~アラフィフ親父の「日本蜜蜂」奮闘記~ -27ページ目

~アラフィフ親父の「日本蜜蜂」奮闘記~

私、「toratoralion」=tora=飯田友一が、「日本蜜蜂」で養蜂を始めた日々を綴ります(*^o^*)

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さてさて、前回の私からの問いかけに関し、様々なコメントをいただき、ありがとうございました。

ちなみに以下のようなコメントをいただきました。

・「今のままのtoraさん!」
(きのこさんより→ブログはこちら
・「やりたいと感じていることを全部やる。」
(ごうさんより→ブログはこちら
・「夢を叶える人生」
(Nonさんより→ブログはこちら)
・「黄色の着ぐるみちゃんが、タマラナイ。。」
(ゆみさんより→ブログはこちら)
・可能性を否定せず、自由な発想力によって、舵取りをしていく人生!
(あいさんより→ブログはこちら

という感じでした。う~ん、全部当たってますね!!!

私なりの言葉に言い換えると、

・今のままの私
→本来の自分に還る
・やりたいと感じている全部やる/夢を叶える人生
→映画マトリックスの「ネオ」になる。
・「黄色の着ぐるみちゃんが、タマラナイ。。」
→単にこの写真を貼りたかった。
・可能性を否定せず、自由な発想力によって、舵取りをしていく人生!
→制限を取っ払う!

という感じになります。

それでは、以下に皆様からコメントをいただく前に既に準備してあった文章をご覧ください。ちょっと解説したいと思います。


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実は、この半年くらいの間に以下の3つの手法で私自身を鑑定?をしていただていました。

・インド占星術
(ガネーシャギリさんに観ていただきました。→ブログはこちら!

・西洋占星術
(→バリにお住まいの家内の知人に観ていただきました)

・アカシックレコードリーディング
(岩元良枝さんに観ていただきました。→ブログはこちら!


そして、共通して指摘されたのが、
・ゆっくり過ごすこと。
・今までの経験が集大成される。
・今年は「悟り」のステージに進むべき。



ということで、
「私にとっての『誂え』の人生とは?」の解答は、
・「悟り」への道
・「精神性」への移行

等々という感じです。


まあ、自分の中ではこんな声として聴こえていた訳ですが、、、
・「もう、死んでもいいかっな~」
・「のんびりしたいな~」
・「ずっと、瞑想してたいな~」

ただし、1つだけ私の中で腑に落ちなかったのは、

「そうは言ってもさ、、、現実の生活があるのよん・・・」ということ。

この疑問への回答は、良枝さんのアカシックレコードリーディングの中で得ることができました。
良枝さん曰く、

「それはね、toraさん、『悟りのステージ』と言ったって、山に篭ったりしてする必要はなく、日々の生活でその視点に立った『自分』を活かしていけばいいんですよ~」というコメントでした。

「確かにそうだよな~!!!」ということで、目から鱗状態の私でございました。


で、結論ですが、阿部敏郎さん曰く、「今ここ」なのです・・・
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換言しますと、
「一瞬、一瞬を生きる!」
ということで~す!!!

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で、ある意味コメントをいただいた方々、それぞれが核心をついていただきましたので、
今回はコメントいただいた方全員にプレゼント
をさせていただくことにいたしました。

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「プレゼントは何にしようかな~???」と真剣に考えたのですが、私のSNSの原点はTwitterなので、私が作成したPDF本「ツイッターの壺」を全員の方にプレゼントさせていただきます。(←入手方法は、別途メッセージで連絡させていただきます。なお、既にご覧頂いている方は、お申し出ください。別のいいものを差し上げます!!!)


それでは、お後がよろしいようで・・・
皆様、ありがとうございました。。。


追伸
何か、振り出しに戻った感が、ありますが・・・
まだまだ、この話題続きます!乞うご期待!!!

あっ、ここまで書いてきて、書くのを忘れた項目を思い出しました。「映画マトリックスの『ネオ』になること」ということについては、解説しないとお分かりいただけないと思います。ただ、この項目だけでも、2回分の文章量くらいになってしまいますので、この件についてはいずれ、別途ブログ記事にいたします。

It's coming soon!!!



