信長一人称
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第三章 「猿? 禿鼠? 奇才?」
俯瞰的視点で、地図を見る。時には敢えて平面の視点で地図を見る。そして、現場に居合わせているかの如くに想像して、頭の中でその場を描いてみる。または将棋の盤を逆転させて、相手の立場になって、相手の考えになって、相手が自分を責める時にはどうするか、どの一手を打ってくるかを考える。その時は、自分の嫌がる事をきっと相手はしてくるはずである。その様にするのを真似て、地図の向きを反転させ、敵方になったつもりで、自陣地を攻める作戦を立ててみたりする。
良い作戦が次がら次へと浮かび、意図も簡単に攻略できる手筈が整う。そう、想定出来た時こそ、危うい。落とし穴が潜んでいそうな気がする。恐怖心、猜疑心、がそうさせるのである。そこに向上心、執念、負けず嫌い、が絡み合い、理想を高めていく。戦は勝ちが決まるまでは、油断をしてはならぬのである。
とは言え、常に集中力が保てるわけがない。時に気晴らしが必要である。
余は、作戦を練る時に行き詰まり、一息入れる際には、家臣共に話を持ちかける。どんな愚案でも拾い集めれば、一つの知恵になることもあるし、愚案が一変して、見方を少し変えただけで、高貴なものに昇華することもある。愚鈍と思わしき者も、からかい半分に声をかけてみる。どうせ、気休めであるのだし、それ以下に損をすることはあるまい。その愚鈍と思わしきものも、万に一つでも、開化すれば拾いものである。そんな風にでも、己が休みながら、気晴らしをしながらにして、教育をしてみたり、作戦を練ってみたりする。そうすることで、常に、休みなく、戦に挑んでいる事になる。
戦は知恵を使った者が勝つのである。
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