信長一人称
信長一人称
序章、その一「信長曰く」
余は信長である。
天下は手中に収めた。
余はこの国の王である。
余は神である。
余は、余以外の神は信じない。
死後の世界や、近頃、余の周りをうろつく、キリストなるものも信じない。しかし、キリストの考え方に趣は感じられる。普及の方法、理論、展開、執念、推進力、どれをとっても、そのどれを軍事に置き換えても、政務に置き換えても、いかせられると思う。感興をそそられるものである。
それはそれで良いとする。
暫くは、泳がせておく。
この国の、民の、民度が上がるなら、まぁ、悪くはなかろう。
しかし、だ。
いずれは、余が、神である事をフロイスらにも分からせる必要がある。
その時は、民にもフロイスらにも、神である、余を信じさせる。
近き将来には、この国を束ね終えるであろう。
ゆくゆくは大艦を、海の向こうに渡らせる。支那国を制圧し、第六天魔王の名を、その向こうまで轟かせんとする。…、…。耽美な夢としては美しいが、余の提唱する「天下布武」と、ちと趣が変わってくる気もする。そこからすると、海の向こうへは軍事として手を出すまでの必要はないとも思える…。今は、具体的にそこまでの想像が及ばない、というのが実情だ。
フロイス曰く、
「この国は海に浮かぶ、小さき島に過ぎない」
らしい。
海を越え、その向こうの、まだ見ぬ、支那のその向こうには、余が制するこの国とは比にならぬ程の大きな国がいくつかあるらしい。
この地球は、想像を絶するほどに広くて、大きい様であるから、余はまだまだ、多くの仕事をせねばならぬという事である。
心躍るではないか。
ところが、時間がない。
そこが、一番の問題である。
少し、焦らなければならぬのかもしれぬ。
将棋を指したいし、名人の勝負を見てみたい。
相撲を取りたいし、力士の取り口も見てみたい。
ゆっくりと優雅に舞いたいものでもあるが、時間が足りない。
神になりうる力があれど、その力を使い切る時間が残されているか…、…。
みちみちと、小さな仕事に固執している時ではない。
死のうは一定 忍び草
忍び草には何をしよぞ
一定の 語り起こすよの
桶狭間を潜り抜けた。
強靭、巨大な包囲網を突破した。
忍びを潰し、坊主を焼いた。
これからは、家康や信盛に駿河や相模などの東を任せる。
越前、それより北は勝家に睨みを利かさせる。
秀吉に中国を攻めさせ、続いて、九州も落とさせる。
四国は信忠に仕事をさせる。
支那侵略があるならば、光秀にやらせる。もしくは交易としての侵攻を進めさせる。
光秀は優秀な男である。仕事の出来る良い男である。大人しさの中に、隠し持つ匕首のような鋭さが実に魅力的である。そして、表には見せない忍耐強さも魅力である。そこを周りのだれもが認めている。一足飛びに、奇をてらう様な事をしない、固い所がいい。そこは秀吉とは違う。
天下を取れる実力を持ち合わせていそうだ、と家康の場合はなにやらチラつくものがあるが、そう言うものがあると、天下をねらっているのではないか、とこちらは、変な勘ぐりを持ってしまうが、光秀には、そう言った怪しさが、微塵も見当たらない。やはり、大陸への進駐があるとすれば、軍事侵攻が無いにせよ国交を拡げるのであれば、その役目は光秀に限る。
いずれにしろ、それらを取り仕切るのに、まだまだ忙しい事、この上ない。
実に愉快だ。
仕事があるという事は、忙しいという事は、時間に追われているという事は、実に愉快だ。
実に楽しき、めでたき事だ。
実に心強く、面白い事だ。
しかし、それだけでは、足らぬようで、余が、神々の中の神になるには、まだまだ、なさねばならぬ大義が多く、積み上げられている。
余の唱えていた、天下布武を超えた、更なる所に、世界と申すものが広がっているとの事である。
人間五十年、
下天の内をくらぶれば、
夢幻の如くなり、
ひとたび生を得て、
滅せぬ者の有るべきか
ここに、これから記すは、余の執り行った業績の過程と経緯である。
余を神と崇め、祈り、帰依する者の為に、
余、自らが修筆を行う。
心して読むがよい。
序章、その二「死神の予感」
少し、外が騒がしい様である。
「何事じゃ?」
蘭丸に様子を伺いに走らせた。
町衆の喧嘩か何かであるか?