そろそろ、細部まで身の丈にあった自分の人生を『誂え』ようかと思います・・・」ということを前回書きました。

そこで、「自分にとっての『誂え』の人生とは?」といろいろと考えようと思いましたが、考えるまでもなく、「な~んだ、既に自分の中に答えは出ている!」ということを確信しました。


それは、、、






それはですね・・・







なんと奥さん聞いてください・・・(←みのもんた風で)














じゃん!!!
続きは、次回に。。。





「まじっすか~!? 出たよ!toraさん流の次回に続きます・・・」
という方の為に若干のヒント、最近私が思うこと・・・

<ヒント1>四国にお遍路に行きたい。
<ヒント2>アルゼンチンタンゴをマスターし、杉本彩さんと1曲踊りたい。
<ヒント3>インドで瞑想をしたいと思っている。
<ヒント4>高野山に篭って、お坊さんになりたい。
<ヒント5>毎日柔軟体操をして、空手を始めたい。
<ヒント6>スリランカで宝石掘りをしたい。
<ヒント7>タイ古式マッサージのライセンスを取得したい。
<ヒント8>農業を始めたい。
<ヒント9>シェアハウスを造ろうかな~と考えている。


さて、「私にとっての『誂え』の人生とは?」

正解者の方の中から、先着3名様に素敵なプレゼントを差し上げます!
(ちなみにサイババさんの手から出た本物のビヴーティーは、今回は差し上げられません。念のため・・・)

回答は、コメント欄にどぞ!!!


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それでは、ごきげんよ~(^O^)/






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今じゃ、「誂える」何て言葉をトンと聞かなくなりましたが、私の父の世代は、「背広は、誂える」ものと相場が決まっていたようです。対極は、「吊し」。

私も唯一、小学校の制服だけは、「誂え」でした。

「誂え」・「吊し」という言葉をググると、
【誂え】→
1 注文して作らせること。また、そうした品物。
2 歌舞伎の大道具や下座音楽などで、作者や役者の好みによって特別に注文して作ること。また、そのもの。
【吊るし】→
(つり下げて売るところから)既製品

翻って、我が人生を振り返ると、今まで「吊し」の人生ではなかったか?とふっと思いました。

そろそろ、細部まで身の丈にあった自分の人生を「誂え」ようかと思います。。。






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幼少の頃より、後先考えず体が動き、気付くと先陣を切って、「突撃~!」という状態が多々あった。

負け戦となっても、「殿(しんがり)」を見事つとめ、生き延びてきた。

それが最近、「突撃~!」が怖くなった。

人はそれを「やっと、人並みの分別がつくようになった」というのかもしれない、、、


しかし、私は常に「自分らしく」ありたいと思う。

たとえ、人に何と言われようと、、、


日々是精進



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最近、映画好いているtoraです。

さて、昨日はちょっと変わった映画を観ました。

「ミスターノーバディー」という映画です

<あらすじ>は、こんな感じです 
    ↓
「2092年、化学の進歩で人間は永遠の命を持つようになっている。そんな中、118歳のニモは唯一の命に限りある人間だった。誰も彼の過去を知る者はいない。彼は“ミスター・ノーバディ”なのだ。病院のベッドで死を目前にしたニモの脳裏に、さまざまな人生の局面、岐路、選択が次々にフラッシュバックする。かつて9歳の少年だったニモの人生は、母親について行くか父の元に残るかの選択によって決まったのだった。」ということです。

脚本に6年の歳月をかけただけあり、ストーリーはよくできていると思いましたし、映像も綺麗でした。

が、しかし、「何が言いたいんだろうこの映画は?」という感じで、小難しいフランス映画を見終わったときのような感覚に陥りました。

確かに「バタフライ・イフェクト」や「パラレルワールド」というような概念を映像としてうまく表現していることは確かなのですが、底が浅く、「だからどうした!」というのが私の正直な感想です。

ちょっと変わったものが好きな方のみにお薦めです!というか、このブログ記事をご覧になって、この映画をご覧になっても一切クレームはお受けいたしませんのでご容赦ください・・・

と、ここまでブログ記事を書いてきて、

「あ~、あ~、あ~、なるほど!!!」と気付いてしまいました。

この映画は、前々回のブログ記事(→こちらから)でご紹介したシェイクスピアの言葉、
「この世界は全て一つの舞台。男も女も役者にすぎない。舞台に登場しては退場し、様々な役を演じて・・・」
from "as you like" by Shakespeare

をそのまま表現した映画です。この言葉の意味を深く考えたい方には、お薦めです。

ということで、この映画を私が観たのは、「必然」だったのかもしれません。

それではご機嫌よ~!!!




