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信長 小説

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「猿? ・禿鼠? 奇才?」 第五部

余は、闇夜に馬を走らせた。

 余は、吉乃の所へと、馬を走らせた。



 余は、毎晩の様に生駒家に通い詰めた。

 藤吉郎は、毎晩の様に、草履取りを務めた。

 春が近づいた。

「藤吉郎。もう、草履は温めんでも良い。この一冬、随分と助かった。ありがたい。もう、温かくなり始めた。明晩からは、草履を温めなくてもよい。代わりに、貴様は余の馬の世話をしろ」

「はぁっ! ありがたき幸せ!」



 数日経って、余の馬の世話をしている藤吉郎に声をかけた。

「貴様は、この度の武術大会に参加するのか?」

「はい。槍合戦の部門に出させていただきます」

「ほう。それは楽しみだ。さぞ、頑張るがいい」

「いえ、殿様。お言葉でございますが、頑張らずして、勝とうとおもいます」

「…、…。何故じゃ…?」

「はい」藤吉郎は、ぐしゃりと猿面をいっそう猿らしくして、笑いながら、自分の頭を小突きながら、「ここを使って、楽勝、大勝、快勝してみせます」

「ふっ。変った奴じゃ」

 余は、そんな風に軽く見ていた。余、以外の者も、藤吉郎本人以外は皆、藤吉郎をよたろう程度にしか見ていなかった。

 当日、よく晴れた、澄み切った空は清清しかった。気持ちの良いそよ風が優しく頬をなでる。戦人の気持ちを晴れ晴れとしてくれる、良い戦日和である。

槍合戦に集まった参加者が整列した。

一際、奇妙に長い槍が一本、目立った。槍だけ随分と長いが、槍を持っている当人は、随分と背が低い。藤吉郎であった。

 他の者は皆、一間半程の通常の長さの槍を持っているのであるが、藤吉郎だけは、なんとも長い三間程の槍を天に突き立てんばかりに誇らしげに持っていた。

 それを、

「卑怯だ」

 という者がいた。

 だが、槍の長さに規定は設けていない上、実戦では、卑怯も反則もないのだ。相手を倒した方が勝ちなのである。最後まで倒されなかった方が勝ちなのである。

「小回りが利かないだろう」

 という者があった。それはたしかに、小回りが利かない。小回りをするには、長すぎるが、長槍をもった藤吉郎には小回りは必要なかった。小回りを求められるよりも先に敵を討っている。「小回りが利かないだろう」というのは、小回りを必要とせざるをえない、逃げ腰の者が言う、弱みと僻みと戯れなのであった。

 こんな技があったのか? と意表を突かれた。

 こんな手があったのか? と盲点を突かれた。

 従来の長槍は名ばかりで、藤吉郎の長槍の前では、玩具や練習道具にしか過ぎない。

 この日まで、必死に訓練を積んでいた、槍の名手や達人が、一向に練習をしていない藤吉郎の前にばたばたと倒されていった。勝ち抜き戦の結果、藤吉郎は決勝にまで勝ち上がった。

 決勝では、流石に、{槍の又左}に負けはしたものも、ここまで、立派、藤吉郎はやってのけた。見事に、下馬評をひっくり返してみせた。優勝こそ逃したものの、敢闘賞で、身分と身形に似つかわしくない、報酬を受け取っていた。

 藤吉郎の長槍は、燎原の火の如く尾張を席巻した。

 皆が藤吉郎の長槍よろしく三間の槍を持ち歩いたのである。

 火付け役は藤吉郎である。そして、余は、そこに確信が持てたので、余の軍が強くなる為ならば、と、惜しむことなく軍備をかけた。足軽から重臣まで皆、望みとあれば、どこまでも、希望の長さの槍を分け与えた。

 時に尾張軍は、腹立たしくも、日本一の弱小集団と嘲笑される事がある。しかし、この、藤吉郎の長槍のおかげで、劣勢であると思われる力関係を覆し、勝てた戦がいくつかあった。

 体の弱い者、小さい者は知恵を使って成り上がらなくてはならないのである。藤吉郎には教わる所がいくつかあった。まことに実のある男である。



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