「信長一人称」
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「桶狭間の合戦まで」 第二十一部
ようやく、信盛の部隊が余の本陣に合流した。
小僧は、余に鎧を着けてくれた小僧は、いなかった。
信盛曰く、
「ここに来るまでの小競り合いで討たれてしまいました」
との事であった。
まだ、幼さの残る、子供だったのに。刺された痛みの中で、母親の事を思ったのであろうか、痛みの激しさのあまりに、それさえも思えずに、気絶してしまい、そのまま亡くなったのかもしれぬ。かわいそうではあるが、まだ、せめて、痛みだけでも、感じないまま死ねたのであれば、小僧にとってはその方がよいのであろう。母との別れ、母意外のすべてとも別れなくてはならない、この世と別れなければならない事を思って逝ったのであろうか。恋なんてものをおそらくは経験したこともないであろう。おそらくは明朝の、余と岩室や信盛とのやり取りの間に入ったのが、小僧にとって初めて見る、大人の会話だったのかもしれない。まだ、あの年であれば、本当の友情さえも感じた事がないかもしれない。そんな、まだまだ、子供であるあの小僧を殺してしまったのは義元かもしれないし、余かもしれない。…、余にも罪があるし、義元にも罪がある。尾張にも罪があるともいえるし、駿河にも罪があるともいえる。時代にも、天下にも、罪がある。どこが罪の親玉であろうと、この憤りを晴らす手段は、義元の首を取ることしか考えられなかった。
余は、小僧にだけ、なぜ、こんなに思い入れを感じたのであろうか? 丸根砦の佐久間や鷲津砦の織田家の者らが討たれた時はこれほどまで感情が込み上げてこなかった。これは、丸根や鷲津で討たれた者が大人であったからか? 一人前の武士であったからか? それは大きな理由であろう。そして、おそらくは、余、自らもはっきりとは分らんが、もしかすると、あの小僧には友情のようなもの、自分の鏡の様なものを感じていたのかもしれない。歳の差も、身分の差も、知識や経験の差も、全てを超越して、あの小僧には何か余の心に響く何かがあったのであろう。
「…、…」
余は、少しの間、呆けていた様だ。
「さぁ、行きましょう。…、小僧の為にも」
「そうであるな」
信盛の声で我に帰った。
余は軍を進めた。
桶狭間を目指した。
余の傍に、岩室が馬を寄せた。余と岩室は馬を並行させて歩かせた。
「殿!」
「…、…」
余は何も言わずに岩室を見た。あまり良い表情に見えなかった。
(次は何が起きたのじゃ…?)
つづく
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