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皆様、こんにちは!

本日も映画「日輪の遺産」(→もとのブログ記事)を観たときに感じたことを話題にしたいと思います。
映画では、自分の少女時代を語るという役柄で、八草薫さんが出演していらっしゃいます。

八草薫さんの言葉、所作には「凛」とした日本人の女性の気品を深く感じました。
いくら着飾り、見かけが魅力的でも、私は「品」のない女性には魅力を一切感じません。

翻って、足元、自分のことを考えると、「品」があり、「凛」とした女性に負けない「男」で常にありたいと感じる今日この頃です(^_^)v

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     ↑
こんな、男で常にありたい!!!

それでは、ご機嫌よ~\(^-^)/


(追記)
このブログ記事は、昨夜書いたものなのですが、ちょうど成嶋弘毅先生が「凜」とした女性と逆のタイプの女性についてブログに書かれています。
とても興味深い記事です。どうぞ、ご参照ください → こちらから!



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皆さん、こんにちは!

今日は、演劇の話題をさせていただきます。

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電車の中で、ぼーっと、中吊りをみてると、劇団四季の「キャッツ」の広告がありました。

なぜか、懐かしく感じたので、「なんでたろう?」と考えると、、、

「あ~、25年くらい前にブロードウェイで観て、メモリーが流れるところで、泣いたな・・・」なんてことを思い出しました。

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そして、「そう言えば、ウィーンのオペラハウスでも、オペラ観たな。。。演目は、忘れちゃたけど、、、」なんてことも・・・

でも、そんなに演劇が好きでもないのに結構、それなりに観てるんだよな、、、なんでだ?なんかきっかけってあったんだろうか?

とツラツラ考えてると、

「あ~、演劇がなぜか好きなきっかけは、あれだ!!!忘れてた!」という感じで思い出しました。

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私の「へなちょこ演劇好き」の原点は、小学生のときに宝塚の「ベルばら」を観たことだ~\(^-^)/

しかも、第一次「ベルばら」ブームの一番いいときのものです。(←ご存じない方は、ググってください。)

そのときは、母と姉に連れていかれたのですが、見終わって、母に「どうだった?」と聞かれたときに若干ウットリと余韻に浸りつつ、遠くを見る目で、「きれいだった~」と言ったことをはっきりと思い出しました。

で、本日の結論、「私の演劇好きの原点は、ベルばらだった~」・・・
これじゃ読者の方々は「で、それが何か?」という感じで、面白くもなんともないので、ちょっと考えました。

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う~ん、、、無理矢理ですが、演劇と言えば、シェークスピア!

それで、前々回のブログ記事でご紹介した映画「日輪の遺産」中で引用されていた言葉を本日は、ご紹介させていただきます。(前振り、長っ!)

「この世界は全て一つの舞台。男も女も役者にすぎない。舞台に登場しては退場し、様々な役を演じて・・・」
from "as you like" by Shakespeare

う~ん、深い~・・・










皆さん、こんにちは!

そう言えば、ここ何年間か忘れていたのですが、私は毎年新しいことを少なくとも1つは始めることを自分との約束としてきました。

このことをふっと思い出しました。

思い出したら、「石火の機」。
何を始めようかな~?といろいろ考えました。

・乗馬
・弓道
・アルゼンチンタンゴ




といろいろ考えましたが、決めました!

じゃん、
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今年は、、、




空手を始めま~す\(^-^)/


うーん、夏までには、なんとか始めたいと・・・(←相当、弱気な私・・・でも、武士に二言はなし!!!)

追伸

<空手をなさっている諸先輩方へ>

入門するにあたって、なにかアドバイスがあれば、コメント欄にお願いいたします   m( _ _ )m







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皆様、こんにちは!

