!
前回は、阿部敏郎さんの呼びかけに呼応して、天河神社に到着し、参拝をしたところを書きました。今回は、その続きです。
参拝後、拝殿の中にある能舞台でしばらく「ボー」としてました。
↓

昔から私は、「ボー」とすることが好きで、その瞬間心が休まる気がします。
その後、境内に降りていくと、直会のためにおにぎりとトン汁を配っていたので、ありがたくいただきました。
食べている最中にやぐらを中心に盆踊りのような感じのものが始まりました。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆ならおどらにゃ損損」という言葉に従い、その後踊りの輪の中に身を投じていました。
踊って、一汗かいた後は、神社の周りを散策し、自然のエネルギーを満喫してきました。
神社に戻ると、舞台の上から餅投げが始まっていました。童心にかえったつもりで、舞台から降り注いでくるお餅を山のようにゲットし、満足な気分に浸ることができました。
一番右にいらっしゃるのが、阿部さん。その左がボブさん
↓

それでは、また、次回に続きます。ごきげんよー!
前回は、阿部敏郎さんの呼びかけに呼応して、天河神社に到着し、参拝をしたところを書きました。今回は、その続きです。
参拝後、拝殿の中にある能舞台でしばらく「ボー」としてました。
↓

昔から私は、「ボー」とすることが好きで、その瞬間心が休まる気がします。
その後、境内に降りていくと、直会のためにおにぎりとトン汁を配っていたので、ありがたくいただきました。
食べている最中にやぐらを中心に盆踊りのような感じのものが始まりました。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆ならおどらにゃ損損」という言葉に従い、その後踊りの輪の中に身を投じていました。
踊って、一汗かいた後は、神社の周りを散策し、自然のエネルギーを満喫してきました。
神社に戻ると、舞台の上から餅投げが始まっていました。童心にかえったつもりで、舞台から降り注いでくるお餅を山のようにゲットし、満足な気分に浸ることができました。
一番右にいらっしゃるのが、阿部さん。その左がボブさん
↓

それでは、また、次回に続きます。ごきげんよー!
皆さん、こんにちは!
今回は、11月2日(水)に奈良県の天河神社の「秋の例大祭」行ったときのことを書きます。
もともと、天河神社のことは、家内から約25年前に聞いていたのですが、今まで訪問する機会がありませんでした。
一説には「呼ばれないと行かれない」ということがあるみたいなので、今までは「呼ばれ」なかったのでしょう。
そして、今回、天河神社に行くことになったのは、やはり「呼ばれ」たのかもしれません。
どうしても、「行きたい!」と感じたのは、
阿部敏郎さんの「いまここ」というブログに書いてある記事を見たからです。
そのブログ記事を以下にそのまま引用させていただきます。
↓
-------------------------------------------------------
10月6日の記事
突然なんだけど・・・
11月2日、もし可能ならば奈良の天河神社にご一緒しませんか。
この日、特別なお祭りがあります。
何もかもが一新する近未来に向けて、次元上昇をコンセプトにしたお祭りです。
荒唐無稽なお知らせですが・・・(笑)
拙書「随(かんながら)神」は、次元上昇(アセンション)をテーマにした、私小説風の読み物ですが、そこにアセンションの実態を日本に伝えるアメリカ人「ボブ」と、それを受け取る「シャンタン」という日本人が出てきます。
この二人は実在の人物ですが、物語を書いた当時は面識がありませんでした。
実際の人物の外見や特徴をお借りしただけです。
シャンタンとは天河で一度会っただけですし、ボブは書籍の中でしか知りませんでした。
物語の中心テーマは、ボブ・フィックスさんの著書「アセンション」から影響を受けたものだったので、彼に敬意を払い本名で物語に登場してもらったのです。
11月2日は、シャンタンとボブさんと天河に向かいます。
僕が計画したわけではないのですが、そのような運びとなりました。
物語を書いてから12年が経ち、予感した方向に時代は動いています。
ご承知のとおり、天河も先ごろ水害に見舞われ、本殿こそ無事でしたが、何もかもが水に浸かりました。
そして再生です。
天河で起きることは日本で起きることのミニチュアと言われていて、この日の神事は日本再生のみならず、次元上昇につながる目に見えるスタートになるかもしれません。
不思議な必然を感じたので、みなさんにもお伝えしようと思いました。
先ほど電話で天河の宮司さんともお話しし、急な話ですが、多くの人に参加していただければと言っておられました。
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この記事を見て、「よし!いざ、天河へ!」と感じて、私は行ってきた訳ですが、よくよく考えると、「普通、このブログ記事を見たからって、わざわざ東京から奈良に行くか?」と思うのが普通だと思いますが、行きたかったので行ってきました。
当日、天河神社に到着したのが、神事の始まるちょど11時くらいでした。拝殿に続く、階段は渋滞中で動く気配もありませんでした。
↓