それにしても、響き方からして、遠くに大勢が群れているように感じる。
この、静かに治めた京の、静謐であるべき、余の夜をにわかに邪魔する奴は、事によっては成敗致す、…、…。
もしや、…、…。
謀反か?
「城介が別心か?」
はじめ、嫡男・信忠の造反を疑ったが、どうやら、違ったようである。
まさか、あの男が、こう来るとは!? 驚きではあるが、起こってしまった事には、致し方ない。
蘭丸が持ってきた答えは、
「本能寺はすでに敵勢に包囲されておりまする。多くの旗が登ってきておりまする。紋は桔梗でございます」
「そうか、光秀か」
余はまだ、冷静を保てている。
「堀川小路から、西洞院大路からも、室町小路からも、隊は一万を超すものと見えます」「…、…。小さい」
「は?」
隊の迫る声が近づいてきているのと、余の声が独り事のように小さかったために蘭丸には聞き取れなかったのであろう。
(神たる余を落とそうというのに、光秀め、たかが一万の隊だけしか揃えられんとは、…、…。やはり、あいつには支那征伐は無理か? では、支那征伐には、余、自ら攻め入ろうではないか。十万、二十万の隊を組んで、進撃してみせようではないか!!!)
「殿、早く、裏へ」
「…、…。是非に、及ばん」
「は?」
「蘭丸よ、弓を持て」
「殿、もしや、表に出られるおつもりで?」
「早く、弓をよこせ」
「はっ。只今」
ようやく、蘭丸は余の意思を理解し、受け入れてくれたようである。
余は、蘭丸のもった弓を受け取った。
「蘭丸よ。幾つになった?」
「十八にございます」
「そうか。おぬしの父上によう似てきた。実に良き男になった」
「…、…」
「では、参るぞ」
余は、頬を軽く釣り上げるように、笑みを作って見せ、それを蘭丸に見せた。
蘭丸も余の真似をするように、引き攣ってはいたが、笑みを作って見せた。
この期に及んで、愛嬌を忘れないあたり、さすが、余が認めた男の血を引いている。この歳で死なせるのは惜しいと思える。
何とか、生かせてやりたい。
そして、余もまだまだ死ぬ訳にはいかぬ。
四十九にして、まだ、夢、半ばである。
あの、「信長日記」をもっと早くに手掛けて、それを見直すほどの余裕をもってさえいれば、桶狭間で、自軍を分散し、本陣を小さく、軟弱にしてしまった義元の、自ら、困窮に陥った、義元の最後を、反面教師ととらえることが出来たかもしれない。そうすれば、この度の、光秀の起こした乱を未然に防げたかもしれない。まずは、家康や秀吉、一益や光秀で足元を固めるつもりが、足元となるべく光秀に、足元をすくわれてしまった。
今さら、何を言っても始まらん。
「さぁ、行くぞ、蘭丸」
「はい」
「覚悟はいいな」
「はい」
蘭丸は長槍を持っている。
「では、障子を開けるがよい」
「はい」
バンッ!
蘭丸は気持ちがいいほどに、勢いよく、障子を開けて、踊るように、外に飛び出した。
(若いとは強さであるな)
余は蘭丸を援護するかの如く、引いた弓を放った。
強く、強く、放った。
支那まで、飛んで行けとばかりに、弓を放った。
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