本日の表題は、映画「日輪の遺産」、眞柴少佐の言葉「神国、日本は不滅であります!」という言葉を文字ったものです。

昨日、私の一番好きな作家、浅田次郎氏原作、映画「日輪の遺産」を観ました。

この映画を観ているという前提で、同志あまてるさんからいただいたコメント(「ビジネスで負けても、民族と文化が生き残れればいいのですが。ネイティブ・アメリカンやアボリジニのように危機的状況に追い詰められなければ・・・清廉で強い、にはなれないですか。」)に返答させていただきます。

最期の最期、日本は生き延びると私は確信しています。

なぜならば、欧米人は日本人に対し、ある種の恐怖感を持っているのです。

それは、この映画の中の場面でいうと、小泉中尉とマッカーサーの接見の場面とマッカーサーが封印された場所を訪れた場面に描かれています。

ます欧米人の思考から言うとこの2つの場面は、理解不能です。

人間、理解不能なことは、恐怖感につながります。

ここ(欧米人は日本人に対し、ある種の恐怖感を持っている)が、日本は必ず生き延びると私が確信するポイントです。

また、この映画の登場人物の責任の取り方が、それぞれ日本人的です。

眞柴少佐・赤鬼の生き延び方は、映画「最期の忠臣蔵」に通じるものがあり、小泉中尉は、日本人としての意地を通し、野口先生はまさに日本人でなければ理解できない日本人の「矜持」を突き通しています。
映画をご覧いただけば、お分かりいただけると思いますが、この映画は原作者の浅田次郎氏の小説に一貫して流れる日本人の「矜持」を損なうことなく、うまく映画化されていると感じました。

ただ一つだけ、「そうかな?」と感じたのは、マッカーサーがあのまま「あの場所」を封印することはあり得ないと思いました。
そもそも、欧米人は、心の底では日本人のことを同じ人間とは思っておらず、せいぜい猿の中でもちょっとばかり高等な部類かな?といったようなところです。そんな日本人の骸(ムクロ)があるからと言って、欧米人は一向に罪悪感など持たないはずです。

まあ、こういうところは、浅田次郎氏特有の技巧なので、語るべきところではないのかもしれません。


いずれにしろ、全ての日本人に観てもらいたい映画です!

是非、ご覧くださ~い\(^-^)/


追伸
<あまてるさんへ>
コメントへの回答になっていますかな?


皆さん、こんにちは!

前回のブログ記事では、成嶋弘毅氏の講演会について書かせていただきましたが、その中で述べた「欧米のビジネスのやり方には、最後の最後の部分では勝てない。ただし、勝ちたいとも思わない。」ということが分かりにくかったようなので、本日はその補則をさせていただきます。

ビジネスの具体例ですといろいろと障りがあるので、スポーツを例に説明いたします。

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<柔道 山下泰裕氏の例>
1984年8月のロサンゼルスオリンピックで、柔道の山下泰裕氏は、2回戦で西ドイツのアルトゥール・シュナーベルと対戦した際、軸足の右ふくらはぎに肉離れを起こしてしまい、山下は左に組むため、右足・軸足の肉離れで大変に不利な状況に立たされたことを覚えていらっしゃいますか?

その状況で、エジプトのモハメド・ラシュワンとの決勝戦、試合後ラシュワンは、山下の右足を狙わなかったという主旨の発言をした事から、そのフェアプレーの精神を称えられました。

これが、欧米人だったら、何も考えずに徹底的に右足を狙ってくるのが常套だと私は思います。


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<水泳 鈴木大地の例>
ソウルの後、バサロキックは禁止になったり、アルベールビル、リレハンメルの後、ノルディック複合のルールが改正になったり、長野の後、ジャンプのスキー板の基準ができたり・・・。
勝てないとなると根本的ルールを変えるというのが欧米的流儀。


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<F1 ホンダのエンジン例>
1000馬力を超えるパワーを誇った1500ccターボ時代のF1ですが、ホンダのエンジンが結構な強さを見せていた。そして、結果的にパワーが抑制され最終的に3500ccの自然吸気化された訳だが、ホンダのエンジンつぶしと言わざろう得ないのではないだろうか?


このような感じで、欧米人は日本人とは全く異なる思考で、いろいろと仕掛けてくるのです。
良い・悪いではなく、欧米人はそういうものだという認識は決して忘れてはいけません。





それでは、本日はこのあたりで・・・