そして、神事は始まってしまい、そのまま階段の途中に立ったまま神事は終わってしまいました。
「あ~、わざわざ東京から来たのに神事も見られずに・・・。でも、この場に身を置けただけでも、まっいいか!」という感じでした。
拝殿の中で、神事を観ていた方々がはけた後に参拝をしました。
階段を登って参拝するのですが、正座をして参拝する形式で、「へ~、こんな参拝方法もあるんだ!」とちょっと驚きました。
↓


・・・・まだまだ、書くことはいろいろあるのですが、ここまで書いてきて、力つきてしまったので、大変恐縮ですが、続きはまた次のブログ記事に書きます!
それでは、今日はごきげんよ~
今回は、11月2日(水)に奈良県の天河神社の「秋の例大祭」行ったときのことを書きます。
もともと、天河神社のことは、家内から約25年前に聞いていたのですが、今まで訪問する機会がありませんでした。
一説には「呼ばれないと行かれない」ということがあるみたいなので、今までは「呼ばれ」なかったのでしょう。
そして、今回、天河神社に行くことになったのは、やはり「呼ばれ」たのかもしれません。
どうしても、「行きたい!」と感じたのは、
阿部敏郎さんの「いまここ」というブログに書いてある記事を見たからです。
そのブログ記事を以下にそのまま引用させていただきます。
↓
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10月6日の記事
突然なんだけど・・・
11月2日、もし可能ならば奈良の天河神社にご一緒しませんか。
この日、特別なお祭りがあります。
何もかもが一新する近未来に向けて、次元上昇をコンセプトにしたお祭りです。
荒唐無稽なお知らせですが・・・(笑)
拙書「随(かんながら)神」は、次元上昇(アセンション)をテーマにした、私小説風の読み物ですが、そこにアセンションの実態を日本に伝えるアメリカ人「ボブ」と、それを受け取る「シャンタン」という日本人が出てきます。
この二人は実在の人物ですが、物語を書いた当時は面識がありませんでした。
実際の人物の外見や特徴をお借りしただけです。
シャンタンとは天河で一度会っただけですし、ボブは書籍の中でしか知りませんでした。
物語の中心テーマは、ボブ・フィックスさんの著書「アセンション」から影響を受けたものだったので、彼に敬意を払い本名で物語に登場してもらったのです。
11月2日は、シャンタンとボブさんと天河に向かいます。
僕が計画したわけではないのですが、そのような運びとなりました。
物語を書いてから12年が経ち、予感した方向に時代は動いています。
ご承知のとおり、天河も先ごろ水害に見舞われ、本殿こそ無事でしたが、何もかもが水に浸かりました。
そして再生です。
天河で起きることは日本で起きることのミニチュアと言われていて、この日の神事は日本再生のみならず、次元上昇につながる目に見えるスタートになるかもしれません。
不思議な必然を感じたので、みなさんにもお伝えしようと思いました。
先ほど電話で天河の宮司さんともお話しし、急な話ですが、多くの人に参加していただければと言っておられました。
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この記事を見て、「よし!いざ、天河へ!」と感じて、私は行ってきた訳ですが、よくよく考えると、「普通、このブログ記事を見たからって、わざわざ東京から奈良に行くか?」と思うのが普通だと思いますが、行きたかったので行ってきました。
当日、天河神社に到着したのが、神事の始まるちょど11時くらいでした。拝殿に続く、階段は渋滞中で動く気配もありませんでした。
↓


そして、神事は始まってしまい、そのまま階段の途中に立ったまま神事は終わってしまいました。
「あ~、わざわざ東京から来たのに神事も見られずに・・・。でも、この場に身を置けただけでも、まっいいか!」という感じでした。
拝殿の中で、神事を観ていた方々がはけた後に参拝をしました。
階段を登って参拝するのですが、正座をして参拝する形式で、「へ~、こんな参拝方法もあるんだ!」とちょっと驚きました。
↓


・・・・まだまだ、書くことはいろいろあるのですが、ここまで書いてきて、力つきてしまったので、大変恐縮ですが、続きはまた次のブログ記事に書きます!
それでは、今日はごきげんよ~
