「信長一人称」
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「猿? ・禿鼠? 奇才?」 第三部
この興行は街の一大行事の様なものになり、大いに賑わった。町の活性化になった。
応仁の乱以来、常に争いともめ事とが絶えない、戦国と呼ばれる時代ではあるが、…、いや、だからこそ、時に、心に平和が欲しいのである。余も、庶民も、そこは同じであろう。たまに、楽しみが欲しいのである。民に笑顔が見られた。常時、戦と生活に追われている大人衆、老い衆が子供の様に無邪気になった。天真爛漫に、戯れる事に集中出来ている様であった。
部門によっては参加費が必要となるので、その事で街に潤いが出来る。参加費で、徴収できる額は微々たるもので、たかがしれている。が、僅かでも、金が動けば、それが呼び水となり、また、別の所からも金を引っ張ってくる。水が水を呼ぶ様に、金も金を呼ぶ。身銭を切って参加費を払っている者は熱心に練習したり、会議を開いたり、する。そうすると、普段ずぼらな生活を送っていた者も、切り詰めて忍んでいた者も、この時とばかりに出費を惜しまない。
余の、城の執行機関の者も、宣伝活動に落ち着かない様子になる。少ない予算から、賞金をどうやって捻出するか、と首を傾げる。余が、そこに、冗談半分に発破をかけると、あたふたとする様が愉快である。
行楽情緒で参加する者は、当日に少し豪華にお弁当を作ってみたり、お茶を沸かしてみたり、する。武具屋が儲かり、馬屋が稼ぎ、米屋が動く。
そういった商業が活性化するのに、それまであった独占販売権を持つ市座を排除した。自由取引市場をつくり、座を解散させたのである。税の減免も行った。世に言う、楽市楽座である。
商業の自由度が高まった。
城下が活性された。
町が元気になった。
これが、これこそが、内政である。
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